白砂の夜に踊る

晴なつちくわ

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第一部

25.反撃の少し前の話

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 ヴェルナが目覚める数時間前のことである。

 ジアノは跪いたまま、己よりも少し高い位置の玉座に座しているラナキア国王を、ギロリと睨みつけた。周りに衛兵はいない。国王が人払いをしたからである。たった一人で王と対峙しているジアノは、普段のちゃらけた様子は一切消していた。ただ静かに怒りを灯した瞳で、国王を見ていた。

如何様いかようにして責任を取っていただけるのです」

 ジアノは落ち着いた声で問い質す。
 国王と言えば、ひじ掛けに腕を立てて、片手で頭を支えて瞼を閉じている。その表情は怒りよりも苦悶を露わにしている。彼自身も今回の事態を重く見ていることは分かるが、分かるからと言って不問にすることだけは、絶対にジアノの矜持が許さなかった。

「再三にわたり申し上げたはずです。ウィリア王妃殿下から目を離さないようにと」

 何も答えない国王に、ジアノは言い募った。
 危惧していた。ヴェルナから『王妃から打診があった』と言われた時から、ずっと。その時にも国王には進言したのだ。ヴェルナが王妃の標的になっているから王妃の監視の目を増やしてくれ、と。その結果がこれでは、ジアノも納得など出来るはずがない。

「王妃殿下が、番のいないΩにとって毒でしかない強制発情薬を、ヴェルナ様が口にするであろう水に混ぜたのは明白。証拠もすでに提示しました。どう落とし前を付けて下さるのです? まさか、ラティナ様との盟約をお忘れではないでしょう?」
「分かっている、ジアノ」

 国王は静かに言った。覇気のない声だった。周りに臣下がいたなら絶対に出さない声を、他国の、それも一介の座長に向かって放った。

「其方の怒りも尤もだ。ラティナとの盟約を守れなかったことも重々承知している。いま考えているところなのだ」
「っ、考えることなどないでしょう!? すでに事は成された! ならば、王が出来る事は決まっているはずだ!」

 思わず立ち上がって吠えたジアノに、王は再度、分かっている、と疲れたように言った。
 ぎりっと奥歯を噛み締める。
 ジアノだって分かっている。王に怒りを向けたところで、解決しない。王が一人の人間に意識を向けられるほど、暇ではないことも重々承知している。だとしても。何かしら防ぐ手段はあったはずだ。それを怠った王に、腹が立って仕方がなかった。
 どうして王妃を野放しにしていたのか。どうして監視の目を光らせていなかったのか。どうして。考えれば考えるほど、未然に防げたのでは、と思ってしまう。
 だとしても過去は変えられない。ならば。
 王妃へ厳罰を課す。それ以外に出来ることなどない。

「亡きウル皇帝陛下のラティナ様は、血の繋がりのある貴方にヴェルナ様を見守るように託した! だというのに、結果がこれでは……!」

 ウル皇帝――つまりヴェルナの母である――は、ヴェルナを遊学に出してすぐ、このラナキア国王のマギラと盟約を交わした。ウル皇国からかつて嫁いだ王妃は、ラティナの叔母でありマギラにとっての母であったから、もとから交流があり親しかったのだ。だからこそラティナはマギラに、彼の側妃を他国へ逃がすのを条件に、ヴェルナを託したのだった。

「亡きラティナ様にどう申し開きをするおつもりです!?」
「……申し訳ないと思っている。本当に、すまない」
「そう思うのならば、王妃を絞首刑にでもするべきでしょう!? 盟約を破った。それが貴方様でなくても、貴方様の伴侶であればそれほどの重みを持つはずだ!」

 王はついに押し黙った。
 確かにウル皇国はもうない。それでも交わされた盟約は守られるべきだとジアノは思う。あの日。ウルが滅びたと知らせを受け取った日から、ずっと死に物狂いでヴェルナにかかる火の粉を払ってきた。だというのに、かつて託されたはずの王の伴侶が、それを打ち砕いた。そんなバカな話があってたまるか。
 許されるのであれば、ジアノが直接手を下したいくらいだ。そして、主上の愛し子を守れなかった事を詫びて、自ら命を絶つ。それが皇帝陛下へ忠義を誓った自分が出来る最善なことだと思う。
 どんな事情があろうとも許されないことだ。これでヴェルナが死に至っていたら、許可がなくとも実行していた。誰に恨まれようとも、国王と王妃の首を刎ねていた。

「……ヴェルナは今どうしている?」
「何故ヴェルナ様を守れなかった貴方に、教えねばならぬのです」
「話をさせてほしい。彼の意思を聞きたい」
「ハッ! ヴェルナ様の意思を聞いてどうするのです? ヴェルナ様がお許しくださるなら、丸く収まると? そんな勝手が罷り通るわけがないでしょう!? あの御方がお許しになっても、亡き皇帝陛下も私も許すことはない!」

 嗚呼、と思う。怒りが収まらない。絶対に避けたかった事が起きてしまったのだ。しかもそれを止めることができなかった。もっと自分が動いていたら。もっと自分が目を光らせていたら。そんな考えが止まらない。
 心の底から悲しかった。我が子のように大事にしているヴェルナの尊厳が、踏みにじられたことが何よりも辛かった。
 ヴェルナはきっと笑うだろう。気にしていない、なんて何でもないように笑う。それが分かるから余計に悲しい。
 そんなことを言わせてしまう自分の不甲斐なさが憎たらしくて、いっそ自分で自分を殺してしまいたい。代わってやれればよかった。母国を喪っただけで十分すぎるほどの仕打ちを受けているのに、こんな事が許せるはずがなかった。
 何よりも許せないのが自分自身であることを、ジアノだってよくわかっている。わかっていても、どうして、と思う。王ならば、なにかしら出来たはずだ、と思ってしまうのだ。
 肺に溜まった息を、すべて出すように静かに吐いて、再度跪いた。

「申し訳ございません。私としたことが取り乱してしまいました」
「構わない。それで気が済むのなら、私にすべてぶつけてくれ。本当にすまなかったと思っている。其方の助言を無下にした私に非がある」

 ぶつけたところで怒りは収まらない。謝られたって収まらない。
 これは自分の怒りだ。自分だけが持っている怒りだ。ヴェルナの怒りじゃない。だからこれ以上無様な姿を晒すなんてみっともない真似は、やめるべきだ。それをジアノはよく理解していた。
 過去が変わらなくても、今この先の未来はどうにでもなる。それを動かすのは、盟約の当事者である王と王妃、そしてヴェルナだ。自分はただヴェルナを守れなかった部外者なのだ。それを忘れてはならない。
 ヴェルナが決めたことに従う。
 それが亡き皇帝ラティナの願いだから。

「ヴェルナ様はまだ目を覚ましておられません。あの御方のお許しが出れば、お知らせします。しかし王族の顔を一人たりとも見たくない、と仰った場合は、そのままこの国を発つことをお許しください」
「……わかった。そうしよう」

 でも、と思う。ヴェルナはそうは言わないだろう。有耶無耶なまま終わらせるようなことはしない。なんならミュトラに攻撃の矛先が行くことを良しとせず、何かしらの行動にでるはずだ。それほどにミュトラのことを気に入っているように、ジアノの目には映ったから。
 王の間を後にしながら思う。
 いつもどことなく一歩引いたようなふるまいをしていたヴェルナが、ミュトラに会ってからは屈託のない笑顔が増えた。それは兄姉たちと過ごすときのヴェルナに似ていて、ジアノの胸に、嬉しさと同時に少しの淋しさも抱かせた。いつかミュトラ王子と番になってしまうのでは、と思うとなんだか納得がいかないような嫌なような淋しいような、というごちゃ混ぜの感情が胸を占めたのも記憶に新しい。
 さて、と顔を上げてジアノは歩く。
 あとはヴェルナ様のお心次第だ。そんなことを思いながら。

 この後目を覚ましたヴェルナに、泣きじゃくってその場に崩れ落ちたのは言うまでもない。そんなジアノをヴェルナは笑いながらも優しく抱きしめてくれたから、さらに涙が止まらなくなってしまったのは、余談である。


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