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259. 決着をつける俺4
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王妃が捕らえられている貴族牢は、調度品の調えられたホテルの一室のようだった。
それでも王妃宮に比べれば狭く、安っぽい内装であり、レティシアは不満であった。
宮から引きずるように連行され、馬車に押し込められ、周囲を騎士達に囲まれて、不快極まりなかった。
離せ降ろせと命令しても騎士どもは口を開かず、表情一つ動かさず、暴れようとするレティシアの両手足を縛り上げ、荷物のように肩に担がれ牢へと入れられた。
屈辱でしかなく、騎士団長を呼べ宰相を呼べと叫べば、口を塞がれた。
身動きが取れず、髪もドレスも乱れたままベッドの上に放り投げられ、一時間以上、放置された。
暴れ疲れて大人しくなった頃にようやくやって来て、騒げばまた拘束する、と告げた騎士には、王妃に対する礼儀も何もなかった。
手を振り上げ騎士の頬をぶとうとしたが、手首を捕まれ床へと放り投げられ、打ち付けた身体の痛みにレティシアが呻いている間に、騎士達は扉を閉め、施錠した。
室内は調えられているとはいっても、廊下と隔てているのは鉄格子であり、プライバシーも何もなく丸見えだった。
トイレと浴室だけが扉で仕切られていたが、浴室には鍵がかかっており、入る時には女性騎士の監視付きである。
侍女はおらず、飲み物も着替えも入浴も、全て自分でやらねばならない。
女性騎士は監視の為に突っ立っているだけで、何の手伝いもしやしない。
レティシアは生まれてこの方、自分一人で何かをやったことはなかった。
学園在学中の林間学校の時でさえ、父が手を回し、同学年の女子生徒を侍女代わりにつけてくれたのだ。
そもそもドレスは、一人で着脱するものではなかった。
飲み物も、湯を注ぐくらいならばつい先日出来るようになったけれども、茶葉の量など知らなかったし、湯を沸かす方法も、知らなかった。
化粧を落とすのに何を使うのかも、知らなかった。
化粧の仕方も、知らない。
何となく順序は覚えていても、正確には知らないのだ。
アクセサリーはつけてもらうもの、であって、自分でつけ外しするものでもなかった。
今日着ているドレスを脱ぐことが出来ず、化粧も落とせず、崩れた髪を調えることも出来ない。
飲み物を飲みたくても飲めず、出される食事は不味くて食欲が失せ、食べたい物を要求しても無視される。
王妃宮から持ち込まれた夜着に着替えたくても、出来ないことに苛立って、鉄格子の向こうにいる騎士に怒鳴りつけても、無視された。
全てはミカエルのせい。
王に助けを求めるとは、なんて卑怯な男なのか。
死んでいれば良いのだが、レティシアが見ている間、ミカエルの生死は不明のままだった。
侍医まで連れて来るなんて。
王の余計なおせっかいのせいで、計画が狂ってしまった。
せっかく、ラダーニエ様が計画を立てて下さったのに。
失敗したなんて知られたら、恥ずかしくて顔向け出来ない。
毒を用意してくれたのも、彼だった。
少ない手駒の有効活用法を考えてくれたのも、彼だった。
せっかくラダーニエ様が、考えて下さったのに。
無能どもが失敗したせいで。
だが、まだ悲観してはいなかった。
王弟がいる。
彼は、レティシアに協力的だったではないか。
自分が王になる為に、レティシアの力を必要としていた。
おそらくすぐにでも王弟がやって来て、王に助命嘆願したことを報告に来てくれるだろう、と思って待ったが、いつまで経っても面会に来ないことに、不満を覚えた。
父もいる。
いくら多忙であっても、娘の命の危機と思えば、駆けつけてくれるに違いない。
だが父も、いくら待っても助けに来てはくれなかった。
聴取があるわけでもなく、レティシアは牢に入れられ放置され、不満だけを募らせていたが、何もやることがなくソファに座り込んでいると、第二騎士団長がようやく顔を出した。
「妃殿下に、お知らせがございます」
「遅い!どれだけわらわを待たせるのか!」
「は…?」
突然怒鳴りつけられ、騎士団長が怪訝に眉を寄せるが、レティシアは傲然と顎を反らし、組んだ足を不機嫌に揺らしながら鉄格子へと指を指した。
「さっさと釈放せよ。その知らせであろうが」
「…いえ、違います。釈放ではありません」
「…なに?」
「明日午前十時。謁見の間にて陛下がお待ちですので、ご用意下さい」
今までの騎士団長であれば、レティシアの前では跪き、許しがなければ言葉を発することすら出来なかった分際で、淡々と無表情に、レティシアを見下ろしながらの発言に、不快に眉を吊り上げた。
怒鳴りつけてやろうと思ったものの、内容を聞いて思い直す。
「…なるほど。弁明の機会が与えられたということか。良かろう、では今すぐ侍女を寄越すがいい」
「は?」
「貴様、わらわに、同じことを言わせる気か?」
騎士団長は眉を顰めたが、頷いた。
「わかりました。では明日、時間に間に合うように侍女を手配します。失礼します」
「おい、待て!今すぐ、とわらわは言っただろうが!!何を聞いていたのか!!この無能めが!戻れっ!!」
飲み物を入れ損なった空のカップを投げつけたが、鉄格子に当たって砕け散っただけで、騎士団長は戻っては来なかった。
散らばった破片を片づける者はおらず、外に立っている騎士は無反応だった。
今までは、レティシアが物を壊しても、すぐに片づけて綺麗にする者がいた。
だが、ここにはいない。
牢内は魔術も使用出来ないようになっていて、照明の明かりを反射する細かな破片が、ちらちらと視界に映り込む不快を、遠ざける術がなかった。
もはやそちらを見ないようにして、レティシアはベッドにごろりと横になり、目を閉じた。
明日、王に謁見するというのなら、そこで無実を訴えれば良い。
王弟か、もしくは父が手を回し、機会を設けてくれたのだろう。
僅かの時間、うとうとしていたレティシアは、廊下を歩いて来る靴音で目を覚ました。
だるい身体を起こして鉄格子を見、その向こうにいる人物に、目を瞠って驚いた。
「ら、ラダーニエ様…!!」
「ああレティ。こんな所に入れられて…」
悲しそうな顔をするラダーニエは、今日も変わらず美しかった。
王妃宮から差し入れとして持ち込まれた新しい靴で破片を踏み砕きながら、レティシアは急いでラダーニエの元へと駆け寄った。
鉄格子ごしに手を伸ばすと、温かい手がレティシアの手を包み込んだ。
「計画は失敗したんだね…」
「…ご、ごめんなさい、ラダーニエ様…!まさかあいつが、陛下を呼んでいるなんて、思いも寄らなくて…!」
「第一王子殿下と、話をしたんだろう?君の気持ちを、わかってもらえなかったのかい?」
「……それは」
ラダーニエは毒を用意してくれて、計画を立ててくれた。
いよいよ駒がなくなって、自分でやる、と言った時、ラダーニエはとても心配してくれた。
「きちんと話をして、分かり合えたらいいね」と、言ってくれた。
毒は出来れば使わないように、と、言われていた。
危険だから、と。
わたくしの身を案じてくれていたのに。
期待に応えられなかった。
…最初から、ミカエルを殺すつもりだったから。
「第一王子殿下は、どうしても王太子になると言っていた?レティの気持ちを踏みにじるようなことを、言ったのかい?」
「……」
「レティは、王弟殿下に王太子になってもらいたかったんだよね?その気持ちを話してなお、嫌だと言ったんだろうか」
「……」
「どうしても殺さないといけない程に、決裂してしまったんだよね?」
「……」
レティシアは、どう答えればラダーニエに納得してもらえるかを、考えていた。
嘘をつくのは容易いが、後でバレた時のことを考えると、露骨な嘘はつけなかった。
ラダーニエに嫌われたら、生きていけない。
危険を冒してここまで来てくれたのは、助けに来てくれたからだ、と、レティシアは信じていた。
だってすぐそばに立っていた監視の騎士達は、床に倒れて眠っている。
牢から出して逃がすことなど、彼にとっては造作もない。
ここで見捨てられたら、もう終わりだ。
それくらいのことは、レティシアにも理解できた。
「…わ、わたくし…」
「きっと、レティは僕なんかでは想像も出来ない程、苦しんだんだろうね…少しでも、力になれたら良かったんだけど…」
そう言って、ラダーニエが手を離そうとしたので、慌ててレティシアは手を掴み直した。
ラダーニエ様は、わたくしの気持ちを知りたがっている。
このまま連れて逃げていいものかと、わたくしのことを心配してくれている。
ならば。
「わ、わたくし…っ怖かったの…っ!」
「…何が、怖かったんだい?」
「ミカエルが…っラダーニエ様の目に、アイツが入ってしまうのが、怖かったの…!!」
涙ながらに訴えるが、ラダーニエは怪訝に眉を顰め、首を傾げた。
「それは…どういう、意味かな?」
「だって!!ラダーニエ様は、美しいものが、お好きでしょう…!?」
「…え、あぁ、それはそう、だけど…」
「赤ん坊のアイツを見て、美しいって、おっしゃっていたじゃない!」
「…そう、…だね。それは、覚えているよ」
「だからです!!」
「……え…?」
意味を捉えかねて呆然とするラダーニエなど、初めて見る。
その顔にしばし見惚れはしたものの、すぐにレティシアは、彼への愛と複雑な嫉妬心を素直に伝えるべく、口を開いた。
「成長したアイツを見たら、ラダーニエ様は、愛してしまうかもしれない…!!だから、嫌だったの!!わたくしは、わたくしだけを、見ていて欲しかった!!アイツを殺して、消してしまいたかった!!」
叫んだ瞬間、牢の暗がりのどこかで、何かがぶつかるような音がした。
思わずレティシアは緊張してそちらへと視線を向けたが、闇の中からはもう、音はしなかった。
「…そんな、理由で…?」
呆然としたままのラダーニエの呟きは、レティシアには聞こえなかった。
「え?」
レティシアがラダーニエを見上げた時には、呆然自失から立ち直り、困ったように微笑む美しい顔があった。
「そう。レティはそこまで僕のことを、愛してくれているんだね…」
「…はい。わたくしは、ラダーニエ様だけを、ずっと愛しているのです…!」
ああ、受け入れてくれた、と、レティシアは思った。
ぎゅっと握り直された手は、寒い通路にいるからかとても冷えていたけれど、自分の体温で温めてあげたい、と上から手のひらを重ねた。
牢の中は適温に保たれていることだけは、唯一妥協できる所だった。
「僕がこれから話すことを、よく聞いて欲しい。君をここから出す為の作戦を、考えたんだ」
「まぁ…!ラダーニエ様、嬉しい…!!」
ああ、自由になれる。
ラダーニエ様と、生きていけるのだ。
かつて連れて逃げて欲しいと頼んだ時には断られたけれど、ようやく、ようやくだ。
レティシアは、幸せだった。
それでも王妃宮に比べれば狭く、安っぽい内装であり、レティシアは不満であった。
宮から引きずるように連行され、馬車に押し込められ、周囲を騎士達に囲まれて、不快極まりなかった。
離せ降ろせと命令しても騎士どもは口を開かず、表情一つ動かさず、暴れようとするレティシアの両手足を縛り上げ、荷物のように肩に担がれ牢へと入れられた。
屈辱でしかなく、騎士団長を呼べ宰相を呼べと叫べば、口を塞がれた。
身動きが取れず、髪もドレスも乱れたままベッドの上に放り投げられ、一時間以上、放置された。
暴れ疲れて大人しくなった頃にようやくやって来て、騒げばまた拘束する、と告げた騎士には、王妃に対する礼儀も何もなかった。
手を振り上げ騎士の頬をぶとうとしたが、手首を捕まれ床へと放り投げられ、打ち付けた身体の痛みにレティシアが呻いている間に、騎士達は扉を閉め、施錠した。
室内は調えられているとはいっても、廊下と隔てているのは鉄格子であり、プライバシーも何もなく丸見えだった。
トイレと浴室だけが扉で仕切られていたが、浴室には鍵がかかっており、入る時には女性騎士の監視付きである。
侍女はおらず、飲み物も着替えも入浴も、全て自分でやらねばならない。
女性騎士は監視の為に突っ立っているだけで、何の手伝いもしやしない。
レティシアは生まれてこの方、自分一人で何かをやったことはなかった。
学園在学中の林間学校の時でさえ、父が手を回し、同学年の女子生徒を侍女代わりにつけてくれたのだ。
そもそもドレスは、一人で着脱するものではなかった。
飲み物も、湯を注ぐくらいならばつい先日出来るようになったけれども、茶葉の量など知らなかったし、湯を沸かす方法も、知らなかった。
化粧を落とすのに何を使うのかも、知らなかった。
化粧の仕方も、知らない。
何となく順序は覚えていても、正確には知らないのだ。
アクセサリーはつけてもらうもの、であって、自分でつけ外しするものでもなかった。
今日着ているドレスを脱ぐことが出来ず、化粧も落とせず、崩れた髪を調えることも出来ない。
飲み物を飲みたくても飲めず、出される食事は不味くて食欲が失せ、食べたい物を要求しても無視される。
王妃宮から持ち込まれた夜着に着替えたくても、出来ないことに苛立って、鉄格子の向こうにいる騎士に怒鳴りつけても、無視された。
全てはミカエルのせい。
王に助けを求めるとは、なんて卑怯な男なのか。
死んでいれば良いのだが、レティシアが見ている間、ミカエルの生死は不明のままだった。
侍医まで連れて来るなんて。
王の余計なおせっかいのせいで、計画が狂ってしまった。
せっかく、ラダーニエ様が計画を立てて下さったのに。
失敗したなんて知られたら、恥ずかしくて顔向け出来ない。
毒を用意してくれたのも、彼だった。
少ない手駒の有効活用法を考えてくれたのも、彼だった。
せっかくラダーニエ様が、考えて下さったのに。
無能どもが失敗したせいで。
だが、まだ悲観してはいなかった。
王弟がいる。
彼は、レティシアに協力的だったではないか。
自分が王になる為に、レティシアの力を必要としていた。
おそらくすぐにでも王弟がやって来て、王に助命嘆願したことを報告に来てくれるだろう、と思って待ったが、いつまで経っても面会に来ないことに、不満を覚えた。
父もいる。
いくら多忙であっても、娘の命の危機と思えば、駆けつけてくれるに違いない。
だが父も、いくら待っても助けに来てはくれなかった。
聴取があるわけでもなく、レティシアは牢に入れられ放置され、不満だけを募らせていたが、何もやることがなくソファに座り込んでいると、第二騎士団長がようやく顔を出した。
「妃殿下に、お知らせがございます」
「遅い!どれだけわらわを待たせるのか!」
「は…?」
突然怒鳴りつけられ、騎士団長が怪訝に眉を寄せるが、レティシアは傲然と顎を反らし、組んだ足を不機嫌に揺らしながら鉄格子へと指を指した。
「さっさと釈放せよ。その知らせであろうが」
「…いえ、違います。釈放ではありません」
「…なに?」
「明日午前十時。謁見の間にて陛下がお待ちですので、ご用意下さい」
今までの騎士団長であれば、レティシアの前では跪き、許しがなければ言葉を発することすら出来なかった分際で、淡々と無表情に、レティシアを見下ろしながらの発言に、不快に眉を吊り上げた。
怒鳴りつけてやろうと思ったものの、内容を聞いて思い直す。
「…なるほど。弁明の機会が与えられたということか。良かろう、では今すぐ侍女を寄越すがいい」
「は?」
「貴様、わらわに、同じことを言わせる気か?」
騎士団長は眉を顰めたが、頷いた。
「わかりました。では明日、時間に間に合うように侍女を手配します。失礼します」
「おい、待て!今すぐ、とわらわは言っただろうが!!何を聞いていたのか!!この無能めが!戻れっ!!」
飲み物を入れ損なった空のカップを投げつけたが、鉄格子に当たって砕け散っただけで、騎士団長は戻っては来なかった。
散らばった破片を片づける者はおらず、外に立っている騎士は無反応だった。
今までは、レティシアが物を壊しても、すぐに片づけて綺麗にする者がいた。
だが、ここにはいない。
牢内は魔術も使用出来ないようになっていて、照明の明かりを反射する細かな破片が、ちらちらと視界に映り込む不快を、遠ざける術がなかった。
もはやそちらを見ないようにして、レティシアはベッドにごろりと横になり、目を閉じた。
明日、王に謁見するというのなら、そこで無実を訴えれば良い。
王弟か、もしくは父が手を回し、機会を設けてくれたのだろう。
僅かの時間、うとうとしていたレティシアは、廊下を歩いて来る靴音で目を覚ました。
だるい身体を起こして鉄格子を見、その向こうにいる人物に、目を瞠って驚いた。
「ら、ラダーニエ様…!!」
「ああレティ。こんな所に入れられて…」
悲しそうな顔をするラダーニエは、今日も変わらず美しかった。
王妃宮から差し入れとして持ち込まれた新しい靴で破片を踏み砕きながら、レティシアは急いでラダーニエの元へと駆け寄った。
鉄格子ごしに手を伸ばすと、温かい手がレティシアの手を包み込んだ。
「計画は失敗したんだね…」
「…ご、ごめんなさい、ラダーニエ様…!まさかあいつが、陛下を呼んでいるなんて、思いも寄らなくて…!」
「第一王子殿下と、話をしたんだろう?君の気持ちを、わかってもらえなかったのかい?」
「……それは」
ラダーニエは毒を用意してくれて、計画を立ててくれた。
いよいよ駒がなくなって、自分でやる、と言った時、ラダーニエはとても心配してくれた。
「きちんと話をして、分かり合えたらいいね」と、言ってくれた。
毒は出来れば使わないように、と、言われていた。
危険だから、と。
わたくしの身を案じてくれていたのに。
期待に応えられなかった。
…最初から、ミカエルを殺すつもりだったから。
「第一王子殿下は、どうしても王太子になると言っていた?レティの気持ちを踏みにじるようなことを、言ったのかい?」
「……」
「レティは、王弟殿下に王太子になってもらいたかったんだよね?その気持ちを話してなお、嫌だと言ったんだろうか」
「……」
「どうしても殺さないといけない程に、決裂してしまったんだよね?」
「……」
レティシアは、どう答えればラダーニエに納得してもらえるかを、考えていた。
嘘をつくのは容易いが、後でバレた時のことを考えると、露骨な嘘はつけなかった。
ラダーニエに嫌われたら、生きていけない。
危険を冒してここまで来てくれたのは、助けに来てくれたからだ、と、レティシアは信じていた。
だってすぐそばに立っていた監視の騎士達は、床に倒れて眠っている。
牢から出して逃がすことなど、彼にとっては造作もない。
ここで見捨てられたら、もう終わりだ。
それくらいのことは、レティシアにも理解できた。
「…わ、わたくし…」
「きっと、レティは僕なんかでは想像も出来ない程、苦しんだんだろうね…少しでも、力になれたら良かったんだけど…」
そう言って、ラダーニエが手を離そうとしたので、慌ててレティシアは手を掴み直した。
ラダーニエ様は、わたくしの気持ちを知りたがっている。
このまま連れて逃げていいものかと、わたくしのことを心配してくれている。
ならば。
「わ、わたくし…っ怖かったの…っ!」
「…何が、怖かったんだい?」
「ミカエルが…っラダーニエ様の目に、アイツが入ってしまうのが、怖かったの…!!」
涙ながらに訴えるが、ラダーニエは怪訝に眉を顰め、首を傾げた。
「それは…どういう、意味かな?」
「だって!!ラダーニエ様は、美しいものが、お好きでしょう…!?」
「…え、あぁ、それはそう、だけど…」
「赤ん坊のアイツを見て、美しいって、おっしゃっていたじゃない!」
「…そう、…だね。それは、覚えているよ」
「だからです!!」
「……え…?」
意味を捉えかねて呆然とするラダーニエなど、初めて見る。
その顔にしばし見惚れはしたものの、すぐにレティシアは、彼への愛と複雑な嫉妬心を素直に伝えるべく、口を開いた。
「成長したアイツを見たら、ラダーニエ様は、愛してしまうかもしれない…!!だから、嫌だったの!!わたくしは、わたくしだけを、見ていて欲しかった!!アイツを殺して、消してしまいたかった!!」
叫んだ瞬間、牢の暗がりのどこかで、何かがぶつかるような音がした。
思わずレティシアは緊張してそちらへと視線を向けたが、闇の中からはもう、音はしなかった。
「…そんな、理由で…?」
呆然としたままのラダーニエの呟きは、レティシアには聞こえなかった。
「え?」
レティシアがラダーニエを見上げた時には、呆然自失から立ち直り、困ったように微笑む美しい顔があった。
「そう。レティはそこまで僕のことを、愛してくれているんだね…」
「…はい。わたくしは、ラダーニエ様だけを、ずっと愛しているのです…!」
ああ、受け入れてくれた、と、レティシアは思った。
ぎゅっと握り直された手は、寒い通路にいるからかとても冷えていたけれど、自分の体温で温めてあげたい、と上から手のひらを重ねた。
牢の中は適温に保たれていることだけは、唯一妥協できる所だった。
「僕がこれから話すことを、よく聞いて欲しい。君をここから出す為の作戦を、考えたんだ」
「まぁ…!ラダーニエ様、嬉しい…!!」
ああ、自由になれる。
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レティシアは、幸せだった。
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剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
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妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
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断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
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