魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

文字の大きさ
7 / 84
1.転職先は魔王城

7話

しおりを挟む
 それは150年前のこと。
 人間と魔物の間に勃発した大規模な戦争は、まさに"数"対"力"の戦いだったと聞く。

 その時代に起きた飢饉や疫病、人間同士の領地や資源の奪い合いによって、世界中に不満と不安が渦巻いていた。
 敗走した権力者たちは、生活苦にあえぐ民に共通の敵を与えた。
 それは、夜の闇を闊歩し、絶対的な力で人間をねじ伏せてきた魔物達だった。

 また、戦乱に勝利し、栄華を極めた権力者たちは、世にも珍しい宝飾品や、工業的に価値の高い資源、見目麗しく観賞価値の高い生き物を求めて狩りを始めた。
 それもまた、人里から離れた秘境で、永久にも思える命を紡ぐ魔物達だった。

 それまで、お互い幾つかの事故は起きつつも、暗黙の了解で不可侵とされてきた人間と魔物との境界が、崩れた瞬間だったのだろう。

 実際、当時の魔物達にとって人間は取るに足らない存在だった。
 あえて人間に対して争いを仕掛けることは無い。
 かといって、自分達がやりたいことの邪魔になるのであれば、容赦なく排除する。

 魔物達の多くが持つ"無関心"という性質がもたらす残酷さが、人間を恐怖させ、その憎悪を増大させた。
 結果として、やはりその"無関心"がゆえに魔物達の間での結束は生まれず、数で押し寄せた人間達によって魔物のそれまでの生活は破壊されていったのだ。

 ……シオンがこの世界での生活を始めて間もなく、ナナリーとカイレンが教えてくれたことだ。

「それでも、一部の獣人や人魚族なんかは群れの結束も強かったりするので、そこは種族によってそれぞれなんですけどね」

 そう淡々と語るカイレンの横顔からは、どんな感情も読み取れなかった。
 カイレンは、かの戦争によって縄張りを奪われた獣人の子孫で、生まれた時から生活の場所や食料に恵まれず各地を放浪する生活をしていたらしい。

 本来は血縁の結束が強いはずの獣人だが、限られた生活資源の中で育てられる子の数は限られる、と彼女の母親は判断した。
 子供たちの中で一番体が小さく弱かったカイレンは、群れを追われてから運よく育ての親に拾われるまで、大戦の爪跡が残る森林地帯や草原地帯を一人きりで歩き回って生活していたのだという。

 生きている年月はシオンの倍を優に超えているカイレンだが、獣人族の年齢としてはまだまだ若く、その姿はシオンが元居た世界の高校生くらいに見える。

 そんな彼女が、母や家族から突然捨てられ、群れから追われ、厳しい荒野を一人で彷徨いながら命を何とか繋いできたのだ。
 今でもその話を思い出すと、シオンの鼻の奥はツンと痛む。

 湿っぽいシオンの顔に気づき、カイレンは自らの首元を飾るチョーカーを指さして笑った。

「家族との別れは悲しかったですけど、私にも新しい家族が出来ましたから」

 カイレンの首元で揺れる小さな宝石は、彼女の艶やかな髪と同じく朱色の光を放っていた。
 健気で頑張り屋の彼女に出会ってくれた育ての親御さんに、感謝したい。


「シオンさん、いくつかナナリー様とレヴィアス様に判断いただけそうな書類があったので、ここに仕分けしておきますね」

 かけられた声にはっとして、シオンはカイレンに向かって微笑んだ。

「ありがとう、後で私がまとめて持っていくね」

 せっせと書類整理をするカイレンを頼もしく思いながら、シオンも書類を次々とめくっていく。
 降雨不足が続いている地域からは、森林火災の状況報告と、関連する傷病人への支援の依頼が目立つ。
 シオンはそれらに一通り目を通すと、ナナリーへ割り振る書類の束の上に重ねていった。

 ナナリーは魔王城内の医務局を担当している。
 初対面の際には人間と同じ姿をしていた彼女だが、実は魔王城を囲む深い森を守護するドライアドの一族なのだと後々耳にした。
 そのころにはもはやシオンの感覚も麻痺してきており、そうかあ、そりゃあ美しいわけですよねと、人間離れした美しさに納得するなどした。
 人間、大事なのは慣れだ。

 こんもりと書類の山が出来つつあるその横には、その五割増しほどの高さの書類タワーがそびえている。
 レヴィアスのもとに届けなければならない書類たちだ。

 一枚、また一枚と書類が重なっていくたびに、ああ、これでレヴィアスさんの食事の時間が消えたのでは……と人のことながらハラハラする。
 が、今はとにかく仕訳をしてしまうことが最優先だ。

「ふう……終わったかな」

 ようやく書類の選別を終え、細かい文字を読み続けて疲労した目をそっとマッサージする。
 宛先ごとに混ざらないように注意しながら、仕訳したその書類を束にして、愛用のバッグにしまい込んだ。

 転職祝い、と言ってバルドラッドから渡されたそのハンドバッグは、どこかシオンが元いた世界で使っていたものを思わせる色合いや形をしている。
 面接の場で、シオンのことを以前から"見ていた"というのは、もしかしたら本当のことだったのかもしれない。
 有り難いやら、ちょっぴり不気味やらで不思議な気持ちになりながらも、使い勝手の良さから結局しっかりと愛用している。

「じゃあ、書類を渡してくるね。カイレンもあんまり根を詰めすぎちゃだめだよ」
「へへ……はい、ここにあるだけやっちゃいますね」

 いそいそと書類仕事の残りに取り掛かるカイレンを部屋に残し、シオンはナナリーの執務室へと向かった。
 まったく、シオンが来る前はこの膨大な書類仕事を一人でさばいていたというのだから驚きだ。
 その時から染みついているのであろう仕事中毒ぶりは、見ているこちらがヒヤヒヤするほどだ。

 ……まあ、それに関してはシオンも人のことを言える立場ではないので、お互いにやんわりと休憩を促すくらいでお茶を濁しているのが実態なのだが。

(それにしても……書類を届けるのもひと苦労ね)

 魔王城は、広い。
 おまけに、碁盤の目のように整理された城内の通路はどの廊下にも大きな違いがなく、うっかりするとすぐに現在地を見失ってしまうのだ。
 最初は目的地にたどり着くのでやっとだったのだが、最近は窓から見える景色の微妙な違いや、壁に掛けられた花の種類の違いで廊下を見分けられるようになってきた。
 もしも侵入者がいたとしても、これではしばらくグルグルと同じところを歩き回ることになりそうだ。

 小さな白い花と、黄色いチューリップに似た花が生けられた壁を右手に見て、真っすぐに進む。
 廊下の左右に並ぶ扉をいくつか通り過ぎ、ドアノブにベリーの蔦で編まれたリースが掛かった扉をノックした。
 ドライアドであるナナリーの部屋には、たくさんの花や植物が生けられている。
 美しい花を咲かせるものが多いが、その多くは薬用の植物なのだと以前教えてもらった。
 ドアノブに飾られたリースは、既に刈り取られて丸く編まれているにも拘わらず、茎や葉は青々とし、みずみずしいベリーの実をたわわに実らせている。

 通常では考えられない光景だが、これもナナリーのなせる業なのだろう。

「ナナリーさん、いらっしゃいますか?」

 ドアの前で声掛けをするが、返事がない。
 二度ほど声掛けをして、やはり応答がないことを確認してから、シオンは部屋の入口に設置されたポストの投函口を開けた。

 医務局は、案外フィールドワークが多い。
 薬品の管理や生産も管轄しているので、温室や近郊の畑に薬草の様子を見に行ったり、薬品を生産するラボに足を運んだりと、ナナリーは毎日あちこちを飛び回っているのだ。
 バッグの内ポケットから取り出した便箋に、ねぎらいの言葉と優先すべき書類の概要を簡単に書きつけ、何かあれば連絡くださいと添えて投函する。

 重要な判断事項には助力することはできないだろうが、人繰りや設備、資材関連についてはカイレンと連携して対応できることもあるかもしれない。

 シオンはパタンとポストの投函口を閉じると、少し軽くなったバッグを片手に、今度はレヴィアスの執務室へと足を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲
ファンタジー
「普通がいちばん」と教え込まれてきた佐藤啓二は、日本の平均寿命である81歳で平凡な一生を終えた。 死因は癌だった。 癌による全死亡者を占める割合は24.6パーセントと第一位である。 そんな彼にも唯一「普通では無いこと」が起きた。 死後の世界へ導かれ、女神の御前にやってくると突然異世界への転生を言い渡される。 それも生前の魂、記憶や未来の可能性すらも次の世界へと引き継ぐと言うのだ。 啓二は前世でもそれなりにアニメや漫画を嗜んでいたが、こんな展開には覚えがない。 挙げ句の果てには「質問は一切受け付けない」と言われる始末で、あれよあれよという間に異世界へと転生を果たしたのだった。 インヒター王国の外、漁業が盛んな街オームで平凡な家庭に産まれ落ちた啓二は『バルト・クラスト』という新しい名を受けた。 そうして、しばらく経った頃に自身の平凡すぎるステータスとおかしなスキルがある事に気がつく――。 これはある平凡すぎる男が異世界へ転生し、その普通で非凡な力で人生を謳歌する物語である。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *本作の無断転載、無断翻訳、無断利用を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
 お人好しで動物好きな最上悠は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏も、寿命から静かに息を引き取ろうとする。 「助けたいなら異世界に来てくれない」と少し残念な神様と出会う。  転移先では半ば強引に、死にかけていた犬を助けたことで、能力を失いそのひっそりとスローライフを送ることになってしまうが  迷い込んだ、訪問者次々とやってきて異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。 ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。 目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。 「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。 しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。 結局、悠真は渋々承諾。 与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。 さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。 衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。 だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。 ――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~

アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。

処理中です...