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第一章
3.対面の時
しおりを挟む皇都は、仙山の麓から馬の足で三日ほどのところにある。
その中心部に位置する朱色の大きな門。
それを潜り抜けた先が、皇宮である。
門を潜って早々、蘭憂炎はあんぐりと開きかけた口を慌てて袖口で覆い隠した。
しっかりと口元を引き締めてから、再度皇宮を彩る建造物の数々を見渡す。
天を衝くような紅を基調とした色とりどりの建物が、ずらりと並んでいる。
一つ一つの造りは、とても手の込んだものになっていて、精巧で美しい。
時折この国の紋章でもある、獅子と龍が赤地の上を走っている。
余程なことがない限り朱龍仙山から出ることのない蘭憂炎には、どれもこれもが真新しく目に映った。
しかし流石は皇宮と言うべきか、所々に警備の者が武装して立っていて物々しい雰囲気もあった。何百年と平穏を保っていても、小さな諍いはやはり起こるのだろう。
近年では、デタラメだ星詠みなど当てにならない、と文句を付けてくる者も増えてきたと聞く。蘭憂炎がそういう場面に出くわす時は大抵、本人にとっての不都合な真実をまざまざと見せつけられたことに怒り、顔を赤くして言われることが多いのだが。
「皇宮は随分と煌びやかなのですね」
「そうですね。私も初めて此処を訪れた時は本当に驚きました」
「青嵐様は、いくつで参内されたのです?」
「十を過ぎたころです」
そんな会話をしながら、右へ左へ更に奥へ奥へと大きな廊下を進んでいく。どれだけ歩いたか元来た道順が解らなくなった頃に、やっと青嵐はある部屋の前でピタリと足を止めた。
荘厳な軒先からぶら下がるいくつもの吊るし灯籠。
その向こう側には、人を一〇〇人ほど収容できそうな大きさの壺庭がある。白亜の砂利で満ちていて、桜の木と季節によって花を咲かせるであろう垣根がぽつぽつと植えられていた。その配置すら計算尽くされたように美しく見えるから、随分と手が込んでいる。
「蘭憂炎様」
壺庭に向けていた視線を青嵐へと戻す。彼の方が少し背が高いため見上げる形で、首を傾げた。
「この扉の向こうに、皇太子殿下が既に居られます。私が殿下にお声掛けを致しますのでお許しがでましたら、そのまま蘭憂炎様のみ、中にお進み下さい」
「えっ、私だけなのですか? 青嵐様は?」
「私は此処で控えるようにと仰せつかっております故」
意見をする間もなく、青嵐はすぐに扉へと向き直ると、その場によく響く大きさの声で言った。
「殿下、青嵐にございます。ただいま任を終え、蘭憂炎様と共に参上つかまつりました」
「青嵐、大義であった。礼を言う」
扉から聞こえたのは、青嵐よりも少し高い、しかし落ち着いた玲瓏な声であった。扉越しでも良く通る腹に響くような低さはあるのに、威圧を感じさせないその声に、さぞ懸想する女子も多いだろうと予想が付く。御年は二〇をようやく過ぎた所だと聞いている。噂に違わず、年の割にとても大人びた御方なのかもしれない。
「はっ。蘭憂炎様をお通ししてもよろしいでしょうか?」
「構わない」
間髪入れずに返事があった。振り向いた青嵐と目が合う。
口の中にあった唾を全て飲み込んでから、一呼吸。
こんなに緊張するのは生まれて初めてかもしれない。どんな立場の者を相手にしても、全く動じることがなかった自分ではあるが、流石に次期皇帝陛下となれば話は変わってくる。
一体何用で皇宮まで俺は呼ばれたのだろう。出来れば嫌なことではないと良いのだけれど。
心の準備が出来るまで待っていてくれた青嵐に、目で合図する。
青嵐が深く頷いて間もなく、ゆっくりと開かれ始めた両開きの扉。
蘭憂炎は、よし、と心を決めて一歩を踏み出した。
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