呪われた婚約者と結婚した話

よしゆき

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 無事に自分の体を返してもらえたクロエはサイラスと共に屋敷へ帰った。

「本当にすまない、クロエ。俺のせいで君を危険な目に遭わせて……」

 サイラスはずっと謝り続けている。寝室に入りベッドに上がっても、彼は申し訳なさそうに肩を落としたままだ。
 今回の件はそもそも自分の軽率な行動が招いた事だと、サイラスは深い自己嫌悪に陥っていた。

「サイラス様、私は気にしていませんので、もう謝らないで下さい」

 クロエはそう言ってくれるが、そんなわけがないだろう、と思う。両手首を拘束され、男に襲われたのだ。恨みを買ったサイラスのとばっちりで。つまりサイラスのせいで。

「どうして怒らないんだ? 気の済むまで罵倒して、殴って、俺を責め立てていいんだぞ」
「そんな事はしないです。したいと思ってないです」
「どうしてだ? 俺に腹が立たないのか?」
「はい。おかしいでしょうか……?」
「ああ、いや、違うんだ……。俺は自分で自分が許せなくて……それで君に責めてほしいだけなんだ……。でも、本当に怒っていないのか? 俺は君が自分の気持ちを押し殺して我慢しているんじゃないかと心配だ……」
「いえ、そんな事はないです」

 気遣わしげに見つめてくるサイラスに緩く首を振って答える。
 クロエは特に我慢などしていない。それは本心だ。

「本当か……? 俺はクロエに、二度と顔も見たくないと思われても仕方ないような失敗を色々犯していると思うんだが……」
「サイラス様の事を、そんな風に思った事はないです」

 きっぱりと言えば、サイラスは何とも表現できない顔をする。

「そうやって君が俺を許してくれるから、俺は君に甘えてしまう……」

 サイラスは沈痛な面持ちで言うが、許すも何もクロエは彼に対して怒りを抱いた事はない。

「俺のような最低な男はクロエには相応しくない……。自分でもわかっている。でも、俺は君から離れたくない……。君を手放したくないんだ」
「はい」

 サイラスはクロエと一緒にいる事に罪悪感のようなものを抱えているのかもしれない。
 だが寧ろ、今更「君の為に俺達は一緒にいない方がいい。別れよう」、なんて言われる方がクロエとしては困る。
 今の生活に何の不満もない。このままでいたいとクロエは願っている。

「俺がこんな事を言うなんて図々しいにもほどがあるが……。これからも君の夫でいさせてほしい。お願いだ、クロエ」
「はい。もちろんです、サイラス様」

 切実な思いを込めたサイラスの言葉に、クロエはコックリ頷いた。
 あまりにもあっさり答えたからか、サイラスは本当にいいのかと言いたそうな顔をしていた。
 もう夜も遅い時間なので、二人はベッドに横になる。

「クロエ……」

 寝ようとしていたクロエは、呼びかけられて視線を彼に向ける。
 サイラスはまっすぐにクロエを見ていた。彼の瞳には狂おしいほどの熱が込められている。

「愛してる……。信じてもらえないかもしれないが、俺は本当に君を愛しているんだ」
「…………はい」

 もっと何か言った方がいいのかと考えたのだが、何を言えばいいのかわからなくて結局それしか言えなかった。
 私も愛しています、と言えれば良かったのかもしれない。けれど、彼は嘘の言葉を望んではいないだろう。
 自分は彼を愛しているのかわからない。他の人よりも特別なのは確かだ。しかし愛と呼べるような感情を彼に抱いているかはわからない。
 愛のない結婚で、形だけの夫婦になると思っていたのだ。
 誰かに愛されるという事自体クロエには予想外で、現実味がない。
 クロエと結婚はしても彼は別の女性と子供を作り、跡取りにするのだと思っていたくらいだ。
 でも、サイラスは本当に自分を愛してくれているのだろう。それは彼の言葉や行動や表情から伝わってくる。
 いつか、彼の愛に応えられる日が来るのだろうか。
 そんな事を思いながらクロエは眠りに落ちていった。





 翌朝。クロエが目を覚ますといつものようにサイラスが隣で眠っていた。
 サイラスの美しい寝顔が目の前にある。その顔をぼうっと見ていたクロエだが、ハッと重大な事に気づいて体を起こす。

「サイラス様、サイラス様、起きてください」

 呼びかけ、彼の肩を軽く揺する。

「んん……? クロエ……?」

 ほどなくしてサイラスが目を覚ます。彼は焦った様子で弾かれたように体を起こした。

「どうした!? 何かあったのか!?」

 クロエに起こされるのがはじめてだったので、サイラスは緊急事態かと一気に意識が覚醒した。

「いえ、私ではなくサイラス様に……」
「俺に……?」
「サイラス様のお顔が元に戻っています」
「…………」
「呪いが解けていますよ」
「…………」

 クロエの言葉を理解するのにサイラスは暫しの時間を要した。それからハッとしたように自分の顔に触れる。肌の感触を確かめ、いつもと違う視界に気付き、転げ落ちるようにベッドから降りて壁にかけてある鏡に駆け寄る。
 そしてサイラスは自分の顔を見た。呪われる前の顔がそこにある。

「な、何でだ……!?」

 サイラスは愕然と自分の顔を見つめる。

「俺はクロエを元に戻してほしいと頼んだだけで、俺の呪いを解いてほしいと頼んだ覚えはないぞ……!?」
「その……もうイザベラ様の気が済んだのではないでしょうか?」

 昨日のイザベラの吹っ切れたような笑顔を思い出しながらクロエは言った。
 しかしサイラスは納得できないようだ。

「だからといって、こんな勝手な真似……っ」

 呪いが解けたというのに彼は喜ぶ事もなく憤慨している。
 それからクロエに近づき、申し訳なさそうに眉を下げた。

「すまない、クロエ……。君への愛を誓う為に俺は一生呪われたままでいると約束したのに……っ」

 そんな約束しただろうか。クロエは自分の記憶を探ったが見当たらなかった。
 しかしサイラスはこの世の終わりのように絶望した顔をしている。

「待っててくれ、これからイザベラのところへ行って、もう一度呪いをかけるように言ってくる」

 そんなわけのわからない事まで言い出す始末だ。そんな事をしたら彼にとってもイザベラにとっても、決して良い結果にはならない。
 それだけは阻止しなくてはとクロエはサイラスを宥めた。

「落ち着いて下さい、サイラス様。呪いが解けて良かったじゃないですか」
「全然良くない……。これから俺は、いつクロエにもらった眼帯をつければいいんだ……? 折角クロエが俺の事を思って一生懸命選んでプレゼントしてくれた眼帯なのに……。もういっそ、ずっとつけてようか。俺の体の一部のように肌身離さず身につけておけばいいのか」
「それはやめた方がいいと思います。その……眼帯の事は気になさらず。使わずにしまっておいて下さい」
「そ、そんな……そんなっ……クロエが俺にはじめてくれたプレゼントなのに……」

 サイラスはガクリと膝をつき項垂れる。

「クロエが……クロエが、俺に……クロエからのはじめての……クロエに……クロエが……俺への……」

 サイラスは悲愴感に満ちた表情でぶつぶつと呟いている。
 正直クロエは軽い気持ちで贈っただけなので、そんなに大事にしてもらわなくてもいいのだが。
 まあ、そんな事でいつまでも落ち込んではいないだろう。そう考え、クロエはあまり気にしていなかった。





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