269 / 311
265. 交渉する俺
しおりを挟む
ソウェイサズ王国王都の三月上旬の天候は、朝晩は冷え込み、草木には霜が降り、日によっては雪がうっすらと積もることもある。
ミカエルは相変わらず第二王子を偲ぶ為、平日の日中は第二王子の宮で一人過ごしていた。
…というのは建前で、王妃やボイル侯爵の脅威からは解放された為、人が来た時に備えて従魔のノアを置いて、アルヴィスと二人、魔族領でSランクの魔獣狩りをしていた。
ミカエルは順調に強くなっており、年末に勇者パーティーと訪れた場所からさらに奥、森林地帯と平地の境界を越えて、先へと進んでいた。
平地は見通しが良い分、魔獣からも見つかりやすい。
複数の魔獣に囲まれることも頻回で、対策は必要だったが、アルヴィスと二人であれば、なんの心配もいらなかった。
囲まれた、と思った時には、すでに複数の魔獣は死んでいるからだ。
魔道具を使っている形跡はなく、詠唱もない。
魔術、というよりこれは、魔法だった。
神や精霊、ドラゴンが使うとされる、無詠唱で「創造が力となる」もの、それが魔法である。
使用魔力は膨大で、人間には扱えない領域とされていた。
魔法を体系化し、簡略化し、呪文に魔力を込めて発動を補助する形に発展したものが、魔術だった。
威力は術者の力量に左右されるものの、決まった詠唱をすることで、決まった魔術を使うことが出来る。
アルヴィスは一瞬で複数の魔獣を倒してはいるが、形はそのまま綺麗に残っており、おそらく呼吸を止めているか、核からの魔力の供給を絶っているのだろうと、思われた。
息の根を止める、というやつである。
ありがたい。
とても助かることでは、あるのだが。
「…えっと、気持ちはすごくありがたいんだけど…」
複数に囲まれた時の対処法も学んでおく必要があることを説明し、勇者パーティーではどう対処するか、を二人で一緒に考えながら、魔獣を倒していくことにした。
ミカエルは、楽しかった。
しかしながら、アルヴィスにとっては完全なる無償奉仕というやつである。
明らかに、彼にとってSランクの魔獣は、路傍の石のような存在だった。
それでも何も言わずに、ミカエルに付き合ってくれている。
確かに彼といれば、全く死の恐怖など感じることもなく、安全で快適にレベリングをすることが出来る。
順調すぎる程順調であり、逆にミカエルは申し訳なくなる。
彼が言うには、共にいられれば、何でもいいらしい。
とはいえ。
甘えるだけでは、いけない気がした。
せめてもの礼として、休憩時間にはテントを張り、ミカエルの手料理を振る舞った。
前世での経験がここでも役に立つとは、素晴らしいことである。
東方地域の調味料も手に入るようになったので、和食も思いのままだった。
アルヴィスは、ミカエルが料理をすることにとても驚いていたが、キッチンで料理するミカエルを楽しそうに見つめては、ちょこちょこと味見をするのが最近の趣味らしい。
邪魔してくることはないものの、ずっと隣で見つめられるので、それはそれで落ち着かない思いをした。
作った物は何でも嬉しそうに、そして美味しそうに食べてくれるので、作りがいはあった、とても。
前世では一人暮らしをして、まだ見ぬ彼女にいつか料理を振る舞う日を夢見ていたが、ここで叶うことになったのだった。
彼女じゃないけど。
そこはもう、気にすることはやめた。
食後なし崩しにベッドに連れ込もうとするアルヴィスとの攻防も、お約束といえばお約束だった。
こんな毎日は、楽しかった。
魔王討伐後には、こんな毎日が当たり前になることを目指して、ミカエルはまだ頑張らなければならない。
「明日は、休みにしよう」
「何かあったか?」
食後のコーヒーを飲みながら言えば、アルヴィスは首を傾げた。
「王弟が訪ねて来る」
「ああ、もうそんな時期か」
「そうだね。卒業までもう日がないし、立太子を発表するなら、デビュタントで大々的にやりたいんだろう」
「くだらないな」
「そうだねぇ」
異世界モノのストーリーにおいては、卒業式に婚約破棄をしたりなんだりと、イベントが起こるのはありがちだった。
ただ現実として生きているミカエル達の感覚で言えば、卒業式よりも、その後に行われるデビュタントの方が重要である。
「ゲームの攻略対象者その一」としてのミカエルは、聖女に攻略されることなく卒業式を迎える。
ルシュディーが教えてくれた攻略チャートは、「第一王子ルートに進んだ場合」のストーリーなので、ルート外の展開については不明であるが、今の所はミカエルの想定通りに進んでいると言って良かった。
何事もなく卒業をして、魔王討伐を終え、聖女達には元の世界に帰ってもらって、帰国後には国を出る。
そしてアルヴィスと共に生きて行く。
もう少しだった。
王弟とは、立太子についてとミカエルの今後についての話をすることになるだろう。
大丈夫。
問題ない。
「今日中に、平地をもう少し進んでおこうか」
「わかった」
「魔王城まで、まだまだ遠そうだよね。影も形も見えないや」
「山を越えて沼地を越えた、まだ先だからな」
「はー…ていうか、アル詳しいね」
「…まぁ…」
そっと視線を逸らすアルヴィスは、きっと転移しようと思えば出来るのだろう。
魔族の王である魔王の城なのだから、一度くらいは行ったこともあるに違いない。
ズルをしようと思えば出来てしまうが、「魔族であるアルヴィス」の存在を、勇者パーティーのメンバーに知られることは、望まなかった。
いずれ伴侶として紹介するにしても、魔族であると言う必要はない。
いらぬ誤解を受けたくないし、敵対して欲しくもないからだ。
アルヴィスと二人、魔王討伐ルートを辿りながらのレベリングはとても楽しく、順調だった。
「こんにちは、第一王子」
「こんにちは、王弟殿下」
すでに敬称をつけなくなった王弟フィリップは、ミカエルの宮だというのに我が物顔でソファに腰掛け、入室したミカエルを見上げて軽く手を振った。
前回も似たような感じであったので、ミカエルは何も言うことなく向かいのソファに腰掛けて、最近王妃派から王弟派に鞍替えした侍女が紅茶を淹れて退出するまで待ってから、口を開いた。
「それで、私の要求はどこまで受け入れてもらえるのだろうか?」
ミカエルの問いに、王弟は不快げに眉を寄せた。
「…随分と足下を見られたものだ、と、余だけでなく皆が呆れ返っていたぞ」
「そうか。それで?」
「答える前に聞きたいのだが、君はフランクリン侯爵令嬢を狙っていたのか?」
「……」
「元々婚約者だったものな。勝手に解消されたことを、根に持っていたのか。それで取り返そうと?ははっ!」
「…好きに解釈してもらって構わないよ」
「連れて行きたい、だなんて、情熱的じゃないか。だが妃教育を終えた令嬢は、彼女だけなんだ。連れて行かれるのは困るんだよなぁ」
ミカエルは事前に、王位継承権を放棄し、公爵に下る条件として認めてもらいたいことを、書面にして王弟側に提出していた。
一つ、レイヴン・フランクリンとイアン・シュナイダーをミカエルの専属騎士にすること
二つ、侍女ミルラとソフィア・フランクリンをミカエルがもらい受けること
三つ、ミカエルの名誉を回復し、公爵位を与えること
四つ、魔王討伐を完了した暁には、直轄領のうち、最大の領地を公爵領としてもらい受けること
この四つを要求し、かつ前王妃と前第一王子の死の真相を、証拠つきで渡していた。
つい先日、ボイル侯爵は獄中で「病死」した。
それはつまり、先王がなんらかの手を下したことを意味しており、同時にミカエルの要求を飲んだことも意味していた。
小手先の王弟の揺さぶりなど、響かない。
ミカエルは軽く首を傾げた。
「妃殿下が教育されていた令嬢が、複数いると聞いたが?王弟殿下こそ、フランクリン侯爵令嬢をそんなに愛していたとは、知らなかったな」
口元に手をやり、くすりと意味ありげに笑う。
相手を小馬鹿にする時に、人がよくやる手法を真似た。
過去にやられた経験が、こんな所で生きてくるのだ。
ちっとも嬉しくないけれど。
美しいミカエルの小馬鹿にした笑いは、十分嫌味として伝わったらしく、王弟のティーカップを持つ指先に力が入った。
「誰が愛してなんか、いるもんか。ただ都合のいい女だからだ!」
「力を持たない侯爵家の娘、と言いたいのかな」
「そうだ」
「それならいっそ、王弟派の中から優秀な令嬢を育てた方が、役に立つだろうに。お飾りの王妃なんて、妃殿下の二の舞になることが目に見えている。それは互いにとって不幸では?」
同情を込めて呟くが、王弟はそこは否定しなかった。
ミカエルもティーカップを持ち上げながら、そっと笑みを刻んだ。
「せっかく王位に就くのだから、政略結婚を変えればいいのに。…私がとやかく言うことでもないが、先王陛下と妃殿下は、愛し合っていたと聞いている」
「……」
愛人の子である王弟は、苦々しげに舌打ちをした。
「言われなくとも、わかっている」
「フランクリン侯爵令嬢のことを愛しているというのなら、譲って差し上げることもやぶさかではないが…」
人を物のように言わねばならないことに内心で謝罪しつつ、表面的には平然と紅茶を口に含み、ちらと王弟を見やれば、余裕の笑みを浮かべて足を組み替えていた。
「いいや。愛してない。そこまで言うなら、こちらこそ君に譲ってやろうじゃないか。君の方こそ、愛しているんだろう。結婚したいというなら止めはしないとも。祝福してやろうじゃないか」
「それはありがたい。では要求は全て飲んでもらえる、ということでいいのかな」
「別に騎士の一人や二人、侍女の一人くらいはどうでもいい。好きにすればいい」
「残りの二つは?」
王弟が押しつけがましく寛大を示して見せたその二つは、元々通ることが前提だった。
彼らにとって、侯爵令嬢以外は全く腹も痛まない。
王弟が侯爵令嬢を愛しているかは実際の所は知らないが、少なくとも煽った結果、ミカエルにくれると言うのだから、ありがたくもらう。
残りはミカエルの名誉回復と、公爵領である。
ミカエルが見つめると、王弟は忌々しげな表情をした。
「それも、仕方がない。受け入れよう」
「それはどうも」
すんなり決まった、と、ミカエルはわかりやすく安堵した。
それを見て、王弟はにやりと笑った。
「…ところで第一王子」
「何かな」
「余はデビュタントで、王太子の廃嫡と、余の立太子を宣言するつもりだ」
「それで?」
「君が魔王討伐から帰って来た時には、すでに余は王位に就いているだろう」
「そうだろうね」
「玉座に座る余に、跪く用意をしておけよ」
「……」
ミカエルは、表情を消して王弟を見た。
勝ち誇った顔で、ミカエルを跪かせる様を想像しているのだろう様子が、手に取るようにわかる。
ミカエルはティーカップを置いて立ち上がり、王弟を見下ろした。
腹に力を込め、威圧するよう静かに言った。
「思い上がるな。おまえこそが、救世の英雄となった私の凱旋に、頭を下げて礼を言うんだよ」
「…な、…っ…!」
ミカエルは相変わらず第二王子を偲ぶ為、平日の日中は第二王子の宮で一人過ごしていた。
…というのは建前で、王妃やボイル侯爵の脅威からは解放された為、人が来た時に備えて従魔のノアを置いて、アルヴィスと二人、魔族領でSランクの魔獣狩りをしていた。
ミカエルは順調に強くなっており、年末に勇者パーティーと訪れた場所からさらに奥、森林地帯と平地の境界を越えて、先へと進んでいた。
平地は見通しが良い分、魔獣からも見つかりやすい。
複数の魔獣に囲まれることも頻回で、対策は必要だったが、アルヴィスと二人であれば、なんの心配もいらなかった。
囲まれた、と思った時には、すでに複数の魔獣は死んでいるからだ。
魔道具を使っている形跡はなく、詠唱もない。
魔術、というよりこれは、魔法だった。
神や精霊、ドラゴンが使うとされる、無詠唱で「創造が力となる」もの、それが魔法である。
使用魔力は膨大で、人間には扱えない領域とされていた。
魔法を体系化し、簡略化し、呪文に魔力を込めて発動を補助する形に発展したものが、魔術だった。
威力は術者の力量に左右されるものの、決まった詠唱をすることで、決まった魔術を使うことが出来る。
アルヴィスは一瞬で複数の魔獣を倒してはいるが、形はそのまま綺麗に残っており、おそらく呼吸を止めているか、核からの魔力の供給を絶っているのだろうと、思われた。
息の根を止める、というやつである。
ありがたい。
とても助かることでは、あるのだが。
「…えっと、気持ちはすごくありがたいんだけど…」
複数に囲まれた時の対処法も学んでおく必要があることを説明し、勇者パーティーではどう対処するか、を二人で一緒に考えながら、魔獣を倒していくことにした。
ミカエルは、楽しかった。
しかしながら、アルヴィスにとっては完全なる無償奉仕というやつである。
明らかに、彼にとってSランクの魔獣は、路傍の石のような存在だった。
それでも何も言わずに、ミカエルに付き合ってくれている。
確かに彼といれば、全く死の恐怖など感じることもなく、安全で快適にレベリングをすることが出来る。
順調すぎる程順調であり、逆にミカエルは申し訳なくなる。
彼が言うには、共にいられれば、何でもいいらしい。
とはいえ。
甘えるだけでは、いけない気がした。
せめてもの礼として、休憩時間にはテントを張り、ミカエルの手料理を振る舞った。
前世での経験がここでも役に立つとは、素晴らしいことである。
東方地域の調味料も手に入るようになったので、和食も思いのままだった。
アルヴィスは、ミカエルが料理をすることにとても驚いていたが、キッチンで料理するミカエルを楽しそうに見つめては、ちょこちょこと味見をするのが最近の趣味らしい。
邪魔してくることはないものの、ずっと隣で見つめられるので、それはそれで落ち着かない思いをした。
作った物は何でも嬉しそうに、そして美味しそうに食べてくれるので、作りがいはあった、とても。
前世では一人暮らしをして、まだ見ぬ彼女にいつか料理を振る舞う日を夢見ていたが、ここで叶うことになったのだった。
彼女じゃないけど。
そこはもう、気にすることはやめた。
食後なし崩しにベッドに連れ込もうとするアルヴィスとの攻防も、お約束といえばお約束だった。
こんな毎日は、楽しかった。
魔王討伐後には、こんな毎日が当たり前になることを目指して、ミカエルはまだ頑張らなければならない。
「明日は、休みにしよう」
「何かあったか?」
食後のコーヒーを飲みながら言えば、アルヴィスは首を傾げた。
「王弟が訪ねて来る」
「ああ、もうそんな時期か」
「そうだね。卒業までもう日がないし、立太子を発表するなら、デビュタントで大々的にやりたいんだろう」
「くだらないな」
「そうだねぇ」
異世界モノのストーリーにおいては、卒業式に婚約破棄をしたりなんだりと、イベントが起こるのはありがちだった。
ただ現実として生きているミカエル達の感覚で言えば、卒業式よりも、その後に行われるデビュタントの方が重要である。
「ゲームの攻略対象者その一」としてのミカエルは、聖女に攻略されることなく卒業式を迎える。
ルシュディーが教えてくれた攻略チャートは、「第一王子ルートに進んだ場合」のストーリーなので、ルート外の展開については不明であるが、今の所はミカエルの想定通りに進んでいると言って良かった。
何事もなく卒業をして、魔王討伐を終え、聖女達には元の世界に帰ってもらって、帰国後には国を出る。
そしてアルヴィスと共に生きて行く。
もう少しだった。
王弟とは、立太子についてとミカエルの今後についての話をすることになるだろう。
大丈夫。
問題ない。
「今日中に、平地をもう少し進んでおこうか」
「わかった」
「魔王城まで、まだまだ遠そうだよね。影も形も見えないや」
「山を越えて沼地を越えた、まだ先だからな」
「はー…ていうか、アル詳しいね」
「…まぁ…」
そっと視線を逸らすアルヴィスは、きっと転移しようと思えば出来るのだろう。
魔族の王である魔王の城なのだから、一度くらいは行ったこともあるに違いない。
ズルをしようと思えば出来てしまうが、「魔族であるアルヴィス」の存在を、勇者パーティーのメンバーに知られることは、望まなかった。
いずれ伴侶として紹介するにしても、魔族であると言う必要はない。
いらぬ誤解を受けたくないし、敵対して欲しくもないからだ。
アルヴィスと二人、魔王討伐ルートを辿りながらのレベリングはとても楽しく、順調だった。
「こんにちは、第一王子」
「こんにちは、王弟殿下」
すでに敬称をつけなくなった王弟フィリップは、ミカエルの宮だというのに我が物顔でソファに腰掛け、入室したミカエルを見上げて軽く手を振った。
前回も似たような感じであったので、ミカエルは何も言うことなく向かいのソファに腰掛けて、最近王妃派から王弟派に鞍替えした侍女が紅茶を淹れて退出するまで待ってから、口を開いた。
「それで、私の要求はどこまで受け入れてもらえるのだろうか?」
ミカエルの問いに、王弟は不快げに眉を寄せた。
「…随分と足下を見られたものだ、と、余だけでなく皆が呆れ返っていたぞ」
「そうか。それで?」
「答える前に聞きたいのだが、君はフランクリン侯爵令嬢を狙っていたのか?」
「……」
「元々婚約者だったものな。勝手に解消されたことを、根に持っていたのか。それで取り返そうと?ははっ!」
「…好きに解釈してもらって構わないよ」
「連れて行きたい、だなんて、情熱的じゃないか。だが妃教育を終えた令嬢は、彼女だけなんだ。連れて行かれるのは困るんだよなぁ」
ミカエルは事前に、王位継承権を放棄し、公爵に下る条件として認めてもらいたいことを、書面にして王弟側に提出していた。
一つ、レイヴン・フランクリンとイアン・シュナイダーをミカエルの専属騎士にすること
二つ、侍女ミルラとソフィア・フランクリンをミカエルがもらい受けること
三つ、ミカエルの名誉を回復し、公爵位を与えること
四つ、魔王討伐を完了した暁には、直轄領のうち、最大の領地を公爵領としてもらい受けること
この四つを要求し、かつ前王妃と前第一王子の死の真相を、証拠つきで渡していた。
つい先日、ボイル侯爵は獄中で「病死」した。
それはつまり、先王がなんらかの手を下したことを意味しており、同時にミカエルの要求を飲んだことも意味していた。
小手先の王弟の揺さぶりなど、響かない。
ミカエルは軽く首を傾げた。
「妃殿下が教育されていた令嬢が、複数いると聞いたが?王弟殿下こそ、フランクリン侯爵令嬢をそんなに愛していたとは、知らなかったな」
口元に手をやり、くすりと意味ありげに笑う。
相手を小馬鹿にする時に、人がよくやる手法を真似た。
過去にやられた経験が、こんな所で生きてくるのだ。
ちっとも嬉しくないけれど。
美しいミカエルの小馬鹿にした笑いは、十分嫌味として伝わったらしく、王弟のティーカップを持つ指先に力が入った。
「誰が愛してなんか、いるもんか。ただ都合のいい女だからだ!」
「力を持たない侯爵家の娘、と言いたいのかな」
「そうだ」
「それならいっそ、王弟派の中から優秀な令嬢を育てた方が、役に立つだろうに。お飾りの王妃なんて、妃殿下の二の舞になることが目に見えている。それは互いにとって不幸では?」
同情を込めて呟くが、王弟はそこは否定しなかった。
ミカエルもティーカップを持ち上げながら、そっと笑みを刻んだ。
「せっかく王位に就くのだから、政略結婚を変えればいいのに。…私がとやかく言うことでもないが、先王陛下と妃殿下は、愛し合っていたと聞いている」
「……」
愛人の子である王弟は、苦々しげに舌打ちをした。
「言われなくとも、わかっている」
「フランクリン侯爵令嬢のことを愛しているというのなら、譲って差し上げることもやぶさかではないが…」
人を物のように言わねばならないことに内心で謝罪しつつ、表面的には平然と紅茶を口に含み、ちらと王弟を見やれば、余裕の笑みを浮かべて足を組み替えていた。
「いいや。愛してない。そこまで言うなら、こちらこそ君に譲ってやろうじゃないか。君の方こそ、愛しているんだろう。結婚したいというなら止めはしないとも。祝福してやろうじゃないか」
「それはありがたい。では要求は全て飲んでもらえる、ということでいいのかな」
「別に騎士の一人や二人、侍女の一人くらいはどうでもいい。好きにすればいい」
「残りの二つは?」
王弟が押しつけがましく寛大を示して見せたその二つは、元々通ることが前提だった。
彼らにとって、侯爵令嬢以外は全く腹も痛まない。
王弟が侯爵令嬢を愛しているかは実際の所は知らないが、少なくとも煽った結果、ミカエルにくれると言うのだから、ありがたくもらう。
残りはミカエルの名誉回復と、公爵領である。
ミカエルが見つめると、王弟は忌々しげな表情をした。
「それも、仕方がない。受け入れよう」
「それはどうも」
すんなり決まった、と、ミカエルはわかりやすく安堵した。
それを見て、王弟はにやりと笑った。
「…ところで第一王子」
「何かな」
「余はデビュタントで、王太子の廃嫡と、余の立太子を宣言するつもりだ」
「それで?」
「君が魔王討伐から帰って来た時には、すでに余は王位に就いているだろう」
「そうだろうね」
「玉座に座る余に、跪く用意をしておけよ」
「……」
ミカエルは、表情を消して王弟を見た。
勝ち誇った顔で、ミカエルを跪かせる様を想像しているのだろう様子が、手に取るようにわかる。
ミカエルはティーカップを置いて立ち上がり、王弟を見下ろした。
腹に力を込め、威圧するよう静かに言った。
「思い上がるな。おまえこそが、救世の英雄となった私の凱旋に、頭を下げて礼を言うんだよ」
「…な、…っ…!」
676
あなたにおすすめの小説
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
「妹のためです!」
……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。
妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。
そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。
断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
キュートなモブ令息に転生したボク。可愛さと前世の知識で悪役令息なお義兄さまを守りますっ!
をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
BL
これは、あざと可愛い悪役令息の義弟VS.あざと主人公のおはなし。
ボクの名前は、クリストファー。
突然だけど、ボクには前世の記憶がある。
ジルベスターお義兄さまと初めて会ったとき、そのご尊顔を見て
「あああ!《《この人》》、知ってるう!悪役令息っ!」
と思い出したのだ。
あ、この人ゲームの悪役じゃん、って。
そう、俺が今いるこの世界は、ゲームの中の世界だったの!
そして、ボクは悪役令息ジルベスターの義弟に転生していたのだ!
しかも、モブ。
繰り返します。ボクはモブ!!「完全なるモブ」なのだ!
ゲームの中のボクには、モブすぎて名前もキャラデザもなかった。
どおりで今まで毎日自分の顔をみてもなんにも思い出さなかったわけだ!
ちなみに、ジルベスターお義兄さまは悪役ながら非常に人気があった。
その理由の第一は、ビジュアル!
夜空に輝く月みたいにキラキラした銀髪。夜の闇を思わせる深い紺碧の瞳。
涼やかに切れ上がった眦はサイコーにクール!!
イケメンではなく美形!ビューティフル!ワンダフォー!
ありとあらゆる美辞麗句を並び立てたくなるくらいに美しい姿かたちなのだ!
当然ながらボクもそのビジュアルにノックアウトされた。
ネップリももちろんコンプリートしたし、アクスタももちろん手に入れた!
そんなボクの推しジルベスターは、その無表情のせいで「人を馬鹿にしている」「心がない」「冷酷」といわれ、悪役令息と呼ばれていた。
でもボクにはわかっていた。全部誤解なんだって。
ジルベスターは優しい人なんだって。
あの無表情の下には確かに温かなものが隠れてるはずなの!
なのに誰もそれを理解しようとしなかった。
そして最後に断罪されてしまうのだ!あのピンク頭に惑わされたあんぽんたんたちのせいで!!
ジルベスターが断罪されたときには悔し涙にぬれた。
なんとかジルベスターを救おうとすべてのルートを試し、ゲームをやり込みまくった。
でも何をしてもジルベスターは断罪された。
ボクはこの世界で大声で叫ぶ。
ボクのお義兄様はカッコよくて優しい最高のお義兄様なんだからっ!
ゲームの世界ならいざしらず、このボクがついてるからには断罪なんてさせないっ!
最高に可愛いハイスぺモブ令息に転生したボクは、可愛さと前世の知識を武器にお義兄さまを守りますっ!
⭐︎⭐︎⭐︎
ご拝読頂きありがとうございます!
コメント、エール、いいねお待ちしております♡
「もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!」書籍発売中!
連載続いておりますので、そちらもぜひ♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる