神父と盗賊

よしゆき

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 榊が戻ってきたのは、瑞樹がデザートのアップルパイを食べているときだった。

「お待たせしました」

 榊は瑞樹の正面に座る。
 二人の間のテーブルの上には、空いた皿が何枚も積み重なっていた。

「お疲れ様」

 そう言って榊の前にコーヒーの入ったカップを置いたのは、店主だ。

「霞ちゃんの話、聞いてくれてありがとう」
「いいえ。お礼を言われるようなことではありません」
「でも、あの子も神父様に話して少しは気が楽になっただろうし……。今、神父様がこの街に来てくれて、本当によかったわ」
「彼女は、随分と思い詰めているようでしたね」
「そうなのよぉ。無理もないけど、このままじゃあの子、体壊しちゃうんじゃないかって心配で……」

 二人の深刻な会話を聞くともなしに聞きながら、瑞樹はアップルパイを頬張る。皿が空になったところで、顔を上げた。

「おっちゃ……」

 おっちゃん、と呼び掛けようとした刹那、店主に物凄い形相で睨み付けられ、瑞樹は寸でのところで言葉を飲み込んだ。

「っ、っ…………お、おねーさん、チーズケーキ一つお願いします……」
「はぁい、チーズケーキね」

 店主は極上の笑顔を浮かべて厨房へ向かった。

(違う店にすればよかった……)

 散々料理を貪ったあとだが、スキップしながら厨房に入っていく店主の後ろ姿を見ながら、瑞樹はひっそりとこの店を選んだことを後悔した。

「にしても、神父っていいよな」

 ジュースの入ったグラスに手を伸ばしながら瑞樹は榊に向かって言った。

「なにがです?」
「話すだけで金がもらえるんだから、これ以上楽な仕事はないだろ」

 もちろん、神父とはそんな簡単な仕事ではない。瑞樹もそれはわかっている。
 皮肉が通じなかったのか、榊は顔色を変えることなく穏やかに微笑む。

「では、瑞樹さんは修道女を目指してはいかがですか?」

 さらりと言われ、飲んでいたジュースを噴き出しそうになる。

「……嫌味かよ」
「そんなつもりはありません」
「その方がよっぽどタチ悪いっての。オレみたいな奴が、修道女になれるわけねーだろ」
「そんなことはありませんよ。資格は誰にでもありますから」

 瑞樹は奇妙なものでも見るような目で榊を見た。
 榊の笑顔は、冗談や嫌味を言っているようには見えない。
 盗賊に向かって、本気でそんなことを言っているのだろうか。

(…………ほんとに、変な奴)

 榊は、盗賊だからといって、瑞樹を蔑んだり、見下したりしない。
 瑞樹が他人の物を盗むような人間だとわかった上で、嫌悪することもなく、対等に接している。
 こんなことははじめてのだった。




─────────────


 読んでくださってありがとうございます。



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