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183. 特に意味もなくピンチに晒される俺4
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「…いやもう無理…!…死ぬってマジで…!」
ミカエルは、敵の攻撃を回避することに必死だった。
黒い龍のような、蛇のような魔獣は、見たことのない魔法を使い、尾で薙ぎ払い、翼の風圧で吹き飛ばしてくる。
第一フェーズはこの三種類の繰り返しだったが、次の攻撃が予測出来ても回避するのは簡単ではなかった。
龍の背後の空中に二つ、光る魔法陣が出現したら、レーザー光線が一直線に襲ってくる。
魔法陣、という発動前の予兆があるので避けることは可能だが、地面や壁に突き刺さると、洞窟内が狭いせいで、瓦礫は飛び放題で当たればダメージを受けるし、熱風で体勢を維持することすら難しい。
避けた所に尾が飛んでくるのでかろうじて避けると、今度は翼をはためかせて吹き飛ばされる。
立ち位置に気をつけなければ、レーザー光線で熱されてマグマのようになった地面に打ち付けられて、燃えてしまう。
レーザー光線は直撃したら、即死する気がした。
ノアが果敢に攻撃してくれ、ターゲットを二分してくれているおかげでなんとかなっているだけで、長時間は耐えられそうになかった。
敵がノアに向いている隙を狙って剣で攻撃してみるものの、レジストはされていないと思われるが、いかんせん敵の体力が多すぎるのか、びくともしない。
持久戦でじっくり削っていくタイプの敵だとすれば、その時点でミカエルは詰んでいる。
支援も盾役もなしでやるのは、無謀すぎる。
デバフはレジストされ、自身にバフをかけても、そう簡単に攻撃もさせてもらえない。
ノアはよく避けていた。
だがノアの強さは、おそらくAランク魔獣の中位程ではないかと思われる。
かつては強すぎる、と思ったものだが、今ではそう感じなくなっていた。
ミカエルが、強くなったのだ。
それは嬉しいことだったが、目の前の敵に対しては、ノアは力不足だった。
直撃は回避しているものの、ダメージは受けている。
ノアの攻撃はレジストされていて、ミカエルとターゲットを分散する役割しか果たせてはいなかった。
ノア、頑張ってる。
なんとかしたいのに。
回復の魔道具は、すでに使用していた。
ポーションと共に、マジックバッグに多めに保管していて良かったと、この時ばかりは自画自賛した。
ノアは積極的に攻撃をして、ミカエルを守ろうとしてくれていた。
小さな子犬の姿で、必死に駆け、魔法を使う。
自身より高レベルの敵に攻撃をされたら、一撃はとても痛い。
ノアは敵に吹き飛ばされるだけでも、大ダメージを受けている。
こまめに、ポーションと魔道具で回復をした。
助けが来るかどうかもわからない状況で、回復しながら戦うことは、ゴールの見えないマラソンをしているかのような焦燥と疲労があった。
ミカエルは実際に戦ってみて、自分とノアだけでは倒せない、と痛感した。
延々と回復し続けてくれる第三者がいて、かつ自分は攻撃に集中出来るのならば、一人でも三時間位攻撃し続けたら、勝てるかも。
「…現実的じゃない…!」
その前に回復手段が尽きてしまうし、おそらく動けなくなるだろう。
ダメージは回復させることが出来るが、疲労は回復出来ない。
以前騎士レイヴンとイアンに渡した、継続回復の魔道具の改良版も発動させているが、蓄積していく疲労のスピードの方が早い。
従魔であるノアに疲労の概念はなさそうだったが、ミカエルはそうではなかった。
攻撃し、回避し、回復をする。
足を止める暇はなかった。
息を付く暇もなかった。
ノアの状況を把握し、回復しつつ、自身の体力も見なければならない。
直撃を回避していても、余波で削られる。
ミカエル自身も、定期的に回復をしなければならない。
ノアと同時に回復は出来ないから、タイミングを計らなければならない。
範囲回復の魔道具は、一カ所に集まっていられるからこそ効果を発揮するものであり、今の状況では、無力だった。
ミカエルとノアは、敵を挟んで対面に立っていた。
敵の体が巨大であり、ノアはとても小さかった。
姿を確認するだけでも大変で、攻撃に割く余力もどんどんなくなってきている。
戦闘を開始してから、まだ十分も経過していないのに。
なのにもう、限界が近かった。
何時間も戦っているかのように、神経を消耗していた。
第一フェーズを超えることなく、延々と同じ攻撃が繰り返されることは、ある意味助かると言えば助かった。
次に来る攻撃が予測出来る分、回避に意識を回すことが出来る。
ミカエル自身は、これはゲームの仕様、ゲームの挙動だと理解しているが、ノアはそうではない。
いつもぎりぎりまで攻撃し、ぎりぎりで回避するので、大ダメージを負う。
どう説明しろっていうんだ。
影の中にいる時には、言葉にせずともミカエルの意志は伝わるようだが、外に出てしまうと無理そうだった。
叫べばいいのか。
だが、息の上がり始めた状況で、叫ぶのはとても苦しい。
ダンジョン駆け上がりで、体力はついたと思っていたのに。
明らかに格上の敵を相手にすると、こんなに消耗するものだなんて、知らなかった。
緊張と焦燥、緊迫感が、初めてのボス戦の時の比ではなかった。
死がすぐ隣にあって、一撃食らうと良くて瀕死だった。
帝国でダンジョンに通っていた時には、必ず誰かがいてくれた。
死を感じたことはあっても、きっと助けてくれるという信頼があった。
アルヴィスと一緒に行動していた時にも、不安なんてなかった。
今は。
自分しか、いない。
自分が死ねば、ノアも死ぬ。
ノアが限界を迎えて動けなくなれば、ミカエルが一人で戦わねばならない。
無理だった。
今の状況でも、無理だった。
ジリ貧どころか、まともに攻撃も出来ないまま、回復と回避に追われ始めた。
ミカエルの疲労を感じ、ノアが庇おうと頑張ってしまう。
頑張ってしまうと、ダメージを負う頻度が上がってしまう。
頑張らなくていい、とは、言えなかった。
ノアが頑張ってくれているから、ミカエルはまだ動けているのだ。
自分と同レベルの盾役と、回復役。
そしてアタッカー。
複数いれば、倒せる。
きっと。
でも、無理だった。
ここには自分しか、いない。
ノアが大ダメージを受けて、吹っ飛んだ。
Sランクの回復魔道具をマジックバッグから取り出そうとして、ミカエルの手が止まった。
「うそだろ…」
まだ、戦闘開始から十分が経過した所だった。
にもかかわらず、Sランクの回復魔道具を、使い切ってしまった。
三十個、あったのに。
一瞬動作が止まったせいで、ノアの回復が出来ないまま、敵がこちらを向いた。
敵の背後に光る魔法陣が二つ、現れた。
避けなければ。
ぎりぎりで回避したが、尾がしなり薙ぎ払われる。
ポーションのクールタイムが、そろそろ…。
尾をかわし、次は翼の吹き飛ばし。
場所が、悪かった。
回避に集中出来なかった。
マグマの如く赤く煮えたぎる地面の上へと、転がってしまった。
「…っ…が、…、…ッ!!」
熱い、より、痛い、より先に、ただ衝撃だけを感じた。
そして燃え上がる、背中。
声が出なかった。
溶岩溜まりから転がり避けた。
回復をしなければ、死ぬ。
緊急用に、ピアスに仕込んでいたSランクの回復を使った。
全身が火だるまになり、呼吸もままならない。
「は、…っ……ッ」
手が震えた。
この炎は特殊な魔術なのか、冒険者装束が燃えて全裸になる、なんてことにはならなかったが、皮膚を容赦なく焼いた。
かろうじて、死ぬ前に炎は消せたが、瀕死だった。
動けない。
Sランク回復は、もうない。
Sランク光属性の治癒魔道具は、最後の手段として残していた。
Sランク光属性の魔石は、公国が販売個数を制限している関係で、ミカエルの手元にも十個もなかった。
でも、考えている暇はない。
余波を食らうだけで、死んでしまう。
ノアが傷だらけになりながら、敵の注意を引いてくれていた。
意識が遠のくのを感じながらも、ミカエルはマジックバッグから、治癒の魔道具を引っ張り出した。
どんな体勢からでも取り出せるマジックバッグは、優秀だった。
仰向けに転がった焼死体にしか見えない状態で、ミカエルは治癒を発動した。
Sランクの治癒は、これまた優秀だった。
神器に匹敵する杖を持つ、ジーンの治癒には及ばないかもしれないが、十分な効果を発揮してくれた。
「はぁ…っは、…っ」
呼吸が出来るだけでも十分だったが、火傷が綺麗に治っていた。
瀕死のダメージも、回復している。
だが、完全回復には程遠く、疲労のせいで限界だった。
立ち上がれない。
ノアが、吠えていた。
子犬らしい可愛らしい声だったが、それはミカエルを呼ぶようでもあり、悲鳴のようでもあった。
回復、
ノアの、回復を、
ノアが目の前に立った。
ノアもまた、瀕死のダメージを負っていた。
辛うじて生き残っただけの、ぼろぼろだった。
「え、…」
必死に唸り声を上げ、攻撃魔法を放つ。
ノアは、回復魔術を持っていなかった。
防御魔術も、持っていなかった。
顔を上げたミカエルは、黒龍の背後に光る、二つの魔法陣がこちらを向いているのを見た。
すっと背筋に寒気が走ったが、ミカエルは歯を食いしばった。
死んで、たまるか!
「『展開』ッ!!」
声を限りに叫び、自身が作ったS級防御陣を発動した。
放たれたレーザー光線は、防御陣を砕くと同時に軌道が逸れ、ノアとミカエルの横の地面を抉りながら後ろへと抜けていった。
凄まじい熱気と、マグマと化した地面に震えた。
来る。
尾が鞭のようにしなって、こちらへと迫っていた。
ノアを抱き寄せ、全力で回避した。
まだ、来る。
翼を広げ、吹き飛ばし。
もう、回避する力はなかった。
「『展開』ッ!!」
防御陣を展開したが、瞬間で砕かれ、飛ばされ、壁へと打ち付けられた。
「…ッ、…う、ぐ、ふ…ッ」
眩暈と頭痛と吐き気と、全身の痛み。
ノアを放り出してしまったが、ノアはぐったりと地面に伏せて、動かなくなった。
「う、…の、ノア…っ」
従魔は、死なない。
主人が、生きている限り。
「う、…っくっそ、…くそゲー…!ゆ、ゆるさない、絶対、あいつ、ゆるさない…ッ!!」
人を窮地に陥れることに、何の躊躇もない人間。
許さない。
あいつ。
許さない。
カグラザカユズル。
呪ってやる。
絶対、死んだら呪ってやるからな。
おまえも窮地に陥れられたら、人の気持ちがわかるだろう。
前世も、今世も。
あんなやつのせいで、死ぬなんて。
「…ノア、」
せめて、傷の回復を。
あんな姿で死ぬなんて、可哀想だ。
黒龍はゆっくりと近づいて来ていた。
勝利を確信した者の、余裕というやつだろう。
もう身体は動かせなかったが、マジックバッグから治癒の魔道具を取り出して、ノアに使った。
綺麗になったノアの輪郭がぼやけて、消えた。
影の中に戻ったのか、と思ったが、そうではなかった。
「よくやった、ミカエル」
聞こえるはずのない声が、目の前から聞こえたのだった。
ミカエルは、敵の攻撃を回避することに必死だった。
黒い龍のような、蛇のような魔獣は、見たことのない魔法を使い、尾で薙ぎ払い、翼の風圧で吹き飛ばしてくる。
第一フェーズはこの三種類の繰り返しだったが、次の攻撃が予測出来ても回避するのは簡単ではなかった。
龍の背後の空中に二つ、光る魔法陣が出現したら、レーザー光線が一直線に襲ってくる。
魔法陣、という発動前の予兆があるので避けることは可能だが、地面や壁に突き刺さると、洞窟内が狭いせいで、瓦礫は飛び放題で当たればダメージを受けるし、熱風で体勢を維持することすら難しい。
避けた所に尾が飛んでくるのでかろうじて避けると、今度は翼をはためかせて吹き飛ばされる。
立ち位置に気をつけなければ、レーザー光線で熱されてマグマのようになった地面に打ち付けられて、燃えてしまう。
レーザー光線は直撃したら、即死する気がした。
ノアが果敢に攻撃してくれ、ターゲットを二分してくれているおかげでなんとかなっているだけで、長時間は耐えられそうになかった。
敵がノアに向いている隙を狙って剣で攻撃してみるものの、レジストはされていないと思われるが、いかんせん敵の体力が多すぎるのか、びくともしない。
持久戦でじっくり削っていくタイプの敵だとすれば、その時点でミカエルは詰んでいる。
支援も盾役もなしでやるのは、無謀すぎる。
デバフはレジストされ、自身にバフをかけても、そう簡単に攻撃もさせてもらえない。
ノアはよく避けていた。
だがノアの強さは、おそらくAランク魔獣の中位程ではないかと思われる。
かつては強すぎる、と思ったものだが、今ではそう感じなくなっていた。
ミカエルが、強くなったのだ。
それは嬉しいことだったが、目の前の敵に対しては、ノアは力不足だった。
直撃は回避しているものの、ダメージは受けている。
ノアの攻撃はレジストされていて、ミカエルとターゲットを分散する役割しか果たせてはいなかった。
ノア、頑張ってる。
なんとかしたいのに。
回復の魔道具は、すでに使用していた。
ポーションと共に、マジックバッグに多めに保管していて良かったと、この時ばかりは自画自賛した。
ノアは積極的に攻撃をして、ミカエルを守ろうとしてくれていた。
小さな子犬の姿で、必死に駆け、魔法を使う。
自身より高レベルの敵に攻撃をされたら、一撃はとても痛い。
ノアは敵に吹き飛ばされるだけでも、大ダメージを受けている。
こまめに、ポーションと魔道具で回復をした。
助けが来るかどうかもわからない状況で、回復しながら戦うことは、ゴールの見えないマラソンをしているかのような焦燥と疲労があった。
ミカエルは実際に戦ってみて、自分とノアだけでは倒せない、と痛感した。
延々と回復し続けてくれる第三者がいて、かつ自分は攻撃に集中出来るのならば、一人でも三時間位攻撃し続けたら、勝てるかも。
「…現実的じゃない…!」
その前に回復手段が尽きてしまうし、おそらく動けなくなるだろう。
ダメージは回復させることが出来るが、疲労は回復出来ない。
以前騎士レイヴンとイアンに渡した、継続回復の魔道具の改良版も発動させているが、蓄積していく疲労のスピードの方が早い。
従魔であるノアに疲労の概念はなさそうだったが、ミカエルはそうではなかった。
攻撃し、回避し、回復をする。
足を止める暇はなかった。
息を付く暇もなかった。
ノアの状況を把握し、回復しつつ、自身の体力も見なければならない。
直撃を回避していても、余波で削られる。
ミカエル自身も、定期的に回復をしなければならない。
ノアと同時に回復は出来ないから、タイミングを計らなければならない。
範囲回復の魔道具は、一カ所に集まっていられるからこそ効果を発揮するものであり、今の状況では、無力だった。
ミカエルとノアは、敵を挟んで対面に立っていた。
敵の体が巨大であり、ノアはとても小さかった。
姿を確認するだけでも大変で、攻撃に割く余力もどんどんなくなってきている。
戦闘を開始してから、まだ十分も経過していないのに。
なのにもう、限界が近かった。
何時間も戦っているかのように、神経を消耗していた。
第一フェーズを超えることなく、延々と同じ攻撃が繰り返されることは、ある意味助かると言えば助かった。
次に来る攻撃が予測出来る分、回避に意識を回すことが出来る。
ミカエル自身は、これはゲームの仕様、ゲームの挙動だと理解しているが、ノアはそうではない。
いつもぎりぎりまで攻撃し、ぎりぎりで回避するので、大ダメージを負う。
どう説明しろっていうんだ。
影の中にいる時には、言葉にせずともミカエルの意志は伝わるようだが、外に出てしまうと無理そうだった。
叫べばいいのか。
だが、息の上がり始めた状況で、叫ぶのはとても苦しい。
ダンジョン駆け上がりで、体力はついたと思っていたのに。
明らかに格上の敵を相手にすると、こんなに消耗するものだなんて、知らなかった。
緊張と焦燥、緊迫感が、初めてのボス戦の時の比ではなかった。
死がすぐ隣にあって、一撃食らうと良くて瀕死だった。
帝国でダンジョンに通っていた時には、必ず誰かがいてくれた。
死を感じたことはあっても、きっと助けてくれるという信頼があった。
アルヴィスと一緒に行動していた時にも、不安なんてなかった。
今は。
自分しか、いない。
自分が死ねば、ノアも死ぬ。
ノアが限界を迎えて動けなくなれば、ミカエルが一人で戦わねばならない。
無理だった。
今の状況でも、無理だった。
ジリ貧どころか、まともに攻撃も出来ないまま、回復と回避に追われ始めた。
ミカエルの疲労を感じ、ノアが庇おうと頑張ってしまう。
頑張ってしまうと、ダメージを負う頻度が上がってしまう。
頑張らなくていい、とは、言えなかった。
ノアが頑張ってくれているから、ミカエルはまだ動けているのだ。
自分と同レベルの盾役と、回復役。
そしてアタッカー。
複数いれば、倒せる。
きっと。
でも、無理だった。
ここには自分しか、いない。
ノアが大ダメージを受けて、吹っ飛んだ。
Sランクの回復魔道具をマジックバッグから取り出そうとして、ミカエルの手が止まった。
「うそだろ…」
まだ、戦闘開始から十分が経過した所だった。
にもかかわらず、Sランクの回復魔道具を、使い切ってしまった。
三十個、あったのに。
一瞬動作が止まったせいで、ノアの回復が出来ないまま、敵がこちらを向いた。
敵の背後に光る魔法陣が二つ、現れた。
避けなければ。
ぎりぎりで回避したが、尾がしなり薙ぎ払われる。
ポーションのクールタイムが、そろそろ…。
尾をかわし、次は翼の吹き飛ばし。
場所が、悪かった。
回避に集中出来なかった。
マグマの如く赤く煮えたぎる地面の上へと、転がってしまった。
「…っ…が、…、…ッ!!」
熱い、より、痛い、より先に、ただ衝撃だけを感じた。
そして燃え上がる、背中。
声が出なかった。
溶岩溜まりから転がり避けた。
回復をしなければ、死ぬ。
緊急用に、ピアスに仕込んでいたSランクの回復を使った。
全身が火だるまになり、呼吸もままならない。
「は、…っ……ッ」
手が震えた。
この炎は特殊な魔術なのか、冒険者装束が燃えて全裸になる、なんてことにはならなかったが、皮膚を容赦なく焼いた。
かろうじて、死ぬ前に炎は消せたが、瀕死だった。
動けない。
Sランク回復は、もうない。
Sランク光属性の治癒魔道具は、最後の手段として残していた。
Sランク光属性の魔石は、公国が販売個数を制限している関係で、ミカエルの手元にも十個もなかった。
でも、考えている暇はない。
余波を食らうだけで、死んでしまう。
ノアが傷だらけになりながら、敵の注意を引いてくれていた。
意識が遠のくのを感じながらも、ミカエルはマジックバッグから、治癒の魔道具を引っ張り出した。
どんな体勢からでも取り出せるマジックバッグは、優秀だった。
仰向けに転がった焼死体にしか見えない状態で、ミカエルは治癒を発動した。
Sランクの治癒は、これまた優秀だった。
神器に匹敵する杖を持つ、ジーンの治癒には及ばないかもしれないが、十分な効果を発揮してくれた。
「はぁ…っは、…っ」
呼吸が出来るだけでも十分だったが、火傷が綺麗に治っていた。
瀕死のダメージも、回復している。
だが、完全回復には程遠く、疲労のせいで限界だった。
立ち上がれない。
ノアが、吠えていた。
子犬らしい可愛らしい声だったが、それはミカエルを呼ぶようでもあり、悲鳴のようでもあった。
回復、
ノアの、回復を、
ノアが目の前に立った。
ノアもまた、瀕死のダメージを負っていた。
辛うじて生き残っただけの、ぼろぼろだった。
「え、…」
必死に唸り声を上げ、攻撃魔法を放つ。
ノアは、回復魔術を持っていなかった。
防御魔術も、持っていなかった。
顔を上げたミカエルは、黒龍の背後に光る、二つの魔法陣がこちらを向いているのを見た。
すっと背筋に寒気が走ったが、ミカエルは歯を食いしばった。
死んで、たまるか!
「『展開』ッ!!」
声を限りに叫び、自身が作ったS級防御陣を発動した。
放たれたレーザー光線は、防御陣を砕くと同時に軌道が逸れ、ノアとミカエルの横の地面を抉りながら後ろへと抜けていった。
凄まじい熱気と、マグマと化した地面に震えた。
来る。
尾が鞭のようにしなって、こちらへと迫っていた。
ノアを抱き寄せ、全力で回避した。
まだ、来る。
翼を広げ、吹き飛ばし。
もう、回避する力はなかった。
「『展開』ッ!!」
防御陣を展開したが、瞬間で砕かれ、飛ばされ、壁へと打ち付けられた。
「…ッ、…う、ぐ、ふ…ッ」
眩暈と頭痛と吐き気と、全身の痛み。
ノアを放り出してしまったが、ノアはぐったりと地面に伏せて、動かなくなった。
「う、…の、ノア…っ」
従魔は、死なない。
主人が、生きている限り。
「う、…っくっそ、…くそゲー…!ゆ、ゆるさない、絶対、あいつ、ゆるさない…ッ!!」
人を窮地に陥れることに、何の躊躇もない人間。
許さない。
あいつ。
許さない。
カグラザカユズル。
呪ってやる。
絶対、死んだら呪ってやるからな。
おまえも窮地に陥れられたら、人の気持ちがわかるだろう。
前世も、今世も。
あんなやつのせいで、死ぬなんて。
「…ノア、」
せめて、傷の回復を。
あんな姿で死ぬなんて、可哀想だ。
黒龍はゆっくりと近づいて来ていた。
勝利を確信した者の、余裕というやつだろう。
もう身体は動かせなかったが、マジックバッグから治癒の魔道具を取り出して、ノアに使った。
綺麗になったノアの輪郭がぼやけて、消えた。
影の中に戻ったのか、と思ったが、そうではなかった。
「よくやった、ミカエル」
聞こえるはずのない声が、目の前から聞こえたのだった。
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