7 / 37
第一部
6.誤算の花束
しおりを挟む陽の光が街中を照らし、小鳥たちが鳴き戯れる時分である。
色めき立つ一座の面々に囲まれながら、ヴェルナは顔を引き攣らせた。目の前にいる侍女から差し出されている、真っ赤なオリエンタルリリーの花束のせいである。同じ種に比べても大きな蕾や花は、ウルウィ一座が滞在する客室に噎せ返るほどの豊潤な香りを漂わせている。
「ヴェルナ兄様、早くお受け取りになって!」
「あのミュトラ王子からですって!」
好き勝手に盛り上がっている妹分たちに急かされて、思わず出してしまった両腕。腕に乗せられた花束の重みときたら。一体何本で作ったのか、と聞きたくなるほどの重さである。
引き攣ったままの顔で、ありがとうございます、と伝える。侍女は意味深な笑みを浮かべたまま、下がっていった。その笑いには嫌味ではなく、微笑ましさが帯びているようだったが、ヴェルナからすると気が気ではない。今すぐにでも侍女を呼び止めて、それはどういう意味の笑みか、と聞きたいくらいである。
ヴェルナが勝手にキレ散らかした挙句、王子であるミュトラを好き勝手に批判して、失礼以外の何物でもない言葉を放ったのが昨晩。
さすがに懲りただろう、で済むはずのない言葉を投げつけた。その自覚は自室に戻って冷静になってやっと持つことができた。またやらかしたなぁ、お咎めが来そうだよなぁ、と他人事のように思いながら眠りについた。
のだが。
叩き起こされた挙句、まさかこんな形で返って来るとは。
「ミュトラ王子ったら、ヴェルナ兄様のことを余程気に入られたのね!」
「きゃ~! きっと今日も王子からのお誘いがあるに違いないわ!」
「一夜王子すらも骨抜きにしてしまうヴェルナ兄様…! 流石ウルウィの一番星だわ!」
「……お前たち、頼むからちょっと静かにしてくれ」
きゃあきゃあと浮足立っている妹分たちをよそに、ヴェルナは頭を抱えたい気分だった。
一体どういう気持ちでこの花束を贈ってきたのだろう。怒らせるようなことばかり言ったはずなのに、こんな大仰な花束を寄越すなんて。もしかして、書状に脅しめいたことが書かれているのでは。不安でしょうがない。
真っ赤なオリエンタルリリーの芳香が、肺を侵食していく。眉根が寄るばかりで、純粋に喜べないのが現状だ。
「さっきの侍女から書状を受け取ったのは?」
「私です! 二つあって、一応どちらも座長に渡しました」
「ありがと。ひとまずこれを頼んでいいか?」
「はい! 少しでも長持ちするよう活けますね!」
ずしりとした重みに妹分も驚いていたが、すぐに満面の笑みに変わった。すぐさま他の子たちと黄色い声を飛ばし始めたのを横目に、ジアノがいるであろう個室へと足先を向ける。
はてさて一体どんなお咎めが待っているのだろう。
ジアノが使っている個室の扉の前に立って、三度拳で軽く叩く。
「ジアノ、入るぞ~」
返事を待たずに中に入る。
大人二人が横になったら一杯になってしまうほどの狭い部屋の中で、ジアノは寝台に腰を掛けていた。頭を抱えているところを見るに、やはりヤバい事が書かれていたのかもしれない。
彼の横に置かれた二つの巻物を見遣ってから、ジアノの前に腰を下ろす。
「中に何て書いてあった?」
ぼそぼそと何かを言ったジアノ。なんて? ともう一度聞けば、先ほどよりも少し大きな声で、ジアノは言った。
「怖すぎて読めてません」
返ってきたのは、あまりにも頼りない言葉。苦笑してしまったが、その原因を作ったのは間違いなくヴェルナだ。幾重にもなってしまったであろう心労に、少し申し訳なく思いながら言う。
「じゃあ俺が読むから貸してくれるか」
ジアノの瞳がヴェルナに向く。瞳には恐怖よりも、心配の方が多く映し出されている。昨日のことを彼に話していないけれど、何となくは察しているのだろう。何もなければ日付が変わる前に戻ってきたりはしないし、戻ってきたときの自分は相当険しい顔をしていたはずだ。それをジアノが見ていたかどうかまでは知らないけれど。
恐る恐る差し出された巻物。
一つはジアノ宛て。もう一つはヴェルナ宛てだ。
とりあえずジアノ宛ての物から躊躇いなく開く。我ながら毛むくじゃらの心臓だな、と思いつつ、軽く目を通したヴェルナは思わず目を丸くした。
そこに綴られていたのは、ミュトラからの謝罪と再度の依頼だった。非礼への詫びと、もう一度ヴェルナを自室に招きたいのだという旨が書かれている。
「な、なんと書かれていたんです?」
ジアノに声を掛けられて、顔を上げる。心配そうにこちらを伺うジアノに、笑った。
「昨日は悪かった、もう一度来てくれ、ってさ」
「……それだけですか?」
「うん」
はああああ、と大きな大きな溜息がその場に響く。心底安心したらしい。よかった、と小さな声が聞こえてきた。
「私はてっきりヴェルナ坊ちゃんを娶らせろ、と言われるのかと」
目を瞬く。まさかそんな心配をされていたとは。
てっきり失態を何度もした自分の所為で、一座に危険が及ぶことを心配していたのかと思った。だが、思い違いだったらしい。
確かに王族に見初められた者が、一座の長からの許可を得て輿入りすることはある。その実、許可なんて生優しいものではなく、強制的なことが多いのだが。幸いにもウルウィ一座は『強制的に』なんて事は、ジアノの手腕もあって一度もない。一重に、ジアノが一座の全員を大切に思っているからだ。この一座から国の要人や王族に輿入れした者は、本人の切なる希望でのことで、無理矢理なんて事は一度たりともないのだ。
しかし王族からの強い要望を断る事は、命の引き換えになる事もあり得る。それを危惧してくれていたようだ。
ふ、と漏れた笑いのまま、膝に乗っているジアノの手に己のそれを重ねる。
「心配してくれてありがとな」
「当然です。ヴェルナ坊ちゃんを私は亡き皇帝に託されたのですから。望まない婚姻は断固拒否します」
「ははっ。命に関わらない程度にしてくれよな。俺だってお前が死ぬのは本位じゃない」
「……はい!」
ぐす、と目元を腕で拭っているジアノの肩を叩いて立ち上がる。もう一つの巻物は自分の個室で読む事にしよう。といっても、同じような事が書いてあるのだろうが。
「ヴェルナ坊ちゃん」
部屋を出ようとしたヴェルナの背中に、ジアノの声が掛かる。うん? と振り返った先で、ジアノは真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「坊ちゃんが嫌であれば断ることもできますよ」
小さく笑って首を振る。全く心配性だ。ありがたい事に。
「大丈夫だよ。そりゃあ初対面の時はアイツが最悪だったけど、昨日は別に嫌な事をされたわけじゃないんだ。俺が勝手に苛ついて、帰ってきただけだから」
「本当ですね? 強要されてるわけではないですね?」
「ないよ。それに強要されたら相手の股間蹴り飛ばすくらいには命知らずって知ってるだろ? 安心してくれ」
ひらりと手を振ってジアノの部屋を後にする。
ジアノもやると言ったらやる男だ。何を犠牲にしてもヴェルナを守ろうとしてくれるのはありがたい反面、危うくもある。従者のフィニと同じく、手に負えないところがあるのは、豪胆な母に仕えていた所為も少なからずあるだろう。
王族と全面対立なんて事は絶対に避けた方が無難だ。
それにしたって、と思いながら手に持っている書状を見やる。
昨日あんな事を言われた上でまた誘ってくるなんて。ヴェルナからしてみればあり得ないことだった。まだ中身は見ていないが、何となく書いてある事はわかる。ジアノ宛ての物とほぼ同じだろう。
となれば、今日も彼のもとを訪れる事になる。
普通は嫌な事を言って来た相手は、出来る限り避けたい筈だ。なのにまるで自ら虎穴に入るような真似をするなんて。一体何を考えているのだろう。
まさか罵られるのが好きという厄介な性癖の持ち主じゃないよな?
そんな一抹の不安を抱きながら、自室に戻ったのである。
ヴェルナの元に、あのクソ王子、と怒り狂ったフィニが押し掛けてくる数分前のとこであった。
5
あなたにおすすめの小説
(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動
相沢蒼依
BL
名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。
一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。
青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。
《届かぬ調べに、心が響き合い》
https://estar.jp/novels/26414089
https://blove.jp/novel/265056/
https://www.neopage.com/book/32111833029792800
(ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)
運命を知らないアルファ
riiko
BL
オメガ嫌いの西条司は女性アルファとしか付き合わない、そんな中やたらと気になるオメガを見つけた。
運命やフェロモンという不確かなモノではなく、初めて本気で惹かれた唯一のオメガにはとんでもない秘密があった!?
オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω
オメガ主人公がお好きな方は『運命を知っているオメガ』をお読みくださいませ。こちらはその物語のアルファ側のお話です。このお話だけでも物語は完結しますが、両方読まれると答え合わせが楽しめます。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。
コメント欄はそのまま載せておりますので、ネタバレ大丈夫な方のみご覧くださいませ。
物語、お楽しみいただけたら幸いです。
ほたるのゆめ
ruki
BL
恋をすると世界が輝く。でもその輝きは身体を重ねるといつも消えてしまった。そんな蛍が好きになったのはオメガ嫌いのアルファ優人だった。発情したオメガとその香りを嫌悪する彼に嫌われないように、ひたすらオメガである事を匂わさないようにしてきた蛍は、告げることの出来ない思いに悩んでいた。
『さかなのみるゆめ』の蛍と(木佐)優人のお話です。時間軸的には『さかな・・・』のお話の直後ですが、本編主人公達はほとんど出てこないので、このお話だけでも楽しめるかと思います。けれど『さかな・・・』の方も読んで頂けると幸いです。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
αが離してくれない
雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。
Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。
でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。
これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。
冷めない恋、いただきます
リミル
BL
生真面目なMR(29)×料理教室の美人講師(31)
同性に好かれやすく、そして自身の恋愛対象も同性である由衣濱 多希は、女性の主婦ばかりの料理教室で、講師として働いている。甘いルックスと柔らかな雰囲気のおかげで、多希は人気講師だった。
ある日、男の生徒──久住が教室の体験にやって来る。
MRとして働く久住は、接待と多忙で不規則な生活のせいで今年の健康診断はオールEだと言う。それを改善すべく、料理教室に通う決心をしたらしい。生真面目だが、どことなく抜けている久住に会うのが、多希の密かな楽しみになっていた。
ほんのりと幸せな日々もつかの間、ある日多希の職場に、元恋人の菅原が現れて……。
【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~
つきよの
BL
●ハッピーエンド●
「勇利先輩……?」
俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。
だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。
(どうして……)
声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。
「東谷……」
俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。
背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。
落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。
誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。
そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。
番になればラット化を抑えられる
そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ
しかし、アルファだと偽って生きていくには
関係を続けることが必要で……
そんな中、心から愛する人と出会うも
自分には噛み痕が……
愛したいのに愛することは許されない
社会人オメガバース
あの日から三年ぶりに会うアイツは…
敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる