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186. 回収されて夜を迎える俺
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聖女のご友人、スルガザキ・ヒメノが目を覚ましたのは、天幕の中でだった。
すでに日は暮れかけており、外には大勢の騎士達がいて、たくさんの天幕が張られ、篝火と光球の魔術、ランタンで周囲を照らし、たき火を熾し夕食を作っているようだった。
何が起きているのか理解が出来ず、ヒメノはベッドから起き上がって天幕の外に出てみたものの、ヒメノの近くには誰もおらず、一人だった。
「…何?どうなってるの?」
知らない人の行き来が激しくてよくわからなかったが、よく見ればここはヒメノ達がいた、石碑のある広場のようだった。
助け出されたのだ、とそこでようやく気づき、ヒメノは力が抜けるのを感じた。
地面に座り込み、ため息をつく。
よ、良かったぁ…。
死んじゃうかと思ったぁ。
ミカエルの好感度がマックスになって喜んでいたら、敵がいると言われて驚いた。
ゲームには、そんなのいなかったじゃん。
入り方が違ったから?
でも崖から入るなんて、怖いじゃん。
無理っしょ。
アタシ、か弱い乙女だし。
逃げろと言われて通路を曲がった所までは良かったが、横穴が通じている崖まで出ようとしたのに、出来なかった。
半透明の壁のようなものに阻まれ、それ以上先には進めなかったのだ。
それがフィールドを区切る結界であることをヒメノは知らなかったが、邪魔な壁、という認識だけは合っていた。
ダンジョンにもあるのでレベル上げの際に見ているはずだが、ヒメノは興味がなかったので、気づかなかった。
崖下から叫んで助けを求めようと思っていたのに、出来なくなった。
すぐ後ろから、洞窟内に反響する凄まじい音がし始め、破壊音と、何かが空を切る音、光線のようなものが入り乱れ、戦闘が始まったことに気づいた。
「…ミカエル、大丈夫なの…?」
ゲームのミカエルは、勇者パーティーのアタッカーとして最強の一角だったが、この世界のミカエルは、そこまで強いかどうか、知らない。
弱くはないと思う。
街でヒメノを、守ってくれたし。
どうしよう、見に行く?
でも怖い。
巻き込まれたら、アタシ死んじゃうし。
「……ちょっとだけ…」
ミカエルに言われたとおり魔道具を取り出して、防御結界を張って、角からそっと洞窟内を覗き込んだ。
「…なにこれ…」
ヒメノには、何が起こっているのか、よくわからなかった。
ミカエルは、一人で戦っていた。
右手に剣を持ち、隙を見て攻撃をしている。
だが敵の攻撃が、意味不明だった。
何かが光ったと思ったら、ズバッとか、ヒュオッとか、キーンッみたいな音がして、一直線に光が走る。
抉られた地面はマグマのようにグツグツしていて、熱そうだった。
そうしたら黒い何かが飛んできて、ズガーンッとか、ゴバァッみたいな音がして、地面を抉って破片が飛ぶ。
そしたら今度は、もの凄い風が来て、台風のど真ん中かな?くらいの勢いで、ミカエルが飛ばされていた。
「え、ヤバ…ヤバヤバのヤバ…」
ヒメノにとっても、それは衝撃的な光景だった。
ミカエルが、苦戦している。
あっという間に、傷だらけになっていく。
えっミカエル痛そうなんだけど?
えっヤバくない?
ミカエル死んじゃったら、どうなんの?
アタシも死んじゃうとか、ありえないんだけど?
アタシに気づいてないパターン、あるかな?
ミカエルが死んだら、壁、なくなったりするかな。
あ、そもそも、資格がどうのって、ミカエルだけじゃん?
アタシは巻き込まれただけで、関係ないわけで。
じゃ、あの変な壁のとこにいよ。
ミカエルが死んだら、即逃げよ。
壁のとこに着くまで、死なないでね、ミカエル!
ヒメノは半透明の壁ギリギリまで逃げ戻り、壁が消え去るのを待っていた。
地面が揺れ、轟音が響くたびに、恐怖で身体が竦んだ。
「もー…冗談じゃないよぉ。アタシまで巻き込まないで!死ぬならミカエル一人で死んでよね!」
そもそもの発端は自分であることなど、ヒメノは忘れていた。
資格があれば入れるんじゃないか、と提案してきたのは聖女ユズルであり、ミカエルは資格を持っていたからここに来られた。
でも、ボス戦とか聞いてないし!
こんなことなら、崖から下りてくるべきだったのだ。
ミカエルが、資格なんか持っているせいで。
自分まで、危険に晒されている。
ミカエルは推しだけど、自分の命の方が大事に決まっている。
彼が死んで自分が助かるなら、彼の死を願う。
「早くミカエル、死んでくれないかなぁ…。逃げたいんだけどー?」
半透明の壁に凭れて不満を漏らしていると、壁の向こうから、男の声がした。
「なるほど。生理的に無理、も納得だ」
「…えっ?」
ものすごく、イケボだった。
どこかで聞いたことがあるような気がしたが、これだけのイケボなら絶対に覚えているはずなので、記憶違いかもしれない。
慌ててヒメノは顔を上げて振り向いたが、その時にはすでに男の姿は見えなかった。
「…え、どこ行ったの?幻聴?」
外にいるってことは、助けてもらえるんじゃないの!?
「どこ行ったのよぉ!助けて!!」
壁を叩いて訴えてみるが、返事はなかった。
「もぉおぉ…!アタシが死んだら、世界中が困るんだからね!ミカエルなんかより、アタシの方が大事なんだよ!」
だってミカエルは、ゲームのキャラだし。
逆ハー要員に出来ないのは辛いけど、アタシが生き残ることが最優先だし。
この世界で魔王を倒し、逆ハーエンドを迎えることが、この世界に来た自分の使命であると、ヒメノは信じて疑っていなかった。
要員が一人減っても、目的が達成できれば問題はない。
「怖いよぉ。誰かぁー!助けてー!!」
また壁に凭れて、泣いていた。
不意に壁が消えて、背中から床に転がる。
起き上がろうとしたが、頭上からまた、声が聞こえた。
「うるさいゴミだ」
そこでヒメノの記憶は、途切れていた。
また別の男の声が聞こえた気がしたが、何を言われたかまでは、覚えていなかった。
今天幕の中にいるということは、助けが間に合ったということだった。
「はー…良かったぁ。生きてるぅ」
「あ、ご友人様。お目覚めになられましたか」
地面にへたり込んでいるヒメノに気づき、歩いて来たのは、司祭の一人だった。
「もおぉ!起きて誰もいないから、姫寂しくて泣いちゃったんだからぁ!」
「申し訳ございません。今夕食の準備をしておりまして、手が足りない状況で」
「…夕食って、何で?」
「今日は、こちらに一泊することになりました。聖騎士団と、ウルテイワズの王国騎士団の皆様も来られました」
「…だからぁ、何で?急いでホテルに帰ったら良くない?」
司祭の手を取り立ち上がったヒメノが不満を漏らすと、司祭は困ったように首を傾げた。
「公子殿下を始めとする、勇者パーティーの皆様のご判断ですので、わたくしにはなんとも…」
フードを被っている為顔はわからないが、本当に詳しい理由は知らされていないようだとは、ヒメノにもわかった。
「あ、そういえばミカエルが、バージルに知らせてくれって言ってた。バージル達が助けてくれたの?」
「はい。ウルテイワズ王国の王太子殿下が、ミカエル王子殿下を背負って、崖を上ってこられまして」
「えっミカエル、生きてるの!?」
「は?…え、はい、もちろん生きておられますが」
「なにそれ、早く言ってよぉ!ミカエルどこ!?」
「公子殿下の天幕に…」
ヒメノはバージルの天幕の場所を聞き、すぐさま走り出した。
ヒメノの隣の天幕が聖女のもので、Aランク冒険者達は全員そこに待機していたことには、後で文句を言おうと思いつつ、横目に走り、邪魔な聖騎士団員達を押しのけながらミカエルの元へと急ぐ。
良かったぁ!
ミカエル、生きてた!
やっぱ、いっちばんのイケメンがいるといないでは、テンションが変わるもん!
連れて歩くなら絶対、ミカエルがいいし!
アタシが労ってあげる!
「ミカエル王子殿下は、お休みになられています。お会いにはなれません」
バージルの天幕を護衛する聖騎士団員達は、無情にもヒメノの前に立ち塞がった。
「寝ててもいいよぉ!姫がつきっきりで看病するから!」
「担当がおりますので、お引き取り下さい」
「担当って誰よ!姫の看病の方が、嬉しいに決まってるでしょ!?」
「お会いになれません。お引き取り下さい」
「だからぁ!」
話の通じないモブは、これだから。
同じ会話を繰り返すしか脳のない、モブ。
「じゃぁバージル呼んで!」
「公子殿下は会議中です」
「アベルでもロベルトでもいいから!」
「お二方も、会議中です」
「はぁ?何それ、何の会議よ」
「お話出来ません」
「どうせ知らないんでしょ。下っ端のモブごときがウザ」
「……」
モブ達は喋らなくなり、動かなくなった。
ヒメノが無理に通ろうとしても、堅い鎧で押し戻される。
「ミカエルー!姫、来たよ!出てきて!」
叫んだが、ミカエルは出て来なかった。
本当に、寝ているのかもしれない。
周囲が静まり返り、視線がヒメノに集中していた。
さすがにそれが、「うるさい」と言いたそうな視線であることには、気がついた。
「…なによぉ、ミカエルを心配して来たのにぃ」
「…ご友人様。聖女様がお呼びです」
後ろから、Aランク冒険者に声をかけられた。
二足歩行する、蛇男。
キッショ。
ヒメノは嫌悪を隠すことなく振り返り、冒険者を見ることなく歩き出した。
「またお見舞いに来るって、伝えておいてね!」
ミカエルに対して、健気な女アピは忘れない。
聖騎士団員に頼み、ヒメノは聖女の天幕へと歩いて行った。
「おーおまえ、生きてて良かったなぁ!」
聖女ユズルの言葉は暢気であり、無責任極まりないものだった。
聖女に対する怒りを思い出し、ヒメノは詰め寄った。
「はぁ!?ふっざけんなクソが!死ぬとこだったぞおまえが死ねよ!!」
「そう言うなし。俺悪くねぇもん。アイツが資格持ってたのが悪いんじゃん?」
「確認もせずにスキル使ったおまえは、悪くねーのかよ!」
「えー?崖下りんの、こわぁーい!って、ブルってたくせに、おま言う」
「るっせーな!おかげでもっと怖い思いしたんだよ!死ぬかと思ったわ!」
「生きてて良かったじゃん。いやー俺もまさか、マジで発動するとは思わんし」
「…マジそれな」
「アイツどんだけウゼェんだっつー話よ。発動しなきゃ、笑い話で済んだのによ」
「…けどミカエル、死にかけてたよ」
一気にまくし立てて息の切れたヒメノが、聖女の向かいのソファへと腰掛けた。
魔術師が持って来たココアを飲みつつ、一息つく。
「さっさと死ねば、すぐフィールド開放されたんじゃね?おまえが、怖い思いすることもなかったのになー」
「…それはそうだけど…」
「まぁまぁ。次同じような石碑見っけても、ちゃんと相談してやっから。怒んなや」
「…絶対だかんね。勝手にやんなよ」
「わかったわかった。死ぬのはアイツだけになるよう、頑張ろうぜ」
「いや別に死んで欲しいわけじゃねーわ!逆ハーの顔なんだから!」
「あ、そうだっけ」
「大事な顔も、傷だらけだったんだからな!マジで!勝手なことすんなよ!」
「わかったって。うっせーなーもー」
「叫ばせてんのは、おめーだわ」
Aランク冒険者達は、聖女達の会話を聞いて、絶望していた。
これが、聖女。
歴代聖女達の自伝や武勇伝が出回っているから、勝手な幻想を抱いていた。
これが、今代の聖女。
ご友人と揃って、似た者同士の二人だった。
どうしてこんなのが、聖女に選ばれてしまったのだろう。
味方であるはずの、ミカエル王子の死を願うなど、どうかしている。
命の危険に晒しておいて、反省どころか、自分が悪いとも思っていないようだった。
手を取り合い、魔王、という高い壁を打ち倒さねばならないというのに、この聖女には協力しようという気が、一切なかった。
いや、「魔王にスキルを使う」ことだけは、協力するつもりでいるようだった。
そのことに、感謝すべきなのだろう、この世界の者達は。
だが。
こんな聖女に世界の命運を託さなければならないこと、勇者パーティーの苦労を思えば、Aランク冒険者達は同情を禁じ得なかった。
すでに日は暮れかけており、外には大勢の騎士達がいて、たくさんの天幕が張られ、篝火と光球の魔術、ランタンで周囲を照らし、たき火を熾し夕食を作っているようだった。
何が起きているのか理解が出来ず、ヒメノはベッドから起き上がって天幕の外に出てみたものの、ヒメノの近くには誰もおらず、一人だった。
「…何?どうなってるの?」
知らない人の行き来が激しくてよくわからなかったが、よく見ればここはヒメノ達がいた、石碑のある広場のようだった。
助け出されたのだ、とそこでようやく気づき、ヒメノは力が抜けるのを感じた。
地面に座り込み、ため息をつく。
よ、良かったぁ…。
死んじゃうかと思ったぁ。
ミカエルの好感度がマックスになって喜んでいたら、敵がいると言われて驚いた。
ゲームには、そんなのいなかったじゃん。
入り方が違ったから?
でも崖から入るなんて、怖いじゃん。
無理っしょ。
アタシ、か弱い乙女だし。
逃げろと言われて通路を曲がった所までは良かったが、横穴が通じている崖まで出ようとしたのに、出来なかった。
半透明の壁のようなものに阻まれ、それ以上先には進めなかったのだ。
それがフィールドを区切る結界であることをヒメノは知らなかったが、邪魔な壁、という認識だけは合っていた。
ダンジョンにもあるのでレベル上げの際に見ているはずだが、ヒメノは興味がなかったので、気づかなかった。
崖下から叫んで助けを求めようと思っていたのに、出来なくなった。
すぐ後ろから、洞窟内に反響する凄まじい音がし始め、破壊音と、何かが空を切る音、光線のようなものが入り乱れ、戦闘が始まったことに気づいた。
「…ミカエル、大丈夫なの…?」
ゲームのミカエルは、勇者パーティーのアタッカーとして最強の一角だったが、この世界のミカエルは、そこまで強いかどうか、知らない。
弱くはないと思う。
街でヒメノを、守ってくれたし。
どうしよう、見に行く?
でも怖い。
巻き込まれたら、アタシ死んじゃうし。
「……ちょっとだけ…」
ミカエルに言われたとおり魔道具を取り出して、防御結界を張って、角からそっと洞窟内を覗き込んだ。
「…なにこれ…」
ヒメノには、何が起こっているのか、よくわからなかった。
ミカエルは、一人で戦っていた。
右手に剣を持ち、隙を見て攻撃をしている。
だが敵の攻撃が、意味不明だった。
何かが光ったと思ったら、ズバッとか、ヒュオッとか、キーンッみたいな音がして、一直線に光が走る。
抉られた地面はマグマのようにグツグツしていて、熱そうだった。
そうしたら黒い何かが飛んできて、ズガーンッとか、ゴバァッみたいな音がして、地面を抉って破片が飛ぶ。
そしたら今度は、もの凄い風が来て、台風のど真ん中かな?くらいの勢いで、ミカエルが飛ばされていた。
「え、ヤバ…ヤバヤバのヤバ…」
ヒメノにとっても、それは衝撃的な光景だった。
ミカエルが、苦戦している。
あっという間に、傷だらけになっていく。
えっミカエル痛そうなんだけど?
えっヤバくない?
ミカエル死んじゃったら、どうなんの?
アタシも死んじゃうとか、ありえないんだけど?
アタシに気づいてないパターン、あるかな?
ミカエルが死んだら、壁、なくなったりするかな。
あ、そもそも、資格がどうのって、ミカエルだけじゃん?
アタシは巻き込まれただけで、関係ないわけで。
じゃ、あの変な壁のとこにいよ。
ミカエルが死んだら、即逃げよ。
壁のとこに着くまで、死なないでね、ミカエル!
ヒメノは半透明の壁ギリギリまで逃げ戻り、壁が消え去るのを待っていた。
地面が揺れ、轟音が響くたびに、恐怖で身体が竦んだ。
「もー…冗談じゃないよぉ。アタシまで巻き込まないで!死ぬならミカエル一人で死んでよね!」
そもそもの発端は自分であることなど、ヒメノは忘れていた。
資格があれば入れるんじゃないか、と提案してきたのは聖女ユズルであり、ミカエルは資格を持っていたからここに来られた。
でも、ボス戦とか聞いてないし!
こんなことなら、崖から下りてくるべきだったのだ。
ミカエルが、資格なんか持っているせいで。
自分まで、危険に晒されている。
ミカエルは推しだけど、自分の命の方が大事に決まっている。
彼が死んで自分が助かるなら、彼の死を願う。
「早くミカエル、死んでくれないかなぁ…。逃げたいんだけどー?」
半透明の壁に凭れて不満を漏らしていると、壁の向こうから、男の声がした。
「なるほど。生理的に無理、も納得だ」
「…えっ?」
ものすごく、イケボだった。
どこかで聞いたことがあるような気がしたが、これだけのイケボなら絶対に覚えているはずなので、記憶違いかもしれない。
慌ててヒメノは顔を上げて振り向いたが、その時にはすでに男の姿は見えなかった。
「…え、どこ行ったの?幻聴?」
外にいるってことは、助けてもらえるんじゃないの!?
「どこ行ったのよぉ!助けて!!」
壁を叩いて訴えてみるが、返事はなかった。
「もぉおぉ…!アタシが死んだら、世界中が困るんだからね!ミカエルなんかより、アタシの方が大事なんだよ!」
だってミカエルは、ゲームのキャラだし。
逆ハー要員に出来ないのは辛いけど、アタシが生き残ることが最優先だし。
この世界で魔王を倒し、逆ハーエンドを迎えることが、この世界に来た自分の使命であると、ヒメノは信じて疑っていなかった。
要員が一人減っても、目的が達成できれば問題はない。
「怖いよぉ。誰かぁー!助けてー!!」
また壁に凭れて、泣いていた。
不意に壁が消えて、背中から床に転がる。
起き上がろうとしたが、頭上からまた、声が聞こえた。
「うるさいゴミだ」
そこでヒメノの記憶は、途切れていた。
また別の男の声が聞こえた気がしたが、何を言われたかまでは、覚えていなかった。
今天幕の中にいるということは、助けが間に合ったということだった。
「はー…良かったぁ。生きてるぅ」
「あ、ご友人様。お目覚めになられましたか」
地面にへたり込んでいるヒメノに気づき、歩いて来たのは、司祭の一人だった。
「もおぉ!起きて誰もいないから、姫寂しくて泣いちゃったんだからぁ!」
「申し訳ございません。今夕食の準備をしておりまして、手が足りない状況で」
「…夕食って、何で?」
「今日は、こちらに一泊することになりました。聖騎士団と、ウルテイワズの王国騎士団の皆様も来られました」
「…だからぁ、何で?急いでホテルに帰ったら良くない?」
司祭の手を取り立ち上がったヒメノが不満を漏らすと、司祭は困ったように首を傾げた。
「公子殿下を始めとする、勇者パーティーの皆様のご判断ですので、わたくしにはなんとも…」
フードを被っている為顔はわからないが、本当に詳しい理由は知らされていないようだとは、ヒメノにもわかった。
「あ、そういえばミカエルが、バージルに知らせてくれって言ってた。バージル達が助けてくれたの?」
「はい。ウルテイワズ王国の王太子殿下が、ミカエル王子殿下を背負って、崖を上ってこられまして」
「えっミカエル、生きてるの!?」
「は?…え、はい、もちろん生きておられますが」
「なにそれ、早く言ってよぉ!ミカエルどこ!?」
「公子殿下の天幕に…」
ヒメノはバージルの天幕の場所を聞き、すぐさま走り出した。
ヒメノの隣の天幕が聖女のもので、Aランク冒険者達は全員そこに待機していたことには、後で文句を言おうと思いつつ、横目に走り、邪魔な聖騎士団員達を押しのけながらミカエルの元へと急ぐ。
良かったぁ!
ミカエル、生きてた!
やっぱ、いっちばんのイケメンがいるといないでは、テンションが変わるもん!
連れて歩くなら絶対、ミカエルがいいし!
アタシが労ってあげる!
「ミカエル王子殿下は、お休みになられています。お会いにはなれません」
バージルの天幕を護衛する聖騎士団員達は、無情にもヒメノの前に立ち塞がった。
「寝ててもいいよぉ!姫がつきっきりで看病するから!」
「担当がおりますので、お引き取り下さい」
「担当って誰よ!姫の看病の方が、嬉しいに決まってるでしょ!?」
「お会いになれません。お引き取り下さい」
「だからぁ!」
話の通じないモブは、これだから。
同じ会話を繰り返すしか脳のない、モブ。
「じゃぁバージル呼んで!」
「公子殿下は会議中です」
「アベルでもロベルトでもいいから!」
「お二方も、会議中です」
「はぁ?何それ、何の会議よ」
「お話出来ません」
「どうせ知らないんでしょ。下っ端のモブごときがウザ」
「……」
モブ達は喋らなくなり、動かなくなった。
ヒメノが無理に通ろうとしても、堅い鎧で押し戻される。
「ミカエルー!姫、来たよ!出てきて!」
叫んだが、ミカエルは出て来なかった。
本当に、寝ているのかもしれない。
周囲が静まり返り、視線がヒメノに集中していた。
さすがにそれが、「うるさい」と言いたそうな視線であることには、気がついた。
「…なによぉ、ミカエルを心配して来たのにぃ」
「…ご友人様。聖女様がお呼びです」
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二足歩行する、蛇男。
キッショ。
ヒメノは嫌悪を隠すことなく振り返り、冒険者を見ることなく歩き出した。
「またお見舞いに来るって、伝えておいてね!」
ミカエルに対して、健気な女アピは忘れない。
聖騎士団員に頼み、ヒメノは聖女の天幕へと歩いて行った。
「おーおまえ、生きてて良かったなぁ!」
聖女ユズルの言葉は暢気であり、無責任極まりないものだった。
聖女に対する怒りを思い出し、ヒメノは詰め寄った。
「はぁ!?ふっざけんなクソが!死ぬとこだったぞおまえが死ねよ!!」
「そう言うなし。俺悪くねぇもん。アイツが資格持ってたのが悪いんじゃん?」
「確認もせずにスキル使ったおまえは、悪くねーのかよ!」
「えー?崖下りんの、こわぁーい!って、ブルってたくせに、おま言う」
「るっせーな!おかげでもっと怖い思いしたんだよ!死ぬかと思ったわ!」
「生きてて良かったじゃん。いやー俺もまさか、マジで発動するとは思わんし」
「…マジそれな」
「アイツどんだけウゼェんだっつー話よ。発動しなきゃ、笑い話で済んだのによ」
「…けどミカエル、死にかけてたよ」
一気にまくし立てて息の切れたヒメノが、聖女の向かいのソファへと腰掛けた。
魔術師が持って来たココアを飲みつつ、一息つく。
「さっさと死ねば、すぐフィールド開放されたんじゃね?おまえが、怖い思いすることもなかったのになー」
「…それはそうだけど…」
「まぁまぁ。次同じような石碑見っけても、ちゃんと相談してやっから。怒んなや」
「…絶対だかんね。勝手にやんなよ」
「わかったわかった。死ぬのはアイツだけになるよう、頑張ろうぜ」
「いや別に死んで欲しいわけじゃねーわ!逆ハーの顔なんだから!」
「あ、そうだっけ」
「大事な顔も、傷だらけだったんだからな!マジで!勝手なことすんなよ!」
「わかったって。うっせーなーもー」
「叫ばせてんのは、おめーだわ」
Aランク冒険者達は、聖女達の会話を聞いて、絶望していた。
これが、聖女。
歴代聖女達の自伝や武勇伝が出回っているから、勝手な幻想を抱いていた。
これが、今代の聖女。
ご友人と揃って、似た者同士の二人だった。
どうしてこんなのが、聖女に選ばれてしまったのだろう。
味方であるはずの、ミカエル王子の死を願うなど、どうかしている。
命の危険に晒しておいて、反省どころか、自分が悪いとも思っていないようだった。
手を取り合い、魔王、という高い壁を打ち倒さねばならないというのに、この聖女には協力しようという気が、一切なかった。
いや、「魔王にスキルを使う」ことだけは、協力するつもりでいるようだった。
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こんな聖女に世界の命運を託さなければならないこと、勇者パーティーの苦労を思えば、Aランク冒険者達は同情を禁じ得なかった。
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冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
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