最強魔王、引退したい。でも勇者がだめすぎるので、育成はじめました。

冬木ゆあ

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第1話 魔王、勇者と出会う

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「なに? 勇者が誕生しただと?」

 魔王であるリリトヴェールは、玉座から弾かれたように立ち上がった。
 その姿は、黒く長い髪、頭には黒く光る角が生えた女性だった。黒い艶美なドレスを着ている。
 二十代前半くらいの見た目だが、実際は二千年以上生きている大魔族である。
 その魔王に跪き、報告しているのは魔王軍幹部のひとりであり、リリトヴェールの補佐を務めるケルべベスだ。
 ケルべベスも二十代前半くらいの女性で、ベージュの癖のある長い髪を背に流し、頭には獣の耳がついていた。腰から生えるふさふさのしっぽは緊張した様子だった。
 ケルべベスはリリトヴェールの問いに神妙に頷いた。

「はい。先日、勇者の剣を抜いた者が現れたと報告がありました」

 リリトヴェールの赤い瞳が大きく見開かれた。

「そうか、ついに現れたか。もう二百年近く現れていなかったというのに……。ついにか……」

 ケルべベスは顔を上げ、リリトヴェールの顔色を窺い見た。

「……リリトヴェール様、お顔が嬉しそうですが」

 リリトヴェールは口元に薄い笑みを浮かべていた。

「魔王に即位して二百年余り。とうとう勇者が誕生したのだぞ。これが嬉しくないわけがない。魔族と人間族のしょうもない小競り合いの処理ばかり……。勇者に倒されて、それを口実に私は魔王を引退したい!」

 ケルべベスは思わず呆れた顔をした。

「そのようなことを声高に宣言しないでください。リリトヴェール様の威厳が損なわれます」

 リリトヴェールはケルべベスに視線をやった。

「私の威厳がなんだって?」

 リリトヴェールの鋭い視線と凄まじい威圧感に、ケルべベスは自然とその場にひれ伏した。

「申し訳ございません。わたくしの言葉が過ぎました。歴代最強にして、我らが魔王リリトヴェール様に忠誠を」

 リリトヴェールは満足そうにうなずき、玉座に腰掛け、足を組んだ。
 それから、すらりとした綺麗な人差し指をケルべベスに向け、命を下した。

「魔王軍幹部に勇者の誕生を通達せよ。殺してはならぬ。我の前に跪かせろ、とな。それから、勇者の詳細を調べてこい」

 ケルべベスは短く返事をして、その場から消えた。
 そして、玉座の間にひとりになったリリトヴェールは高らかに笑った。


 数日後、ケルべベスはリリトヴェールに勇者の詳細を報告した。

「勇者の名はアラン。はじまりの村に住む木こりの息子です。十四歳になったばかりの少年です」

 リリトヴェールは頬杖をつきながらその報告を聞いていた。

「随分と若いのが勇者になったな。人間族も随分と人材不足のようだ」

 ケルべベスは頭を垂れたまま答えた。

「人間族は十五歳で成人ですから、そこまで子供というわけではないのでしょう」

 リリトヴェールは、ふーんと興味なさげに言った。

「引き続き、勇者を監視しろ」


 それから一か月後。
 リリトヴェールは玉座で頬杖をつき、いらだたしげにケルべベスに尋ねた。

「それで勇者の進捗は?」
「はじまりの村とはじまりの森を往復しているようです」

 それを聞いたリリトヴェールは立ち上がり、怒りを込めた赤い瞳でケルべベスに言った。

「もう一か月もその調子ではないか! いつになったら奴は旅立つのだ?」

 ケルべベスはしっぽを下げて、困ったようにリリトヴェールを見上げた。

「わたくしに聞かれましても……」

 リリトヴェールはふんと鼻を鳴らして、玉座に座り直した。

「このままではいつまで経っても魔王城に攻めてこないではないか」

 リリトヴェールは玉座の肘掛けをトントンと指で鳴らしながら考え込む。

 ――なぜ勇者は旅立たない? レベル上げをするにもはじまりの森にはスライムくらいしかいないではないか。

 リリトヴェールは再び立ち上がった。

「少し出てくる」

 ケルべベスは顔を上げて、リリトヴェールに恐る恐る尋ねた。

「どちらへ?」
「はじまりの森だ。勇者を旅立たせてくる!」

 リリトヴェールは踵を返し、自室へと向かった。


 リリトヴェールの部屋は意外にも可愛らしい色使いで、小物も可愛らしいものが揃っていた。
 リリトヴェールは全身鏡の前で目を瞑った。

 ――勇者は十四歳と言っていたな。年齢はそのくらいにしよう。見た目は平凡に茶髪に、茶色の瞳といったところか。

 リリトヴェールは目を開き、全身鏡をじっくりと眺める。
 そこには、長いふわふわとした茶髪、茶色い瞳、十代半ばくらいの女の子が映っていた。服装も若草色のワンピースに深緑の風のローブ、茶色のブーツに変わっている。そして、頭に生えた二本の黒い角のうち一本を擦った。

「これだけはどうしても消せないのが難点だな」

 角を隠すため、ワンピースと同じ若草色の三角帽子を被った。そして、茶色い斜め掛けのバッグを持った。

「森の魔女という設定でいこう。うん。けっこう可愛いではないか」

 鏡の前で上機嫌でくるくると回るリリトヴェールの後ろには、困った顔で控えているケルべベスがいた。
 リリトヴェールはそんなケルべベスに鏡越しに声を掛けた。

「それでは行ってくる。しばらく城の方は頼んだ」
「すぐに戻ってきてくださいね、リリトヴェール様」
「分かっているよ、ケルべベス」

 リリトヴェールはケルべベスに微笑んでから窓を開け、バルコニーに出た。
 手を翳すと箒が現れ、それに跨がった。

「やっぱり魔女の移動手段と言ったらこれだろう」

 リリトヴェールは満足げに微笑みながらそう言うと、空に向かって飛んで行った。


 はじまりの森に降り立ったリリトヴェールは、さっそくアランを探すことにした。

 ――まずは奴に旅立たない理由を聞かなくてはいけないな。


 しばらく森の中を歩いていると、茶髪の男の子を見つけた。腰に剣を差し、年齢的にもアランで間違いなさそうだ。
 リリトヴェールは少し離れたところから後をつけてみることにした。

 ――勇者のレベルが上がって、魔物たちがみんな隠れている。これではただ森を徘徊している隠居老人ではないか!

 リリトヴェールは苛立ちのあまり木をへし折りそうになるのをぐっと堪えて、アランの様子を観察し続けた。
 すると、アランは湖畔に出て、休憩のためかベンチに座った。

 ――話しかけるなら今か……。

 リリトヴェールはそっとアランに歩み寄った。

「勇者のアラン様……、ですよね?」

 アランは声がした方を振り返った。

「君は誰? はじめましてだよね?」
「私はリリ……」

 ――あっぶなっ! リリトヴェールって名乗るところだった。偽名考えてなかった!

 内心あたふたしているリリトヴェールをよそにアランはにっこりと笑った。

「リリーっていうの?」

 リリトヴェールは勢いよく数回うなずいた。

「そう。リリー」
「リリーはどうしてこの森にいるの?」
「私はこの森に住む魔女なの」

 アランはその答えにビックリした顔をした。

「この森に魔女? 聞いたことないなぁ」
「ああ、えっと、そう、今日! 今日、引っ越してきたの。十四歳になると独り立ちして、自分の森を持つのよ」

 リリトヴェールはとっさに設定を考えて言った。
 アランは納得したようで頷いた。

「ふーん。じゃあ、これからは、はじまりの森に住むんだね」

 こうして歴代最強の魔王と歴代一ダメな勇者は出会ったのだった。
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