【完結】誰がクズ男ホイホイだ、ふざけるな

影清

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第二章 動き出す影

20.

「誰かに侵入された形跡がある、と。それで、何か取られた物はありますか?」
「いえ……。物は取られていません」
「荒らされてもない?」
「はい……。ただ、パソコンにログインしようとした形跡があって」
「されたんですか?何か被害が?」
「いえ、ログインはされていません」
「うーん……」
 真島と話をしている警察官は、聞き取りをしながらペンで頭をかいた。
 もう一人来てくれた警察官は、無線で話をしながら室内を見渡しているが、荒らされているわけでもない室内に興味を失ったようで、冷めた顔で立っていた。
 震えは収まったものの、真島はやりきれない思いで唇を噛む。

 何も取られてないし、荒らされてもない。
 パソコンも無事だった。

 通報するほどのことでもなかったのか?と思わされる二人の雰囲気に、のまれていた。
 タブレットに記録を残しながら、目の前の警察官は手慣れた口調で、事務的に口を開く。
「だとすると、事件性が弱いので……今回は「相談」という扱いになりますね」
「え……?でも、誰かが勝手に人の家に入って、人のパソコンにログインしようとしたんですよ?」
「被害がないと、「操作ミス」か「気のせい」なのか……こちらでも判断がつかないんですよ。たとえば部屋に侵入された映像でもあれば、話は変わってくるんですけど」
「……そんな」
「何か被害があれば、また連絡してください。戸締まりはしっかりしてくださいね」
「……」

 してたに決まってるだろ。 

 善意で言ってくれているのか、悪意なのかの判断は、今の真島にはつかなかった。
 警察官達が去り、静まり返った部屋に一人取り残され、再び身体の震えを抑えられなくなった。
 今度は、恐怖よりも怒りの感情の方が強かった。
「……ふざけんなよ」

 何で俺が、こんな目に遭わなきゃならない?
 もう嫌だ。
 きつい。
 全部投げ出したい。

 でも、投げ出してどうする?

「……」
 俯き、頭を抱えてため息をついた。
 身体を起こし、室内を見渡す。

 ついに自宅侵入までされるとは。
 一気に色々起こりすぎだし、もう疲れた。

 とにかくやりきれなくて、苦しくて、ムカついた。

 どうすればいいんだ。
 何から手をつければいい?

 ……少なくとも、ここにはもういられないし、いたくない。

 何度も深呼吸をして、スマホを手に取り検索し、鍵屋を呼んだ。
 待っている間に、キャリーケースに着替えを詰め込む。
 デスクトップパソコンは、さすがに持って行けない。
 この部屋で最も重要な物なのに、今は無理だった。
 引っ越し先が決まるまでは、置いておくしかない。

 何で俺が、逃げるような真似をしなきゃいけないんだ。
 壊されなかっただけ、良かったと思うべきなのか?
 ふざけんな。
 ムカつく!
 マジでムカつく‼︎

 思わず歯ぎしりをしたが、感情をどう飲み込めばいいのかわからなかった。
 涙は滲むのに、泣けるだけの元気はなかった。
 鍵の交換は高くついたが、仕方がない。
 真島は新しい鍵で施錠してマンションを出て、会社へと引き返した。
 足取りは重く、ひどく惨めだった。

 とにかく、徒歩で行けて、仮眠室のある会社で良かった――そう思った。





 職種柄、仮眠室は用意してはいたものの、基本的にシナプス社の社員はリモートワークが主であるため、今まで使用者はいなかった。
 初めての使用者がCTOである自分、というのは正しいのかどうなのか。
 皮肉な思いで目を覚まし、昨夜コンビニで買ってきたパンを食べて着替えた。
 筋肉に良くない、と気にかける余裕は吹き飛んでいた。
 家の冷蔵庫の中身を全て持って来る訳にもいかず、最低限の持ち込みなので、早く住居を決めねばならない。
 スマホを見ると、通知。
 黒瀬のいいねと、捨てアカからのリプライだった。
 一瞬黒瀬にDMを送ろうかと思ったが、送るって何を?と考えてしまうと、送れなかった。
 「自宅に侵入されたけど、何も取られてません」って言われても、相手も反応に困るだろう。
 日頃から雑談するような間柄ならともかく……仕事の話しかしていない。
 現実的ではなかった。
 無の感情で捨てアカをブロックし、朝一番でデスクに腰掛けた。
 パソコンで物件サイトを検索する。
 朝日がとても美しく爽やかに社内へと差し込んでおり、その美しさは今の気分とは真逆と思えば、さらに気持ちが落ち込んだ。
 なんだかひどく、惨めだった。
 おまけに条件を入れて検索しても、まともな物件が出て来ない。
 片っ端からサイトを見たものの、徒労で終わった。
 会社から徒歩圏内は、超高級住宅街だ。
 サイトに載らない物件が多いのかもしれない。

 不動産屋に足を運ばないとダメか……。

 出勤してきた朝比奈に事情を話すと、驚かれた。
 まぁそりゃそうだろうと思うし、小林と平野にも心配された。
「ヤベェな。鍵は変えて正解だろ。管理会社には俺から連絡しとく。解約もな」
「ありがとうございます、社長」
「会社からの補助は前と一緒だから。好きなとこ選んで」
「はい」
「真島さん、今ホテルなんですか?ウィークリーとか」
「あ、昨日はとりあえず、仮眠室で寝た」
「そっか、ここ仮眠室ありましたね」
 小林の顔は、引きつっている。
 そりゃストーカーもどきからの嫌がらせからの住居侵入と来れば、恐怖を覚える案件ぞろいだ。
 自分も怖いのだから、女性はなおさらだろうと思う。
「仮眠室の方が安全かもですね。決まるまで仮眠室でいいんじゃないですか?」
 平野の案はもっともだったが、朝比奈が首を傾げた。
「けど寝るだけならいいけど、風呂も洗濯機もないしな」
「そうですね。ジムとコインランドリー使います」
「え、でも、行き帰りも怖いですよ」
「それ言っちゃったらもうどこも行けなくない?」
「それはそうですけどー」
 朝比奈と小林の会話を聞きながら、真島は眼鏡を外して目薬を差した。
 寝不足で目を開けているのが辛かった。
「……早いうちに住むとこ決めます。それまでは仮眠室使いますけど、いいですか?」

 一刻も早く、生活を立て直す。 
 いつまでも振り回されるのは、ごめんだった。

「いーよ。どうせ誰も使ってないしな。俺の家来いよーって言えたらいいんだけど……。人呼べねーんだよな……」
 朝比奈がため息混じりに零し、小林がドン引きした目で見ていた。
「ゴミ屋敷なんですか?」
「いやだなぁ小林さん。屋敷なんて言えるほど立派じゃないよー!せいぜい汚部屋?」
「ワカッテマス、ワザトデスヨー」
「ア、ハーイ」
「……けど、警察ってマジ動いてくれないんすね」
 平野の呟きには、全員が沈黙した。
「……ドラマのおまわりさん、すごく親切なのに」
「ですよね」
 現実を突きつけられるのは辛かったが、どうしようもなかった。
 仕事中には、黒瀬から仕事の通知が届く。
 淡々と確認事項だけが送られてくるそれが、なぜだか寂しいと感じてしまった。  
 返信するときは、こちらも必要事項のみを記載していた。
 今までは。
 今日はなんとなく物足りない気がして、公開チャンネルではなく、個人DMへ最後の一言を足した。

『了解しました。確認事項をまとめておきます。
 あと、いつもいいね、ありがとうございます』

 これくらいならいいか、と、思ってしまった。

 やっぱり、精神的に余裕がないのは辛い。
 ――どれだけ弱っているんだ、俺は。 

 自嘲したが、黒瀬からは『キモがられなくなって良かった』と、昼に入ってから届いた。

 やっぱり、徹底していた。

 真島は少し気持ちが軽くなった気がして、前日コンビニで買ったサラダチキンとおにぎり、カップ入りのわかめスープをデスクで食べた。
 ルーティンになっているSNSチェックをして、バズっているタイムラインに目が留まった。

『久しぶりに会えたのに、めちゃくちゃ嫌な顔された。
 理由わかったわ。横に男!
 そりゃ俺なんか邪魔だよな。
 浮気してたのはそっちなのに、こっちが「迷惑です」って追い返される理不尽。
 なんで俺だけ悪者になるんだよ!泣いた』

「……?」
 単体で見るとなぜこれがバズっているのかよくわからなかったが、どうやら恋愛愚痴関連の流れらしい。
 内容が、気になってしまった。
 普通に見れば、「彼女」に対する愚痴に見える。

 ……神経質になりすぎか。 

 それでも、胸の奥にひっかかるものがあった。
 気のせいと思いつつも、そのアカウントのホームへ飛んだ。

『話しようと思って待ってただけのに、職質された。
 マジふざけんなよ、通報しやがって!
 ねぇなんで俺が悪者になるの?
 意味わかんない。
 浮気してんのそっちなのに、俺なんかした?
 話もさせてくんねーの?』

『都合悪くなるとすぐ逃げる。
 昔っからそういうヤツ!
 借金背負わされても払ってやったのに!
 マジでむり!
 ぶん殴っていい?』
 
 デリバリー関連の恋愛愚痴ポストで最近バズっていた、アカだった。
 他にも、かつて一緒に住んでいた時のことに類似した愚痴も、たくさんポストされていた。
「……はぁ……?」
 一通り目を通したが、薄気味悪さと吐き気と怒りで、胸のあたりがムカついた。

 一方的なポスト。
 自分が被害者だと一貫して訴える図太さ。
 事実を歪曲して都合良く伝える内容。

 ……こいつ、純なのか?

 冗談で書いているようには見えない。
 ふざけんなよ。

 俺の気持ちなんか、これっぽっちも考えない自己中のくせに。
 どれだけ振り回されてきたか。
 我慢してきたか。

 おまえが、被害者面するな!

 もうダメだ。
 コイツを、放置していてはいけない。

 見ないふりは、もうしない。
 いつまでも振り回されるのはごめんだった。
 話をする。

 ──須藤純と、向き合う時が来たのだった。
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