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10.さようなら王都。さようなら女たち。
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初夜が明けた朝一で。
お気の毒なヒロインを連れて法律事務所へ出かけた。
アンナン侯爵からもらった新居の所有権をオレから女へ移し。
『白い結婚』契約を書面でまとめて、お互いに一組ずつ持つようにしておく。
2年の『白い結婚』期間の間は、オレの給料の三分の二と人件費の一部は送金するということも明記しておいた。
半分から三分の二に変更したのは、王都の方が物価が高いからだ。
ついでに、双方の名前を入れれば完成の離婚届も作って、気の毒な女に渡した。
「2年経ったら、君がここにサインを入れて、オレの勤務先へ送ってくれれば、すぐにサインを入れて返送するから、あとは君が役所に出せば離婚できるってわけだ」
「……」
「オレが直接役所に送ってもいいけど。そうする?」
「……」
応答はない。こっちも期待してないけどね。
「判った。では、君が役所に出してね」
それが終わると、銀行へ行って気の毒な女のために口座を作る。
次に、口入屋へ行って、新しい侍女と召使と料理人と門番兼護衛を紹介して貰う。
門番兼護衛を足したのは、あばずれキャサリンや実家からのいやがらせを考えてのことだ。
信頼できそうで腕のいいベテランで固めたので、少々お高くついたが仕方がない。
「今、雇った人たちは、君が雇ったということにしておく。そして、君が自分の手で給料を渡すんだ」
「……」
「オレの財布から出ているのではなく、そっちの財布から出ているようにしておく。誰が人事権を持っているかはっきりさせるんだ。そうすれば忠誠は得られなくても、支持はしてもらえるから」
こうしておけば、気の毒な女が奉公人たちに軽んじられることはないだろう。
学園生時代、生活費稼ぎであちこちで働いたけど。
お賃金をもらうとき、渡してくれた人が輝いて見えたもんだ。
「この分のお金は、契約に書いた通り、そちらへ送金する額に足す。ただし、これ以上雇い人を増やす時は、そっちの財布から払ってくれ」
「……」
聞いてるのかな?
まぁ、本人には才能があるそうなんで、オレごときの忠告はいらないかもだけどさ。
最後に、学園生時代、引っ越しの荷物運びとして雇われたことのある女医を紹介した。
肌身を見せるのだから、女医のほうがいいだろうし。
普通の町医者や、平民や下級貴族出身の医者だと、W侯爵家の圧力に簡単に屈してしまうだろうけど。
「あの人は、力のある侯爵家の3女だそうなんで、そこは安心していいと思う」
「……」
聞いてるのやらいないのやら。
まぁいいけど。
平凡で凡庸なオレのいう事なんて、聞くだけ無駄ってことかもしれないし。
悲劇のヒロインは終始何か言いたげで、オレをちらっと見ては、目をそらした。
「でも……こんなモブ顔は、やっぱり……ピョートル様の方が……」
と呟くのが聞こえた。
モブ顔というのは、なんだか判らないが、多分、いい意味ではないだろう。
二度と会わないだろうから、どうでもいいけど。
用事を済まして、彼女を家へ送り届けたあと。
オレはマリー宛に「有力侯爵家2家の強制で急に結婚が決められてしまった。今までありがとう」みたいな短い手紙を書いて彼女の下宿あてに投函した。
いくらでも長い手紙を書けそうだったけど、一度書き出したら止まらなくなりそうだった。
そうしたら今更どうしようもない泣き言を大量生産してしまったかもしれない。
マリーならこれで察してくれるだろう。
万が一、察してくれなくても、あんな珍事だ、誰かから面白おかしく顛末を聴くことになるだろう。
それに、マリーはオレより遥かに要領がいい。
すぐに気持ちを切り替えて、オレがいない人生を歩んでいくだろう。
こうしてオレは。
婚約間際だった女と。
結婚したばかりの気の毒な女の。
両方とさようならして。
与えられた勤め先である『高い城』へ向かったのだった。
お気の毒なヒロインを連れて法律事務所へ出かけた。
アンナン侯爵からもらった新居の所有権をオレから女へ移し。
『白い結婚』契約を書面でまとめて、お互いに一組ずつ持つようにしておく。
2年の『白い結婚』期間の間は、オレの給料の三分の二と人件費の一部は送金するということも明記しておいた。
半分から三分の二に変更したのは、王都の方が物価が高いからだ。
ついでに、双方の名前を入れれば完成の離婚届も作って、気の毒な女に渡した。
「2年経ったら、君がここにサインを入れて、オレの勤務先へ送ってくれれば、すぐにサインを入れて返送するから、あとは君が役所に出せば離婚できるってわけだ」
「……」
「オレが直接役所に送ってもいいけど。そうする?」
「……」
応答はない。こっちも期待してないけどね。
「判った。では、君が役所に出してね」
それが終わると、銀行へ行って気の毒な女のために口座を作る。
次に、口入屋へ行って、新しい侍女と召使と料理人と門番兼護衛を紹介して貰う。
門番兼護衛を足したのは、あばずれキャサリンや実家からのいやがらせを考えてのことだ。
信頼できそうで腕のいいベテランで固めたので、少々お高くついたが仕方がない。
「今、雇った人たちは、君が雇ったということにしておく。そして、君が自分の手で給料を渡すんだ」
「……」
「オレの財布から出ているのではなく、そっちの財布から出ているようにしておく。誰が人事権を持っているかはっきりさせるんだ。そうすれば忠誠は得られなくても、支持はしてもらえるから」
こうしておけば、気の毒な女が奉公人たちに軽んじられることはないだろう。
学園生時代、生活費稼ぎであちこちで働いたけど。
お賃金をもらうとき、渡してくれた人が輝いて見えたもんだ。
「この分のお金は、契約に書いた通り、そちらへ送金する額に足す。ただし、これ以上雇い人を増やす時は、そっちの財布から払ってくれ」
「……」
聞いてるのかな?
まぁ、本人には才能があるそうなんで、オレごときの忠告はいらないかもだけどさ。
最後に、学園生時代、引っ越しの荷物運びとして雇われたことのある女医を紹介した。
肌身を見せるのだから、女医のほうがいいだろうし。
普通の町医者や、平民や下級貴族出身の医者だと、W侯爵家の圧力に簡単に屈してしまうだろうけど。
「あの人は、力のある侯爵家の3女だそうなんで、そこは安心していいと思う」
「……」
聞いてるのやらいないのやら。
まぁいいけど。
平凡で凡庸なオレのいう事なんて、聞くだけ無駄ってことかもしれないし。
悲劇のヒロインは終始何か言いたげで、オレをちらっと見ては、目をそらした。
「でも……こんなモブ顔は、やっぱり……ピョートル様の方が……」
と呟くのが聞こえた。
モブ顔というのは、なんだか判らないが、多分、いい意味ではないだろう。
二度と会わないだろうから、どうでもいいけど。
用事を済まして、彼女を家へ送り届けたあと。
オレはマリー宛に「有力侯爵家2家の強制で急に結婚が決められてしまった。今までありがとう」みたいな短い手紙を書いて彼女の下宿あてに投函した。
いくらでも長い手紙を書けそうだったけど、一度書き出したら止まらなくなりそうだった。
そうしたら今更どうしようもない泣き言を大量生産してしまったかもしれない。
マリーならこれで察してくれるだろう。
万が一、察してくれなくても、あんな珍事だ、誰かから面白おかしく顛末を聴くことになるだろう。
それに、マリーはオレより遥かに要領がいい。
すぐに気持ちを切り替えて、オレがいない人生を歩んでいくだろう。
こうしてオレは。
婚約間際だった女と。
結婚したばかりの気の毒な女の。
両方とさようならして。
与えられた勤め先である『高い城』へ向かったのだった。
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