よすがに、愛

晴なつちくわ

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大学生編

やっぱり欲は出る

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 明日は雪が降るでしょう、なんて言われている夜の九時のことであった。
 耳に届いた言葉に、ペットボトルに口を付けようとしていた洸希はピタリと動きを止めた。まだ水を飲んでなくて良かった。心底そう思う。驚きすぎて心臓が止まるかと思った。
 冷静になるために一度水を飲んでから、ペットボトルの蓋を締める。
 ベッドの下、床に正座している璃空に体ごと向き直った。

「ごめん、もう一回言って」

 そう言ったら、ぐ、と喉を鳴らして下を向いてしまった。膝に乗った手が、少し震えているのが見える。決して羞恥に晒したくて言ったのではない。自分の耳を疑ってしまったからだ。
 ふるりと彼の髪が揺れたかと思ったら、勢いよく上がった頭。いつも自信に満ち溢れている瞳が、不安げに揺れていた。

「洸とセックスしたい、って言った」

 やっぱり聞き間違いじゃなかった。
 口から、なるほど、と意味の分からない言葉が出る。うん、と返事があった。

 璃空と付き合い始めてから、三か月が経った。
 勿論セックスのことを考えてなかったわけではない。恋人となればいずれそういうことをするだろうとも思っていた。キスはもうしたし、璃空はといえば、もう半分、洸希の下宿先に住んでいるみたいなものだ。それを許しているのは洸希だし、合鍵だって渡してある。バイトから帰ってきた時に、璃空の靴があると頬が緩むのも日常と化した。
 最近、妙にソワソワしてんな、とは思っていた。
 風呂の時間もやけに長い時もあった。だから、まあ予想していなかったわけではない。まじかよ、というよりも、ついにきたか、という感じだ。覚悟が出来たか、と聞かれたら微妙だが。
 ペットボトルを枕元に置いて、ベッドに上がるように、トントンと己の横を叩く。璃空は目をうろつかせてから、失礼シマス、なんて久しく言ってない言葉を発しながら、よそよそしくベッドに上がって、向かい合うようにまた正座をした。
 じっと璃空を見る。今度はちゃんと目が合った。息を吸う。

「確認したいんだけど」
「うん」
「俺がお前に入れるのか、お前が俺に入れるのか、どっちもなのか、どれ?」

 これだけは確認すべきことだろう。
 準備というものは必要だ。洸希だって、何も考えていなかったわけではない。どっちになっても良いようにしておこうと決めたのは、付き合って一か月経った頃。
 正直に言えば、準備はめちゃくちゃ大変だった。
 それはもうめちゃくちゃ勉強した。こんな羞恥を味わうなんて人生でもうないだろうと思うくらいには。
 自分のスマートフォンで必死に調べたし、何となく触ってみたりもした。璃空のブツがここに、と考えると言葉にしようのないゾクゾクとしたものに襲われたし、羞恥でどうにかなりそうだった。
 いろいろと難しい事も知っている。仮に今日、入れたい、と言われて、璃空のブツが入るかと聞かれたら、多分無理、と答える。逆に璃空相手に勃つか、と聞かれるとそれも分からない、と答えが出てしまうのが正直なところだ。
 何を隠そう、洸希はそういうことを一切したことがない。いわゆる童貞だ。モタモタするに決まっているし、カッコ悪い自分しか想像できない。
 だからこそ、璃空には聞いておかないと、と思う。
 ごくり、と璃空の喉が上下した。喉仏が立派な人は性欲が強いらしい、なんて事を聞いたことがあるが、璃空のそれは確かに立派だな、なんて全く関係ないことを思った時だ。

「俺が、洸に入れたい、んだけど」

 静かに声が発せられた。ちらりと見た彼の膝の上。ぎゅうと握られた拳が震えている。ふっと息が漏れたのは、決して彼を馬鹿にしたからではない。璃空も緊張してくれているのか、と思って嬉しかったから。
 視線を上げて、璃空を見る。ゆらゆらと揺れる瞳に、笑った。

「俺がボトムってことな。いいよ」

 へっ、と間抜けな声が二人の間に落ちる。目が零れ落ちてしまうんじゃないかと心配してしまうほど目を見開いた璃空が、一切の動きを止めてしまった。ふはっ、と思わず吹き出す。

「何をそんなに驚いてんだよ。嫌だって言われると思ってたのか?」
「いや、だって、うん、嫌がるかもしれないとは思ってたから」
「嫌だとは思わないよ。うーん、そうだな。強いて言うなら、未知の領域だし、怖くはある」

 正直経験したことがないから、今は好き嫌いを断じることは難しい。
 当然、恐怖はある。経験したら、嫌だと思うかもしれない。嫌だと伝えたら、璃空は嫌いはしないだろうが、悲しそうにするかもしれない。みっともない姿を見せるかもしれない。それを見た時の璃空が、何を思うか、なんて今は分からないから。
 でも、分からないから怖いと思うなら、経験してみればいい、と洸希は思っている。それで関係が壊れてしまったら、まあ悲しいけれど。
 
「今は好き嫌いとかわかんねーし、実際やってみて嫌いになったら、そん時はまた話し合いたいとは思ってる」
「それは、うん、もちろんだよ。そもそも、挿入ナシで気持ちよくなる方法はいくらでもあるし」
「でも、お前は俺に入れたいんだろ?」

 あけすけに聞けば、璃空は耳を真っ赤にして意味の分からない言葉を発した後、うん、と弱弱しく言った。なんだそのへなちょこな返事は。笑ってしまった洸希を、璃空はジトリと恨みがましく見てきたけれど、何の効果もない。

「笑わうなよ、洸」
「あはは、ごめんって。素直だなって思ってさ」

 慮ってくれた上で、自分の正直な気持ちを言ってくれる。それが愛おしいと思う。可愛いというと、不満そうにするからそれは言わないことにする。
 まだ握り締められたままの手を、上から包み込んでから、その力を抜かせる。開かれた手をやわく握って、もう一度璃空を見た。

「お前が入れたいならいいよ。ただ、勘違いすんなよ? 俺だってお前とそういうこと、してみたいと思ってるんだからな」

 やり方なんて碌に解りはしないし、ど素人といっても過言じゃない。でも、璃空となら、挑戦してみたいと思うのだ。それで気持ちよくなれたら万々歳。失敗してもまあいっか、と思える璃空だから。
 握っていた手を離されたと思ったら、抱き寄せられた。とくとく、と璃空の心臓の速さが伝わってきて、また小さく笑う。でも抱き締めてくれる腕が、あまりにも優しいからそのまま身を委ねることにした。
 しばらく経ってから、璃空がぽつりと言う。

「ありがとな、洸。すげーうれしい」
「こちらこそ。……で? 今日はシねーの?」
「さっきまでシたかったけど、なんか今すげー満たされてるから今日はいい」
「ははっ、そういうもんなの?」

 やっぱりわかんねーな、とは思うけれど、璃空が嬉しそうならいいか、とも思う。さて初えっちはいつになるんだろうな、とぼんやり考えていた洸が、次の日の夜にまた誘われて、思わず笑ってしまうのはまた別の話である。


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