白砂の夜に踊る

晴なつちくわ

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第一部

19.仲裁と思惑

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 どこにでもいるんだな、こういう最低なヤツ。
 少し先の光景を視界に入れながら、ヴェルナは胸の内でボヤく。視線の先には、屈強な近衛兵数人と、ウルウィ一座の男女数人のΩがいた。一番歴の長い男のΩ――ラナイが妹分や弟分を最前線で庇っている。そんなラナイの顎を掴んでいるのは近衛兵だ。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、広い廊下のど真ん中にいた。

「踊り子なんだろ? じゃあ俺の下でも踊ってくれよ」

 バカにしたような言葉。周りの近衛兵も、冗談にしては悪質な言葉を肯定するように頷き合って笑っている。
 いくらΩの地位がそれなりに確立されているとはいえ、Ωのことを学ぶ者が多いわけではない。特に武闘派や軍に属する者に関しては、Ωを下等だと思っている者も多いのだ。
 確か、と考える。ラナイたちは、王の側近の家族に呼ばれて昼の宴に出席していた筈だ。その帰りにこんな最悪の輩に出会ってしまうなんて。なんとなく王宮を散策していた自分がちょうど居合わせて良かった。足早にラナイと近衛兵に近づく。

「王宮の近衛兵でありαの俺に指名されるなんて、Ωとして光栄だろ? ッ! ッテェ!」
「俺の可愛い仲間たちをいじめないで頂きたいのですが」

 近づくやいなや、ラナイの顎を掴んでいた不埒な手首を捻り上げる。ヴェル兄様、ヴェルナ兄様、と安堵した声を上げる仲間を安心させるように微笑んでから、近衛兵に向き直る。

「離せこの野郎!」
「いいですよ。貴方がたが俺の可愛い子たちに手を出さないと約束するなら」
「ッチ! ミュトラ王子に気に入られてるからって調子に乗りやがって!」

 主犯格らしき近衛兵が喚く。手を振り払ってやれば、すごい形相で睨まれた。その睨みや下品な視線から守るように、仲間を背中に庇う。
 こんなときに上背があって良かったと思う。
 Ωに生まれたことを誇りに思える国に生まれてよかった。Ωの扱いが酷い国では、幼少期に雑に扱われることも多くない。生物的に弱い、と勝手な偏見を押し付けられて、食べ物を最低限しか与えられないことも国によってはあるのだ。ウルウィに属するΩたちは大抵そんな幼少期を送るため、体が比較的小さい者たちが多かった。
 バース性に関係なく、幼少期にどれだけ栄養が取れたかが、発育に大きく関わってくるというのに。そういう証明された事実を知らない者が、大抵クソみたいな偏見を持ってして、Ωは弱いだとかΩは下等だとかと喚くのをヴェルナは知っている。
 ご自慢の筋肉に包まれた腕が、一介の踊り子に痛みを与えられたのが相当気に食わないらしい。近衛兵が、ハッとバカにしたように笑った。

「股を開くだけしか出来ないΩが随分偉そうだよなぁ!?」
「生憎ですが、Ωにも選ぶ権利はあります。誰彼構わず欲をぶつけようとする貴方に言われたくありませんね」
「あぁ!? 発情期に踊らされる軟弱者が、偉そうな口叩くな!」
「その言い分はまるで、αは偉い、と言っているようだ」
「実際そうだろうが! 俺達はお前らみたいな下等な奴を守ってやってんだからな!」

 ハッ、と今度はヴェルナが鼻で笑ってしまった。

「αが偉い? バカ言えよ。男も女もαもβもΩも、育んでくれる胎を持つものがいなければ生まれることは出来ない。なのに何を持ってαが偉いって言ってんだ? 嗚呼それとも発情期に踊らされる軟弱者って、もしかして自分の事を言っているのか? あぁ、それは悪かったよ。気付かなくて。確かに目の前の欲に踊らされる軟弱者はまさに貴方のことだな。ははっ、水を差しちゃって悪いな」

 笑い混じりにそういえば、目の前の近衛兵は顔を真赤にしていた。周りの近衛兵も返す言葉もないらしい。それが正論だからなのか、痛いところを突かれたからなのかは分からないが。押し負けている自分の仲間に、ただ目を逸らすことしか出来ていない。
 そんな彼らに追い打ちをかけるように言ってやる。

「ああ、失礼しました。私としたことが、とんだご無礼を。無礼ついでにもう一つ助言させていただきますね。偉いかを決めるのは、その者の性ではありません。その者の人柄です。それをお忘れなきよう」

 尊敬の念を抱かせる者に、バース性は関係ない。
 優秀だと言われる者は、大抵見えないところで努力をしている。己の持って生まれた能力に胡座をかくことなく、その能力を磨き続ける。だからこそ、その念を抱かせるのだ。
 何も言い返してこない近衛兵たちに、にこりと笑って言ってやる。

「もしも一夜の相手をご希望であれば、正規の手段を踏んでくださいね。――みんな、行こう」

 ウルウィの仲間たちに先に行くように促して最後尾でついていこうとしたヴェルナの腕が、先程の近衛兵に掴まれる。振り返れば、まだ真っ赤な顔をした近衛兵と目があった。

「貴様、俺を晒し者にしたこと絶対に後悔させてやるからな」
「何をしているのかな」

 やれるもんならやってみろ、と言い返そうとしたヴェルナよりも早く、言葉を発した者がいた。声の聞こえた方に目をやった刹那、目を見開いてしまった。
 そこにいたのは、第一王子であるヴィシラだった。
 一体いつからそこにいたのだろう。柱に背を預けて面白そうに口角を釣り上げているヴィシラは、ざわめく近衛兵達やヴェルナの視線を集めたことを認めると、ゆったりとした歩調で近くまで寄ってきた。

「ヴェルナは我ら王族の大事な客人だ。――無礼な真似は止めてもらえるかな?」

 カエルの潰れたような声を出した近衛兵に、勢いよく腕を離された。咄嗟に見た近衛兵の顔は青ざめている。
 まあ近衛兵の態度も分かるな、と思う。
 ヴィシラの物言いは、物腰柔らかなものであるのに、どこか威圧を感じる声であったから。笑みを浮かべたまま他人を威圧するのは、母親譲りだろうか、なんてぼんやり考えていたらヴェルナへ視線を向けたヴィシラに、背筋が僅かに伸びる。

「うちの兵がとんだ無礼を働いた。彼らには厳重な処罰をすると約束する」

 頭を下げたヴィシラに、どよめく近衛兵と同様に、ヴェルナも驚く。別に厳罰は望んでいない。気に障るような言い方をしたのは己も同じだし、少しだけ態度を改めてくれればそれでいい。
 焦りを顔に出さずに、礼を返しながら言った。

「いえ、ヴィシラ王子。僭越ながら、彼らに厳罰をと仰るのなら、挑発するような物言いをした私も罰を受けなければなりません。仲間を守る為とはいえ、無礼な態度を取ったのは私も同じ。ですから、私の態度を見逃す代わりに、水に流すという形で手打ちにしていただきたく存じます」

 そもそもだ。その場にいたのだったら、最初からヴィシラが注意してくれれば済んでいた話だろうに。どの段階からやり取りを見ていたのか知らないが、ラナイたちが絡まれていた時から見ていたのだったとしたら、随分と質が悪いし、お前も罰を受けるべきだろ、とも思う。
 流石に次期国王相手にそんなことを言う勇気はないが。

「君がそう言うなら。――衛兵、彼の恩情に感謝するがいい。ただし、次はない。持ち場に戻れ」

 すごすごとその場を後にする近衛兵の背中を見送っていると、ふーっと息を吐く音が聞こえてそちらをみる。ヴィシラが困ったような顔をして笑っていた。

「本当に悪かったね。不快な思いをさせただろう?」
「いいえ。助太刀頂き感謝いたします」

 結果的に助かったのは本当だ。
 ヴィシラが現れてくれなければ、強硬手段にでなければいけなかったかもしれない。彼の登場のお陰で、なんとかその場での衝突は避けられた。
 しかし彼の登場の仕方に、いささか疑問もある。
 なぜもっと早く声を掛けてくれなかったのだろう。ヴェルナが来るよりも先に、彼はあの場にいたのではないかと勘ぐってしまうのは、ヴェルナの考えすぎだろうか。
 それに、と思う。
 もっと穏便に済ます形でも良かったはずだ。ヴェルナにわざと恩を売らせたようにも感じた。現にさっき突っかかってきた近衛兵は口こそ動かさなかったものの、彼の白くなるほど握り締められた拳が、ヴェルナに対しての怒りを雄弁に語っていたように思う。
 いや、考えすぎか。ヴィシラの母親が王妃である、という既成事実が、ヴィシラという人物を斜めに見てしまう原因になっている。いかんいかん、と心の中で偏見を追い出したのと、ヴィシラが笑ったのは同時だった。

「? 何か?」
「いや、君が豪胆であるのは事実なのだな、と思ってね」

 はぁ、と疑問符がたくさん浮かんだまま答えれば、くすくすと肩を震わせながら彼は言った。

「君のことは先日呼んだウルウィの子たちからも、王宮の者たちからも聞いているよ。皆口を揃えて君を『豪胆で爽快』と称する。それを今日実感したんだ」
「……まさかとは思いますが、それをお確かめになるために、私が割って入るまで黙認していたのですか?」

 はぐらかされるかもしれない、という杞憂は、ヴィシラ本人が笑って頷いたことに寄って打ち砕かれた。ジト目を向ければ、すまない、と全くそう思っていないであろう声が返ってくる。最初から見てたのかよこの野郎。

「ヴィシラ王子もお人が悪うございますね。私を試すために黙っていたなんて」
「誤解しないでほしい。彼らと居合わせたのは偶然だよ。止めに入ろうとした時、君が見えたから少し様子を伺ってしまっただけなんだ」
「お早く声を掛けてくだされば、私が近衛兵の怒りを買うこともございませんでしたのに」

 事実、あの近衛兵には目を付けられてしまっただろう。一人で王宮を歩くことは避けなければいなくなってしまったわけだ。少しの自由を奪われてしまったことに白目を剥きたくなる。
 だというのに、ヴィシラは笑うばかりだった。

「悪かったよ。お詫びと言ってはなんだけれど、今夜一緒に食事でもどうだい?」

 唐突な誘いに、へ、とまた声が漏れる。この流れでどうして食事に誘うことが出来るのか。食事なんて一緒にできる関係値でもないだろうに。そう思いつつ、口を動かしながら拝礼する。

「身に余る光栄なお誘いではございますが、先約がございまして」
「ミュトラとの逢瀬のことかな?」

 ばっと顔を上げる。逢瀬なんて大層なものではないのだが、その一瞬の動揺はヴィシラに見られてしまったらしい。彼の瞳がすぅっと細くなった。

「でも君はきっと私の所に来ることになるよ」
「……それはどういう意味でございましょうか」
「言葉の通りだ。――では、またね。ヴェルナ」

 食えない態度に意味深な笑みだけを残して、ヴィシラはその場を後にした。その背中が見えなくなるまでじっと見続けても彼の意図を読むことは難しかった。


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