囚われた野獣と盲目の王子

たもゆ

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君と紡ぐ旅路 ※R描写あり

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(※性的描写あり)


野生の鹿や猪を狩り、血抜きし、丁寧に解体する。

獣の命に敬意を払いながら、その肉と皮を街の肉屋に売ったり、交易をしながら旅の糧とする日々。そんな日常が、ふたりの旅を静かに支えていた。

かつては細く小さな身体だったアゼも、歳月を重ねた今では、見る者の目を引くほどに成長していた。

体格こそやや細身のままだが、しなやかに鍛えられた手足には無駄のない筋肉が宿り、ナイフを握る手には、一片の迷いもない。

狩りも解体も手慣れたものだ。命を奪うことに慣れたのではなく、命に向き合う覚悟が、彼の所作に静かに滲んでいた。

陽の光を受けてきらめく金の髪。
まるでアクアマリンを溶かしたような、澄んだ水色の瞳。

その美しさに、街を行く誰もが思わず振り返る。けれどその目が柔らかく細められるのは、ただひとり——ガルに向けられるときだけだった。

ある夜、焚き火のそばで。

狩りの帰り、アゼは黙ってガルの隣に腰を下ろす。
ほんのり汗の香りと、焚き火の薪が焦げる匂い。

アゼの横顔を見つめながら、ガルは不意に口を開く。

「……強くなったな」

その声に、アゼは振り返る。目が合う。焚き火の光が、金の髪を揺らし、瞳に揺れる火を映す。

「……ガルが、隣にいてくれたから」

ぽつりと、アゼはそう言った。

沈黙。だが、静かな温もりが満ちていく。
どちらからともなく、そっと手が伸びる。
指先が触れ合う。震えるように絡まる。

「……今夜は、離れたくない」

囁くような言葉のあと、アゼがそっと、ガルの胸に頬を寄せた。

アゼの頬が、ガルの胸元にふれる。
その重さは羽のように軽く、けれど確かに心に沈んでくる。

鼓動の音が近くなる。

ひとつ、またひとつ。確かめるように重なる呼吸。

「……ガルの心臓の音、好きだよ」

アゼが囁く。まぶたを閉じて、ほんの少し、唇が笑んだ。

「昔からずっと、これに守られてきた気がする。ここにいると……安心する」

その言葉が、胸の奥を深く打った。
守っていたつもりが、こんなにも、救われていたなんて。

ガルはアゼの肩にそっと腕を回す。
触れることすらためらっていた存在が、今は自分から寄り添ってくる。

「……触れても、いいか?」

問いかける声は、まるで獣がひそやかに願うような、震える低音。

アゼは顔を上げて、真っ直ぐ見上げた。
月の光が、彼の瞳を淡く照らす。

「うん。……ガルが、いいなら」

その笑顔に、もう何も迷う理由はなかった。





寝袋を並べた小さなテントの中は、ほんの少しだけ湿り気を帯びていたが、外よりは暖かかった。

胸に抱いたままのアゼがそっと手を重ねてきた。

「……アゼ、寒くないか?」

問いかけに応える代わりに、アゼはガルの手をきゅっと握る。

それはもう、幾度も繰り返してきた仕草だった。けれど今夜は、ほんの少し違う。

アゼの指が、ためらうように、けれど確かに、ガルの胸元を探る。

「……ねえ、少しだけ……」

言葉の続きを告げる前に、ガルはそっとアゼを抱き締めた。

拒む理由なんて、どこにもなかった。

壊れ物のように大切に、大切に――触れることが、愛おしくてたまらなかった。

焚き火の明かりが、テントの布越しにゆらゆらと揺れている。外では風が草を撫でていたが、この小さな空間の中だけは、別世界のようにあたたかかった。

指先がそっと、アゼの頬に触れる。
金の髪を梳きながら、額に唇を落とす。

そこにあるのは欲望ではない。ただただ、愛しさだけ。

ゆっくりと、静かに唇を重ねた。
火の粉がはぜる音だけが、夜の帳に溶けていく。

世界に、ふたりきり。

夜風は優しく、焚き火はまだ温かかった。

ガルの指先が、アゼの背をなぞる。
骨ばっていた肩はいつの間にか丸みを帯び、薄い胸板は、ほんのりと温もりを蓄えていた。

彼の成長を、手のひらで確かめる。
誰よりも近くで見守ってきた時間が、触れた肌に刻まれている気がした。

アゼは微笑みながら、ガルの首元に頬をすり寄せる。

「……こんなに近いのに、昔は遠いと思ってたんだ」

囁きながら、ガルの胸の毛並みにそっと指を絡めた。

「でも、今は違う。今は……ちゃんと、ここにいられる」

ガルはその言葉を、胸の奥に刻みながら、そっと彼の顎を持ち上げた。
ふたたび唇が重なる。今度は、少しだけ深く。

ガルの逞しい腕が、そっとアゼの背へと回る。
だが、その「そっと」は、思いとは裏腹に力を込めすぎていた。

爪がわずかに肌をかすめるほど強く抱きしめてしまい、高ぶる感情のままに、彼の制御のきかぬ想いが滲んでいた。

「……痛くなかったか?」

低く問いかける声には、戸惑いと、それ以上に深い愛しさが宿っていた。
アゼは小さく首を振った。

「ガルの全部が、あたたかいから」

その一言に、ガルの理性が揺らぐ。

だが、乱暴になどできるはずもない。彼を傷つけるものは、何ひとつ触れさせたくなかった。

指先で胸元を開くと、アゼは目を細め、かすかに身を震わせた。
けれどそれは、恐れではない。

「……見て、ほしいんだ。ちゃんと、ガルの目で」

癒しの力を持つガルのその目に映してほしかった。
もう、傷跡は残っていない。ガルが癒したから。
けれど、心に刻まれた痛みは、簡単には消えない。

だからこそ――今、愛する人の視線で、自分の存在ごと確かめたかった。

ガルは、うなずいた。
その瞳が、アゼの白い肌をゆっくりと辿っていく。
今、この光に映っているのは、傷跡ではない。

――たしかにここに生きている、愛しい人の姿だった。

ガルの腕に抱かれたアゼは、まるで小動物のように胸に顔をうずめる。

細くて白い指が、そっとガルの上着を摘み、迷いながらも自分から寄り添ってきた。

「ガル……」

その名前が、息のように唇からこぼれる。

ガルは答えず、アゼの金の髪に口づけた。ふわりと香る、乾いた草と木の匂い。そして、彼自身の体温がすぐそこにある。

「……怖くないか?」

ようやく問うたガルの声は低くて優しく、いつになく緊張していた。

アゼは小さく首を振った。

「ガルだけは、怖くない……。ずっと……ガルになら、って思ってた」

その言葉に、ガルの喉が震える。ずっと、この日を夢に見てきた。けれど、手に入れてしまうのが怖かった。失うことが、怖かった。だから――こんなふうに差し出された想いが、愛しくてたまらない。

震える手でアゼの頬を撫で、瞳をのぞき込む。見開かれたその目は、もう何も恐れていなかった。

「……お前が、愛しい」

たったそれだけの言葉に、アゼが微笑んで、そっと目を閉じた。

唇が触れる。

それはどこまでも優しく、深く、静かだった。

互いの傷を包み、孤独をあたため、過去を赦し合うように――

アゼの指が、そっとガルの頬に触れる。
獣のような逞しいその体を、まるで壊れ物に触れるような手つきで撫でながら、微笑んだ。

「こんなふうに触れ合うの、夢みたいだね」

その瞳には怯えも影もなかった。ただ、深く、透きとおるような想いだけが灯っている。

ガルはそっとアゼの手を取り、自分の唇に押しあてる。
その仕草はまるで誓いのようで、ただの愛撫以上に、強く、優しい。

「夢じゃない。ずっと……こうしたかった」

ふたりの距離が、静かに、けれど確かに縮まっていく。
指先で髪を梳き、額に唇を寄せ、喉元、肩先――丁寧に確かめるように、時間をかけて触れてゆく。

「……っ、アゼ……」

「……んっ……ぁ、……ガル……」

触れられるたびに、アゼの身体がほどけていく。
愛されていると、何度も何度も伝えられている気がした。

やがてその優しさは、名もない熱へと変わっていく。
言葉はもう要らなかった。

ふたりの体温が混ざり合うように重なり、過去の傷も痛みも、すべて溶かしていった。

ふたりの体が、ゆっくりと重なる。
アゼの肌に触れるたび、微かな吐息が漏れた。

火照るような熱が、じわじわと身体の奥から湧きあがってくる。まるで、心の芯まで解けていくようだった。

「……あ……っ、ガル……、ガル……っ……」

掠れた声で名を呼ぶ。自分でも驚くほど甘く、脆い声だった。
求める気持ちだけが先走って、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

指先が、背に、肩に、胸元にすがるように触れる。
ガルの体温を、息づかいを、もっと感じていたかった。

このぬくもりが遠くならないように。今夜だけで終わらないように。

思考がゆるやかに霞み、言葉にならない想いが胸に満ちる。
目の奥が熱くなり、ただただ、彼の存在だけを頼りに揺られていく。
何も怖くなかった。ガルの腕の中だけが、世界のすべてだった。

求めるように、すがるように、身体が触れ合う。
時間も、傷も、過去も忘れるほどのやさしさと、確かさ。

アゼは気づかぬうちに泣いていた。

安堵と、幸福と、名前もつけられない想いが、ひとつになって溢れ出していた。

どこか夢の中にいるようだった。

熱を帯びたガルの体が、自分の上に、重なるように覆いかぶさる。けれど、その重さは決して苦しくない。ただただ、安心で、やさしくて――心まで包まれている気がした。

目が合うたび、ガルは確かめるように、名前を呼んでくれる。

その声に返すたび、胸が締めつけられて、涙が滲む。

誰かに触れられることが、こんなにもあたたかいものだったなんて。
誰かを求めることが、こんなにも幸福なことだったなんて。

きっと、知らなかった。

ガルが自分を見てくれる。やさしく、深く、まるで壊れものを扱うように触れてくれる。

それがうれしくて、恥ずかしくて、胸がいっぱいになって、もう何も考えられなかった。

言葉も、理屈も、何もいらない。ただ、彼のそばにいられればそれでいい。

抱きしめられるたび、深く息を吸い込むたび、心がほどけていく。

「……ガル……大好き……」

小さな声で囁くと、優しくキスされる。
唇が重なり、ぬくもりが伝わり、すべてが満たされていく。

――ああ、こんな夜が、終わらなければいい。

瞼を伏せると、また静かに涙がこぼれた。
それは悲しみの涙ではなかった。ただ、あふれてしまっただけの、幸福のしずく。

やがて、嵐のような熱が静まっていく。

互いの呼吸がようやく穏やかになり、アゼはそっと目を細めた。

ガルの腕の中はあたたかくて、心地よくて、まるで安らぎの泉に沈んでいるようだった。

指先が髪を梳く。額に、まぶたに、鼻先に――静かに唇を重ねられるたび、胸が震える。

でもそれはもう、怯えではなかった。

ただ、自分がこんなにも誰かに大切にされているという事実に、心が追いつかなくて――それでも、うれしくてたまらなかった。

「……眠っていい」

低くやさしい声が、耳元で囁く。

その声音だけで、涙がこぼれそうになる。

少しだけ力を込めて、腕を伸ばす。
頬に触れ、指先で確かめる。これは夢じゃない。
そこにいるのは、何度も自分を守ってくれた、かけがえのない彼――ガル。

「……そばに、いてね」

かすれる声で呟くと、ガルは静かに頷き、アゼの額にそっと額を寄せた。

ゆるやかに、深く息を吸う。ガルの匂いがする。温もりが、全身を満たしていく。

まぶたが重たくなり、世界がゆっくりと遠のいていく。
どんな悪夢にも脅かされない。どんな闇にも染まらない。

――君が僕の光だから。

アゼはそのまま、微かな笑みを唇に浮かべたまま、静かに、深い眠りへと落ちていった。

外では風がやさしく草原を揺らし、焚き火がぱちりと音を立てる。

夜は深く、静かで、あたたかい。

世界にふたりしかいないような、そんな夜に、心も体も重なり合って、やっとめぐりあえた幸福が、そこにあった。





君と紡ぐ旅路 完
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