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しおりを挟む翌日。ジェシカに結婚の事を確かめたら、彼女はあっさり嘘だったのだと言った。
「う、嘘だった、のか……」
「うん。ごめんね、エル先生」
ジェシカに素直に謝られ、拍子抜けしてしまう。
「あ、勘違いしないでね。私フィルさんの事が好きで、だからあんな嘘をついたとかじゃないから。フィルさんの事は好きだけど、恋愛感情じゃないから」
「では、どうして嘘を?」
「フィルさんにね、すごーくすごーーくお世話になってるの。お菓子とかお洋服とか、いつもいっぱい持ってきてくれるのよ。皆の誕生日も欠かさずお祝いしてくれるの。私が勉強したいって言ったら教科書もたくさん用意してくれて……時間がある時は勉強も見てくれるの。だからね、私、フィルさんに恩返ししたいのよ」
「はあ……」
その話がどう繋がるのかわからず、エルザは首を傾げつつ黙って聞いていた。
「どうすれば恩返しできるのか考えてたの。考えたけど私にできる事なんて全然なくて……でも、そんな時にフィルさんがエル先生を連れてきたのよ」
「ああ」
「私、すぐに気づいたのよ。フィルさんはエル先生の事が好きなんだって!」
「っ……!?」
エルザはぎょっとした。昨日フィルに思いを伝えられていなかったら、そんなはずないと一蹴していただろう。
エルザは全く気づいていなかったのに、この少女はフィルの気持ちを見抜いていたというのか。子供だからと侮ってはいけないのだな、とエルザは感心してしまう。
「だから私、エル先生にもフィルさんの事を好きになってほしくて……。私が結婚の約束してるって言ったら、焼きもち焼いてくれるかなって。恋愛小説で読んだの。ライバルが登場する事によって、両片思いの二人は結ばれるのよ!」
「……なるほど?」
よくわからないが、ジェシカがフィルの為に嘘をついたのだという事はわかった。
「もちろん、無理やり二人をくっつけたいと思ってるわけじゃないわよ。そんなのフィルさんも嬉しくないと思うし……。でも、エル先生も少しはフィルさんの事意識してくれた? エル先生はフィルさんの事どう思ってる?」
キラキラと好奇心に満ちた双眸で見つめられ、エルザは悩んだ。
「……とても立派な、尊敬できる人なんだなって思うよ」
「それだけ?」
「私にとってフィルは恩人というか……返しても返しきれない恩があるというか……」
彼が買ってくれなければ、エルザは今頃、どうなっていた事か。奴隷として非情な扱いを受け、命を落としていた可能性もある。
今、こうして平和な日々を送れているのは全て彼のお陰なのだ。
「フィルは優秀で、この国にとって重要な、誰からも必要とされるような人で……だから、私にはもったいなさ過ぎるというか……私なんかでは、到底釣り合わない……」
「そ、それって……身分違いの恋って事!?」
ジェシカは興奮気味に身を乗り出してくる。どうやら身分違いの恋愛を描いた小説も読んだようだ。
「ジェシカは、そういうのに興味があるのか? 恋愛、とか……」
「うん。小説で読むだけで実際に恋愛してる人を見た事がないから、どんな感じなのかなーって気になってるの。ここの先生は女の人しかいないから、孤児院内恋愛とかもないし……子供達も、まだ恋愛とかわかってないし。だからフィルさんとエル先生がはじめて間近で見る恋愛関係っぽい二人なの」
「そ、そうか……」
そこでふと疑問が浮かぶ。
「フィルは今まで、ここに女性を連れてきた事はないのか……? 恋人、とか……」
妻になってほしいと思ったのはエルザだけ、とフィルは言っていたけれど。今まで一人も恋人がいなかったとは限らない。もしかしたら前に親しい女性を連れてきた事があるのではないかと思ったのだ。
ジェシカはかぶりを振る。
「いないわ。フィルさんが連れてきたのはエル先生がはじめてよ」
「…………そうか」
「あ! エル先生今喜んだ!? 自分がはじめての女で嬉しいって思ったでしょ!?」
「ジェシカ、その言い方は誤解を生む……っ」
はしゃぐジェシカに、顔を赤くしながら窘めるエルザ。そこへフィルが近づいてくる。
「二人とも、随分盛り上がっていますね」
「フィル!?」
「フィルさん……!」
「ジェシカ、院長先生が呼んでいますよ」
「あ、もうこんな時間……! フィルさん呼びに来てくれてありがとう!」
ジェシカは慌ただしく駆けていった。そしてエルザとフィルが残される。
ジェシカとの会話を聞かれてしまったのではと焦るエルザだが、どうやら会話の内容は聞かれていないようだった。
フィルは微笑ましそうにニコニコしている。
「すっかりジェシカと仲良くなったみたいですね」
「そうか……? そうだな……仲良くなれていたら、嬉しい」
思えば、あんな風に誰かと他愛ない会話をする事などなかった。
エルザに親しい友人はいない。オーレリア国でエルザは、女なのに騎士になった奇妙な人物という目で見られていた。女でありながら騎士になりたいと思うのはおかしな事で、誰にも理解されなかった。
そんなエルザと親しくすれば、きっとその相手も異質だと思われ変な目で見られていただろう。
だから誰もエルザに近づこうとしなかったし、エルザも自分からすすんで人と関わろうとしなかった。
でも、ここでは違う。
孤児院の子供達も、院長も職員達も、皆気兼ねなくエルザに声をかけ、笑顔を見せてくれる。
それはとても新鮮で、とてもとても嬉しい事だった。
オーレリア国にいたら、きっと経験できなかった。オーレリア国にいる時は、騎士でいる事がエルザの全てだった。騎士でいられるのなら、他のものは手に入らなくてもいいと思っていた。
だから、捕まって牢屋に入れられ、もう騎士ではいられなくなってしまったのだと悟った時、自分の人生は終わったと思った。この先どうなろうとどうでもいいと、自暴自棄のように考えていた。
しかし今、エルザは、騎士でなくても満たされた日々を送れている。
それもこれも全部、フィルのお陰なのだ。
ジェシカではないが、エルザも彼に恩返しがしたい。
視線を向ければ、フィルと目が合う。彼はにこりと、顔を綻ばせた。
彼の笑顔を見ると、胸がきゅんとなった。
自分が彼の為にできる事とはなんだろう。
彼はエルザと結婚したいと言っていた。エルザが妻にしてほしいと告げれば、彼は喜んでくれるのだろうか。
でも、恩返しという理由では、フィルはそれを望まない気がする。
恩返しではなく、エルザが彼の妻になりたいと思わなければ意味がないのだろう。
結婚なんて、自分には無縁の事だと考えていた。オーレリア国では、騎士になった女を娶りたいと思う男はいなかった。エルザも騎士のままでは結婚できないのならば、結婚したいとは思わなかった。結婚したいと思えるような人とも出会わなかった。
でも、フィルは──。
彼となら──。
既に同じ家で生活していて、それを苦痛に感じた事はない。寧ろ快適に過ごせている。
彼と一緒にいる時間は穏やかで心地よい。
彼の笑顔を見ると胸が温かくなるし、彼の優しい声を聞くととても落ち着く。
犯してもいない罪を着せられ、無実を訴えても誰にも信じてもらえず、全てを奪われ傷ついたエルザは、彼の存在に救われ、癒されている。
フィルの、妻に──。
想像して、じんわりと頬が熱くなる。
同時に、下腹部にも熱が灯るような感覚がした。
エルザは無意識に下腹部をさする。そこに見えない淫紋を刻まれていると気づかないまま。
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