白砂の夜に踊る

晴なつちくわ

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第一部

20.仕組まれた晩餐

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 果たして、ヴィシラの言う通りになった。
 彼からと王妃殿下から、直々の書状がジアノに届けられたからだ。複雑そうな視線がジアノから送られて来ても、ヴェルナは苦笑いで返すしかなかった。
 国王からの書状でなかっただけまだマシだろうか。断ろうと思えば断ることが出来る。しかし、人の頭くらいの大きさの袋に入った金子きんすが一緒に届けられたら、断る訳にもいかなかった。
 旅をする一座には何かと金が必要だ。皆の為を思えば、断る理由はない。それに今日ヴィシラと話をした所感は、別に悪いものではなかった。食えない所はあるものの、王妃ほどの曲者には感じなかった。
 一人で来い、との事だからとりあえずは行くとして。ミュトラの方には、フィニが行くことになった。曰く、何かあったらすぐに飛んでいけるように、だそうだ。
 一応依頼内容は、夜伽ではなかった。
 一番初めにミュトラが送って来た書状と同じく、踊りが見たい、と言うことだった。でも何となくだが、ヴィシラの意図は違う所にあるのだろう。話をしたいのか、はたまた別のことが本音なのかは、知り得ない。
 二人きりになって欲しくない、と言ったミュトラの顔が過ったが、行かないほどの理由にはならなかった。逆に行かないことで変な追撃を受けても困るから。

 ミュトラのことはフィニに任せて、夜に落ちた王宮の廊下を一人歩く。見えなくならない程度の距離にフィニが歩いてくれているおかげで、一人でも安心して歩ける。
 しゃらしゃらと鳴る音以外は聞こえてこない。
 離宮が見える所まで来ると、何やら忙しなく侍女が出入りしているようだった。料理が山ほど乗った盆と、カラになった盆を持つ者が代わる代わる、離宮に入ったり出たりを繰り返している。
 ミュトラとは大違いだな。
 吐きそうになった溜息を呑み込んで、笑みを張り付けたまま兵士の前で拝礼して、書状を渡す。もう既にそこの兵士とは顔見知りになっている所為で、書状に目を通さずに彼らは柔らかな笑みと共に頷いて、すぐに道を開けてくれた。
 
 いつもは右に行くところを、今夜は左手奥に進んでいく。
 すれ違う侍女の視線を感じながらも無言で歩いて、真っ赤な垂れ幕で覆われている入り口に辿り着いた。その場に座そうとしたのと、垂れ幕が掻き分けられたのは同時だった。

「やぁ、ヴェルナ。また会ったね」
「……ご機嫌麗しゅうございます、ヴィシラ王子。この度はお招きいただきありがとうございます」

 頭をそのまま下げれば、彼がしゃがんだのが目の端に見えた。

「顔を上げてくれ。君の顔を見て話がしたくて呼んだのだから」

 肩に置かれた手に顔をあげる。しゃらりと音を立てて装飾が揺れた。目が合うと底が見えない海のような深い青が、細められた。どういう意味の眼差しかは、いまいち分からせてはくれない。
 差し出された手。にこりと笑って己の手を乗せる。
 相変わらず腹の底は知れないが、嫌な感じはないから大丈夫だと踏んだ。促されるまま立ち上がる。ヴィシラに導かれるように、私室に足を踏み入れた。
 部屋の構造自体は、ミュトラのそれと大差はない。否、少し広いだろうか。部屋の中心に置かれた座卓には、溢れんばかりの御馳走が置かれていた。それ故に混じり合った匂いが鼻の奥を突いて、僅かに顔が歪みかける。
 そのことに気付いたのか、隣のヴィシラが眉を下げて笑った。

「すまない。こんなに用意しなくて良いと言ったのだけれど」
「お心遣い感謝いたします。私に気にせずお召し上がりください」

 正直に言えば、ヴィシラの部屋で出されたものを軽率に食べるのは気が引けた。この逢瀬には王妃が絡んでいるのは間違いないからだ。彼女から送られた酒などがあったら、絶対に手を付けないほうが無難だろう。

「こちらに座って」
「失礼いたします」

 促された席につくと、何故かその隣にヴィシラも腰を下ろした。普通は向かい側に座るのでは。そう思いはするが、笑みを崩さないまま少しだけ端のほうへと尻をずらした。

「ふふ、警戒している?」
「ご不快にさせてしまったでしょうか、申し訳ございません。癖のようなものなので他意はないのですが」

 本当のことだ。
 今までの経験がそのようにさせている。他の国でもこうして隣に座ってきた輩に、押し倒されたことがある。無論股間を蹴飛ばしてやったが。だから最初に距離を取ってくれたミュトラには、あまり警戒心はなかった。段階を踏んで隣に座るならまだしも、最初からその態度で来られるとどうしても警戒してしまうのだ。

「いやいいよ。気にしていない。それよりも私が気になるのは、君がミュトラにもそのような壁を一枚隔てたような対応なのかだ」

 面白がっているだろ。そう思うような態度だ。組んだ足に肘をのせて頬杖を突いているヴィシラは、企みを持ったような笑みを浮かべていた。笑みを崩さずに言った。

「どういう意味でございましょう?」
「君と時間を過ごすミュトラはやけに楽しそうなんだ。先日廊下で見かけた時も、彼には珍しい笑みを零していた」

 態度が悪いことがバレているのか、ただ単にカマかけをしているのか、読ませてはくれない。さてここはどんなふうに答えるべきだろうか。悩んだのは一瞬、バカ正直に言ったほうが良いこともあると判断した。

「ミュトラ王子が、友人のように話をしてほしい、と仰ったので、そのようにさせていただいております」
「嗚呼、なるほど。道理でミュトラが喜ぶわけだね」

 合点がいったようにヴィシラは頷いた。酒のたっぷり入った盃を差し出されたが、横に首を振って遠慮する。少しだけ残念そうな顔をしたヴィシラは、そのまま盃を煽って一気に中身を空にした後、再度口を開いた。

「では、私がそれをお願いしたら、同じようにしてくれるのかな?」
「ははっ、まずそれには、私がどれほど無礼で不遜な態度をとってもお許しいただけるという確約を頂かなければ。しかしヴィシラ王子は、いずれ王になる御方。一介の踊り子がそんな態度を取っていいとは思えません」

 遠回しに嫌だと言ったのだが、ヴィシラは笑みを深くしただけだった。

「私が許すと言ったら?」
「……貴方様がお許しになられても、国王陛下や王妃殿下はお許しにならないでしょう」
「あの方たちに知られたらそうかもしれないね。でも此処には君と私だけしかいない。侍女もさっき下がるように言ったんだ」

 ヴィシラもまた頑なだった。頑なな性格はもしかして国王譲りなのだろうか。引き攣りかけた頬。どうにか自然を装って、口を開く。

「では、このお部屋でだけ、ということでしたら」
「ああそれで構わないよ。敬語も敬称もなくて良い」

 似た者同士だな、と思いはするが、流石に次期国王にタメ口なのはいくらヴェルナでも気が引けた。ヴィシラの妃にしたがっている王妃殿下のことを考えると余計にだ。

「努力は、してみます。すぐに敬語まで取るのは難しいですが」
「勿論できる範囲で構わない」

 ミュトラの時はあんなに簡単に外すことが出来た敬語は、ヴィシラ相手には少々難ありだった。彼に圧力をかけられるかもしれない、というよりも、王妃の影がどうしてもチラつく。不遜な態度を取ることを咎められるというよりも、その砕けた態度を見られたときに、お似合いね、などと言われるのが嫌なのだ。
 次期国王の妃なんてとんでもない。考えるだけで息が詰まりそうだ。

「早速だけれど、聞いていいかい?」

 そんなことを思っていることも知らず、ヴィシラは楽しそうに投げかけてきた。二歳ほど年上ではあるものの、こういう少年っぽさを残しているのは微笑ましいなと思う。

「なんです?」
「ミュトラとは本当に番になるのかい?」

 いきなりの直球の質問に、思わず吹き出しかける。にこにことしているヴィシラはそれすらも予想できていたのか、笑みを崩すことはない。咳払いを一つしてから、口を開く。

「今のところそのつもりはないです。彼は王族の一員で、俺は国を渡り歩く踊り子。相容れないと思います」
「にしては、ミュトラは随分と本気だったよ? 母上に君を番候補に、と言われたことを伝えたら、すごい形相をされてしまった上に、君に手を出したらただじゃおかない、とまで言われてしまった」

 ははは、と笑っているが、全く笑い事ではない。
 というかアイツ、この人相手にそんな態度取ったのかよアイツはバカなのか!? 王妃の部下がその一部始終を見ていたらどんなことをしてくるかわかったもんじゃないのに!
 此処にはいない相手のことを詰っても、意味のないことは知っている。しかし詰らずにはいられない。それほどに危ういことをしている。本当に世間知らずのお坊ちゃまだな、と思った直後、ヴィシラがふっと笑い声を零した。

「……なるほど。君も満更ではないようだ」

 へ、と漏れた声。ヴィシラを見れば、彼自身の頬を指先でトントンと叩きながら彼は言った。

「頬が緩んでるよ、ヴェルナ」

 そんなつもりは微塵もなかった。むしろ切れていたのだが、そんな顔をしていた自分を想像して、羞恥の熱が頬に集まる。お、とヴィシラに言われて口元を片手で覆った。
 墓穴を掘ったことが分かるから余計に恥ずかしい。

「なるほどなぁ。確かに母上の言う通りかもしれない」

 ヴィシラの小さなつぶやきは耳には届かなかった。
 ぐいりと肩を押されて、しゃらりと派手に装飾が鳴る。さっきまで座卓の料理を見ていたはずの視界は、天井とヴィシラの顔で埋め尽くされていた。座面に押し倒されたのだと遅れて気付く。

「……どういうつもりですか」

 棘のある声が出た。しかしヴィシラは全く動じない。薄い笑みを貼り付けたまま、見下ろしてくる。

「ヴェルナならすでに分かっているだろう?」
「俺を番にしたい、と?」
「端的に言えばそうだね」

 素直に認めたヴィシラは、薄い笑みを崩さない。
 その態度はどうしても番にしたい、と思っているようには思えなかった。どちらかといえば、反応を見て面白がっているように思う。はっ、と笑って言ってやる。

「冗談にしか聞こえませんが」
「やだなぁ、本気なのに」

 なおも感情のこもらない笑みは消えない。じっと見つめても、深い青は揺れずにただこちらを見つめ返してくるばかりだ。


 
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