愛している人に愛されない苦しみを知ってもらおうとした結果

よしゆき

文字の大きさ
4 / 7

4

しおりを挟む






 それから、再びトビアスの妻としての生活がはじまった。
 トビアスはカティを大切にしてくれる。まさにカティが幼い頃に夢見ていた、理想的な旦那様そのものだ。
 夜は同じベッドで眠るが、やはりカティは彼に抱かれることを拒んだ。トビアスはそれを責めずに受け入れてくれている。カティが傍にいてくれるだけで充分だと微笑んでくれる。
 大切にされていると実感できるのに、それを素直に受け止められない。
 ずっと好きで、浮気されても気持ちは変わらず、彼を愛しているのは確かなのに。心から愛する人が愛していると言ってくれているのに。こんなにも大切にされているのに。
 その事実に喜ぶこともできず、いつ彼が心変わりするのかと、そればかりを考えている。
 体を許さなければ、きっとその内我慢できなくなって娼館に行くはずだ。早くそうなってほしいとすら思ってしまう。この先ずっと怯えて過ごすくらいなら、早くカティへの愛が冷めてしまえばいいと。そうすれば傷は浅くて済む。ほらやっぱり、と笑って用意していた離婚届を彼に渡して、そしてカティはまたあの老夫婦のところへ戻るのだ。
 欲しいものを目の前に差し出されているのに、カティはそれに手を伸ばすことができない。手を伸ばした瞬間、取り上げられる恐怖に竦んで動けない。
 愛する人が浮気することを待ってしまっている。
 自分はおかしくなってしまったのだろうかと、カティは思った。
 だってこんな考え、まともではない。
 もっと早く、カティが彼に愛されることを諦めるよりも前に彼から愛の言葉を聞くことができていたら。
 そうしたら、きっと素直に信じられた。心から喜べた。愛する人に愛される喜びを純粋に感じられたのだろう。
 いつトビアスが娼館へ行くのか。夜中にこっそりベッドを抜け出すのではないか。仕事だと家を出て、女性と逢い引きしているのではないか。
 そんなことを考えて毎日気を張り詰めているカティは精神的に疲労していった。
 夜もあまり眠れず、ふらついたカティは足を滑らせ階段から転げ落ちそのまま意識を失った。
 目を覚ましたカティは、視界に入る見慣れぬ景色に戸惑う。独特の匂いに清潔なベッドに真っ白なシーツ。自分が病院のベッドに寝かされているのだと、それほど時間はかからずに気づくことができた。
 けれど。

「カティ! よかった、目が覚めたんだね!」

 そう言って笑顔で涙ぐむ男性を見て困惑した。

「トビアス、様……ですか……?」
「そうだよ。……どうしたんだ、カティ?」

 首を傾げるトビアスは、カティの知るトビアスとは少し違って見えた。

「あの……私、どうして病院に……?」
「覚えていないのか? 君は階段から落ちて意識を失ったんだよ」
「えっ……? うちの階段ですか?」
「そう。俺達の屋敷で」
「俺達の……?」
「…………」
「…………」

 カティとトビアスは言葉を失くし暫し見つめ合った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一番でなくとも

Rj
恋愛
婚約者が恋に落ちたのは親友だった。一番大切な存在になれない私。それでも私は幸せになる。 全九話。

運命の人ではなかっただけ

Rj
恋愛
教会で結婚の誓いをたてる十日前に婚約者のショーンから結婚できないといわれたアリス。ショーンは運命の人に出会ったという。傷心のアリスに周囲のさまざまな思惑がとびかう。 全十一話

身代わりーダイヤモンドのように

Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。 恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。 お互い好きあっていたが破れた恋の話。 一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

貴方は私の

豆狸
恋愛
一枚だけの便せんにはたった一言──貴方は私の初恋でした。

政略結婚の鑑

Rj
恋愛
政略結婚をしたスコットとティナは周囲から注目を浴びるカップルだ。ティナはいろいろな男性と噂されるが、スコットの周りでは政略結婚の鑑とよばれている。我が道をいく夫婦の話です。 全三話。『一番でなくとも』に登場したスコットの話しです。未読でも問題なく読んでいただけます。

【完結】見えるのは私だけ?〜真実の愛が見えたなら〜

白崎りか
恋愛
「これは政略結婚だ。おまえを愛することはない」 初めて会った婚約者は、膝の上に女をのせていた。 男爵家の者達はみな、彼女が見えていないふりをする。 どうやら、男爵の愛人が幽霊のふりをして、私に嫌がらせをしているようだ。 「なんだ? まさかまた、幽霊がいるなんて言うんじゃないだろうな?」 私は「うそつき令嬢」と呼ばれている。 幼い頃に「幽霊が見える」と王妃に言ってしまったからだ。 婚約者も、愛人も、召使たちも。みんな私のことが気に入らないのね。 いいわ。最後までこの茶番劇に付き合ってあげる。 だって、私には見えるのだから。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

恋を再び

Rj
恋愛
政略結婚した妻のヘザーから恋人と一緒になりたいからと離婚を切りだされたリオ。妻に政略結婚の相手以外の感情はもっていないが離婚するのは面倒くさい。幼馴染みに妻へのあてつけにと押しつけられた偽の恋人役のカレンと出会い、リオは二度と人を好きにならないと捨てた心をとりもどしていく。 本編十二話+番外編三話。

処理中です...