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第一部
4.二人だけの夜②
しおりを挟む「お前が言う事には納得できたが、少なくとも此処にいるのは俺一人だ。侍女も呼ばなければ来ない。だからこの私室の中ではいつも通りに話してくれ」
ミュトラは頑なだった。何が何でも雑な態度を取らせようとしている。
まあ、と思う。兄も言っていた。誰も彼もが一歩引いて話してくるのが悲しい時がある、と。常に取り入ってこようとする者もいる、とも言っていた。
だからミュトラも、腹を割って話せる相手が欲しいのかもしれない。
ヴェルナたちは、兄姉の中でも序列がなかった。それに故兄姉と腹を割って話せたが、ラナキアではそうではなさそうだ。宴だけを見て判断するのはどうかと思うが、彼らはあまり話をする類の兄弟ではないようだった。
鼻から息を静かに吐いて言う。
「分かった。この部屋でだけは、俺はお前を王族として扱わない。それでいいか?」
表情をほとんど変えなかったミュトラが、静かに微笑んだ。美しいものを見慣れたヴェルナですら、美しいなと思うような笑みだった。
「それでいい。ありがとう」
「……変わったやつだなぁ、お前」
第一印象は本当に最悪だったものの、こうして話してみると、少し世間知らずなところはあるようだが、王族以外を下等なものだと考える人間ではないらしい。Ωに対する態度がどうかは今はまだ判断しかねるが。普通に話し相手をするのなら問題はなさそうだ。
そう判断して、お前の為に用意させた、と勧められた果物に手を伸ばした。
「で、結局なんで俺を?」
果物を小刀で丁寧に剥きながら問いかける。わずかに上げた視線の先のミュトラは、興味深そうにヴェルナの手元を一心に見ていた。本当に変わった奴だな。
「書状に書いた通りだ。昨夜のお前の踊りが見たくて呼んだ」
「宴で踊ったのは一般的なやつだぞ。俺以外も普通に踊れる」
昨晩の宴で披露したものは確かに、ヴェルナが最も得意な透ける布を使った踊りだ。ウルウィ一座に入った時に、物を使った踊りとして一番初めに習得するもので、何も難しいものではない。いわゆる、基礎というやつだ。そこに自分流を混ぜたりすることもあるが、昨晩の宴ではさすがにやる勇気はなかった。後宮ならばやっただろうが、王族や来賓がいる中で即興するほど、馬鹿ではない。
ウルウィ一座に属する者であれば誰でも踊れるモノを何故、と思ったが、ミュトラは首を横に振った。
「いや、俺が見たいのは昨晩お前が一人で踊っていた方だ」
「えぇ? お前が声かけてくる前に踊ってたやつ?」
信じられなくて聞き返せば、うん、と強く頷かれる。
ぽたりと滴っていった果汁に気付いて、いったん皿の上に果物を置く。適当に切り分けてから、指先に付いた果汁をペロリと舐めとった。
「あれは誰かに見せる用の踊りじゃない。即興に近いやつなんだが」
「見せるのは難しいのか?」
「いや、だってなぁ」
そんなことを言ってくる奇特な人間はいなかった。
美しいものを好むのは分かる。音楽に合わせて上品に優雅に舞ってみせれば、誰もが賛辞を寄越す。でもヴェルナは得意としている美しい踊りよりも、自分の感情に任せて激しく踊る方が好きだった。勿論誰かに見せられるようなものではない。そもそも見せるために踊っているものではないからだ。その場の即興が多いし、適当に体を動かしているだけで、理論通りではないのだ。少なくとも美しいものでもないと思うのだが。
「逆にあの踊りの何が良かったんだ?」
純粋に疑問だった。
ミュトラは少しだけ目を泳がせて、組んだ手を見つめている。言語化するのが難しいのか、それとも別の何かを考えているのか分からないが、答えをじっと待った。
「あの踊りが、とても情熱的に見えた。お前の見た目はどちらかというと冷徹で無感情そうなのに、それと真逆の踊りだったから驚いた。俺は宴の踊りよりも、ひとりで踊っていたお前に興味を持った」
なるほど、と思うのと同時に、本当にこの男は馬鹿正直だな、とも思う。普通は本人を目の前にして、冷徹だとか無感情だとかいう類の言葉を投げかけたりしない。少なくともヴェルナはしないが、ミュトラは違うようだ。
「だから俺を一夜の相手に、って?」
「……すまない」
「お前なぁ、相手に興味を持ったらまず会話からだろ。なんでいきなり、体の関係持ちましょ~、なんだよ馬鹿なのか?」
「……本当に悪かったと思ってる」
ふっと笑いが漏れる。本当に彼は世間知らずなのだろうが、同時に素直さもあるようだ。頭の固い面倒な人間ではないことは、幸いかもしれない。
そこではたと気付く。
「もしかして、お前っていつもそうなのか?」
「? 何がだ」
「気になった相手全員に、一夜の相手を頼んでんのかってことだよ」
沈黙。つまり肯定だろう。思わずため息が出た。
「だから『一夜王子』なんて不名誉な浮名が流れてるわけか」
「いや全員が全員気になったから、一夜の相手にしたわけでは、」
「でも少なからず興味があったんだろ? その相手に」
「それは、うん、否定しないが」
一体どんな環境で育ったら、相手を知るにはまず体から! なんて発想になるのか分からない。彼なりの意思疎通を図るための手段だったらしい。一夜を共にして、大体わかったからそれ以降交流ナシ、なんてそんなことが許されるのは王族だからだろう。
「……お前、王族でよかったな。庶民だったら今頃刺されてたぞ」
「何故刺されるんだ?」
「分からないならいい。とにかくよかったな、王族で」
「何故そんな哀れなものを見るような目をする」
むっと顔を顰めているミュトラには悪いが、その悪癖は今すぐにでも直すべきだ。
正直に言えば、ミュトラはただの一国の王子で、ヴェルナにとって現時点ではただの顔見知りだ。このまま放置していくのも良いだろう。ラナキアがどうなろうが、知ったことではないからだ。
しかし、何となく見捨てるのは気が引けた。
もう祖国のないヴェルナとは違い、ミュトラは祖国が健在だ。資源も豊かで、交易も盛んなこの国の一端を、きっと彼は担っていく。そうなった時、彼の人間力が物を言う事になるだろう。今日話しただけの印象で物を言えば、ミュトラの人格にはほとんど問題がないように見える。位が下の者に対する態度も威圧感はなく、言葉を受け入れてくれる。
しかしだ。明らかに悪癖は直すべきだろう。
お節介だろうが、国を背負う皇族として看過するのは、ヴェルナの信条に反する。
「失礼なこと聞くけど、お前、Ωとかについては教育受けてんの?」
「いや」
「国の歴史とか、他国のこととかは?」
「知っているとは言えない」
白目になりかけたのをどうにか抑えて、何度目か分からない溜息を吐く。
「それは学びたいと言っても学ばせてもらえなかったってことか?」
「学ぶ必要をあまり感じなかった」
「なるほど? そんなことを学ばずとも生きていけると?」
「少なくとも王になる見込みもない俺には必要ないと思った」
違うだろ。じわりと腹に怒りが湧く。
王になるならないに関わらず、王族は国を支えるのが使命だ。王座に就くことが重要なのではない。国の治世が長く続くことが重要なのだ。そのためには、必要な情報を王に持ってくる技量のある人間が必要だ。それには、広く深い知識と問題の本質を見極める審美眼が必要になる。その為の材料を得る機会を、彼は自ら放棄している。
いや待て。何かミュトラにも事情があるのかも知れない。
怒りをぶつけないように呼吸で落ち着かせながら、再び口を開く。
「お前には機会もそれを得る力もある。なのに棒に振る理由はなんだ?」
ここまで聞く必要はないだろう、と自分でも思う。でもヴェルナは聞かずにはいられなかった。なぜだか分からない。でも聞かなければと思った。
ミュトラはゆっくりと口を開いて、ぽつりと言った。
「努力しても、どうせ本当に欲しいものは手に入らない」
一拍置いて、ハッ、と笑いが漏れる。
努力しても本当に欲しいものは手に入らない? そんなの、やってみないとわからないのにか。もう存在しないわけでも無いのにか。
腹に溜まった怒りが、抑えられなかった。持っていた小刀を座卓の上に静かに置いて、立ち上がる。
「ヴェルナ?」
見上げてきた瞳が大きく見開かれた。その水宝玉に映った己の顔は、これ以上にないほど嫌悪感を滲ませて、その瞳を、ミュトラを、見下ろしていた。
「死に物狂いで努力したのか? 本当に? その時出来る限りの手を尽くしたのか? 死ぬほど駆けずり回ったか? それをしないで、どうせって最初から諦めてたんじゃねーのかよ」
ミュトラは固まったまま何も答えない。嘲笑うように一笑して、言ってやった。
「最初から諦めてる奴は、努力しても何も手に入らない。得るものも何もない。それを変える気がないなら、一生ないものねだりして此処で一人で喚いてろよ」
もう言うことはないとばかりに口を止めて、代わりに出口に向かって足を動かす。背中に名前を呼ぶ声がぶつかっても、全て無視した。そのまま出入り口の布を掻き分けて外に出る。
どうしてこんなにムカついているのか、自分でも分からなかった。ただミュトラの言動が気に障ったのは確かだ。数分前までは力になってやれたら、なんて思っていた自分はもういない。
あんなやつに教えることはこれっぽっちもない。
それに、と思う。今回の捨て台詞のおかげで、ミュトラも懲りただろう。無礼な態度を許す、と約束したから命を取られる心配はない。筈だ。今回の事がミュトラの逆鱗に触れてなければ、の話だが。
きっともうここには来ることは無い。
そう思いながら、収まらない怒りを抱えたまま、足音も装飾も鳴らしてヴェルナはひたすら歩く事に徹した。
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