189 / 311
185. 回収される俺
しおりを挟む
名を呼ばれた気がして、ミカエルは目を覚ました。
頬を叩かれていることに気づき、痛くはないが不快ではあるので眉を顰めると、一層声は大きくなった。
「ミカエル!無事か!?ミカエル!!」
「……、……生きてます…けど…」
「…良かった、生きてる」
「……?……あれ?」
目を開けると、ミカエルを抱き抱えているバージルがいた。
「死んでるのかと思った。…心配、した」
顔を歪め、泣きそうな表情だった。
「…バージル…?」
「うん。助けに来たけど、必要なかったな」
「……あ」
そこでようやく、ミカエルは自分が今どこにいるのかを思い出した。
周囲の空気がざわついており、背中を支えてもらい身体を起こすと、ニーズヘッグの前でアベルとロベルトが話をしていた。
「ミカエルが、目を覚ました」
バージルが声をかけると、二人は同時に振り向いて、こちらへと駆け寄って来る。
「で、殿下!!良かった…!!」
「ミカエル王子、よくこんな巨大な龍を倒されましたね!本当に、ご無事で良かった!」
「…あ、ありがとうございます」
自分が倒したわけではないので複雑な気分だったが、ミカエルは礼を言う。
わざわざ助けに来てくれたのだ。
ありがたいことだった。
「ドラゴンスレイヤーの称号が与えられるにあたって、承認が必要だから、人を呼んだ。魔獣を回避するルートを通って来るから、時間がかかる。今日は上で一泊することになるけど、いい?」
「…え、待って大げさすぎません?」
寝起きに爆弾を放り込まれても対応出来ない、と思いつつミカエルは焦るが、バージル達は当然と言わんばかりの顔をして、アベルとロベルトは日程についての話し合いをしていた。
「五国と冒険者ギルドから人が来る。この国の連中は信用できないし、もともと称号付与には複数国と冒険者ギルドの承認が必要だから」
「……」
俺が倒したんじゃ、ないんです。
アルヴィスを連れて来るべきでは。
…いや、無理だ。
どうやってここに?とか、どうしてその場に残らなかったの?とか、問われても答えられないことが多すぎる。
聖女の魔法陣に引き込まれたのはミカエルなのだから、当然ミカエルが倒したものだと思われていた。
ああぁ…。
「とりあえずミカエルは休んで。アレは腐敗しても困るから、最高司祭に結界を張って維持してもらう。明日一日、休日にして全部片づけて、明後日からレベル上げ、再開しよ」
「…はい…」
「あの鱗、よく貫けましたね…すごいです殿下…!」
「斬り口が非常に鮮やかだ。全身を切り刻まれているが、敵はそこまでしないと死ななかった、ということなのだろうし、恐ろしい強さだったのだろうな…」
「…は、はは…はい…」
それはもう。
自分では勝てないくらい、強かったです。
「殿下、装束がぼろぼろになってます。怪我は公子殿下が治して下さっていましたが、体調は大丈夫ですか?」
勇者殿の、純粋な尊敬と憧憬の瞳が痛いです。
「え、バージル、回復ありがとうございます。…体調は…ちょっと、疲れて動けません…」
「うわぁ、本当にギリギリだったんですね…!!本当にご無事で良かったです!!」
「…ありがとうございます…」
居たたまれず落ち着かない気分を隠しつつ、ミカエルはどうすればいいのかを考えていたが、疲労が大きすぎて頭が回らなかった。
そうこうしているうちに、最高司祭ジーンがやって来て、まず龍の死体に驚き、そしてミカエルを見てさらに驚いた。
「ミカエル王子殿下、ボロボロでもさすが、お美しいですね。ちょっと変な道に目覚めそうです」
「……」
「冗談です。ご無事で何よりでございます」
「…どうも…」
もう、ツッコミを入れる気力もなかった。
ミカエルだけでなく、バージル達のドン引いた表情を見て、ジーンはにこりと笑み、龍の元へと歩いて行って、結界を張った。
バレかけてますよ、最高司祭殿。
「戻ろう、ミカエル。聖騎士団員とウルテイワズの王国騎士団員が着いたら、ここの維持をさせる」
「はい。…えっと、ここへは、聖女殿のスキルで来られたんですか?」
どうやって戻るのだろうと思っていると、公子は首を振った。
「ミカエルがボスを倒したからか、スキルを使っても何も起きなかった。だから崖から」
「が、崖…!?」
「うん、崖。ロープ伝って、下りてきた」
「…わぁ」
上と繋がっていたのか、と思っていると、バージルがミカエルを抱き抱えたまま立ち上がった。
「…えっ」
「歩けないんでしょ?行くよ」
「…え、…あ、ありがとう、ございます…」
「うん」
バージルの鎧が痛かったが、ミカエルは我慢した。
洞窟内は、美しいままだった。
龍の攻撃で破壊されたはずなのに、元通りに戻っているのは、フィールド、という特殊な環境の不思議な効果だった。
ダンジョンのボス戦のようなものだ。
戦闘を終了すると、元通りになる。
ゲームの世界だなぁ、と、納得してしまう仕様だった。
ラダーニエは「最初で最後」と言っていたので、今後この場で、聖女のスキルで危険に晒される者はいなくなる。
厄介事を、一つ減らしたのだ。
…アルヴィスが。
そう、思いつつ通路を曲がった所に、気絶したままのご友人殿が地面に転がっていて、驚いた。
「…彼女は」
「生きてる。寝てるだけ。冒険者の彼に背負ってもらうから大丈夫」
「そうですか」
ご友人の近くで護衛として立っている冒険者の彼は、人族だった。
目が合い頭を下げられたが、彼からはなぜか、ミカエルに対する好意的な感情を受け取った。
しばらく歩くと、前方から光が差し込んできており、そこは崖の中腹だった。
足場があり、そこだけぽかりと横穴が開いて、先ほどのフィールドへと繋がっている。
ご友人が言っていた場所は、本当にあったのだ。
それがまさか隠しボスのステージだとは、思いもしなかっただろう。
レベルを満たしていなければ、入ることが出来ない場所。
聖女のスキルを使用しなければ、入れない場所。
おそらくここから入った場合、あの龍に出くわすことはなく、単なる美しいデートスポットになるのだろう。
知らなかったとはいえ、ミカエルは命の危険に晒された。
知らなかったとはいえ、聖女はミカエルを命の危険に晒した。
…前世もそう。
知らなかったとはいえ、罪人に仕立て上げられた自分の人生は、滅茶苦茶にされた。
彼らは言ったのだ。
「いやあ、悪い悪い。まさかこんなことになるとは知らなくてさぁ!かるーい、冗談のつもりだったんだ!悪気はないんだって!謝ったから、もういいだろ?」
前世と同じことを、崖上の聖女は言った。
バージルに背負ってもらうには鎧が堅くて痛かったので、まだ軽装のロベルト王太子に背負ってもらい、ロープを伝ってなんとか上へと戻ったミカエルに対して、聖女は重大性を理解もせず、軽く言ったのだった。
「…そうですか」
許さないよ。
絶対に。
元の世界に、帰ってもらう。
…この世界で、英雄としてのうのうと暮らすなんて、絶対にさせてやらない。
この広場に残っていたAランク冒険者二名が、交代で北方都市へ行き、聖騎士団員と王国騎士団員を連れて戻ったのは、十八時を過ぎてからだった。
すぐに広場に天幕とテントを張り、夕食の準備を始める者と、崖下の洞窟へと降りていく者とで別れて行動する様子は、さすが公国と王国の精鋭を連れて来ただけあって、無駄がなく、統率がとれていた。
ミカエルはバージルの天幕でソファを置いて横になり、クッションとシーツと飲み物や軽食など、至れり尽くせりで世話されながら、皆の様子をぼんやりと眺めていた。
勇者パーティーの誰かは常にそばにいてくれたので、暗殺者の近づく余地はなかった。
食事も、聖騎士団員と王国騎士団員が用意してくれ、毒見役もきちんとついているので、安心して食事をすることも出来た。
ご友人が目を覚まし、ミカエルに会わせろと天幕前で騒いでいたが、衝立で姿が見えないように隠してくれ、会わせないよう配慮してくれたので、突撃されることはなかった。
ミカエルには護衛騎士すらいないので、代わりに聖騎士団員のみなさんが、バージルのついでに護衛してくれていた。
本当に申し訳ないし、ありがたいことだった。
ミカエルの護衛騎士は、バージル達に存在を忘れられており、ホテルに残っているらしい。
まぁ、いた所で役には立たないので、どうでもいいことである。
パーティーメンバーの誰かしらがそばにいてくれたからこそ、安心して任せることも出来たし、少し寝ることも出来た。
おかげで動けるようにはなったのだが、安静にという言葉に甘えて、大人しくしている。
ミカエルがバージルの天幕にいるので、何かあれば皆そこに集まる。
ジーンも結界の維持を確認してから戻ってきて、壊れた石碑を集めて、古代語の解読をしていたようだった。
「聖女は確信犯ですね」
「様がなくなった」
ミカエルが指摘すると、ジーンは鼻で笑った。
「本当に、何なのでしょうねあの異世界人は。…いえ、我々がお呼びした聖女様ではいらっしゃるのですが、あそこまでのクズ…いえ、人間性に問題のある方は、そうそうお目にかかれないのでは?」
「…そ、そうでしょうか」
ミカエルは疑問を呈したが、バージル達は頷いているので、彼らの周辺には善良な人達が集まっているのだな、と羨ましくなっただけだった。
いくらでもいるよ…。
と、言いたくなったが、ミカエルは言葉を飲み込んだ。
「石碑を解読致しました。ミカエル王子殿下が、一定以上のレベルであったばかりに、魔法陣が反応してしまったようです」
「そうなの?」
「はい。こちらが石碑全文になります」
首を傾げるバージルにメモを渡しつつ、ジーンはため息をついた。
「古代語は神の言語とされておりますが、聖女様の世界の言語でもあります。…つまり聖女様は、石碑が読める」
「…確信犯だ」
バージルがメモに目を落としつつ、忌々しげに呟いた。
「はい。スキルを使えば、何かが起こる。挑めと書いてあるのだから、敵がいるだろうことは想像がつくはずです」
「…私のレベルはどうか?と、試すようなことを、スキルを使用する直前に言われました」
ミカエルの発言に、皆不快そうに顔を歪めた。
「悪質極まりないではないか。悪戯では済まされんぞ」
「…彼は、軽い冗談だった、と言っていました。悪気はないから、と。…殿下の命を危険に晒しておいて、冗談で済むわけがないのに…」
アベルが拳を握りしめ、自身の膝を叩いていた。
皆が怒ってくれていることに、ミカエルは安堵と共に、喜んでいた。
味方がいるって、嬉しいことだ。
「…私も許し難いですが、聖女を訴えることは不可能でしょう。彼には賠償金を払う財産も、土地も、何もありません。何より、異世界からこちらに来て頂いているのですから」
「…本当に、忌々しいな」
ミカエルの指摘に、誰も反論できなかった。
バージルは舌打ちしながら吐き捨てるように呟いて、「何かないの」と聞いていた。
意志の統一を図るには今しかない、と思ったミカエルが、提案をする。
「…聖女殿とご友人殿には、魔王討伐後、元の世界にお戻り頂きましょう」
「…それは勿論、そうしてもらいたいのは山々だが」
「本人達が残りたい、と言ったら、我々は断れません。…そういう決まりになっております」
ロベルトとジーンの発言は最もだったが、ミカエルは諦めなかった。
「魔王の魔石でのみ、聖女を送還できる、という考えでいいんでしょうか?」
聖女の帰還方法については、詳細はどの書籍も触れられてはいなかった。
召喚方法についても、聖教の秘術とされ、表に出ることはない。
だが魔王討伐が帰還条件、となると、方法は限られる気がしていた。
ジーンは驚いたようだったが、特に隠すこともなく首肯した。
「その通りです。帰還の魔法陣は、公国の本部教会の地下に」
「その魔法陣、持ち出せませんか?」
「え?」
「魔王討伐したら即、魔法陣を起動、魔石をセットして、送還する」
「…落ち着いて下さい、ミカエル王子殿下。魔法陣の持ち出しなど、聞いたことがありません」
「今、お願いしています」
「えぇ…?本気ですか…?」
「というより、今気づいたのですが」
「…な、なんでしょうか…?」
ジーンが、引いていた。
珍しいものを見た、とバージル達が目を瞬いている中、ミカエルは微笑んだ。
「歴代魔王の魔石、公国が保管していらっしゃいますよね?二個は、余っているはず。それを使えば、即起動が可能ですよね」
「…ミカエル、怒ってるね…?」
バージルが、ミカエルにも目を瞬いて、驚いていた。
頬を叩かれていることに気づき、痛くはないが不快ではあるので眉を顰めると、一層声は大きくなった。
「ミカエル!無事か!?ミカエル!!」
「……、……生きてます…けど…」
「…良かった、生きてる」
「……?……あれ?」
目を開けると、ミカエルを抱き抱えているバージルがいた。
「死んでるのかと思った。…心配、した」
顔を歪め、泣きそうな表情だった。
「…バージル…?」
「うん。助けに来たけど、必要なかったな」
「……あ」
そこでようやく、ミカエルは自分が今どこにいるのかを思い出した。
周囲の空気がざわついており、背中を支えてもらい身体を起こすと、ニーズヘッグの前でアベルとロベルトが話をしていた。
「ミカエルが、目を覚ました」
バージルが声をかけると、二人は同時に振り向いて、こちらへと駆け寄って来る。
「で、殿下!!良かった…!!」
「ミカエル王子、よくこんな巨大な龍を倒されましたね!本当に、ご無事で良かった!」
「…あ、ありがとうございます」
自分が倒したわけではないので複雑な気分だったが、ミカエルは礼を言う。
わざわざ助けに来てくれたのだ。
ありがたいことだった。
「ドラゴンスレイヤーの称号が与えられるにあたって、承認が必要だから、人を呼んだ。魔獣を回避するルートを通って来るから、時間がかかる。今日は上で一泊することになるけど、いい?」
「…え、待って大げさすぎません?」
寝起きに爆弾を放り込まれても対応出来ない、と思いつつミカエルは焦るが、バージル達は当然と言わんばかりの顔をして、アベルとロベルトは日程についての話し合いをしていた。
「五国と冒険者ギルドから人が来る。この国の連中は信用できないし、もともと称号付与には複数国と冒険者ギルドの承認が必要だから」
「……」
俺が倒したんじゃ、ないんです。
アルヴィスを連れて来るべきでは。
…いや、無理だ。
どうやってここに?とか、どうしてその場に残らなかったの?とか、問われても答えられないことが多すぎる。
聖女の魔法陣に引き込まれたのはミカエルなのだから、当然ミカエルが倒したものだと思われていた。
ああぁ…。
「とりあえずミカエルは休んで。アレは腐敗しても困るから、最高司祭に結界を張って維持してもらう。明日一日、休日にして全部片づけて、明後日からレベル上げ、再開しよ」
「…はい…」
「あの鱗、よく貫けましたね…すごいです殿下…!」
「斬り口が非常に鮮やかだ。全身を切り刻まれているが、敵はそこまでしないと死ななかった、ということなのだろうし、恐ろしい強さだったのだろうな…」
「…は、はは…はい…」
それはもう。
自分では勝てないくらい、強かったです。
「殿下、装束がぼろぼろになってます。怪我は公子殿下が治して下さっていましたが、体調は大丈夫ですか?」
勇者殿の、純粋な尊敬と憧憬の瞳が痛いです。
「え、バージル、回復ありがとうございます。…体調は…ちょっと、疲れて動けません…」
「うわぁ、本当にギリギリだったんですね…!!本当にご無事で良かったです!!」
「…ありがとうございます…」
居たたまれず落ち着かない気分を隠しつつ、ミカエルはどうすればいいのかを考えていたが、疲労が大きすぎて頭が回らなかった。
そうこうしているうちに、最高司祭ジーンがやって来て、まず龍の死体に驚き、そしてミカエルを見てさらに驚いた。
「ミカエル王子殿下、ボロボロでもさすが、お美しいですね。ちょっと変な道に目覚めそうです」
「……」
「冗談です。ご無事で何よりでございます」
「…どうも…」
もう、ツッコミを入れる気力もなかった。
ミカエルだけでなく、バージル達のドン引いた表情を見て、ジーンはにこりと笑み、龍の元へと歩いて行って、結界を張った。
バレかけてますよ、最高司祭殿。
「戻ろう、ミカエル。聖騎士団員とウルテイワズの王国騎士団員が着いたら、ここの維持をさせる」
「はい。…えっと、ここへは、聖女殿のスキルで来られたんですか?」
どうやって戻るのだろうと思っていると、公子は首を振った。
「ミカエルがボスを倒したからか、スキルを使っても何も起きなかった。だから崖から」
「が、崖…!?」
「うん、崖。ロープ伝って、下りてきた」
「…わぁ」
上と繋がっていたのか、と思っていると、バージルがミカエルを抱き抱えたまま立ち上がった。
「…えっ」
「歩けないんでしょ?行くよ」
「…え、…あ、ありがとう、ございます…」
「うん」
バージルの鎧が痛かったが、ミカエルは我慢した。
洞窟内は、美しいままだった。
龍の攻撃で破壊されたはずなのに、元通りに戻っているのは、フィールド、という特殊な環境の不思議な効果だった。
ダンジョンのボス戦のようなものだ。
戦闘を終了すると、元通りになる。
ゲームの世界だなぁ、と、納得してしまう仕様だった。
ラダーニエは「最初で最後」と言っていたので、今後この場で、聖女のスキルで危険に晒される者はいなくなる。
厄介事を、一つ減らしたのだ。
…アルヴィスが。
そう、思いつつ通路を曲がった所に、気絶したままのご友人殿が地面に転がっていて、驚いた。
「…彼女は」
「生きてる。寝てるだけ。冒険者の彼に背負ってもらうから大丈夫」
「そうですか」
ご友人の近くで護衛として立っている冒険者の彼は、人族だった。
目が合い頭を下げられたが、彼からはなぜか、ミカエルに対する好意的な感情を受け取った。
しばらく歩くと、前方から光が差し込んできており、そこは崖の中腹だった。
足場があり、そこだけぽかりと横穴が開いて、先ほどのフィールドへと繋がっている。
ご友人が言っていた場所は、本当にあったのだ。
それがまさか隠しボスのステージだとは、思いもしなかっただろう。
レベルを満たしていなければ、入ることが出来ない場所。
聖女のスキルを使用しなければ、入れない場所。
おそらくここから入った場合、あの龍に出くわすことはなく、単なる美しいデートスポットになるのだろう。
知らなかったとはいえ、ミカエルは命の危険に晒された。
知らなかったとはいえ、聖女はミカエルを命の危険に晒した。
…前世もそう。
知らなかったとはいえ、罪人に仕立て上げられた自分の人生は、滅茶苦茶にされた。
彼らは言ったのだ。
「いやあ、悪い悪い。まさかこんなことになるとは知らなくてさぁ!かるーい、冗談のつもりだったんだ!悪気はないんだって!謝ったから、もういいだろ?」
前世と同じことを、崖上の聖女は言った。
バージルに背負ってもらうには鎧が堅くて痛かったので、まだ軽装のロベルト王太子に背負ってもらい、ロープを伝ってなんとか上へと戻ったミカエルに対して、聖女は重大性を理解もせず、軽く言ったのだった。
「…そうですか」
許さないよ。
絶対に。
元の世界に、帰ってもらう。
…この世界で、英雄としてのうのうと暮らすなんて、絶対にさせてやらない。
この広場に残っていたAランク冒険者二名が、交代で北方都市へ行き、聖騎士団員と王国騎士団員を連れて戻ったのは、十八時を過ぎてからだった。
すぐに広場に天幕とテントを張り、夕食の準備を始める者と、崖下の洞窟へと降りていく者とで別れて行動する様子は、さすが公国と王国の精鋭を連れて来ただけあって、無駄がなく、統率がとれていた。
ミカエルはバージルの天幕でソファを置いて横になり、クッションとシーツと飲み物や軽食など、至れり尽くせりで世話されながら、皆の様子をぼんやりと眺めていた。
勇者パーティーの誰かは常にそばにいてくれたので、暗殺者の近づく余地はなかった。
食事も、聖騎士団員と王国騎士団員が用意してくれ、毒見役もきちんとついているので、安心して食事をすることも出来た。
ご友人が目を覚まし、ミカエルに会わせろと天幕前で騒いでいたが、衝立で姿が見えないように隠してくれ、会わせないよう配慮してくれたので、突撃されることはなかった。
ミカエルには護衛騎士すらいないので、代わりに聖騎士団員のみなさんが、バージルのついでに護衛してくれていた。
本当に申し訳ないし、ありがたいことだった。
ミカエルの護衛騎士は、バージル達に存在を忘れられており、ホテルに残っているらしい。
まぁ、いた所で役には立たないので、どうでもいいことである。
パーティーメンバーの誰かしらがそばにいてくれたからこそ、安心して任せることも出来たし、少し寝ることも出来た。
おかげで動けるようにはなったのだが、安静にという言葉に甘えて、大人しくしている。
ミカエルがバージルの天幕にいるので、何かあれば皆そこに集まる。
ジーンも結界の維持を確認してから戻ってきて、壊れた石碑を集めて、古代語の解読をしていたようだった。
「聖女は確信犯ですね」
「様がなくなった」
ミカエルが指摘すると、ジーンは鼻で笑った。
「本当に、何なのでしょうねあの異世界人は。…いえ、我々がお呼びした聖女様ではいらっしゃるのですが、あそこまでのクズ…いえ、人間性に問題のある方は、そうそうお目にかかれないのでは?」
「…そ、そうでしょうか」
ミカエルは疑問を呈したが、バージル達は頷いているので、彼らの周辺には善良な人達が集まっているのだな、と羨ましくなっただけだった。
いくらでもいるよ…。
と、言いたくなったが、ミカエルは言葉を飲み込んだ。
「石碑を解読致しました。ミカエル王子殿下が、一定以上のレベルであったばかりに、魔法陣が反応してしまったようです」
「そうなの?」
「はい。こちらが石碑全文になります」
首を傾げるバージルにメモを渡しつつ、ジーンはため息をついた。
「古代語は神の言語とされておりますが、聖女様の世界の言語でもあります。…つまり聖女様は、石碑が読める」
「…確信犯だ」
バージルがメモに目を落としつつ、忌々しげに呟いた。
「はい。スキルを使えば、何かが起こる。挑めと書いてあるのだから、敵がいるだろうことは想像がつくはずです」
「…私のレベルはどうか?と、試すようなことを、スキルを使用する直前に言われました」
ミカエルの発言に、皆不快そうに顔を歪めた。
「悪質極まりないではないか。悪戯では済まされんぞ」
「…彼は、軽い冗談だった、と言っていました。悪気はないから、と。…殿下の命を危険に晒しておいて、冗談で済むわけがないのに…」
アベルが拳を握りしめ、自身の膝を叩いていた。
皆が怒ってくれていることに、ミカエルは安堵と共に、喜んでいた。
味方がいるって、嬉しいことだ。
「…私も許し難いですが、聖女を訴えることは不可能でしょう。彼には賠償金を払う財産も、土地も、何もありません。何より、異世界からこちらに来て頂いているのですから」
「…本当に、忌々しいな」
ミカエルの指摘に、誰も反論できなかった。
バージルは舌打ちしながら吐き捨てるように呟いて、「何かないの」と聞いていた。
意志の統一を図るには今しかない、と思ったミカエルが、提案をする。
「…聖女殿とご友人殿には、魔王討伐後、元の世界にお戻り頂きましょう」
「…それは勿論、そうしてもらいたいのは山々だが」
「本人達が残りたい、と言ったら、我々は断れません。…そういう決まりになっております」
ロベルトとジーンの発言は最もだったが、ミカエルは諦めなかった。
「魔王の魔石でのみ、聖女を送還できる、という考えでいいんでしょうか?」
聖女の帰還方法については、詳細はどの書籍も触れられてはいなかった。
召喚方法についても、聖教の秘術とされ、表に出ることはない。
だが魔王討伐が帰還条件、となると、方法は限られる気がしていた。
ジーンは驚いたようだったが、特に隠すこともなく首肯した。
「その通りです。帰還の魔法陣は、公国の本部教会の地下に」
「その魔法陣、持ち出せませんか?」
「え?」
「魔王討伐したら即、魔法陣を起動、魔石をセットして、送還する」
「…落ち着いて下さい、ミカエル王子殿下。魔法陣の持ち出しなど、聞いたことがありません」
「今、お願いしています」
「えぇ…?本気ですか…?」
「というより、今気づいたのですが」
「…な、なんでしょうか…?」
ジーンが、引いていた。
珍しいものを見た、とバージル達が目を瞬いている中、ミカエルは微笑んだ。
「歴代魔王の魔石、公国が保管していらっしゃいますよね?二個は、余っているはず。それを使えば、即起動が可能ですよね」
「…ミカエル、怒ってるね…?」
バージルが、ミカエルにも目を瞬いて、驚いていた。
711
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
悪役令息の花図鑑
蓮条緋月
BL
公爵令息シュヴァリエ・アクナイトはある日、毒にあたり生死を彷徨い、唐突に前世を思い出す。自分がゲームの悪役令息に生まれ変わったことに気づいたシュヴァリエは思った。
「公爵家の力を使えば世界中の花を集めて押し花が作れる!」
押し花作りが中毒レベルで趣味だったシュヴァリエはゲームのストーリーなどお構いなしに好き勝手動くことに決め行動が一変。その変化に周囲がドン引きする中、学園で奇妙な事件が発生!現場に一輪の花が置かれていたことを知ったシュヴァリエはこれがゲームのストーリーであることを思い出す。花が関わっているという理由で事件を追うことにしたシュヴァリエは、ゲームの登場人物であり主人公の右腕となる隣国の留学生アウル・オルニスと行動を共にするのだが……?
※☆はR描写になります
※他サイトにて重複掲載あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる