白砂の夜に踊る

晴なつちくわ

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第一部

2.ジアノとフィニ

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「なーにをやってくれたんだ、貴方は!」

 頭を掻きむしって喚き散らしている男に、悪かったって、とだけ言って、背もたれ付きのふかふかの長椅子に、だらりと体を横たえた。
 朝陽が世界を照らし出した時分である。
 長椅子にじっとりと体が沈んでいく感覚に、自然と瞼が落ちていく。良い感じに微睡んでいたのに、喚いていた座長――ジアノが、勢いよく座卓を叩いたせいで、一気に眠気が飛んだ。

「悪かった、じゃありませんよ、ヴェルナ様! だいたい貴方は怖いもの知らず過ぎる! ミュトラ王子が国王に告げ口したらどうするんです!?」
「そん時は『ヴェルナの一存で我々とは関係ありません』って言えばいいだろ?」
「そんな簡単に済む話じゃないんです! 問答無用で一座全員まるごと刀の錆になったらどうするんですか!? ねぇ!」

 あ゛~! とまた頭を抱え出したジアノは、何かぶつぶつと言い始めて自分の世界に入ってしまった。

 悪かったとは思っている。本当だ。昨晩の自分は確かに、冷静さを欠いていた。
 ああいう事を言われるのは、何も珍しい事じゃない。踊り子である事と体を売る事を結び付けている者は、案外多いのだ。国によっては、踊り子という言葉自体、閨で踊る、つまり抱かれる事を指す場合もある。そのせいで、部屋に連れ込まれそうになった事もある。無論、股間を蹴り飛ばして逃げてやったが。
 侮辱的な言葉を並べられても大抵は、笑みを浮かべて礼儀をある程度弁えた言葉で、お断りするのが常だった。手を出してこようものなら、兄や姉が教えてくれた護身術で相手を地に転がす、なんて事もなくは無かったが、それは運良く周りが証言してくれたから、大事にはならなかった。
 しかし、今回は証人はいない。
 しかも、相手は王族。明らかに悪条件なのは言わずもがな。
 そもそもだ。
 どうしてあの時の自分は、あんなにカッとなってしまったのだろう。
 考えてみる。『一番好きな時間を邪魔されたから』が一番有力候補だが、相手が従者のフィニや目の前にいるジアノだったとして、その時も同じようにカッとなるか、と聞かれたら、否だ。
 単なる関係値の問題だろうか。いや、大前提としてフィニやジアノは、お前の一晩を買いたい、なんて身の毛のよだつようなことは言ってこない。
 だとすると、ミュトラの言動がヴェルナの怒りを煽った、ということになる。しかし、そう言ってくる連中を軽く往なすことは経験則で出来たはず。それを往なせなかったのは、一体何故か。
 連中とミュトラの何が違うか、と考えたところで、あ、と一つの答えが見えてきた。一般市民ならまだ我慢できたが、ミュトラは国を代表する王族だ。なのにその言動が、王子らしからぬと思ってしまったのが原因なのかもしれない。
 ラナキアはどうだか知らないが、ウルでは皇族が国の中でも最高峰の教育を受けることが出来た。王族や皇族はその国の顔と言っても過言ではないからだ。他国にいくことなんて日常茶飯事であるし、その時の作法や言動が、国の評価そのものに繋がる。それは自国にいて、他国からの来賓を招くときも同様だ。自分の過失が国の衰退を招く上、最悪の場合、戦いの火種になることだってある。

――いつ何時も、人の目が己を見ているものと心得なさい。そしてそれが国そのものと捉えられることも胸に深く刻んでおきなさい。

 それが母の口癖だった。幼少期からずっとその言葉を身に刻んで生きてきたヴェルナにとって、国そのものの品格を疑われるような言動をするミュトラが、かなり癪に障った。『一夜王子』なんて浮名が流れているということは、男女、バース性問わず、一夜の相手を誰かにさせてきたということだ。
 そんな暇があったら、国の為に出来ることがあるだろう!
 ヴェルナにはもう祖国がない。国の為に動くことは出来ない。そう言った意味では、羨ましくもある。祖国のために自分を鍛え上げたり、見識を広げたりできるチャンスが、ミュトラには残されている。だというのに、色事にうつつを抜かしているのが信じられない。
 王位継承権がなくとも、王族や皇族が国力を上げるために出来ることをするのは、当たり前なのに。王になるだけではなく、外側からの助けも大事になるのに。

「聞いてますか、ヴェルナ様!」

 不意に座卓を叩いたジアノに、目を瞬く。

「悪い、全然聞いてなかった」
「なに自分の世界に浸ってるんですか! 大事な話をしてるのに!」

 いや先に自分の世界に浸り始めたのはお前だろ、と思ったものの、ぐっと腹の奥に閉じ込めた。彼がそうなっている原因は、もともとヴェルナにある。喧嘩を売らなければ、ジアノの心労が増えることもなかったのに。申し訳ないことをしてしまった。

「ごめんな、ジアノ」

 素直に頭を下げると、ぐッ、と喉を潰したような声が聞こえて顔を上げる。ジアノは胸を押さえて下を向いている。その仕種が見慣れたものだったから、ふはっ、と思わず笑ってしまった。

「もー! 笑い事じゃないんですよ、ヴェルナ坊ちゃん!」
「お前のその癖、まだ直ってねーんだなって」

 時々ジアノはこういう時があるのだ。彼曰く、息子みたいに思えてかわいいと思ってしまう、らしい。別にわざとやっているつもりはないのだが、彼の怒りが少しでも落ち着くのであれば、ヴェルナとしても願ったりかなったりだ。
 ごほん、とひとつ咳払いをしたジアノは、いいですか、と指をさしてきた。

「もしもミュトラ王子から依頼があれば、貴方には行ってもらいます」
「まあクソ嫌だけど仕方ないな。俺が行く交換条件として、俺たち一座の身の安全を頼むんだろ?」

 今度はジアノがぱちぱちと目を瞬いている。
 少し考えれば分かることだ。一夜との引き換えに、全員の身の安全が保障されるなら、それを条件にしない手はない。あれこれといったが、結局のところ貞操よりも命の方が大事だ。もともと種を蒔いてしまったのはヴェルナだし、その責任はどういう形であれ、取らなければいけないと思っている。

「俺のせいで、皆の命を危険にさらすわけにはいかないしな。それが保障されるなら、処女なんて安いもんさ」
「待ってください、ヴェルナ様! 身を売れとは言ってません!」
「その可能性もあるだろ?」
「いえ、可能性は低いと思います。噂によればですが、ミュトラ王子は実力行使をする方ではないと聞きます。なんたって、あの美貌と体ですからね。断られる理由もないのでしょう」

 なるほど、と思う。確かに噂に違わぬ、彫刻のような美しさと逞しさを兼ね備えた男ではあった。そんな彼に一度だけでも抱かれてみたい、と思う者もいるのかもしれない。自分は絶対に御免だが。

「それに彼は、なんといえばいいのか、諦観しているというのか、あまり彼自身に関心がないというのか、うーん……、言葉にするのが難しいんですが、そういう感じの方なんです」
「いやどういう感じだよ」

 他人に期待していない、ということだろうか。それとも自滅願望でもあるのか。話してみないことには、さすがのヴェルナにも分からない。噂がすべて正しいとも限らないし、まあ機会があるなら話してみるのも良いだろう。
 そんなことを思っていた矢先だった。

「ジアノさん、ヴェルナ様、失礼します」

 客室に入ってきたのは、ヴェルナの従者であるフィニだ。
 彼女は踊りはさることながら、武術にも長けた優秀なβの従者だ。サバサバとした性格が功を奏して、ウルウィ一座の中でも、ヴェルナと一、二を争うほどに慕われている。
 そんなフィニは、何やら巻物のようなものを持っている。その装飾に、顔を歪めたのはヴェルナだ。何故なら差出人が予想出来てしまったから。
 ラナキアの国章には黒豹が描かれているのだが、彼らが書状に使う巻物にも同じ黒豹が描かれている。さらに言えば、ラナキアで王族のみが使うことを許される紫色が、その巻物に惜しみなく使われているのだ。
 そのことから察するに、王族の誰かからの書状ということだ。

「ミュトラ王子からか?」

 顔を歪めてそう聞いたヴェルナに、フィニはパチパチと手を打った。

「正解です。何故お分かりに?」
「心当たりがありすぎたからな~。ジアノ宛て?」
「それも正解です」

 はい、とジアノに手渡された巻物。顔を青くしているジアノが恐れるようなことは、書いてないだろう。書いてあるとすれば。

「……今日の夜踊りを見せてほしい、だそうです、ヴェルナ様」
「だよなぁ」

 予想通りの言葉に、はぁああ、とヴェルナが吐いた大きな溜息が、その場に気だるげに落ちたのだった。

 

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