白砂の夜に踊る

晴なつちくわ

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第一部

21.和解と前兆

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 試しているようなその視線。
 愉悦の宿るその瞳は、ヴェルナを見ているようでどこか遠くを見ているようにも感じる。探るような視線のまま、口を開く。

「そうですね、番にしたいというのは本当かもしれません。しかしそこには純然たる好意よりも、何か企みのようなものを感じます。例えば、そうですね。――ミュトラ王子を怒らせたい、とか」

 先程まで全く動じなかったヴィシラの片眉が、わずかに動く。
 やはり、と思う。確信があったわけではない。一種のカマかけだ。自分に対する好意は全くと言っていいほど感じない。一個人として好かれている、否、面白がられているのはある。が、ミュトラのような慕情は全く感じられない。そうなった時、残る可能性は大きく分けて二つだ。
 一つは、ヴェルナの反応をただ楽しんでいるだけの可能性。ウルウィの仲間から聞いた何かを、自分の目で見たかったのかもしれない。だが、彼の反応を見るにそうではなさそうだと思った。
 もう一つは、ヴェルナではなくミュトラに何かしらの感情を抱かせたい、という可能性。
 彼らは異母兄弟だ。兄弟仲は決して良いとは言えないと感じる。それは夜の宴で二人を見た時に、なんとなく思ったことだ。席も遠く、かと言って、自分から近付いて話すわけでもない。来賓がいたならばそれも納得がいくが、身内だけの宴ですら彼らが話をしているところを殆ど見ないなんて。兄弟仲が悪いのかも、と勘ぐってしまうには十分すぎる理由だ。
 だからヴェルナは後者のカマかけをした。
 本気の喧嘩がしたいのか、それとも完膚なきまでに心をズタズタにしたいのかは、流石に分からない。予測は出来ても確証が得られるほどは、彼らと長く時を過ごしていないから。

 ヴィシラは何も言わなかった。
 黙っているということは肯定なのか、それともあまりに突飛な言い分に呆れているのかは定かではないが、追い打ちをかけるように口を動かす。

「何にせよ、そうであるなら私を挟む必要はない。言いたいことがあるなら、直接ミュトラ王子に伝えれば良いことでしょう? それとも、そうしたくない理由があるのでしょうか」

 ヴィシラは笑みを深くして言った。

「何でもお見通しだね、君は」
「ただ憶測で話しているだけですよ」
 
 ふーっと息を吐いたヴィシラが、観念したように肩をすくめた。そのまま上から退くと、手を引いて体を起こしてくれる。やはり彼にその気はなかったらしい。目が合うと困ったように笑われた。

「恥ずかしいな。見抜かれてしまうなんて」
「見抜くなんて。ただのカマかけです」
「それでも胸の内に隠したモノを君は見つけた。――私はね、ミュトラが羨ましいのさ」
「羨ましい?」
「ああ。羨ましくて仕方ないんだよ」

 羨望なんて粘ついた感情とは程遠い飄々とした態度に見えるのに、ヴィシラはそんなことを言う。他人事のように感情の乗らない声で彼は続けた。

「君も知っての通り、母上は私を王にすることに固執していてね。何でもかんでもああしろこうしろ、と言われる。まあやりたいことが別段あったわけではないから、そこは良いんだけれど。――でもミュトラは私とは全然違った」

 遠い日のことを思い出すようにヴィシラの視線は、此処ではないどこかに向けられている。そんなヴィシラを見ながら、ヴェルナは黙ったまま耳を傾ける。

「ミュトラは私とは違い、欲しい、やりたい、といえば、何でも与えられた。私のように母親に縛られることもない。誰かの言う通りにする必要もない。浮き名が流れても、誰も何も言わない。それが羨ましいんだ」

 なるほど、と思う。思うが、しかしそれは一重に、誰にも関心を向けられていない、というのと同義ではないだろうか、とも思う。
 人は、関心のある誰かに対して「こうあってほしい」という願望を持っている。しかし今ヴィシラが行った通り、ミュトラは何でも与えられ、何をしようが咎められることもないのだとしたら、ミュトラに対して「こうあってほしい」という理想像がないとも言える。だからどんな行動をしようが、どんなことを言おうが、誰にも目を向けられず、咎められることもない。

――努力しても、どうせ本当に欲しいものは手に入らない。

 一番初めの夜にミュトラが言った言葉を、不意に思い出す。その言葉が、もしも皆の関心や目を向けられることを指すのだとしたら。
 随分と酷なことをミュトラに言ってしまったのかもしれない。だとしても、だ。もう一度放った言葉はなかったことには出来ない。だから、今はヴィシラに言えることを言おう。

「確かに、ヴィシラ王子から見たら、ミュトラ王子はそう見えるのかもしれませんね」
「……私から見たら、とは?」
「結局はその人になってみないと、その人の気持はわからない、ということです」

 よくわからない、と言いたげに顔をしかめている彼に小さく笑って、座卓に綺麗に積まれていたリンゴを二つ手に取る。机に並べて、問いかけた。

「どちらのほうが赤いですか?」
「それは当然右の方だと思うが」
「そうですね。では、こちらの面から見たら、どうですか?」

 並んでいたリンゴを、半回転させる。すると、左のリンゴの方が赤い面を多くした。ぱちぱちと目を瞬いているヴィシラを見ながら、言った。

「確かに一面からみたら、右のリンゴが赤かった。しかし、回転させるとそれは覆ります。人も同じ。ミュトラ王子を貴方から見たら自由に見えるかも知れなくても、ミュトラ王子からは違う答えが返ってくるかもしれません」

 人は多面的だ。自分から見た相手がどれだけ綺麗なもので美しく、そして優秀であるように見えても、それが努力の賜物なのか、天性の才能なのか、或いは、才能を更に磨いたものであるのかは、外から見るだけで判断することは難しい。
 だからこそ、人は言葉を使って人を理解しようとするのだ。

「不満を言わない人が、全く不満を持っていないわけではありませんよね。それと同じように、どれだけ恵まれた環境にあるように見える人でも、どれほど幸せに見える人でも、誰しも大きかれ小さかれ悩みはある、と俺は思います」

 剽軽に振る舞う座長のジアノが、本来は心配性で仲間思いであるのと同じように。何でも持っているように見えるミュトラが、全てを諦めたようなことを言うのと同じように。次期国王であるヴィシラが弟に嫉妬するのと同じように。こんなに自分勝手に生きているヴェルナが、不本意な形で帰る国を失ってしまったのと同じように。

「だからまず、ミュトラ王子を知るところから始めたらどうでしょう? それでも妬ましく思うのであれば、愚痴はいくらでも聞きます。嗚呼、本人にぶつけてみるのも良いかもしれません。そうしたら案外面白い答えが返ってくるかも知れませんよ」

 俺に赤いオリエンタルリリーのバカでかい花束を寄越したみたいに、とは流石に言わなかったけれど。
 ゆっくりとした瞬きを数度繰り返したヴィシラは、ふっと吹き出した。そのまま肩を揺らして笑い始めた彼に、今度はヴェルナが目を瞬く。面白いことを言ったつもりは全くないのだが。一体彼が何をそんなに笑っているのか分からず、様子を伺うことしか出来ない。

「はははっ、ふふっ、本当に君という人は」
「何をそんなに笑っているのかさっぱりわからないのですが」
「いや、くくっ、はははっ。……はぁ、こんなことならもっと早くに君と話をしたかったよ」

 不意にそういったヴィシラに、また首を傾げる。どういう意味です、と問いかければ、彼は深い青の瞳をゆったりと細めてから、ヴェルナの手をそっと掴んだ。

「ミュトラよりも先に君と交流したかった、という意味だよ」
「? 何故です?」
「そうしたらミュトラよりも早く、君を口説けた」

 思わず顔をしかめて、はぁ、と言ったヴェルナに、ヴィシラはまた可笑しそうに笑った。

「まるで迷惑と言われているみたいだ」
「いえ、そんなことはないのですが。冗談がお好きなのだなと」
「冗談じゃないさ。君は既に胸にミュトラを住まわせているだろう? それを私にしたかった」

 残念だ、とヴィシラは言いながら、手の甲に口付けて来た。それは親愛の証であり、欲を孕んだものではなく、すぐさま離れていった。

「母上には君に振られてしまった、と伝えておくよ」
「……それはあまり得策ではないような」
「おや? 母上のことも見抜いているなんて。流石だなぁ、ヴェルナは」

 からかい混じりな気がするのは気のせいだろうか。絶対この人楽しんでるだろ、と思っているヴェルナの横で、ヴィシラは楽しそうに酒を煽っている。
 でも、少しだけ安心した。
 ヴィシラは、王妃とは少し毛色が違うらしい。
 笑みで威圧をして相手を従わせようとする様子はないし、引き際をきちんと分かっている人だ。もともと彼が乗り気ではなかったと言うことにも起因するだろうが、無理矢理に番や妃にされる心配はなさそうだ。
 
「ヴェルナも何か飲んだらどうだい? お酒は苦手かな?」
「では水を頂けますか?」
「もちろんだとも」

 酒は王妃が用意させた可能性がある。だから安易に口に含むのは気が引けた。ヴィシラにその気が無くても、王妃は別だ。彼女は手段を選ばない、というような圧があったから。
 だが、流石に水なら大丈夫だろう。皆も飲むし、透明なであるが故に、何かしらの薬剤を入れられる可能性が低いと踏んだ。
 盃に注がれていく水は、透明だ。
 ホッとしながら盃を受け取って、一気に飲み干した。色々喋りすぎたし、緊張感がある体験をした分、喉が渇いていたから。

 ヴェルナは微塵も考えていなかった。
 ここまでの己の行動を王妃が全て読んでいて、既に彼女の術中にはまっていたなんて。

 己の異変に気付いたのは、すぐにもう一杯水を貰ってすべて胃に流した、数分後のことだった。



 
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