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第一部
13.侍従の真意
しおりを挟むしかしやはりフィニは毅然とした態度を崩さないまま、言った。
「貴方様は王族です。ですから釣り合わない、と申し上げました」
「それは身分差の話をしているのか? 違うだろう」
「御察しの通りです。貴方様がラナキアの王族であるということは、このラナキアに根差しているということ。貴方様がいくら心を募らせたところで、貴方様が此処に根差す限りは、ヴェルナ様には相応しくない。貴方様ならその意味がお判りになるはず」
つまり、と考えを巡らせる。
自分が王族で無くなれば良いと彼女は言っているのだろうか。いや、そんな簡単な話ではないだろう。王族から籍を抜くだけでヴェルナと一緒になれる、なんて甘い考えは捨てるべきだ。
正直に言えば、恋だとか愛だとかは良くわからない。わからないが、間違いなく自分はヴェルナに好意を持っている。
会えないと淋しい。隣にいてほしい。笑顔が見たい。距離を取られたら悲しい。誰にも渡したくない。もっと知りたい。もっと触れていたい。ヴェルナのすべてを暴いてしまいたい。
ヴェルナに抱いたそれらすべてが、恋だというのならそうなのだろう。共にあるために王族の座から降りることも厭わないくらいには、ヴェルナの近くにいたい。
王になりたいと思っていた時期も、もちろんあった。だがそれは、よくよく己の心根を紐解いてみれば、誰かから関心を持たれたかったから、という幼稚な願望が根であることを知った。誰かに自分がここにいると認めてほしかった。ミュトラ・ラナキアという人間を見てほしかった。それを、ヴェルナと話をするうちに気付いた。
ヴェルナは教えてくれた。王にならなくたって、国を支える道はいくつもある、と。王になる事と同じくらい、他国のこと、自国のことを客観的に見ることが出来る者が必要なのだと。
そうであるなら、王族である事を辞め、世界中を旅するヴェルナの一座と共に、見識を広め、知識や技術を国に持ち帰ってくることもまた、ヴェルナの言う国を支える道になるだろう。
だが、ここで王族から籍を抜き共に行く、と言ったところで、目の前のフィニが納得するとは到底思えなかった。
「もしも俺が貴殿が属するウルウィ一座の一員となる、と言ったところで、貴殿は納得しない。そうだな?」
念押ししたミュトラに、フィニは肯定を示す。
「αである貴方様は、ウルウィにとっては毒と同じ。番を持たない状態で一員になられても困るのです」
「……ヴェルナと番になると言ったら?」
殺気が肌に突き刺さった。冗談ではないが、フィニにとっては不快だったのだろう。彼女が不快になる理由には心当たりがあった。
初対面のヴェルナに対してミュトラが取った言動を、彼女が知らないはずはない。
「ヴェルナ様と番になる? ハッ、笑わせないでいただきたい。外れない首輪を無理矢理外して、番にするおつもりですか?」
「無理矢理番う気はない」
「全くもって信用に値しませんね。現に貴方様は一度、体を売れとヴェルナ様におっしゃった。お忘れですか?」
冷笑と共に怒りが込められた声が耳に突き刺さる。
今なら当時の己の態度がいかに酷かったか分かる。しかし過去は変えられない。彼女に抱かせてしまった嫌悪感も簡単に払拭できるものではない。分かっている。分かっているからこそ。
「確かに言った。言い訳はしない。一晩を買いたいと思ったのは事実で、撤回するつもりもない」
「それでどう信頼しろと?」
「信頼してくれとは言わない。貴殿の怒りも言い分も尤もだ。だから行動で示す」
「行動で、ですか?」
鼻で笑ったフィニが、懐から何かを取り出す。煌びやかな装飾がなされた鍵だった。一体何の鍵だ、と思ったミュトラに、フィニは言った。
「ヴェルナ様の首輪の鍵です」
「何故それを俺に見せる、……ッ!」
不意に鼻の奥を突いた匂い。脳が痺れるその感覚は、つい二日前に感じたものと全く同じだった。間違いなく彼女が出した鍵から、全感覚を狂わせるような匂いが漂ってくる。思わず片手で鼻と口を覆う。フィニは静かに笑みを零した。
「鋭いですね。そうです。この鍵にはヴェルナ様の血液から抽出したフェロモンが練り込まれている。勿論ヴェルナ様は知りません」
「ッ、一体何が目的だ」
「貴方様は行動で示す、とおっしゃった。ですからそれを示して頂こうかと」
視界が霞む。立ち上がろうとする足を、片腕の肘で抑え込む。ぐらぐらと揺れる頭。何かに理性が侵食されていくのを頭の片隅で感じる。その間にも、ぼやけたような声が耳に届く。
「αは己の番だと決めた相手のフェロモンを嗅ぐと、一時的に身体能力が向上します。理由は簡単です。他のαやβにその相手を取られないようにするため。かつてはΩを巡って、殺し合いをした時代もあったそうです。だから貴方様は今、私を殺したくて仕方がない筈。己が番だと決めた者のフェロモンに私の匂いが混じっている。貴方様はαとしてそれを許すことは出来ない。そして私を殺せば、ヴェルナ様を番するための鍵が手に入るのですから」
フィニの言葉を理解した時には、彼女の首に手を伸ばしていた。それが彼女の首に掛かる瞬間、片腕でそれを阻止する。
震えたままの指先。その手首を掴む手も、力を籠めすぎて震えている。目の前のこの人間を殺してしまえ、と本能が叫ぶ。
大事な番が取られてもいいのか。許せない。彼は俺のものだ。お前なんかに取られてたまるか。絶対に。コイツを殺さなければ。
自分であって自分ではない声が頭を駆け巡る。
フィニは笑みを浮かべたまま動かない。
「どうしたのです? 私を殺さないのですか?」
「ッ殺すわけがないだろう! そんなことをしてヴェルナが喜ぶとでも!?」
怒りに任せた鋭い声が出た。
自分の言葉を耳で聞いて、そうだと強く思う。万が一フィニを己の手で殺すことになったとして、ヴェルナが喜ぶはずがない。それどころか、彼の心は一生手に入らないだろう。ヴェルナが絶望する姿なんて見たくない。悲しいことだが、ミュトラよりもフィニの方がヴェルナにとっては大事で、家族のように大切に思っている筈だ。
だからこそ、フィニを殺すことはヴェルナの心を殺すことと同義。そんなことをどうしてしたいと思うだろう。鍵を手に入れて、無理矢理番になったところで何の意味もない。ヴェルナの体だけが欲しいのではない。Ωだから欲しいのではない。
ヴェルナの心と体のどちらも欲しいのだから。
力ずくで己の手首を引き寄せて、そのまま歯を突き立てた。そんなことをするとは、さすがのフィニも思っていなかったのだろう。驚いたような声が、彼女から聞こえる。
舌に染みる血生臭さと腕の痛みが、頭を冷静にしてくれる。
だんだんと収まっていく衝動。フィニから距離を取ってもう一度長椅子に崩れ落ちるように座った時だった。小さく笑ったような声が聞こえて、顔を上げる。
「まさか腕を噛んで理性を保つとは。無理をなさる」
「……他に方法がなかった」
逆に他の方法があったら教えてほしいくらいだ。しかし、フィニは馬鹿にすることはなく、むしろ穏やかな笑みを浮かべていた。
「貴方様が初めてです。理性を失わなかったαは」
その言葉に引っ掛かりを覚えて、眉をしかめる。
彼女の言葉はまるで、こういうことを何度も繰り返している、という意味に聞こえる。つまり他にもヴェルナに言い寄ったαがいたという事だろうか。思ったことが顔に出ていたのか、フィニは小さく頷くとその場に跪く。
「貴方様の御察しの通りにございます。我が主を守るためとはいえ、数々の無礼を働いたこと、謹んでお詫び申し上げます。首を刎ねられても異存ございません。私の一存でしたこと故、どうかヴェルナ様や他の者には寛大なご処置をお願いいたします」
そのまま深く叩頭し、首を差し出すような姿勢をしている。ミュトラは立ち上がって、彼女の近くに寄るとその肩に手を乗せた。
「顔を上げてくれないか。貴殿はただ己の使命を全うしただけのこと。首を撥ねる謂れはない」
「しかし」
「俺が良いと言っている。顔をあげてくれ」
数度促してやっと、フィニは顔を上げた。先ほどとは打って変わって、視線を下げて目を合わせようとしない彼女を、安心させるように笑って言う。
「確かに怒りが湧いたのは否めないが、貴殿の主を思うが故の行動ならば咎めるのは筋違いというもの。それに貴殿がヴェルナほどの男の侍従であれば、納得がいく」
実際、ヴェルナは本当に魅力的な人だと思う。
踊りに長けているだけではなく、物を良く知り、冷静に物事を判断する聡明さも咄嗟の判断力も尊敬に値する。本当にただの踊り子かと聞きたくなるほどに。
ヴェルナの過去を、ミュトラは知らない。
聞いてみたいとは思うが、それほど彼が心を許してくれているかと聞かれると、どうかはわからない。聞かれたくないことを無理矢理聞き出すのは、愚か者がすることだ。共にあるためにすべてを知っていなければいけない、なんてことはない。ヴェルナが良いと思った時に彼の口から教えてくれればいい。そう思っているから、自分よりもはるかに知っているであろうフィニから聞き出すこともしない。
あれだけ優秀な者が主なのであれば、侍従の心配は尽きないはずだ。一生のパートナーと言われる番も、自身の目で見て、本当に主を任せるに値する人間なのか、と見極める必要があることも理解できる。それほどに真摯に仕えているということだろう。
「だから、気にしないでいい。今日のことは一切他言しない。安心してくれ」
微笑んだミュトラに、はい、とフィニは滲んだ声を返したのだった。
「なあ、一つだけ聞いても良いだろうか」
部屋を後にしようとしているフィニの背中に投げ掛ける。律儀に体ごと振り返った彼女は、なんでしょう、と首を傾げた。
「貴殿から見て、俺はヴェルナの番に相応しいだろうか」
一種の意趣返しのつもりだった。釣り合わない、と言われた故の細やかな悪戯心。片頬を持ち上げながら問いかけたミュトラに、フィニは笑みを深くして頭を下げた。
「それは、ヴェルナ様がお決めになる事にございます」
「ははっ、まったくその通りだな」
尤もらしい言葉に笑ってしまった。
去っていく彼女の背中を見送りながら、ミュトラは思う。
結局のところ、番を選ぶのはヴェルナ自身だ。
そこにはフィニもミュトラも介入することは難しい。ヴェルナの心はヴェルナのものだ。出来ることなら、自分を選んでほしい。本音を言えば他の者の番になるのは出来れば見たくないし、その未来は来てほしくない。そんな未来が来たら、自分がどうなってしまうか見当もつかない。
だがもしも選ばれなかった時。ヴェルナの力になれるのなら、その為の力を尽くしたい。今はそう思うのだった。
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