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8.光のほうへ
8話
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鎖のかけらを飛び散らせながら、カイレンの小さな体が矢のように突き進む。
それを迎え撃つように、ガルオンは両手の爪を立て、まるで丸太のような腕を薙ぎ払う。
ふたりがぶつかり合う瞬間、シオンはカイレンの横顔を見た。
顔立ちは良く知るカイレンなのに、その獰猛な形相はまさに獣のそれで、ガルオンの肌を鋭い爪で切り裂くことに何の躊躇いも見せていない。
あれは本当にカイレンなのか?
シオンは自身の血の気が引いていくのを感じながらも、とにかく落ち着いて、と何度も呟いた。
シオンは横たわるシンシアの隣に座り、彼女の身体を守るように、髪を結っているリボン型の魔道具を展開した。
果たしてこれがどのくらいの強度を持つのか、まだわからない。
なんとか展開したシールドの奥で、シオンはシンシアに治療を施す。
頭部の外傷めがけてそっと魔力を注ぐと、緩やかに流れ続けていた血が止まり、傷が薄く埋まっていく。
頭を打った衝撃までを癒すことができるものなのか、シオンにはわからない。
それでも、この非常時にできることは全てやりたかった。
ドッ、という重たい音と共に、シオンの側に少女の体が降ってくる。
彼女は冷たい床を転がりながら体勢を立て直し、小さな鼻から流れる血を手の甲で拭った。
青筋を立てるほどに力が込められた腕と、威嚇するように剥き出しになった牙に、シオンは僅かに萎縮する。
シオンの肌など簡単に引き裂くことができるだろう。
――しかし、それでも。
「カイレン、しっかりして! 私のことがわかる?」
希望を捨てることができない。
今彼女の身になにが起きているのか、全くわからないけれど。
「……お願い、もうやめて……!」
彼女が傷つく姿も、彼女が誰かを傷つける姿もこれ以上見たくはない。
ゆっくりと、カイレンがこちらを振り向く。
シオンは呼びかける声が届いたことに安堵する、が……。
「カイ……レン?」
凶暴な衝動を秘めた瞳と、視線が交差する。
一瞬、素早く観察した彼女の体には、ガルオンによる傷がつけられている。
しかし、所々……例えば膝や肘のような関節部分には、そろって青い内出血……まるで、内側からの圧力に体が耐えられていないかのような痕跡が残されている。
歯を食いしばりながら牙を剥く姿は、全身を襲う痛みを堪えているようにも見えた。
「シオン、やめろ!」
青毛を血の色に染めながら、ガルオンが短く叫ぶ。
その声にびくりと反応したカイレンは、大きく胸を反らせて両腕を振りかぶってから、勢いよくそれを足元へと振り下ろした。
その腕の動きに合わせて衝撃波が生み出され、カイレンを中心に円を描くようにしてあらゆるものが弾き飛ばされる。
魔力を強め、シールドを強化する。
ガラスの容器や鉄製の実験器具が勢いよく叩きつけられ、破裂するような音にシオンは固く眼を閉じた。
音が止み、呼吸を整えながらそっと目を開く。
シールドに跳ね返されたものたちが、周囲に散乱している。
壁には大きな傷が残り、シールドが無ければ自分もシンシアも無事では済まなかっただろう。
そして、はっきりと分かった。
カイレンには、一切の躊躇いがない。
「おい、大丈夫か」
がれきの中からガルオンの低い声が響く。
ガラガラ、と音を立て、物を跳ねのけながらガルオンが立ち上がった。
その姿を見て、シオンは息を飲む。
体のあちこちにガラス片が刺さり、固い機材が当たったのだろうか、彼の右腕はだらりと力なく揺れている。
「ガルオンさん、腕っ……」
「痛えよ、最悪だ。とりあえず、早く取り押さえねえと外にも被害が出るぞ。……ってか、なんだよこの馬鹿力。おかしいだろ」
悪態をついて見せているが、彼の呼吸は荒い。
それに、カイレンのこの異常なまでの狂暴さ。
逃走のために必死、だとしてもここまでの力は想定外だ。
嫌な予感が、ずっと頭の中を巡っている。
体がついていかない程の力。
傷を負うことをためらわないほどの狂暴性。
体が内部から破壊されていくかのような傷。
――それは、まるで……
「とにかく、取り押さえて……まだ、間に合うかもしれない」
横たわっていたシンシアが呻く。
頭や体を打ち付けた衝撃が残っているのだろう。
頭に手を添えて眩暈と戦うような仕草が痛々しい。
「まだ間に合うって、どういう……」
「説明してる時間、ないの」
シンシアは鋭い目でカイレンを睨む。
……捕縛。
気丈に振る舞っているが、ガルオンの体は限界に近いだろう。
この地下室から、今誰かを外に呼びに行くことは難しい。
やるべきことは、シオンの頭の中にはっきりと浮かんでいた。
どうして。
苦しい。
自分を、誰かを守るための力を得たと思っていた。
それなのに。
やっと得た力を、どうして彼女に向けなければならないのか。
シオンはそっとシールドを解除して、リボンを右手に握りしめる。
ありったけの魔力を込めて。
「……お願い」
頭の中で、カイレンの言葉が響いていた。
――じゃあ、すっごい強くなったら、私のピンチを助けに来てくださいね!――
こぼれそうになる涙を、首を振って振り払う。
「助けに来たよ……カイレン」
シオンはリボンを鋭く投擲する。
それに気が付いたカイレンが、咄嗟に叩き落そうと素早く動いた。
が、魔道具の追尾性能が勝る。
するりとリボンが解けたかと思えば、カイレンの四肢にきつく絡みつく。
それから、体を何重にも縛る様に、淡く輝くリボンが彼女の体を取り囲んだ。
手が、震える。
――シオンは目を逸らさず、その手でリボンをきつく締めた。
それを迎え撃つように、ガルオンは両手の爪を立て、まるで丸太のような腕を薙ぎ払う。
ふたりがぶつかり合う瞬間、シオンはカイレンの横顔を見た。
顔立ちは良く知るカイレンなのに、その獰猛な形相はまさに獣のそれで、ガルオンの肌を鋭い爪で切り裂くことに何の躊躇いも見せていない。
あれは本当にカイレンなのか?
シオンは自身の血の気が引いていくのを感じながらも、とにかく落ち着いて、と何度も呟いた。
シオンは横たわるシンシアの隣に座り、彼女の身体を守るように、髪を結っているリボン型の魔道具を展開した。
果たしてこれがどのくらいの強度を持つのか、まだわからない。
なんとか展開したシールドの奥で、シオンはシンシアに治療を施す。
頭部の外傷めがけてそっと魔力を注ぐと、緩やかに流れ続けていた血が止まり、傷が薄く埋まっていく。
頭を打った衝撃までを癒すことができるものなのか、シオンにはわからない。
それでも、この非常時にできることは全てやりたかった。
ドッ、という重たい音と共に、シオンの側に少女の体が降ってくる。
彼女は冷たい床を転がりながら体勢を立て直し、小さな鼻から流れる血を手の甲で拭った。
青筋を立てるほどに力が込められた腕と、威嚇するように剥き出しになった牙に、シオンは僅かに萎縮する。
シオンの肌など簡単に引き裂くことができるだろう。
――しかし、それでも。
「カイレン、しっかりして! 私のことがわかる?」
希望を捨てることができない。
今彼女の身になにが起きているのか、全くわからないけれど。
「……お願い、もうやめて……!」
彼女が傷つく姿も、彼女が誰かを傷つける姿もこれ以上見たくはない。
ゆっくりと、カイレンがこちらを振り向く。
シオンは呼びかける声が届いたことに安堵する、が……。
「カイ……レン?」
凶暴な衝動を秘めた瞳と、視線が交差する。
一瞬、素早く観察した彼女の体には、ガルオンによる傷がつけられている。
しかし、所々……例えば膝や肘のような関節部分には、そろって青い内出血……まるで、内側からの圧力に体が耐えられていないかのような痕跡が残されている。
歯を食いしばりながら牙を剥く姿は、全身を襲う痛みを堪えているようにも見えた。
「シオン、やめろ!」
青毛を血の色に染めながら、ガルオンが短く叫ぶ。
その声にびくりと反応したカイレンは、大きく胸を反らせて両腕を振りかぶってから、勢いよくそれを足元へと振り下ろした。
その腕の動きに合わせて衝撃波が生み出され、カイレンを中心に円を描くようにしてあらゆるものが弾き飛ばされる。
魔力を強め、シールドを強化する。
ガラスの容器や鉄製の実験器具が勢いよく叩きつけられ、破裂するような音にシオンは固く眼を閉じた。
音が止み、呼吸を整えながらそっと目を開く。
シールドに跳ね返されたものたちが、周囲に散乱している。
壁には大きな傷が残り、シールドが無ければ自分もシンシアも無事では済まなかっただろう。
そして、はっきりと分かった。
カイレンには、一切の躊躇いがない。
「おい、大丈夫か」
がれきの中からガルオンの低い声が響く。
ガラガラ、と音を立て、物を跳ねのけながらガルオンが立ち上がった。
その姿を見て、シオンは息を飲む。
体のあちこちにガラス片が刺さり、固い機材が当たったのだろうか、彼の右腕はだらりと力なく揺れている。
「ガルオンさん、腕っ……」
「痛えよ、最悪だ。とりあえず、早く取り押さえねえと外にも被害が出るぞ。……ってか、なんだよこの馬鹿力。おかしいだろ」
悪態をついて見せているが、彼の呼吸は荒い。
それに、カイレンのこの異常なまでの狂暴さ。
逃走のために必死、だとしてもここまでの力は想定外だ。
嫌な予感が、ずっと頭の中を巡っている。
体がついていかない程の力。
傷を負うことをためらわないほどの狂暴性。
体が内部から破壊されていくかのような傷。
――それは、まるで……
「とにかく、取り押さえて……まだ、間に合うかもしれない」
横たわっていたシンシアが呻く。
頭や体を打ち付けた衝撃が残っているのだろう。
頭に手を添えて眩暈と戦うような仕草が痛々しい。
「まだ間に合うって、どういう……」
「説明してる時間、ないの」
シンシアは鋭い目でカイレンを睨む。
……捕縛。
気丈に振る舞っているが、ガルオンの体は限界に近いだろう。
この地下室から、今誰かを外に呼びに行くことは難しい。
やるべきことは、シオンの頭の中にはっきりと浮かんでいた。
どうして。
苦しい。
自分を、誰かを守るための力を得たと思っていた。
それなのに。
やっと得た力を、どうして彼女に向けなければならないのか。
シオンはそっとシールドを解除して、リボンを右手に握りしめる。
ありったけの魔力を込めて。
「……お願い」
頭の中で、カイレンの言葉が響いていた。
――じゃあ、すっごい強くなったら、私のピンチを助けに来てくださいね!――
こぼれそうになる涙を、首を振って振り払う。
「助けに来たよ……カイレン」
シオンはリボンを鋭く投擲する。
それに気が付いたカイレンが、咄嗟に叩き落そうと素早く動いた。
が、魔道具の追尾性能が勝る。
するりとリボンが解けたかと思えば、カイレンの四肢にきつく絡みつく。
それから、体を何重にも縛る様に、淡く輝くリボンが彼女の体を取り囲んだ。
手が、震える。
――シオンは目を逸らさず、その手でリボンをきつく締めた。
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