魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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1.転職先は魔王城

7話

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 狼の背で心地よく揺られながら半分閉じかかっていた瞼を、シオンはゆっくりと持ち上げた。

 今思い出してもあまりに唐突な話で、自分の経験談ながら笑ってしまう。

 正直なところ、バルドラッドの勢いに気圧されるような形で魔王城に勤めることを了承してしまった。

 結果的に、今に至るまでの数か月でありとあらゆる……本当に、大小様々な困難を経験した。

 そもそも魔法や魔力というものがエネルギー源として使われているこの城では、明かりをつけたり、水回りを使用したりと、些細な事にも魔力を使う。

 幸いシオンには、日常生活では困らない程度の魔力が備わっていた。
 それでも、生活に最低限必要な……例えばキッチン、お風呂、トイレなどを満足に使えるようになる為に一週間は要した。

 それに合わせて、魔王城人事職……つまり、実に不本意ではあるが、”魔王城すこや課”と名付けられた一人組織を始動させるにあたって、魔王城に集まる種族間の摩擦やトラブルにも頻回に遭遇した。


 ――これが本当に、シオンの胃を痛くした。


 そもそも、こちらの世界で活用できるような技能を何も持っていない"ただの人間"が、のんきな顔をしてこの"人ならざる者が統べる城"を歩くこと自体困難なのだ。


「はあ……帰ってきた」

 
 人の足ならば日を跨いでしまうであろう長距離の移動を経て、魔王城の城門をくぐる。

 すっかり顔なじみになった緋色の鱗をしたリザードマンの門番に帰還の挨拶をして、狼の背中から慎重に地面へと降りた。

 異世界にやってきたからと言って、体が極端に強くなったり、体力に満ち溢れるようになった…ということは残念ながら全くない。

 当たり前のように道端の石につまずいて転ぶし、転べばもちろん擦りむいて血が滲み、痛い。

 いかにフカフカの毛皮に包まれていたとはいえ、長距離を移動すれば腰だってバキバキになるのだ。


「ふ~……ありがとう、またよろしくね」


 伸びをしながら腰をストレッチし、狼の頬を撫でて労をねぎらう。

 尻尾を一度パタリと振って、狼は厩舎に向かって駆けていった。
 

「あっ!シオンさん、おかえりなさい!」


 背後から聞こえる明るい呼び声に、シオンは笑顔で振り返る。

 声をかけてきたのは、頭に猫のような獣耳がピンと立つ、獣人の少女だ。
 朱色のショートボブが、彼女のぴょこぴょことした動きに合わせて揺れている。

 かっちりとした軍服様のジャケットに短パンという出で立ちが、彼女のあどけなさと調和していて可愛らしい。


「ただいま、カイレン。うわ……凄い量の書類だね」

「えへへ……そうなんです、その……バルドラッド様が……」

 カイレンは言いにくそうに笑顔で濁して、ぐらぐらと崩れそうになる紙の束を一生懸命抱えていた。

 その姿を見て、シオンは内心頭を抱えてしまう。
 
 魔王城に勤める事になったシオンは、魔王バルドラッドを直属の上司として業務を行うことになった。

 日々の仕事の中で、……まあ想定通りではあるものの、バルドラッドが行う組織運営の奔放さという壁にぶち当たっている。


 ここ魔王城では、多種多様な魔物たちが集まってコミュニティが形成されている。

 それ自体が、バルドラッドの一つ前、先代魔王が晩年ここ百年くらいで取り組み始めたことなのだという。

 百年もやっていたら組織の運営方法くらい固まるだろうと思っていたが、魔物と人間では流れる時間の速さや尺度が大きく異なる。
 
 加えて、魔物たちはその種族によって生活のスタイルや行動理念、異種族に対するスタンスが全く違うのだ。

 たかだか百年でお互いにどこまで歩み寄れるだろう、と思えなくもない。

 そう考えると、新たな一歩を踏み出そうとした先代と、それを受け継いで城を治めているバルドラッドには尊敬の思いがある。


 ……ある、のだが。


「書類仕事をこんなに溜め込んで……こうなる前に声かけてくださいって言っているのに……」

 ひらりと落ちた書類を拾いながら、シオンがため息をつく。

 それから、カイレンの視界を埋めるように積まれた書類を半分受け取った。
 ずしりと両腕が重い。

 ふたりで使っている執務室に向かって並んで歩き出すと、カイレンが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

「うう、すみません、シオンさんも外回りで疲れているのに……」

「大丈夫、今日はただの視察と聞き取りだけだったから、気にしないで」

 カイレンは、シオンがこの世界に来たばかりの時から仕事仲間として共に行動している獣人だ。

 書類仕事や管理業務を苦手とする魔物が多い中で、カイレンは数字に強く几帳面なところが買われ、文官のような役目で重宝されていたそうだ。

 しかし、同じように事務方の仕事が得意な人材は、魔王城にはほとんどいない。

 結局彼女に仕事が集中し過ぎて、ここ数年は毎日泣きべそをかきながら仕事をしていたところに、シオンが現れたというわけだ。

 こちらの世界に馴染むため必死だったシオンを、一番近くで支えてくれたのが彼女だった。


 頼もしい相棒であり、今では可愛い妹のように思っている。


「よいしょ……と」

 行儀は悪いが執務室の扉を足で開け、それぞれの机の上に書類を積む。
 一日二日分の溜まり具合ではない書類の山だ。

 一枚ずつ簡単に目を通し、内容ごとに選り分ける。

 幸い今回の視察に関する報告で、後ほどバルドラッドとの対面機会がある。
 どうせならその時にまとめて書類仕事も終わらせたい。

「ついでに、幹部権限でも決裁できそうな書類に印をつけちゃおう」

「わかりました!」
 
 少しでも最終決裁権を分配して、書類仕事の流れを良くしたい。

 期限付きの仕事は、溜めても良いことがひとつもないのだから。
 
 それに、魔王城内のみならず、飛び地となっている魔物の生息地へとフットワーク軽く出向くバルドラッドの足かせを減らしたいという思いもある。
 
……もっともこうして簡単に溜められてしまうので、本人は足枷とは全く感じていない可能性は大いにあるのだが。


「書類が溜まると、幹部の皆さんの手も止めちゃいますもんね」

「うん……特に、サポートに回ってくれるナナリーさんと、レヴィアスさんが心配ね」
 
 山のように積まれた書類を前にして、表情一つ変えずに淡々とさばくレヴィアスと、美貌に氷の笑みを浮かべながらペンを走らせるナナリーの姿が思い起こされる。
 
 取り急ぎの書類まわりの業務改善から進めていてもなお、この量だ。
 
 魔王城は今、魔物達の生活や、人間をはじめとする他種族との関わり方が大きく変化する過渡期にあった。

「骨が折れますが……ちょっとずつ、良くなっているはずですよね」

 疲労が僅かに影を落としてはいるものの、カイレンの笑顔には未来への期待も滲んでいた。

「うん、頑張ろう。……ノー残業デー、作ろうね」

 カイレンとふたり、顔を見合わせて笑う。
 
 自分で、この世界で生きることを選んだのだ。


 立ち止まってしまうほうが、今のシオンにとっては不安だった。
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