魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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4.魔王城の闇医者

2話

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 ◇

 シオンがバタバタとバルドラッドの部屋を出ていく姿を見送りながら、レヴィアスはしばし考えこんでいた。

 ……カイレンと同様に、シオンも体調不良をきたしているのではないか?
 ここのところ、少し彼女の様子がおかしい。
 サンドワームの件も、ヴァルター商会との交易の件も結局、事務作業は彼女とカイレンに集中してしまっていた。

「バルドラッド様、シンシアの件でしたら私が単独で交渉に向かっても良いのでは」

 シンシア。
 魔王城の元闇医者と呼ばれる、ヴァンパイアだ。

「いやあ、知っての通り彼女、気が荒いじゃない?レヴィがひとりで乗り込んで、最悪殺し合いになったら目もあてられないでしょ」

「殺されませんが」

「殺す方の心配もしてるんだよ」

 こんな物騒な話、シオンには聞かせられないねえ、とバルドラッドが笑う。
 そもそも、魔王城を出ていく時点でシンシアとは殺し合いになっていてもおかしくない状況だった。

 明確なルールなど無い中での出来事ではある。
 しかし、モンスター同士の融合、部位の移植、死体から残留魔力を搾り取る……
 聞くものが聞けば卒倒するような研究を長年勝手に進めていたことが、バルドラッドの魔王即位の際に明るみに出た。

 リスクや感情を鑑みないシンシアの姿勢に見切りをつけたバルドラッドが、魔王城への出入りを禁じたのだ。
 
「まあ、あの時のシンシアの執念は異常だったからね。昔はもう少し理解できる部分もあったんだけど」

 魔王城での研究を禁じられたシンシアは荒れに荒れた。
 研究に使っていた地下施設を爆破し、怪我人も大量に発生。
 そのまま、主だった実験器具や装置をまとめて出ていったのだ。
 
 それからしばらくして、彼女は魔王城の西に位置する海岸近くに拠点を構えたのだという。

「……では、私とナナリーでも良いのではないですか」

「どうあってもシオンを行かせたくないわけ?」

 さもおかしいというように、バルドラッドが声をあげて笑った。
 レヴィアスは反応しない。
 ただ、胸の奥で何かが引っかかっていた。
  
 ……シオンを行かせたくない?
 なるほど、そうなのかもしれない。

「レヴィ、随分こだわるね。そんなに彼女は特別?」

 こちらを探るような目で、バルドラッドが問いかける。
 子供のような無邪気さと、有無を言わせない狂暴さ、その両方をはらんだ獰猛な瞳だ。
 
 こだわっているのは、私ではなくバルドラッドの方ではないか。
 そんな考えが頭をよぎるが、口にした後の惨状を想像し、ここでは黙ることを選択する。
 しばし無言の時間が過ぎると、やがてバルドラッドは沈黙に飽きたかのように伸びをして、口を開いた。
 
「不思議な子だよね、シオンは」

 バルドラッドは、シオンに渡したネックレスが入っていた箱をくるくる指先で弄びながら眺めている。
 巡回隊の面々にも懐くのに時間がかかった鬼の双子が、練習のためとはいえシオンに魔道具を贈った。
 それは、想像もしなかったことだった。

「ドランやノイルも、近いところあるけどね。無警戒で、率直で、公平。あいつらはデリカシー無いけど」

 確かにあの二人は、常に相手に対して悠然として構えており自分のペースを崩さない。
 ……ドランは、別の危うさを持っているが。

「でもあの二人は実際、魔物の中でも地位を築いている強者だからね。裸一貫で魔王城に現れた人間が同じことやってると思うと、ちょっと面白すぎない?」

「それをさせたのは貴方では」

「ほんとだ。やっぱり、見る目あったね、俺」

 褒めたつもりはない。
 が、シオンに対して感じる不思議な感覚については同意できる。
 魔王城という環境に怯えて、隠れながら生きるという選択肢もゼロではなかった。
 それでも彼女は、必死になって自分ができる事を見つけて動いている。

 ……それこそ、何かに憑りつかれているように。

「ま、大事にしてあげなよ、ああいう子、なかなかいないじゃん」

「しているつもりですが、それならば今回の外出を取りやめ」

「それは別。レヴィがいるから大丈夫でしょ……っていうか、やっぱり大事にしてるんだね」

 大事にする、が何を指しているのか不明瞭だ。
 しかし、彼女が要らぬところで傷つかないようにしたいとは思っている。

 ……とはいえ、シオンは大概のことは自分で跳ね返してしまうのだから、あまりその必要は無いのかもしれない。

「本当に大事にしたいなら、ちゃんと手の届くところに捕まえておいた方がいいよ」

 バルドラッドが薄笑いを浮かべながらこちらに向けて片目をつぶる。
 意図は分からないが、不快だ。

 手の、届くところ。

 レヴィアスは不意に自分の手のひらに目を落とす。

 じわり、と。
 
 そこにあるはずのない赤い華が、手のひら一面に散らばるように現れた。
 やがてそれは溶けて、鮮血となり、視界を汚す。
 
「……どうでしょう」
 
 幻覚だとは分かっている。
 その血の染みを視界から消し去るように、レヴィアスはぐっと手のひらを握り込んだ。
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