白砂の夜に踊る

晴なつちくわ

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第一部

15.青天の霹靂

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「そうか。それなら良い」

 ミュトラに目を向ければ、目元を緩ませた瞳と目が合う。嬉しそうに見えるのは気の所為だろうか。
 なんでそんなに嬉しそうなんだ。そんなことを思っていたら、ミュトラが目の前で跪く。一瞬のことで、制止する間もなかった。周りに誰もいなかったことだけが幸いだ。
 えっ、と間抜けな声が口から溢れたのと同時。

「黙っていることは俺の性格上難しいから、あらかじめ言っておく」

 そんな前置きをしながら、ミュトラはヴェルナの左手を取った。
 そのまま彼の前にさらけ出された己の手のひら。ヴェルナはただただ目を丸くする。

「お前が好きだ、ヴェルナ」

 耳を通り過ぎた言葉。
 それがあまりにも信じられないもので、もしかして俺まだ夢の続き見てんのか、と思わずにはいられなかった。しかし、手のひらに送られた口づけの温かさに、夢であることを否定された。バカな。咄嗟にそんなことを思うが、ミュトラは更に続ける。

「友人としては勿論だが、それ以上に一生の伴侶として傍にいたいと思っている」

 驚きのあまり二の句が継げないヴェルナに気づいたのか、顔を上げたミュトラは楽しそうな笑みを浮かべていた。

「答えは急がない。無理強いするつもりもない。お前の気持ちが定まった時、聞かせてくれ」

 立ち上がったミュトラはもう一度手のひらに口付けてから、手をゆっくりと放してくれた。彼の顔に浮かぶ笑みは誂う様相はなく、むしろ夢で見たような、愛おしくてたまらないというそれだった。咄嗟に後ろに回した右手で太ももを抓ってみたが、痛みは本物。目の前のミュトラは消えたりしない。
 口をあんぐりと開けたまま突っ立っているヴェルナをそのままに、また夜に、と踵を返したミュトラ。そんなの背中をぼんやりと見ていることしか出来なかった。

 ぽつんとその場に残されたヴェルナは、思わずぼやいた。

「えっ? は? 夢?」

 しん、と静まり返った声に答えるものはいない。
 頭に乗せていた布がはらりと落ちていった。



「ヴェルナ様? そんなところで何してるんです?」

 どれだけそこで突っ立っていたのか、フィニの声が耳を通り過ぎる。ばっと振り返れば、不思議そうな顔をしたフィニが立っていた。さっきよりも明るくなった廊下。落ちていた布に気づいたフィニが拾い上げたのを見届けてから、がっと彼女の両肩を掴む。目を白黒させているフィニに申し訳なく思う余裕もなく、言った。

「……ちょっと今時間あるか」

 もう自分の中だけでは整理できない。このまま一人で悶々としてしまうところだったが、幸いにもフィニが来てくれた。助けを求めるしかない。
 ヴェルナの真剣な助けを求める声に、フィニは神妙に頷いてくれた。
 とりあえず個室に連れて行ってから、近くにあった丸椅子に座るよう促して、自分は寝台に腰をかけた。

「一体何があったんです?」
「とりあえず、絶対に他言しないでほしいのと、でかい声を出さないことを約束してくれ」
「ヴェルナ様がそう言うなら。でも私が解決できなさそうなら座長には言わせてくださいよ?」
「それも含めて相談したいんだ」
「……そんなに深刻なことなんですか?」
「深刻だ。だいぶ」

 ごくりと唾を飲み込む音がフィニから聞こえた。ちらりと見遣った彼女は、意を決したように首を縦に振る。一度息を吸って、吐いて。もう一度息を吸ってから、ヴェルナは口を開く。

「ミュトラがさっき朝一で此処に来た」
「え? 何の用でです?」
「最初は、俺が顔を見せないから心配? いや、謝罪? うーん、まあそこはいいや。俺が来ない理由を聞きに来た」

 本当に最初はそれだけだった。弁明をしたのはヴェルナの方で、ミュトラには何の非もないと伝えたまでは良かったのだ。そう。そこまでは何の問題もなかった。
 フィニもそう思ったのだろう。不思議そうな顔をしている。

「なるほど。それの何が問題なんです?」
「問題はそこじゃないんだよ、フィニ。その後だ」
「その後?」
「ああ。実は……、ミュトラに告白された」
「……………、はぁ!?」

 少しの沈黙の後、できる限り抑えられた驚愕の声が耳に届く。
 だよな、そういう反応になるよな。俺もそう思う。なにしろ何分だか何十分だかあの場に立ち尽くしたもんな。驚きすぎて。
 フィニの反応に同意を示していたら、肩を掴まれた。

「ちょっと待ってください何でそんな展開になってるんです!?」
「俺だって知りたいよ。だけどアイツは本気みたいだったし」
「番になりたいって言ってきたんですか!?」
「いや、一生の伴侶として傍にいたい、だってさ」

 はんりょ、と口を動かしたフィニはすぐさま我に返ると、今度は肩を前後に揺すってきた。

「伴侶になりたいって、あの王子が言ったんですか!? 本当に!? ヴェルナ様はなんて答えたんです!?」
「ちょ、ちょっとフィニ! とりあえず、落ち着け!」

 あまりの揺さぶりに説明どころではない。制止すれば、はっとしたフィニは己を落ち着かせるように、膝に握りこぶしを置いて姿勢を正した。ふうっと息を吐いてから、再び口を開く。

「とりあえず、無理強いするつもりはないってことと、答えはまだ言わなくて良いって言われた。でも気持ちの整理がついたら返事が欲しいって言われたんだ」

 返事を急かされなかったのは、良かったと思う。
 あの時はあまりにも突然過ぎて、返事なんてする余裕はなかった。連日見ていた淫夢のせいで、確かにそういう対象として見ている節はあるのかもしれない。しかしミュトラからの突然の告白は、対等な友人でいたいと彼は思ってくれていると思い込んでいたヴェルナには、寝耳に水だった。どうして突然、とも思うし、そんな素振りは一切見せていなかったのに。

「それで、ヴェルナ様はどうしたいのです?」

 半分混乱しているヴェルナとは違い、フィニは冷静だった。
 どうしたい、という問い掛けに対して、今持っている答えはない。どうしたいのか、どうなりたいのか、と聞かれてもよくわからないのが本音だ。あまりにも突然の出来事過ぎて、頭を整理できていない。

「正直に言えば、好意は嬉しい。でも今あいつとどうこうなりたいとは思ってない。それに、ミュトラの想いに応えるには、あまりにも危険すぎる」

 告白自体は、確かに嬉しい。
 対等な関係性でいたいと思っている相手からの好意は、悪い気はしないし、彼がそう思っていてくれるなら淫夢を見ている――好き好んでみているわけではないが――罪悪感も、少しだけ薄れる気がする。好意を受け取って返すのもいいのかもしれない。
 でも、出来ない理由がある。

「危険とはどういう意味です?」
「王妃殿下だ」
「王妃殿下? 彼女がなぜ?」
「前に、第一王子の妃になる気はないか、って牽制されてる」

 フィニが息を飲んだ。
 王妃殿下は顔に笑みを乗せながら、腹の底では何を考えているのか悟らせない、と前に話してわかった。
 きっと彼女は、ヴェルナとミュトラが結ばれることを良しとしない。これをもしも王妃が聞きつけたなら、思わぬ鉄槌を受けることになりそうな気がするのだ。あくまで勘であって、実際にそれが的中するとは限らない。だが、彼女はきっと何かしらの行動に出る。そんな気がしてやまない。そうでなければ、前に後宮に招かれた時にあんな牽制をしてこないだろう。
 鉄槌が自分だけに降りかかるなら良いが、ミュトラやウルウィの仲間たち、フィニやジアノに害が及ぶのは避けたかった。

「王妃殿下がいる以上軽率な行動はできない。かと言って、突然俺がミュトラとの関係を断って裏を読んだ王妃がミュトラにも何か仕掛けるのは避けたい。だからどうしたもんかと思ってさ」

 沈黙がその場に落ちる。
 フィニも答えを出しあぐねているようだった。
 そうだろうな、と思う。下手に動いて、大蛇に噛まれるのは避けたい。軽率な行動が、被害を拡大させるかもしれないからだ。できることなら穏便に済ませたい。誰にも被害が及ぶことなく、平和に解決できるのが一番だ。それをできるとしたら、フィニの協力は絶対に必要になってくる。
 ふっ、と笑った声がして顔を上げる。
 やはりフィニが肩を揺らして笑っていた。
 なぜ笑っているのか分からなくて、首をかしげる。

「何笑ってるんだ、フィニ」
「嗚呼、すみません。ヴェルナ様の御心はもう決まっているのだな、と思いまして」
「? 何の話だよ」
「おや? いつもの貴方様ならもう悟っていらっしゃるでしょうに」

 くすくすとなおも肩を揺らして楽しそうに笑うフィニに、えぇ? と声が出る。
 一体全体何の話だろう。悟っているとは何のことだ。
 顔をしかめたところで、フィニは笑みを浮かべたまま言った。

「気付きませんか? すでにヴェルナ様は、ミュトラ王子を自分の内側に入れてらっしゃる」

 目を瞬く。そんなこと、と言おうとした言葉は、意に反して喉から出ていくことはない。フィニは続けた。

「ミュトラ王子と同じ種類の好意でないかもしれませんが、それでも彼に害が及ぶことを良しとしてらっしゃらない。先程もヴェルナ様は言われました、ミュトラ王子に仕掛けられるのは避けたい、と。どうでもいいと思っている相手には、そのようなふうには思わないでしょう?」

 確かにフィニの言う通りだ。さっきもそうだった、と気付く。
 害が及ぶのを避けたい人の中にミュトラが入っていた。
 ミュトラに害が及ぶのは嫌だと思う。出来ることなら険しい顔でなく、あの年相応の笑みを見せてほしいとも思う。それを自分が原因で歪ませたくない、とも。
 すとん、とモヤついていたものが腹に落ちた気がした。
 確かに自分は、ミュトラが好きなのだろう。それが友愛なのか、恋愛なのかはまだ判断はつかない。でも好意を受け取って応えても良い、と思っている時点で、友愛ではないのかもしれない。

「恋は盲目、とはよく言ったものですね」

 フィニの笑った声に、顔を上げる。彼女は安心したような、あるいは眩しいものを見るように目を細めて微笑んでいた。

「ヴェルナ様が決めたことを私は全力でお手伝いします」
「……ありがとうな、フィニ」

 幼い頃からずっと傍にいて支えてくれいる。癇癪を起こすようなことはしなかったが、彼女にはずっと世話になってきた。彼女だって添い遂げたい人がいたかもしれないのに、それでもずっとヴェルナに付いて支えてきてくれたのだ。そんな彼女が安心しきったような優しい笑みを浮かべるものだから、胸に熱いものが迫ってきて、気を抜いたら涙腺が緩んでしまいそうだった。
 彼女の負担を減らしたいと思うものの、まだ暫くは無理そうだと思う。

「我儘な主でごめんな」
「何をおっしゃいます、我が主。貴方様のような御方にお仕えできて、こんなにも光栄なことはありません」
「そんなお前に俺は救われてるよ。本当に」
「ふふ、光栄至極にございます。……して、僭越ながら王妃殿下のことは座長にも伝えておいたほうがようかと」
「だよなぁ。まーた悲鳴上げるんだろうなぁ」

 もう一人の功労者であるジアノの困り果てて叫ぶ姿が浮かんで、ヴェルナはやっと肩の力を抜いた笑顔を浮かべられた。彼にもいつか恩返しができたら良いと思う。
 とにかく今は、と頭を切り替える。
 できる限りの準備するに越したことはない。
 座長を含めた作戦会議のために、フィニとともにヴェルナは個室を後にしたのだった。

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