32 / 96
4.魔王城の闇医者
2話
しおりを挟む
◇
シオンがバタバタとバルドラッドの部屋を出ていく姿を見送りながら、レヴィアスはしばし考えこんでいた。
……カイレンと同様に、シオンも体調不良をきたしているのではないか?
ここのところ、少し彼女の様子がおかしい。
サンドワームの件も、ヴァルター商会との交易の件も結局、事務作業は彼女とカイレンに集中してしまっていた。
「バルドラッド様、シンシアの件でしたら私が単独で交渉に向かっても良いのでは」
シンシア。
魔王城の元闇医者と呼ばれる、ヴァンパイアだ。
「いやあ、知っての通り彼女、気が荒いじゃない?レヴィがひとりで乗り込んで、最悪殺し合いになったら目もあてられないでしょ」
「殺されませんが」
「殺す方の心配もしてるんだよ」
こんな物騒な話、シオンには聞かせられないねえ、とバルドラッドが笑う。
そもそも、魔王城を出ていく時点でシンシアとは殺し合いになっていてもおかしくない状況だった。
明確なルールなど無い中での出来事ではある。
しかし、モンスター同士の融合、部位の移植、死体から残留魔力を搾り取る……
聞くものが聞けば卒倒するような研究を長年勝手に進めていたことが、バルドラッドの魔王即位の際に明るみに出た。
リスクや感情を鑑みないシンシアの姿勢に見切りをつけたバルドラッドが、魔王城への出入りを禁じたのだ。
「まあ、あの時のシンシアの執念は異常だったからね。昔はもう少し理解できる部分もあったんだけど」
魔王城での研究を禁じられたシンシアは荒れに荒れた。
研究に使っていた地下施設を爆破し、怪我人も大量に発生。
そのまま、主だった実験器具や装置をまとめて出ていったのだ。
それからしばらくして、彼女は魔王城の西に位置する海岸近くに拠点を構えたのだという。
「……では、私とナナリーでも良いのではないですか」
「どうあってもシオンを行かせたくないわけ?」
さもおかしいというように、バルドラッドが声をあげて笑った。
レヴィアスは反応しない。
ただ、胸の奥で何かが引っかかっていた。
……シオンを行かせたくない?
なるほど、そうなのかもしれない。
「レヴィ、随分こだわるね。そんなに彼女は特別?」
こちらを探るような目で、バルドラッドが問いかける。
子供のような無邪気さと、有無を言わせない狂暴さ、その両方をはらんだ獰猛な瞳だ。
こだわっているのは、私ではなくバルドラッドの方ではないか。
そんな考えが頭をよぎるが、口にした後の惨状を想像し、ここでは黙ることを選択する。
しばし無言の時間が過ぎると、やがてバルドラッドは沈黙に飽きたかのように伸びをして、口を開いた。
「不思議な子だよね、シオンは」
バルドラッドは、シオンに渡したネックレスが入っていた箱をくるくる指先で弄びながら眺めている。
巡回隊の面々にも懐くのに時間がかかった鬼の双子が、練習のためとはいえシオンに魔道具を贈った。
それは、想像もしなかったことだった。
「ドランやノイルも、近いところあるけどね。無警戒で、率直で、公平。あいつらはデリカシー無いけど」
確かにあの二人は、常に相手に対して悠然として構えており自分のペースを崩さない。
……ドランは、別の危うさを持っているが。
「でもあの二人は実際、魔物の中でも地位を築いている強者だからね。裸一貫で魔王城に現れた人間が同じことやってると思うと、ちょっと面白すぎない?」
「それをさせたのは貴方では」
「ほんとだ。やっぱり、見る目あったね、俺」
褒めたつもりはない。
が、シオンに対して感じる不思議な感覚については同意できる。
魔王城という環境に怯えて、隠れながら生きるという選択肢もゼロではなかった。
それでも彼女は、必死になって自分ができる事を見つけて動いている。
……それこそ、何かに憑りつかれているように。
「ま、大事にしてあげなよ、ああいう子、なかなかいないじゃん」
「しているつもりですが、それならば今回の外出を取りやめ」
「それは別。レヴィがいるから大丈夫でしょ……っていうか、やっぱり大事にしてるんだね」
大事にする、が何を指しているのか不明瞭だ。
しかし、彼女が要らぬところで傷つかないようにしたいとは思っている。
……とはいえ、シオンは大概のことは自分で跳ね返してしまうのだから、あまりその必要は無いのかもしれない。
「本当に大事にしたいなら、ちゃんと手の届くところに捕まえておいた方がいいよ」
バルドラッドが薄笑いを浮かべながらこちらに向けて片目をつぶる。
意図は分からないが、不快だ。
手の、届くところ。
レヴィアスは不意に自分の手のひらに目を落とす。
じわり、と。
そこにあるはずのない赤い華が、手のひら一面に散らばるように現れた。
やがてそれは溶けて、鮮血となり、視界を汚す。
「……どうでしょう」
幻覚だとは分かっている。
その血の染みを視界から消し去るように、レヴィアスはぐっと手のひらを握り込んだ。
シオンがバタバタとバルドラッドの部屋を出ていく姿を見送りながら、レヴィアスはしばし考えこんでいた。
……カイレンと同様に、シオンも体調不良をきたしているのではないか?
ここのところ、少し彼女の様子がおかしい。
サンドワームの件も、ヴァルター商会との交易の件も結局、事務作業は彼女とカイレンに集中してしまっていた。
「バルドラッド様、シンシアの件でしたら私が単独で交渉に向かっても良いのでは」
シンシア。
魔王城の元闇医者と呼ばれる、ヴァンパイアだ。
「いやあ、知っての通り彼女、気が荒いじゃない?レヴィがひとりで乗り込んで、最悪殺し合いになったら目もあてられないでしょ」
「殺されませんが」
「殺す方の心配もしてるんだよ」
こんな物騒な話、シオンには聞かせられないねえ、とバルドラッドが笑う。
そもそも、魔王城を出ていく時点でシンシアとは殺し合いになっていてもおかしくない状況だった。
明確なルールなど無い中での出来事ではある。
しかし、モンスター同士の融合、部位の移植、死体から残留魔力を搾り取る……
聞くものが聞けば卒倒するような研究を長年勝手に進めていたことが、バルドラッドの魔王即位の際に明るみに出た。
リスクや感情を鑑みないシンシアの姿勢に見切りをつけたバルドラッドが、魔王城への出入りを禁じたのだ。
「まあ、あの時のシンシアの執念は異常だったからね。昔はもう少し理解できる部分もあったんだけど」
魔王城での研究を禁じられたシンシアは荒れに荒れた。
研究に使っていた地下施設を爆破し、怪我人も大量に発生。
そのまま、主だった実験器具や装置をまとめて出ていったのだ。
それからしばらくして、彼女は魔王城の西に位置する海岸近くに拠点を構えたのだという。
「……では、私とナナリーでも良いのではないですか」
「どうあってもシオンを行かせたくないわけ?」
さもおかしいというように、バルドラッドが声をあげて笑った。
レヴィアスは反応しない。
ただ、胸の奥で何かが引っかかっていた。
……シオンを行かせたくない?
なるほど、そうなのかもしれない。
「レヴィ、随分こだわるね。そんなに彼女は特別?」
こちらを探るような目で、バルドラッドが問いかける。
子供のような無邪気さと、有無を言わせない狂暴さ、その両方をはらんだ獰猛な瞳だ。
こだわっているのは、私ではなくバルドラッドの方ではないか。
そんな考えが頭をよぎるが、口にした後の惨状を想像し、ここでは黙ることを選択する。
しばし無言の時間が過ぎると、やがてバルドラッドは沈黙に飽きたかのように伸びをして、口を開いた。
「不思議な子だよね、シオンは」
バルドラッドは、シオンに渡したネックレスが入っていた箱をくるくる指先で弄びながら眺めている。
巡回隊の面々にも懐くのに時間がかかった鬼の双子が、練習のためとはいえシオンに魔道具を贈った。
それは、想像もしなかったことだった。
「ドランやノイルも、近いところあるけどね。無警戒で、率直で、公平。あいつらはデリカシー無いけど」
確かにあの二人は、常に相手に対して悠然として構えており自分のペースを崩さない。
……ドランは、別の危うさを持っているが。
「でもあの二人は実際、魔物の中でも地位を築いている強者だからね。裸一貫で魔王城に現れた人間が同じことやってると思うと、ちょっと面白すぎない?」
「それをさせたのは貴方では」
「ほんとだ。やっぱり、見る目あったね、俺」
褒めたつもりはない。
が、シオンに対して感じる不思議な感覚については同意できる。
魔王城という環境に怯えて、隠れながら生きるという選択肢もゼロではなかった。
それでも彼女は、必死になって自分ができる事を見つけて動いている。
……それこそ、何かに憑りつかれているように。
「ま、大事にしてあげなよ、ああいう子、なかなかいないじゃん」
「しているつもりですが、それならば今回の外出を取りやめ」
「それは別。レヴィがいるから大丈夫でしょ……っていうか、やっぱり大事にしてるんだね」
大事にする、が何を指しているのか不明瞭だ。
しかし、彼女が要らぬところで傷つかないようにしたいとは思っている。
……とはいえ、シオンは大概のことは自分で跳ね返してしまうのだから、あまりその必要は無いのかもしれない。
「本当に大事にしたいなら、ちゃんと手の届くところに捕まえておいた方がいいよ」
バルドラッドが薄笑いを浮かべながらこちらに向けて片目をつぶる。
意図は分からないが、不快だ。
手の、届くところ。
レヴィアスは不意に自分の手のひらに目を落とす。
じわり、と。
そこにあるはずのない赤い華が、手のひら一面に散らばるように現れた。
やがてそれは溶けて、鮮血となり、視界を汚す。
「……どうでしょう」
幻覚だとは分かっている。
その血の染みを視界から消し去るように、レヴィアスはぐっと手のひらを握り込んだ。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】憧れの異世界転移が現実になったのですが何か思ってたのと違います
Debby
ファンタジー
【全話投稿済み】
私、山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。
好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリストなのだけど、やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。転移先の条件として『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。
そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。
更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。
これにはちゃんとした理由があって、必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ないし、もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。
──そして本当に転移してしまった私は、頼もしい仲間と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。
いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。
なんで私が転移することになったのか。謎はいっぱいあるし、理想通りだったり、思っていたのと違ったりもするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。
----------
覗いて下さり、ありがとうございます!
2025.4.26
女性向けHOTランキングに入りました!ありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧
7時、13時、19時更新。
全48話、予約投稿しています。
★このお話は旧『憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと』を大幅に加筆修正したものです(かなり内容も変わってます)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる