呪われた婚約者と結婚した話

よしゆき

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 それから、サイラスの態度は変わった。
 クロエをよく褒めてくるようになった。クロエが声をかければ、嬉しそうな笑顔を見せるようになった。
 そして週に一度、サイラスはクロエをデートに誘う。クロエは彼に連れられ、色んな場所へ行った。
 美術館や植物園、劇場で音楽や演劇を鑑賞したり。サイラスはクロエのために屋台の立ち並ぶ区域があるのを調べ、遠出してそこへ連れていってもくれた。
 デート中、手を繋ぐ時サイラスは必ずクロエの許可を取る。クロエが頷けば、嬉しそうにはにかみ、緊張した様子で手を握る。
 控え目に、握るというよりと包み込むような手の繋ぎ方だった。クロエの方からきゅっと握れば、サイラスは顔を真っ赤にし、それから花が綻ぶように笑った。
 彼は楽しそうに笑う。柔らかく優しい笑顔でクロエを見つめる。クロエがつられて口元を緩めれば、彼の笑みは更に深く喜びに満ちたものになった。
 そんな彼を見るたびに、彼は本当に自分の事が好きなのだと実感する。
 クロエは一人で過ごす時間を苦に感じた事はない。寧ろ一人でいる方が気楽で楽しかった。
 けれど、こうして彼と一緒の時間を過ごすようになって、今まで感じた事のない温かい気持ちが芽生えはじめた。最初は戸惑う事も多かったが、徐々に彼の傍にいる事が心地よいと感じるようになっていった。
 誰かと過ごす時間をそんな風に感じるなんて、クロエにとっては不思議な感覚だった。
 二人の関係は親密と呼べるほどではなかったが、確実に距離は近づいていた。
 そんな時、二人はまた夫婦でパーティーに招待されたのだった。そして今回も、クロエのドレスはサイラスが選んだ。選んでいいかと訊かれたので、クロエはそれに頷いた。
 ドレスを身に付け着飾ったクロエを見て、サイラスは興奮気味に褒め称えた。それを受けてクロエもサイラスを褒めた。するとサイラスは顔を赤くしてもじもじしていた。
 褒められる事など慣れているだろうに、こんなに照れるなんて……と僅かに引いていると、サイラスは拗ねたように顔を逸らし、君に褒められると嬉しくてこうなってしまうんだ、と言い訳する。そんな彼が何だか可愛く思え、クロエは小さく微笑んだ。
 そんなやり取りを経て、二人はパーティー会場へ向かった。前回とは違い、馬車内の空気は終始和やかだった。
 会場に着くと、サイラスはスマートにクロエをエスコートする。
 眼帯で顔半分を隠したサイラスは、今回も女性達のうっとりとした視線を集めていた。
 挨拶をしたり、軽く食事をしたり、ある程度時間が過ぎたところでクロエは化粧室へ向かおうとした。するとサイラスはクロエの腰を強く抱く。

「サイラス様?」
「……今度は、俺のところへまっすぐ戻ってきてくれるか?」

 サイラスは不安げな眼差しをクロエに向ける。
 前回、クロエはサイラスと別れた後、彼のところへ戻るつもりはなかった。そのまま一人で帰ろうとしていた。
 でも、今回は違う。彼はそんな事は望んでいないとわかっているから、先に帰ろうなんて考えていない。

「はい。すぐにサイラス様の元へ戻ってきます」

 しっかりと頷けば、サイラスは安心したように微笑みクロエから手を離した。
 そうしてクロエは化粧室へ入った。身なりを整えパーティー会場へ戻ろうとしたその途中、廊下にしゃがみこむドレス姿の女性を見つけた。クロエは近づき声をかける。

「大丈夫ですか?」

 顔を覗き込み、知っている顔だと気づいた。確かイザベラという名の、同年代の女性だ。以前、何度かパーティーで見かけた事がある。挨拶をする程度で、殆ど話した事はない。
 彼女は具合悪そうに口元を手で押さえている。

「ごめんなさい、ちょっと気分が悪くて……」
「誰か呼んで来ましょうか?」
「待って、誰も呼ばないで。こんな風になっているところ、誰にも見られたくないの……」

 イザベラは縋りつくようにクロエの腕を掴んでくる。
 きっと大事にしたくないのだろう。しかし、だとするとこういう時どうすればいいのだろう。
 迷っていると、イザベラが言った。

「向こうに休めるところがあるの。そこまで連れていってもらえる?」
「わかりました」

 クロエはイザベラを支え、立ち上がらせる。
 てっきり会場内の客室を使うのかと思ったら、イザベラは裏口から会場を出るように促す。少し離れた場所にゲストハウスがあった。
 ここは宿泊客が使う場所ではないのか。一瞬疑問に思ったが、きっとパーティーに参加した後、ここに宿泊する予定なのだろう。
 そう考えて、クロエは彼女を中へ連れていく。イザベラは廊下の突き当たりのドアの前で足を止めた。

「ここよ。連れてきてくれてありがとう」

 言いながら、彼女はドアを開ける。真っ先にベッドが目に入る、シンプルな部屋だった。

「中に入って」
「っえ……?」

 強い力で腕を引かれ、クロエは室内へ足を踏み入れた。その時には、イザベラはクロエに支えられる事なくしっかりとした足取りで歩いていた。
 何かがおかしい。嫌な予感に足を止めようとするが、イザベラは強引にクロエをベッドへと連れていく。

「イザベラ様……?」
「あら、私の事を知っていたの?」
「以前に、何度かパーティーでお見かけしました」
「そう。だったらこれも知ってる? 私とサイラスがそういう関係だったって事」

 イザベラは艶然と微笑む。確かに彼女は、サイラス好みの華やかで色気のある女性だ。手を出していてもおかしくない。もしかしたら、いつかのパーティーで二人が一緒にいるところを見ていたかもしれない。クロエの記憶に残っていないだけで。

「いえ、それは知りませんでした」
「全然動揺しないのね。つまんない」
「っ……!?」

 グイッと手首を引っ張られ、クロエはベッドに倒れた。起き上がろうとするクロエの鼻先に、蓋の開いた小瓶を突きつけられた。独特な匂いによくないものを感じるが、もう遅い。クロエは香りを吸い込んでしまった。
 途端に、眩暈に襲われる。頭がくらくらして、意識を保っていられない。
 サイラスの事を思い出す。すぐに彼の元へ戻ると言ったのに。今頃心配しているかもしれない。不安にさせてしまっているかもしれない。
 早く彼のところへ戻らなければ……。
 しかしクロエの意識は呆気なく途切れてしまった。





 クロエはベッドの上で目を覚ました。ぼんやりと天井を見つめ、見慣れないその光景に違和感を覚える。そして意識を失う前の事を思い出した。慌てて体を起こそうとして、両手首が頭上で拘束されている事に気づく。

「っ……!?」
「目が覚めたわね。気分はどう? ああ、心配しないで、眠っていたのは十分くらいだから」

 傍らから聞こえてきた声に更なる違和感を抱く。声の方へ顔を向けて、クロエは目を見開く。
 ベッドの横に立ち、こちらを笑顔で見下ろす女性。それは紛れもなく自分の姿だった。クロエがそこに、目の前にいるのだ。

「驚いた? すごいでしょう? 今、あなたの魂は私の体に、私の魂はあなたの体にある。心を入れ替える魔術……あなたにとっては呪いかしらね?」

 自分の顔がクスリと笑う。その意味深な言い方にピンときた。

「イザベラ様が、サイラス様に呪いをかけたのですか?」
「ええ、そうよ。知らなかった? サイラスはあなたに教えなかったのね」

 イザベラは優越感に満ちた笑みを浮かべる。自分の顔で、自分がしないような表情を見せられるのは不思議な感覚だった。

「こんな事をして、どうするおつもりですか?」
「決まってるでしょう? これからは私があなたに、あなたが私に成り代わって生きていくのよ」
「……っ」
「これからここに、男がやって来るわ。今日のパーティーの主催者の息子よ。私の事を好きにしていいって、彼に伝えてあるわ。嫌がっても、それは演技だからやめないでって。そういう遊びとして一緒に楽しみましょうって。彼、喜んでこの部屋を用意してくれたわ。だから、あなたはイザベラとして彼にたっぷり可愛がってもらってちょうだい」
「そんな……っ」

 青ざめるクロエを見下ろし、イザベラは悪辣に微笑む。

「じゃあ、いい子で待っていてね」
「待って……! 待って下さい、イザベラ様……!」

 引き止める声は無視され、イザベラは振り返りもせずに部屋を出ていってしまった。





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