【完結】婚約破棄はアッパーで防ぎます!

隅野せかい

文字の大きさ
1 / 4

1 婚約破棄とかさせません。

しおりを挟む
 貴方もいい年頃ですから、お話ししておきましょう。心して聞くように。


 これは若い頃、わたくしの友人の身にふりかかったことです。
 実名は伏せてお話しますよ。余計な詮索はしないように。


 それは、やんごとなきお方のパーティ会場でのことでした。

 予兆はあったそうです。

 友人が会場のエントランスで婚約者を見つけた時、彼はなんだか落ち着かない様子で、

「準備は万端だ」「堂々と言ってやるんだ」「落ち着け、大丈夫だ」などと、ぶつくさ言っていたとか。


 やんごとなきお方が御主催されたパーティは、いつものごとく、そこかしこで見えない火花が散っていました。
 この太平な国コストリアでは、社交こそがわたくしたち貴族にとって戦争なのです。

 主催者側は何人集めるかで格と栄誉を争う戦場です。
 出席者にとっては、好印象と人脈を手に入れる戦場です。

 だから、わたくしも社交に励んでおりましたの。
 

 ほら、あるでしょう? なんとなくおしゃべりが途切れ、人々の注意が散漫になる瞬間が。

 それはどんなパーティでも、一回は訪れる魔の時です。

 大抵の場合なにも起きずにすぐ消え失せるのですが、騒ぎを起こそうという人間にとっては絶好の機会です。
 簡単に注目を集めることができますからね。

 そして友人の婚約者こそ、騒ぎを引き起こそうと機会をうかがっていた張本人でありました。


 彼は、ごく自然な――と見せかけたぎこちない歩き方で会場の中央に進み出ました。
 おや、と思った友人は、婚約者がまたなにかやらかそうとしているのでは、と心配し、さりげなく後を――


 あ。誤解しないように。

 彼がいつもとんでもない騒ぎをおこしてきたわけではありませんのよ?
 なんというか、彼はいろいろ考えなしなところがあり、それがしばしば困った事態を引き起こしてきたのです。

 一つ一つは些細なこと。

 例えば、生牡蠣が好きなあまり、つつしみを忘れて欲望のおもむくままにむさぼろうとしてしまうとか。
 社交界デビューしたばかりの初々しいお嬢さんの前で、格好をつけたがるとか。
 得たばかりの浅い知識、それも貴族のたしなみとして多くの人が既知のそれを、自慢げに披露しようとするとか。

 でも、この戦場では、そういう些細なことで少しずつ評価を落としていくのが、後々響いてしまうのです。

 よく覚えておくように。


 友人にとって、将来結婚する相手の評価が下がっていく事態は好ましくありません。
 何度かこういう事態に遭遇していたので、気づいた時はフォローするよう努めていたと言うわけです。
 自分で言うのもなんですが、わたくし頑張っていましたのよ? 先方の御両親から何度も感謝の言葉をかけていただいたくらいですから。
 当の婚約者は、いちいちうるさい女だと、わたく――友人のことをいとわしく思うばかりだったそうですが。

 おほん。友人の話ですからね。わたくしとしたことが感情移入をしてしまいすぎました。

 
 ああ、話がそれてしまいましたね。


 婚約者は会場の中央で立ち止まると、皆の注目を集めようというように両手をあげました。
 そして、後をついてきた友人を、びしり、と指さすと、高らかに

「ホワイト伯爵家のヒヤシンスよ。私、ブラック伯爵家のカボチャはお前との婚――」

 例の奴です。

『婚約破棄』そしておそらくそれに続くのは『真実の愛をみつけた』です。

 かなりまずい組み合わせです。


 幸い、台詞はここで停止しました。

 婚約者が宙を舞ってからです。

 なぜって、友人が婚約者のあごへアッパーをさしあげたから。

 アッパーがわかりませんの?

 アッパーというのは、格闘技の技のひとつで、正式名称はアッパーカットです。
 ぎゅっと固めたコブシで相手の顎を下から撃ち抜くようにパンチする技なのですよ。
 こんな感じで脇をきゅっと締めて、なるべく最短距離で――

 あ。それは知っているのですか。ならばなぜ不思議な顔を?

 貴族の子女がアッパーをつかえるのが不思議?

 たしかに使える方は多数派ではないですが、嗜みとして身につけさせている家も多いのですよ。
 相手を一瞬のうちにしゃべれなくして、まずい台詞を最後まで言わせずに済みますからね。

 怯えた顔をしないの。舞ったといってもせいぜい、床から足が頭一個分くらい離れただけですよ。


 盛大に舌をかんで、ぐぇ、という声を漏らした彼を、

「あら、大変! カボチャ様が肉を噛みきろうとして舌を噛んでしまったわ! しゃべってはだめよ! さぁ外へ」

 友人は説明的な台詞を言いながら、その口を手で塞ぐと、手早く会場の外へ連れ出しました。
 カボチャは、もごもご、もごもごっ、と何か言いたそうでしたが、言わせてはなりません。
 貴重なアッパーが無駄になってしまいます。


 じたばたするカボチャを誰もいない廊下へ連れ出しました。

 誰もいないのは不自然ではありません。
 だって、周囲から見ていればわかりますもの。
 彼が何かやらかそうとした、それを婚約者が身を挺して止めた。
 婚約者に相応しい献身的な態度です。
 見て見ぬふりをするのが紳士淑女のたしなみというものですものね。


「素晴らしいアッパーだったわ」

 友人が声に振り返ると、挨拶くらいはしたことがあるけれど、それ以上の付き合いのない貴族令嬢が立っておりました。

 オレンジ伯爵家のヒマワリ嬢でした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

処理中です...