魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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8.光のほうへ

7話

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 雨で増水した川の濁流のように、城内の廊下は人で溢れ、誰もが転がるように城門を目指して走っていた。

 シオンはその流れに逆らいながら、シンシアの研究室へ戻るために駆けていた。
 自分よりもはるかに大きな体躯をした魔物たちとぶつかり、時折跳ね飛ばされる。

 もみくちゃにされている間に、外へと向かう波がいつしか収まった。
 遠くなっていく足音を聞きながらシオンは再び走り出す。

「……シオン!」

 前方で、驚いたような顔をしてこちらを向いているのはガルオンだった。
 張り詰めていた胸に僅かに暖かさが戻り、目頭がじわりと熱くなる。

「どこいくんだよ! ……てか、どうなってる? カイレンは?」
 
「カイレンの居所はわからないの。シンシアさんの研究室ならもしかして、って思って……」

 涙を堪えて精一杯口を動かす。

「お前はカイレンを疑ってないのか?」

「……わからない。でも、私が話を聞いてあげないと……そうでしょう?」

 この行動は、後からバルドラッドに咎められるに違いない。
 それでも、シオンは足を止めるわけにはいかなかった。

 ガルオンの言葉を待たず、再び走り出す。

「おい、俺も行く」

 ガルオンが隣に並ぶ。
 その言葉に、シオンは首を振った。

「褒められた行動じゃないことは自分でもわかってるわ。だから、ガルオンさんを巻き込むわけにはいかない」

「巻き込まれてねえよ」

 鋭くそう一喝されて、シオンは口を閉じた。
 ガルオンらしい、荒っぽい声が今は心強い。
 それ以上言葉を交わすことなく、二人は地下室の入り口へと辿り着いた。

 ドアを開け、階下へと向かうための、冷たく湿った通路を歩いていく。
 外の騒ぎはここまで届いているのだろうか。
 息切れと、速くなった鼓動だけがシオンの耳に響いていた。

 息を整え、研究室のドアをノックしようとしたその時。

 激しい衝撃音が部屋の奥から響いてくる。
 まるで何かが壁に叩きつけられるような音。
 それから、部屋にある棚や机があたりを転がるような、音。

 ノックをする間もなく、シオンはドアに手を伸ばす。
 ドアノブを捻るが、施錠されていて回らない。

「鍵が……!」

「どけ、ブチ破る!」

 ガルオンが僅かに距離を取った後、勢いをつけて身体をぶつける。
 ドアはたわみ、金属が悲鳴をあげてひしゃげていく。
 数回それを繰り返すと、ドアはついに根本から外れてバタンと倒れた。

「シンシアさん、何があったんですか!?」

 部屋の中に駆け込むが、荒らされたテーブルや薬品棚が雪崩れるように重なって視界が悪い。

 ガラスの破片に気をつけながら、音がした部屋の奥へと進んでいく。
 
 ある一点から吹き飛ばされたように散乱する研究室の物品。
 それらが転がり、叩きつけられている壁に、シオンの目は釘付けになった。

「シンシアさん!!」

 壁に身体を打ちつけたのだろうか。
 白衣を纏って壁際に倒れているシンシアの元へと、シオンは駆け寄った。

 彼女はぴくりとも動かない。
 身体を起こそうと肩を抱くと、手のひらにぬるりとした感触がある。

「これは動かせねえな」

 見れば、シンシアの側頭部には傷が走り、そこから溢れた血が彼女の横顔を濡らしている。

「いったい何が……」

 シオンはできるだけそっと彼女を元の形に横たえて、頭部以外の体の傷を確認する。
 体は温かく、呼吸もある。
 ひとまず、それだけで安心する。

「……おい、シオン」

 妙に緊張した様子のガルオンの声が低く鳴る。
 振り返ると、彼の青い毛が逆立ち、眼光鋭く何かを見つめていた。

「どうしたんですか……?」

 ゆっくりと、彼の視線の先を追う。
 物が吹き飛び、転がるその爆心地にも思えるその場所は、頑丈な鉄製の扉で仕切られていたであろう小部屋だった。

「あれのことは、お前、何も知らないんだよな?」

 あれ、と言ってガルオンが指差した先には……

 僅かに屈むような姿勢でこちらを睨む、小柄な獣人。
 明かりもなく薄暗いその空間に佇むその姿は、表情こそ窺うことが出来ないが、肌で感じるほどの敵意が滲み出ている。

「……カイ……レン?」

 ぴくり、と人影が反応する。
 こちらに向けられた双眸がいやにぎらつき、闇の中で存在感を放っていた。

 彼女の片腕からは千切れた鎖がぶら下がっている。
 両足と、残る片腕には未だ鉄の枷が嵌められたままだが……いまにもこちらに飛んできそうな、そんな迫力を感じさせる。

「カイレン、来たよ……聞こえる? カイレン!」

 音に反応するように、小さなその体が反動をつけて前へ飛び出そうと何度も跳ねる。
 ガシャガシャと、重く冷たい鉄の響きがシオンの耳を刺した。

「……おい、これ……まずいかもな」

 ガルオンが姿勢を低くした身構える。
 なぜ?
 ガルオンが警戒する様子を不思議な気持ちで見つめながら、それでも確実にシオンの体は、小さな獣人の影に怯えている。

 脳が、理解することを拒否している。

 バキバキ、と言う何かが壊れて弾けるような音がする。
 一際大きな金属音が響いたかと思うと、彼女の体が大きく傾いだ。
 見れば、足を繋いでいた鎖のひとつが切れている。

 鉄が擦れるギチギチと言う音が休むことなく鳴り響く。

「傷つけずにとか、手加減とか……無理かも知れねえ」

 ガルオンが、低く唸って牙を剥き出しにした。
 闇の中、鎖をひとつずつ引きちぎってこちらへ近づいてくる彼女の瞳が爛々と輝いている。

 そのふたつの瞳の輝きの下で、彼女のチョーカーについた宝石が、どろりと濃い血のように赤く、鈍く光った。

 最後の鎖が、弾け飛ぶ。
 それを合図にして、ガルオンは大きく跳ね、勢いそのままに飛びかかった。
 
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