7 / 30
【第五話:兄、影にして陽だまり】
しおりを挟む「いよう! 元気にしてたかぁ? わんコロどもー!」
少し汗ばむ陽気になってきた昼下がり。庭先で草花の手入れをしていた朱雀と銀郎は、思わぬ来客に目を丸くした。
名は四條朝影。夕陽の兄である。
ボサボサの髪を後ろで一つに括り、無精髭をたくわえた眼帯の男が、やたらと軽快な足取りで庭へ飛び込んでくる。
「でたな、妖怪クソジジイ!」
朱雀が砕けた調子で悪態をつき、銀郎もどこか呆れたように笑みをこぼした。
「兄上、お久しぶりです」
朝影は二人の反応など気にも留めず、玄関のほうを見やってから眉をひそめる。
「……夕陽は?」
「町の薬屋へ、お使いに」
銀郎が淡々と答えると、朝影は眉を跳ね上げた。
「は? 護衛はいいのかよ?」
「“二人連れてくと目立つから留守番してなさい”と、夕陽様に」
「そりゃまた……身も蓋もねぇな。ま、確かに一匹だけ連れてっても後が面倒そうだしな」
一匹ってなんだよ、一匹って――朱雀がムッとした顔で見上げると、朝影はそんな反応を楽しむように両腕を伸ばし、銀妖ふたりの肩を勝手に組んだ。
「で、どうなんだ最近は? ……ん? 進展、あったか?」
唐突な問いに、銀郎の目が泳ぐ。
「どう、とは?」
「決まってんだろ。夕陽に告ったのかって話だよ」
ピクリと肩を震わせた朱雀と銀郎が、揃って顔をそむけた。
「いや……それは……」 「えっと、その……」
「なんだ、振られたのか……」
「まだ振られてねぇー!」 「振られてはないです!」
食い気味に被せてきたふたりに、朝影は思わず吹き出しかけ、すぐさま渋い顔でため息をついた。
「はぁ……、なんとなく想像つくわ。お前ら夕陽に『待て』と言われて大人しく『待て』してるんだろうが……、あのな、あんたらは長命種だから三百年くらい生きるかもしれんが、人間の寿命は八十年ちょいだぞ。ぐずぐずしてるうちに、あいつの人生終わっちまう。後悔しないようにしとけよ」
ズシン、と胸の奥を打たれた気がした。
わかっている。考えたくもないことだが、それでもいずれは現実になる話だ。
それを、こんなにもあっさり言い放つこの男が、やっぱり少し憎らしい。
だが朝影は、表情を和ませて、ふたりに向き直った。
「……いいか? あいつは押しに弱いとこがある。だから押して、押して、押し倒せ! それでもダメなら、ちょいと“ムード”を作ってやりゃあいい。酒でも飲まして、甘い言葉をかけてやればすぐイチコロよ」
「それは兄上が女性を口説く時の話でしょう……」
銀郎が小さくため息を吐いたその横で、朱雀が不思議そうに首を傾げた。
「なぁ? “むうど”って美味いのか? 俺にも作り方、教えてくれよ!」
「この馬鹿。ムードは“雰囲気”って意味だ」
「なーんだ。夕陽様の好物なら作ってやろうと思ったのになぁ……」
ふてくされたように口を尖らせた朱雀に、銀郎が思わず肩をすくめる。そのときだった。
静かな足音とともに、庭に凛とした気配が満ちる。
ふたりが振り返ると、そこに立っていたのは――
「兄上。帰っていたのですね」
――夕陽だった。
涼やかな声。けれどその口元には、どこか黒い笑みが浮かんでいる。
「お、おう、夕陽。……ただいま?」
朝影がひきつった笑顔で振り向くと、夕陽は一歩踏み出し、穏やかな声で続けた。
「何を話していたのでしょう、兄上?」
「いや、その、……恋の……指南、的な……?」
「へえ。では、私からもひとつ、指南して差し上げましょうか」
――その瞬間、ガシッと朝影の耳がつままれた。
「い、いててて!? おい、やめっ、待てって夕陽っ、夕陽ちゃぁん!」
「ご安心を。手短に済ませますので」
表情は穏やか、だが目は笑っていない。
そうして朝影は、耳を引っ張られたまま屋敷の中へと引きずられていったのだった。
***
その夜、月の光が静かに縁側を照らしていた。
朝影は酒と肴を傍らに、独り風の音を聞いている。そこへ、湯気の立つ湯呑みを手にした夕陽が現れた。
「兄上、今回は長く滞在するのですか?」
「んー……いや。お前たちの様子を見に来ただけだ。二、三日もすりゃ、また風の吹くままよ」
「たまには文くらい寄越して下さい」
「はは、気が向いたらな」
冗談めかした返事に小さく笑って、夕陽は隣に腰を下ろす。
朝影は、かつて呪詛をその身に受けた影響で、強い禍を抱えている。
夕陽の力でもそれを祓うことは叶わず、周囲を巻き込まぬよう放浪の道を選んだ。
今は、“影祓い屋”として、人目につかぬ闇の依頼を請け負っている。
表の祓い屋が手に負えぬような、危険で後味の悪い案件ばかりを――飄々と、引き受けては処理していた。
気づけば、夕陽は静かに彼を見つめていた。
その視線に気づいた朝影は、弟の頭を軽く撫でる。
「大丈夫だって。そんなに心配するな」
「……はい。……また、顔を見せに来て下さい」
夕陽がふっと微笑む。その表情に、朝影も思わず目を細めた。
「お前……昔より、よく笑うようになったな」
「……そう、ですか?」
問い返す弟に、朝影はしみじみと頷いた。
夕陽は、少し間をおいてから口を開く。
「……ええ、そうかもしれません。……毎日が賑やかで、飽きませんからね」
「ふっ、そうか」
酒を一口煽って、朝影は視線を月へと向けたまま言う。
「……けどよ、あんまり抱え過ぎんな。全部一人でなんとかしようとしたら、いつか潰れちまう」
「……」
「そうなったとき、一番泣くのはあの二人だ。……あいつらは、お前の荷物を一緒に持ちたいと思ってる。だからもう少し、肩の力を抜いてもいいんじゃねーか」
夕陽は、そっと視線を落とす。
「……でも、私は怖いんです。厄介事に巻き込んで、あの時のように、また……誰かを失うのが」
「バーカ。今更だろ? お前があいつらを拾っちまった時から、もう巻き込まれてる。それに、あいつらがそんなヤワな玉に見えるか? 命を懸けてでもお前を守るさ。……たとえそれで終わっても、きっと本望だろうよ」
そして、低く静かな声で続けた。
「守れなかったときのほうが、何十倍も傷がでかい。……それは、お前が一番知ってるはずだ」
父の顔、母の笑顔、幼い弟の手。
守ることができなかった思い出が、夕陽の胸を静かに締めつけた。
──だからこそ、同じ過ちを繰り返したくない。
それでも――
「……兄上」
「おっと、しみったれた話はここまでだ!」
ぱん、と膝を打ち、朝影は立ち上がる。
「もう寝る! 戸締まり、よろしくな」
「……はい、おやすみなさい兄上」
月は、高く澄んでいた。
***
朝早く、まだ空気に朝露の冷たさが残る頃――身支度を終えた朝影が、静かに玄関の戸を開けた。
「朝影の兄貴! もう行くのか?」
縁側で早起きしていた朱雀が声を上げると、朝影は振り返って肩をすくめる。
「ああ、世話んなったな」
「待って下さい、今夕陽様を――」
「いや、まだ寝てんだろ? あいつは昔っから朝が苦手だったからなぁ。構わん、寝かしとけ」
そう言って笑った朝影の横顔には、どこか懐かしむような優しさが滲んでいた。
「じゃあな、二人とも。……夕陽のこと、頼んだぞ。無茶し過ぎないように、支えてやってくれ」
「……はい!」 「ああ、言われなくても」
ふたりの返事に満足そうに頷くと、朝影はひょいと手を挙げ、踵を返して歩き出した。
その背を見送る朱雀が、ぽつりと呟く。
「……あの人、どこまで本気なのかわかんねぇな」
銀郎が小さく息を吐き、隣でそっと呟き返す。
「たぶん、あれが“兄”というものの、不器用な愛情なのだろう」
ふたりが見守る中、朝影の背はゆっくりと、朝靄に溶けるように遠ざかっていった。
その背には、孤独な影と、弟を信じて託す者の静かな覚悟が、確かに滲んでいた。
第五話:兄、影にして陽だまり 完
1
あなたにおすすめの小説
黒に染まる
曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。
その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。
事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。
不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。
※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。
【完結】フィクション
犀川稔
BL
変わらない日常送る恋(れん)は高校2年の春、初めての恋愛をする。それはクラスメートであり、クラスのドー軍の存在に値する赤城(あかし)だった。クラスメイトには内緒で付き合った2人だが、だんだんと隠し通すことが難しくなる。そんな時、赤城がある決断をする......。
激重溺愛彼氏×恋愛初心者癒し彼氏
--------------------------------------------------------------
この話のスピンオフストーリーとなります「ノンフィクション」も公開しております。合わせて見てもらえると嬉しいです。
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
若頭の溺愛は、今日も平常運転です
なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編!
過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。
ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。
だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。
……俺も、ちゃんと応えたい。
笑って泣けて、めいっぱい甘い!
騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー!
※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる