死者と異形の国ナラク ~お転婆姫のタルト~

セイソウショウ

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エピローグ

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 仮面の男を封印したのち意識が途切れ、目を覚ますと暗闇の中にいた。
 体を起こした時に隣にヨハンがいるのが見え、彼と目が合った。
「君に言われた通り、僕が神を動かして、君を神にしてあげたよ。今の気分はどう?」
「……最悪よ」
 デメーテはそう言うと、ヨハンの頬を両手でつねり、引っ張った。
いひゃいいひゃい痛い痛いほひへんななへらねご機嫌斜めだね?」
「誰のせいよ」
 その時ランプが灯り、ドーラが顔を見せた。
「神になったってのに低血圧みたいに荒れてるじゃないか。いやしかし、本当に神にしちまうとはねぇ。驚いたよ」
 ヨハンが猫の姿から闇に変わり、手から抜け出して彼女に言った。
「運命でそう決まってるって、僕そう何度も言ったじゃん。これで分かった? 運命は切り開くものなんかじゃないってことをさ」
 ドーラが何か言う前に、デメーテが闇を掴んで猫に戻し、また頬を引っ張っていた。
いひゃいっへば痛いってば!」
「調子に乗らない。神にするっていうのは嘘じゃなかったみたいだけど、私はまだ許してないのよ。ごめんなさいは?」

「……はんのはなひ何の話?」
 驚いたように目を丸くしていたドーラが、彼女に笑って言った。
「神になって早々その力を使いこなすたぁ、恐れ入ったよ」
「自分でもよく分からないけど、不思議と分かって。それよりドーラさん、この姿何とかならない?」
 デメーテは縋るような目をドーラに向けた。
 神の目が自らの姿を知覚させていた。死者と異形の神たる身姿を。
 半分骨で、もう半分はうぞうぞと蠢く黒い何かに覆われていた。
「お前神になったんだろう。それくらい自分で出来ないのかい」
「なんか今それをやると、ここの闇を全部吹き飛ばしそうで……」
「あたしらに気を使ってくれてた訳かい。だったらしょうがないね」
 ドーラが裾から光り輝く針を取り出し、「ほら、主の想いに応えてやりな」と、その針を放り投げる。
 光り輝く針は、タルト姫の姿を編むと姿を消し、デメーテはそれを被って、タルトに戻った。
「なんか私はこの姿って気がしてるの。変かな?」

「いいや、お前はその姿さ。その姿にはお前の想いが込められてるからね。あたしの苦労もだけど」
「ごめんなさい、無理言って」
「無理なんて言葉はあたしの辞書にはないから安心しな。それよりお前にやって貰いたいことがあってね、おいどら猫、神なら出来るんだろう?」
「勿論さ! ナラクの神デメーテ、君に初仕事を言い渡そう!」
 タルトがぎろっと彼を睨んだ。
「何よ偉そうに。今の私はタルトよ、タルト。分かった?」
「君、なんか急に僕に冷たくなったね……。ほら! 君の好きな猫だよー? 猫ちゃんだよー?」
 あざとさ全開の動きをするヨハンの頬を、彼女は黙ってつねり、引っ張った。
はからひはいよだから痛いよ!」
「ごめんなさいは?」
「へ? はからわかんはひんはってだから分かんないんだって!」
「災禍の騎士と炎森の骨羊を救って貰いたいのさ。お前にはメイルとメエムって言った方が分かり易いかね」
 タルトはヨハンを放し、驚愕するような顔をドーラに向けた。

「消滅する前に封印の呪いに呑まれたようでね、今のお前なら助け出せる。やってくれるね? お前まさかあたしがタダで魔法を掛けるような――――」
 タルトは皆まで言わせず、自らの胸を叩き、力強く言ってのけた。
 任せてと、ただ一言、自信を持って。
「お前、一皮むけたね。頼んだよ、タルト」
 彼女は頷きを返し、もう一度言った。任せてと。
「その為に私は神になったんだから」
 そう付け加え、彼女は闇の中から抜け出て、神々しい光と共に黒城へ飛んだ。
 その少し前、新しくできた黒城の正門、そこを警備する女騎士と、共を連れだった車椅子に乗る男が揉めていた。
「だから、ここは立ち入り禁止です! お引き取り下さい、マルテ議員」
「何故? 私は君のところの上から許可を貰っている。君がそこをどきたまえ」
「ですから、そのような連絡はきておりませんと、何度も申し上げているではないですかっ!」
 もう、何度言ったら分かるのよ。と女騎士が愚痴っていたが、マルテの方が愚痴りたい気分だった。大金を積み上げて許可を取り付けたこともそうだが、何より彼には時間がなかったのだ。今では女王の薬を毎日うたなければ、身を切り刻まれるような苦しみに襲われるようになっていた。

「それはそちらの不手際だろう。いいからどけよ小娘、力づくで押し通っちまうぞ」
 それにカチンときたように、女騎士が構えをとった。
「やれるものならどうぞ。後悔なさらぬように」
 彼女の胸には八の番号が刻まれていた。だが、今のマルテには、強大なタナトスとなった彼の目には、大した数字には映らなかった。
「へぇ、そのナマクラで俺を斬ろうってのか?」
 黒い風が走って、女騎士が握っていた大剣が切断された。
 しかし、女騎士は驚く様子もなく、即座にそれを放り捨てると新しく二本の剣を生み出し、違う構えをとっていた。
「肝は据わってるようだな?」
「わざと折らして差し上げましたので」
 一触即発の空気が漂う中、突然差し込んだ一筋の光が瘴気を払い除け、神々しい光と共にタルトが降りてくる。
 皆の視線は、当然彼女に集中した。
「えーと、その、私にとっては昨日のことなんだけど……、みんな久しぶり。私のこと覚えてる?」

 神の目は全てを見通す。知らない間に随分時が経っていたこと、心を荒ませ、姿まで変わり果てたマルテの命が、風前の灯火であることまで、全てだ。
 消えたはずの女の子に悲哀に満ちた表情を向けられ、マルテは動揺していた。
 その視線は傍にいたメリーにも向き、タルトは歩み寄って少し怯えるような彼女の頭を優しく撫で、車椅子を押すソフィーに目を向けた。
「ソフィーはあんまり変わってないね。私ソフィーの偽物に連れ去られて大変だったのよ?」
 ソフィーは驚愕のあまり、言葉を失っているようだった。
 仕方ないかと思いつつも、少し寂しい気持ちで、彼女は両手を広げ、神の力を振るった。
 光だ。滝のように天から降り落ちた光が黒城を包み込み、一同が息を呑む中、呼び掛ける声が響く。
「帰っておいで! メイルくん! メエムちゃん!」
 二筋の光が差し、それに乗ってあの兄妹が降りてくる。しかし元来の姿ではない。
 それは、彼女がそう望んだから。
「メ――メイルっ! メエムっ!」
 叫んだメリーが、瞳を潤ませていた。
「あなたは一体――」

 女騎士の言葉に、タルトは短くこう答えていた。
「ナラクの神よ」
「――そんな」
 世迷言をと続けることが出来ず、女騎士はそれで押し黙る。
「マルテ、次はあなたの番」
 目を見開いていたマルテが、その言葉で鋭い目つきをした。
「あなたは何者です……」
「私のこと忘れた?」
 彼が忘れていないこと、タルトには手に取るように分かったが、心を覗き込むのは良くないように思い、彼女は神の目をそっと閉じていた。
「有り得ない……。あなたは消滅したはずだ。魂を捧げ、消えたはずだ」
「そうなんだけ、ど?」
 寄ってきたソフィーが緊張した面持ちで深呼吸をし始め、思わず言葉が止まった。
「どうしたの?」
「……もし、本当にタルトなら、これで分かるはずですわ」
 そう言うとソフィーは屈みこみ、目線を合わせた。
「わたくしを振り回して、怒らせた時のことを覚えてまして?」
「覚えてる、けど……えっ! まだ怒ってたの!」
 顔を引きつらせるタルトに、彼女は笑い掛けた。
「怒ってませんわよ。その時あなたが食べたかった物を、今持ってきてますの。何だか分かりまして?」
  タルトは一拍置き、微笑んでこう答えていた。
ケーキガトー
 ふ、ふふとソフィーは笑い出し、彼女の肩に手を置いた。
「本当にタルトでしたのね」
「うん、その、何て言ったらいいんだろう……」
 どちらからともなく二人は抱擁を交わし合い、その瞬間、感情が伝わり合って、ソフィーは思わず涙を零した。
「無事だったんですのね……。本当に、無事で良かったですわ……」
 彼女の背を、タルトはトントンと叩いた。
「なんか、ごめんね。心配かけてさ」
 ソフィーは何も言わず、タルトを強く抱きしめる。
 その光景を見ながら、蚊帳の外にいる感じの男が言った。
「なんかあれだな、俺ら蚊帳の外だな?」
 同列に扱われたマルテが、相棒にこう返していた。

「そらお前だけだ。しかし、次は俺の番――」
 後半、消え入りそうな声でそう呟いた彼の横を通って、ソフィーがお供え物のケーキを取りに行って、その大きな箱をタルトに見せていた。
「えぇっ! ケーキってこんなに大きかったの!」
「わたくしが一生懸命作った自信作ですわよ。マルテ、切ってもらえまして」
 急に呼ばれ、少し困惑する彼のもとにタルトが来て、膝の上に飛び乗ると光る手を彼の胸に置いていた。
「もう大丈夫、マルテも一緒に食べよう! あ、そっちの人も、あとそっちの騎士さんも。メリーちゃん、は……」
 眠る兄妹を抱きしめ泣きじゃくっており、今はそっとしておこうとタルトは思った。
「冗談だろう……治ったってのか……?」
 動かなくなっていた脚に力が入るようになり、マルテは戦慄していた。
「もう大丈夫って言ったでしょ? ほら、早くくる!」
 待ちきれない様子のタルトに体重をかけて引っ張られ、彼は思わずたたらを踏むように立ち上がり、目を丸くする。
「おいおい、嘘だろう……。マルテお前、治ったのかっ! ナラクの神様に治して貰ったのかっ!」

 そう思いはしても、それを受け入れるのは中々難しい。
 すんなりやってのけた相棒を彼は見つめ返し、すぐにソフィーを見て、女騎士に目を移していた。
「さっきは悪かったな。お前も食うだろ? ケーキ」
 小刻みにかぶりを振られ、少し彼は笑った。そういう反応をすると思っていたからだ。
「タルトさん、手が塞がっていてはケーキが切れません」
 マルテは凄く優しい目をしていた。荒んでいた彼の心に光が差し込み、緑が芽吹いていた。
「あ、ごめんね。待ちきれなくって、私楽しみで」
 はしゃぐようにそう言う彼女に、彼は微笑みを返し、黒い風を吹かせてケーキの箱を浮かせると縦横斜めと風を走らせ、カットしたケーキを一切れ浮かせて持ってくる。
 そして、風で編んだホークと一緒に差し出すと、ちょっとキザったらしくこう言った。
「さ、どうぞ召し上がれ。お姫様」
 初めて食べたケーキガトーの味は格別で、タルトは思わず唸り、満面の笑みを浮かべる。
 マルテが、ソフィーを見ていた。
「良かったな」
「ええ、苦労したかいがありますわ」

 そこにはケーキガトーよりも甘い雰囲気があった。
 マルテが、大事そうに指輪を懐にしまっていることをタルトは知っていた。
 渡そうとして渡せなかったものであることまでこっそりと見てしまい、彼女はここに来て初めて迎えた夜のことを思い出していた。
 やっぱりあったのだ。垣根を越えた恋は。
 近い将来、二人は結ばれることになるだろう。
 空まで純白の道が伸びていた。さっき降らせた光だが、今はまるで二人の門出を祝うウエディングロードのようで、いつか私もそこを歩きたいなと思いながら、「いいな」と零し、彼女はケーキに舌鼓を打つ。
 神になっても叶えられないことがあった。それは自らの恋。しかしやり残したことの内の一つは叶ったので、今はそれでよしとすることにした。

**********************

 ありがとうございました。




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