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ひなの場合
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しおりを挟む岡崎ひなは、一見普通の女子高生だ。
身長が平均よりも低く、幼児体型で小学生に間違われることもあるが、れっきとした高校一年生である。
彼女が普通と違うのは、兎の血が流れているということだ。彼女の、「ひい」が何個か付く祖母が兎なのだ。比喩ではなく、兎なのだ。人間の男性に恋をした兎が、人間になって人間と結ばれ、やがて子供を産んだ。そうして兎の血が受け継がれていった。
信じられないような話だが、実際にひなには兎の血が流れている。兎がどうやって人間になったんだ、という疑問はあるが、それは本人にもわからないので謎のままだ。きっと神様が兎の恋を叶えてくださったのだと、そういうことで結論づけている。
そうして兎の血を引く子供たちが誕生し、その子供たちは全員必ず発情するという体質を持って生まれてきた。成長し、やがて誰かに恋に落ちる。すると、その恋をした相手に否応なしに発情してしまうのだ。恋する相手を前にして、目を見つめ、声を聞き、傍にいるだけで、触れられもしないのに体か反応する。そういう体質だ。
だから兎の血を引く子供たちは、普通よりも恋をすることに慎重だ。うっかり誰かを好きになってしまったら、その相手が傍にいるだけで、時も場所も関係なく発情してしまうのだから。
そしてひなも、未だ恋をしたことがなかった。彼女の場合、ちんちくりんな外見が弄りやすいのか幼い頃から男子にからかわれることが多く、そのせいで少しだけ男子に対して苦手意識があるというのも原因の一つだ。自分から進んで男子と関わろうとしなかったので、好きな異性ができることもなかった。
誰かに恋をする自分を想像したこともなく、だからひなはあまり警戒していなかった。いつかは好きな人が現れるだろうとは思っていたが、まだ先のことだと、そんな風に考えていた。
高校に入学して数ヶ月経ったが、友達はできてももちろん好きな人などできなかった。友達との恋ばなについていけないことを除けば、ひなは充分楽しい高校生活を送っていた。
そんなある日のことである。
休み時間、ひなは廊下を歩いていた。すると前方から向かってきた上級生とぶつかってしまった。運の悪いことに、とてもガラの悪そうな生徒だった。
「てめえ、このブス! どこに目ぇつけてんだっ」
外見を裏切ることなく、本当にガラの悪い生徒だった。
「すすすすみません!!」
厄介な生徒に絡まれ、ひなはとにかく謝った。ひたすら謝罪を繰り返した。
確かにひなはドジだが、今ぶつかったのは明らかに相手の前方不注意だった。相手が全く前を確認せずに向かってきたのだ。ひなは避けようとしたが間に合わず、衝突してしまった。
しかしそれを指摘しようものなら更に面倒なことになるのは目に見えている。どうにか穏便に済ませようと、ひなは何度も頭を下げた。
そのとき、ガラの悪い上級生の後ろから一人の男子生徒が歩いてくる。そして、二人の肩がぶつかった。
ひなは怯える。
この状況でそんなことになれば、更に上級生の怒りを買うことになるだろう。
案の定、上級生の顔が苛立ちに歪む。その憤りをぶつけるように、彼はぶつかってきた生徒に怒声を浴びせた。
「てめえ!! どこに目ぇつけてんだよ!!」
勢いのままに相手の胸倉を掴もうとする。
だが。
「ああ?」
男子生徒が上級生に顔を向ける。視線だけで相手を殺せそうなほど強く上級生を睨み付ける。
その眼光の鋭さに、胸倉を掴もうとしていた上級生の手が止まった。行き場を失くした手を不自然な動作でポケットに突っ込み、さりげなさを装って視線を逸らす。
「き、気をつけろよ……」
そんな言葉を残し、上級生は去っていった。
「なんだ、あいつ……」
呆れた呟きを漏らしながら、男子生徒も別方向へ歩いていく。
ひなは硬直したまま、なにも言えずそれを見送った。
男子生徒のことを、ひなは知っていた。というか、同じクラスなのだ。名前は葛城司郎。強面で長身の彼は、隣にいるだけで相手を威圧する。そのうえ無口で無愛想なので、クラスメイトは彼を避け、誰一人関わろうとしない。
他校の不良との喧嘩は日常茶飯事だとか、喧嘩を売った相手は必ず半殺しにされるだとか、様々な噂が飛び交っている。真実かどうかはわからないが、それを信じさせる雰囲気を彼は纏っていた。
同じクラスとはいえ、もちろんひなは彼と言葉を交わしたことなどない。司郎は恐らく、ひながクラスメイトだということも知らないだろう。
ぼんやりと彼の後ろ姿を見送りながら、ふと気づく。
司郎にお礼を言っていない。
彼の登場で、成り行きだがひなは助けられた。それなのに、一言も感謝を告げずに別れてしまった。
とにかく一言お礼を伝えたくて、ひなはひたすらチャンスを待った。
同じクラスなので教室に司郎はいるのだが、腫れ物に触るような扱いを受けている彼に人前で話しかければ、どうしたって注目を集めてしまう。変に勘繰られては、司郎にも迷惑がかかるだろう。
だからひなは、彼が一人になるのを待った。
チャンスは昼休みに訪れた。
昼休み、司郎はいつも教室にはいない。恐らくどこか人気のない場所で一人で過ごしているに違いない。そう考えたひなは、教室を出ていく彼のあとにこっそりついていった。
ひなの読み通り、司郎は生徒が寄りつかない校内の隅にある空き教室に入った。
それを見届け、ひなは扉の前で立ち止まる。緊張を解すため、深呼吸を繰り返した。
気安く声をかけるなと、怒られてしまうかもしれない。余計なことをして、今度は司郎に絡まれる恐れもある。
それでも、それを覚悟の上でひなは教室の中に入った。怖かったけれど、そうしなければひなの気が済まないのだ。お礼を言えなかったモヤモヤを、ずっと抱えることになる。
だからひなは勢いのまま室内に足を踏み入れ、床に座ってパンを食べていた司郎の前でガバッと頭を下げた。
「私、同じクラスの岡崎ひなと申します! 先ほどは助けて頂いてありがとうございました!!」
「……なんのことだ?」
顔を上げると、司郎は訝しげにこちらを睨んでいた。
怯みそうになるが、ひなは恐怖を堪えて説明する。
「さっき、廊下で上級生に絡まれていたとき、ちょうど葛城さんが通りかかって……」
「……ああ。あー……。そういえばお前、あそこにいたっけ」
「はい」
「別に俺、助けたつもりはねぇよ」
「でも、葛城さんのお陰で私はとても助かりました。本当にありがとうございました」
「はあ」
司郎はどうでもよさそうに相槌を打つ。
目的を果たしたひなは、彼のそんな態度も気にならなかった。
お礼を言えたことに満足し、達成感が彼女の胸を占めていた。
肩の力を抜き、気の緩んだひなの視界に見覚えのある物が映る。
その瞬間、無意識に声を上げていた。
「ああ! その本!」
司郎の傍らに置いてある本を指差す。
「は?」
「葛城さんも読んでるんですか! 私も大好きなんです!!」
ぽかんとする司郎に、ぐっと身を乗り出しひなは熱く語りだす。
「小学生の頃にはじめて読んで、あまりの面白さに衝撃を受けたんです! 何度も読み返して、何度読んでも物語に引き込まれて、一度読みはじめると止められなくなっちゃうくらい大好きで、特に物語の中盤で……」
握り拳で熱弁していたひなは、ハッと我に返る。
呆気に取られた表情で、司郎がこちらを見ていた。
ひなの顔が真っ赤に染まる。
「すすすみません!! 一人で興奮して……。失礼しました!!」
ひなは逃げるようにその場から走り去った。
いくら自分が好きな本を読んでいる相手にはじめて巡り会えたからといって、我を忘れて食いついてしまうなんて恥ずかしすぎる。しかも相手は怖い噂にまみれた葛城司郎だ。
あんな風に馴れ馴れしく接して、不快な思いをさせてしまったのではないか。恥ずかしさのあまり逃げてきてしまったが、もっときちんと謝るべきだったかもしれない。
かといって、今更戻る勇気もない。熱すぎるひなの態度に、司郎は完全に引いていた。再び彼と顔を合わせるのは、恐怖よりも羞恥が強い。
もういいだろう。どうせ二度と関わることはない。お礼を伝えるという目的は果たせたのだから。余計な行動を起こせば、更に恥を上塗りすることになりかねない。
そう考え、ひなは自分の失態を忘れることにした。恥ずかしくて当分は忘れられないだろうが。
それよりも今は、昼休みが終わる前に早く食事を済ませなければ。
ひなは急いで教室に戻った。
数日後。忘れようという努力の結果、司郎とのやり取りの記憶はひなの中でほとんど薄れていた。あの日から一度も会話をしていないし、目を合わせてもいないのだ。そのうち完全に忘れられるだろうと思っていた。
そんなとき。
休み時間、階段を上っていたひなは足を滑らせる。
あ、と思ったときには背中から落下していた。
受け身をとる余裕もなく、恐怖に強く目を瞑る。
床に叩きつけられるよりもずっと弱い衝撃が背中にぶつかった。なにが起きたのかわからないまま二度目の衝撃が襲うが、これもほとんど痛みを感じなかった。
状況を把握できないまま、恐る恐る目を開ける。仰向けに倒れていた体を起こし、自分が誰かを下敷きにしていることに気づいた。
慌てて顔を向けると、そこにいたのは司郎だった。今のひなは、上を向いて倒れている司郎の上に座っている状態だ。
サッと全身から血の気が引いていく。
恐らく司郎は、ひなの後ろから階段を上っていた。そこでひなが足を滑らせ、後ろにいた司郎に背中からぶつかり、そのまま彼を巻き込んで階段から落ちたのだ。
「すすすすすすすみません!! 大丈夫ですか!?」
完全に動揺していたひなは、司郎の上に乗っかったまま土下座する。なによりもまず先に彼の上から下りなければならなかったのに、半ばパニックに陥っていたひなは順番を間違えた。とにかく謝罪をしなければと、それしか頭になかったのだ。
司郎はギロリとこちらを睨む。至近距離で彼の視線に射ぬかれ、ひなは竦み上がった。
殴られる。少なくとも一発は殴られる。それを覚悟した。
上半身を起こした司郎は、両腕を伸ばしてくる。ビクッと震えるひなの体を軽々と持ち上げた。そして自分の上からひなを下ろす。
驚くほどに、丁寧な動作で。
ぽかんとするひなに、司郎が言う。
「お前、軽いから別に平気だ。お前のほうこそ怪我しなかったか?」
無愛想ではあるが、そのセリフはひなを心配しているようだった。
その態度に、ひなは戸惑う。
てっきり、怒鳴りつけられ殴られると思っていたのに。
「お、怒ってないんですか……?」
「怒るようなことじゃねぇだろ。わざとじゃないなら」
「も、もちろんわざとじゃないです!」
「なら別に怒らねぇよ」
司郎は立ち上がり、言葉通り怒ることも殴ることもなく去っていった。
本当に、怒ってはいない様子だった。寧ろ心配するような言葉をかけてくれた。
ひょっとして、睨まれたわけではないのかもしれない。ひなが睨まれたと感じただけで、彼にそのつもりはなかったのかもしれない。
彼に纏わる様々な噂を信じ、ひなが勝手に怯えていただけなのではないか。彼の態度を見る限り、噂が全て真実とも思えない。だとしたら、殴られるかもしれないなんて、あまりにも失礼な勘違いだ。
司郎のことをなにも知らないくせに、ビクビク怯え、結局またお礼も言えなかった。まともな謝罪もできていない。
このままにはしたくなかった。
ひなは歩きだし、自分にできることを考えた。
翌日の昼休み、ひなは司郎がいる空き教室に向かった。
ノックをしてから扉を開けると、前回と変わらず彼はそこに一人でいた。
ひなは床に座る司郎に近づき、持っていた物を差し出す。
「葛城さん、もしよかったら、このお弁当食べてください!」
「は?」
司郎は怪訝そうに差し出された弁当とひなを交互に見る。
「わ、私、作ってきたんです。葛城さんに食べてほしくて……」
「弁当? なんで?」
「この間のお礼と、昨日のお詫びと言いますか……」
「そんなことで、わざわざ作ってきたのか?」
「い、いえ、その、自分の分を作るついでで……いや、ついでということもないんですよ! きちんと感謝の気持ちを込めて作りましたし……あ、でも、葛城さんの口に合うかはわからないんですが……で、でもでも、毒は入ってないですし、人が食べられる食材を使って……もちろん味見もしました……わ、私の味覚は普通だと思いますし、た、食べられるとは思うんですけど……」
自分は一体、長々となにを言っているのだろう。
そんな疑問が頭に浮かぶが、言い訳なのか説明なのか訳のわからない発言が止められなくなっていた。
このままでは延々と喋りつづけてしまう。
自分でもどうすればいいのかわからなくなってしまっていたが、司郎がそれを止めてくれた。
「ぶはッ」
司郎が急に吹き出したのだ。
何事かと思ったが、彼は肩を震わせて笑っていた。
「お前、必死すぎ……」
「す、すみません……」
真っ赤になって身を縮める。
恥ずかしいけれど、それよりも司郎の笑顔に釘付けになる。
笑うと雰囲気が柔らかくなり、屈託のないその笑顔は思わぬほど可愛かった。彼のこんな表情を見られたことが嬉しくて、胸が温かくなる。
「あの、食べてくれますか……?」
「ああ」
司郎はすんなりと弁当を受け取ってくれた。
ホッと胸を撫で下ろし、ひなの顔にも自然と笑みが零れる。
いそいそと、自分の分の弁当を取り出した。
「お隣いいですか?」
「……俺と一緒にいたら、お前も変な目で見られると思うぞ」
「大丈夫です、こんなところ誰も来ませんから!」
「……お前がいいなら、好きにしろ」
「いいんですか?」
「ああ」
司郎の許可を得て、ひなは彼の隣に座った。
二人はそれぞれの弁当を開ける。
司郎が食べるのを横目で確認しながら、ひなも箸を運ぶ。
隣で食事をしようと思ったのは、味の感想が聞きたかったからだ。司郎が一人で食べてるところをひながじっと見ているのはさすがにお互いに居心地が悪いだろうと考え、それならば一緒に食事をすれば問題ないという結論に至った。
そっと隣を窺うと、司郎は箸を止めることなく食べつづけている。
「あの、美味しくなかったら残してくださいね」
「大丈夫。うまいよ」
「ほんとですか!?」
彼の一言が、びっくりするほど嬉しかった。
わかりやすく、ひなの顔に喜色が広がる。頬を紅潮させながら、喜びを噛み締めつつ弁当を食べ進める。
その反応を、面白がるように司郎が見ていたことには気づかない。
「お前ってわかりやすいよな」
「え?」
「いや、意外と料理上手いんだなって」
「料理は小さい頃から手伝ってたので、慣れてるんです」
「今も小さいけど。同い年とは思えない」
「うぐっ……。こ、これから成長期がくる予定なんです……」
他愛のない会話をしながら、食事の合間にペットボトルの水を飲む。ひなは手を滑らせてそれを落としてしまった。
「あっ!!」
半分以上残っていた中身が飛び出し、司郎の傍らに置いてあった本をびしょ濡れにした。その本は以前ひなが自分も読んでいると興奮気味に食いついた本だった。
「ひいぃぃぃ!!」
ひなは絶叫する。
すぐにハンカチを取り出して水を拭き取る。ハンカチだけでは足りなくて、弁当箱の包みも使って懸命に水分を吸収する。
すぐに拭いても、本は紙だ。零した水の量も多かった。既に手遅れの状態で、ひなは泣きそうになった。
「すみません!!」
涙目で謝るひなに、司郎はあっさりと言う。
「水だし、乾かせばいいだけだろ」
「で、でも、ぶよぶよになっちゃいますよ!?」
「もともとボロボロだったし、気にしねぇよ。読むのに支障ないだろ」
司郎は一言もひなを責めない。あっけらかんと、なんでもないことのようにひなを許す。
お礼とお詫びを兼ねて弁当を作ってきたというのに、更なる失態を犯したのだ。今度こそ詰られてもおかしくない。
けれど、彼は決してひなを責めたりはしなかった。
それどころか、申し訳なさに落ち込むひなを、気にするなと慰めてくれた。
彼のその優しさに、更に泣きそうになる。
胸がきゅうっと締め付けられるような感覚は、ひながはじめて感じるものだった。
更に翌日の昼休み、ひなはまた司郎のいる空き教室を訪れた。しつこいと自分でも思ったのだが、どうしても渡したい物があったのだ。
「これを受け取ってください!」
お詫びの弁当と一緒に、一冊の本を渡す。昨日、水をかけて濡らしてしまった司郎の本と同じタイトルだ。
「葛城さんの本と、交換してください」
「気にしなくていいって言っただろ」
「そういうわけにはいきません! 本当は新品を渡したかったんですが、もう絶版になっていて手に入らなくて……私が読んでいたもので申し訳ないんですが」
昨日、本屋を探して回ったが、どこにも置いてなかったのだ。
「カバーはしてましたし、そんなに汚れてはいないので……その、水に濡れたものよりは読みやすいかと思いまして……」
「いや……」
「もしかして、大切な人からのプレゼントだったりしましたか!? それとも形見とか!? 大事な思い出がたくさん詰まっていたものでしたか!? それじゃあ私のと交換するわけにはいかないですよね。葛城さんの思い出の品を私が受け取ることはできないですし」
ひなは勝手に想像を膨らませ、なんてことをしてしまったのだろうと顔面蒼白になる。
「すみません、交換ではなく、私の本を差し上げますので、読むときはこっちを……」
「ぶはっ」
突然司郎が吹き出す。これで二度目だ。
以前もそうだったが、なぜこのタイミングで笑われるのか、ひなにはわからない。
「あの……私、変なこと言ってしまいましたか?」
「いや、悪い……すげぇ必死だったから」
「……すみません」
確かに、興奮し過ぎだった。思い返し、ひなは恥ずかしくなる。
赤くなるひなに、司郎が本を差し出してくる。
「じゃあ、交換な」
「え、でも、大切なものなのでは……」
「俺が自分で買ったものだし、誰かの形見でも思い出の品でもねぇよ。話の内容が気に入ってるだけで、本そのものに思い入れがあるわけじゃない」
「あ、そ、そうでしたか……」
自分の勘違いに、ひなは更に顔を赤くしながら本を交換した。
夜。ひなは自室のベッドの上で、ぼんやりと天井を見つめていた。手には、今日、司郎と交換した本が握られている。
ここ数日、毎日司郎のことを考えていた。
最初こそ彼に対し怯えていたひなだが、今は全く怖いとは思わない。寧ろ彼の優しさに助けられてばかりだ。
それなのに、根も葉もない噂で皆は誤解している。確かに目つきは悪くて威圧的に感じるが、ただそれだけだ。ちゃんと、あんな風に笑えるのに。
司郎の笑顔を思い出し、大きく心臓が跳ねた。
子供のような、可愛い屈託のない笑顔。
手に持った本から、微かに彼の匂いを感じた気がした。
ドキドキする。
体が熱い。
「あ……」
ぴょこん、と、頭から兎耳が生えた。
ひなはそのことにすぐには気づかなかった。ただ、頭に違和感を感じ、恐る恐る手を伸ばす。
フワフワの毛に覆われた、長い耳。
手で触れて、確かにそこにあることを確認する。
その兎耳は、発情すると生えるのだと聞いていた。
ひなにとって、兎耳が生えたのははじめてのことだった。
「うそ……」
ひなは呆然と呟く。
火照る体は、間違いなく発情していた。
司郎のことを考えて、体が反応したのだ。
つまり、ひなは司郎に恋をしている。
発情したことで、ひなは自分の気持ちに気づいた。
「そんな……」
どうすればいいのだろう。
司郎には知られたくない。自分の気持ちも、この体質のことも。
知れば、近づくことさえ許されなくなってしまうかもしれない。もう二度と、笑顔を向けてくれなくなってしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。
ならば、隠し通すしかない。
知られさえしなければ、僅かな時間だけでも、彼の傍にいられるのだ。
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