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55.『高い城』攻防戦 二日目 午後(2) 婚約破棄事件の裏側
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ニコライがオレ達の前に現れたのは、オレが学園に入ったのと同じ年。
今から5年前だ。
ニコライがオレの元奥方に近づいたのは、義妹や家族に虐げられていた彼女への同情からだったのか、それもまた計画の一環だったのか。その辺は判らない。
だけど、なんらかの役目を与えられて送り込まれていたのだろう。
恐らくは、情報収集及び情報工作か。
だから、あの新聞とも関係があるのだろう。
だとすれば、5年。いやもっと前から、この計画は動いていたのだ。
元王太子の元婚約者をめぐる一連の騒動にしてもそうだ。
普通、婚約破棄をされたその場で、別の男から婚約を申し込まれて、即座に受けるだろうか?
当然、事前の接触があった、と考えるべきだ(一目ぼれというものがないとは言わないが)
そもそも、公衆の面前で婚約破棄を行う王太子なんてロクもんじゃない(不敬だなー)。
そのロクでもなさは、他の面にも表れていたはず。
元奥方の元婚約者だったアホボンボンと同じく悪評を振りまいていたのだろう。
王位をついでいい人間じゃないと考えていた貴族も多かったろうね。
そんな愚か者を王妃の一粒だねだというだけで王位につけようとしていた王家を、あんなのを許していいのか? という目で見ている者たちがいたとしたら、気持ちはわからないでもない。
愚行をしでかしたのが王太子自身だったとしても、なぜ、誰も止めない?
王家が何もしなかったのは、判らないではない。
若気の至りとか、そこまでバカではないだろうとか。
そういう常識的かつ希望的な観測だったのだろう。
仮にオレが王家の人間だったとしても『いくらアホボンボン王子とはいえ、そこまでバカなことはするはずないよなー』と考えてたろう。
それで見逃されていて、さらに取り巻きが協力していた。
それでますます増長する。
だけど、それだけで、元王太子があの所業をしでかせた、とは思えない。
多分、王太子の愚行を陰から支援した奴らがいたのだ。
会場から王宮への連絡を遅れさせる、とか、まずい人物を会場からとおざけておく、とか。
あの地下牢伯爵の親や、あいつを『高い城』の後任にした手続きの実行者たちなんかも怪しい。
王太子は愚行を利用されたのだ(愚かすぎて被害者とはいいがたいけどね)。
その場で婚約破棄をすることすら事前に知られていたのだろう。
なんのためか。
王位継承権をもつ侯爵令嬢を、帝国の第二皇子と娶わせるためだ。
帝国はドラビタの王位継承権保持者を手に入れられるのだから。
だとすれば。
この『高い城』への侵攻も随分と前から計画されていたということになる。
なぜここが狙われたか。理由はオレが赴任して来た時の『高い城』の有様で簡単に推測できる。
左遷先で、汚職の巣で、兵も少数。しかも兵のうちかなりの人数が冤罪で送り込まれた被害者。
まともな城塞として機能するとは考えられてなかったからだ。
実際、オレがここへ赴任するまで、何もかもがいい加減で投げやりで不正だらけだった。
そんな脆弱な場所を落とすのに、なぜ多数の正規兵を傭兵に偽装してまで動員したのか。
『高い城』のために動員したのじゃない。
敵にとって『高い城』なんか路傍の石ころにも及ばない。
王都を制圧するために、正規兵を傭兵に偽装しておいたのだ。
となれば、オレの予想は間違っていた。
敵の中核は、第二皇子随員300だけではない。
今の攻撃に参加しているのが正規軍だとすれば、おそらくその2倍はいる。
その推算だって楽観的すぎるだろう。1000か、王都の兵と同数の2000か。
いや、3000いたって不思議はない。
敵は決戦兵力を、投入して来たのだ。
バルガスの声がオレを現実に引き戻した。
「お! 傭兵隊長をひとり倒しましたぜ!」
悪目立ちする紅い羽根飾りをつけた傭兵隊長(偽)が目に矢を受けて倒れたが、その部隊は接近をやめない。
突撃路の残骸や死体を遮蔽物にして、城壁への接近を続けている。
接近してくる奴らをよくよく見れば、銀髪混じり奴らが多い。
「帝国人だな……」
彼らはニコライほどでないにしても銀髪が混じっている者が多いのだ。
おおおおおおおおおおお!
喚声があたりにとどろいた。
右翼の城壁’(敵から見れば左翼)の真下から、黒鉄の鎧をまとった敵兵達が湧き出して来た。
地面から湧き出したようだった。
「なにぃ。一体ぇあいつらどこから!?」
「! 土塁だ! あれは……地下を掘って出た土だったんだ!」
あの土はどこから来たのか。
オレ達はあの土塁の背後に塹壕が掘られているのかと思っていた。
土塁には堀か塹壕がセットだからだ。
ちがったんだ。
午前の戦闘でこちらが破壊し、地面に放置されていた天井用の盾の下だ。
敵は、その下を掘って通路にしてたんだ!
前回の倍以上の敵が一度に右翼の城壁にとりついてくる。
しかも、敵兵の防御は硬く、容易に倒せない。
「すぐ攻撃してこなかったのは、地面の下に安全な通路を作っていたからだったのか!」
次々と右翼の城壁に梯子がかけられ、投げ縄が石壁の隙間や突起にひっかけられる。
そのうえ、氷がすっかり解けて剥き出しになった岩壁に、いくつもの手がかり足掛かりを見つけたらしい。城壁の下の岩壁からも敵兵達は登ってくる。
敵は右翼が梯子や投げ縄なしに登攀可能なのを知っていたのだ。
おそらく、午前の終わりには氷が解けていたから、その時、何人かが上りかけたのだろう。
地下通路が掘られたのも、右翼側へだけ。敵の狙いは右翼だ。
しかも早い。
午前の雑多な傭兵達とは違う生物みたいだ。
城壁の兵は、梯子や縄で登ってくる敵をさばくのに精一杯。
誰が見ても危機的な状況だ。
だけど。
オレはその光景を見て、かえって落ち着いた。
今から5年前だ。
ニコライがオレの元奥方に近づいたのは、義妹や家族に虐げられていた彼女への同情からだったのか、それもまた計画の一環だったのか。その辺は判らない。
だけど、なんらかの役目を与えられて送り込まれていたのだろう。
恐らくは、情報収集及び情報工作か。
だから、あの新聞とも関係があるのだろう。
だとすれば、5年。いやもっと前から、この計画は動いていたのだ。
元王太子の元婚約者をめぐる一連の騒動にしてもそうだ。
普通、婚約破棄をされたその場で、別の男から婚約を申し込まれて、即座に受けるだろうか?
当然、事前の接触があった、と考えるべきだ(一目ぼれというものがないとは言わないが)
そもそも、公衆の面前で婚約破棄を行う王太子なんてロクもんじゃない(不敬だなー)。
そのロクでもなさは、他の面にも表れていたはず。
元奥方の元婚約者だったアホボンボンと同じく悪評を振りまいていたのだろう。
王位をついでいい人間じゃないと考えていた貴族も多かったろうね。
そんな愚か者を王妃の一粒だねだというだけで王位につけようとしていた王家を、あんなのを許していいのか? という目で見ている者たちがいたとしたら、気持ちはわからないでもない。
愚行をしでかしたのが王太子自身だったとしても、なぜ、誰も止めない?
王家が何もしなかったのは、判らないではない。
若気の至りとか、そこまでバカではないだろうとか。
そういう常識的かつ希望的な観測だったのだろう。
仮にオレが王家の人間だったとしても『いくらアホボンボン王子とはいえ、そこまでバカなことはするはずないよなー』と考えてたろう。
それで見逃されていて、さらに取り巻きが協力していた。
それでますます増長する。
だけど、それだけで、元王太子があの所業をしでかせた、とは思えない。
多分、王太子の愚行を陰から支援した奴らがいたのだ。
会場から王宮への連絡を遅れさせる、とか、まずい人物を会場からとおざけておく、とか。
あの地下牢伯爵の親や、あいつを『高い城』の後任にした手続きの実行者たちなんかも怪しい。
王太子は愚行を利用されたのだ(愚かすぎて被害者とはいいがたいけどね)。
その場で婚約破棄をすることすら事前に知られていたのだろう。
なんのためか。
王位継承権をもつ侯爵令嬢を、帝国の第二皇子と娶わせるためだ。
帝国はドラビタの王位継承権保持者を手に入れられるのだから。
だとすれば。
この『高い城』への侵攻も随分と前から計画されていたということになる。
なぜここが狙われたか。理由はオレが赴任して来た時の『高い城』の有様で簡単に推測できる。
左遷先で、汚職の巣で、兵も少数。しかも兵のうちかなりの人数が冤罪で送り込まれた被害者。
まともな城塞として機能するとは考えられてなかったからだ。
実際、オレがここへ赴任するまで、何もかもがいい加減で投げやりで不正だらけだった。
そんな脆弱な場所を落とすのに、なぜ多数の正規兵を傭兵に偽装してまで動員したのか。
『高い城』のために動員したのじゃない。
敵にとって『高い城』なんか路傍の石ころにも及ばない。
王都を制圧するために、正規兵を傭兵に偽装しておいたのだ。
となれば、オレの予想は間違っていた。
敵の中核は、第二皇子随員300だけではない。
今の攻撃に参加しているのが正規軍だとすれば、おそらくその2倍はいる。
その推算だって楽観的すぎるだろう。1000か、王都の兵と同数の2000か。
いや、3000いたって不思議はない。
敵は決戦兵力を、投入して来たのだ。
バルガスの声がオレを現実に引き戻した。
「お! 傭兵隊長をひとり倒しましたぜ!」
悪目立ちする紅い羽根飾りをつけた傭兵隊長(偽)が目に矢を受けて倒れたが、その部隊は接近をやめない。
突撃路の残骸や死体を遮蔽物にして、城壁への接近を続けている。
接近してくる奴らをよくよく見れば、銀髪混じり奴らが多い。
「帝国人だな……」
彼らはニコライほどでないにしても銀髪が混じっている者が多いのだ。
おおおおおおおおおおお!
喚声があたりにとどろいた。
右翼の城壁’(敵から見れば左翼)の真下から、黒鉄の鎧をまとった敵兵達が湧き出して来た。
地面から湧き出したようだった。
「なにぃ。一体ぇあいつらどこから!?」
「! 土塁だ! あれは……地下を掘って出た土だったんだ!」
あの土はどこから来たのか。
オレ達はあの土塁の背後に塹壕が掘られているのかと思っていた。
土塁には堀か塹壕がセットだからだ。
ちがったんだ。
午前の戦闘でこちらが破壊し、地面に放置されていた天井用の盾の下だ。
敵は、その下を掘って通路にしてたんだ!
前回の倍以上の敵が一度に右翼の城壁にとりついてくる。
しかも、敵兵の防御は硬く、容易に倒せない。
「すぐ攻撃してこなかったのは、地面の下に安全な通路を作っていたからだったのか!」
次々と右翼の城壁に梯子がかけられ、投げ縄が石壁の隙間や突起にひっかけられる。
そのうえ、氷がすっかり解けて剥き出しになった岩壁に、いくつもの手がかり足掛かりを見つけたらしい。城壁の下の岩壁からも敵兵達は登ってくる。
敵は右翼が梯子や投げ縄なしに登攀可能なのを知っていたのだ。
おそらく、午前の終わりには氷が解けていたから、その時、何人かが上りかけたのだろう。
地下通路が掘られたのも、右翼側へだけ。敵の狙いは右翼だ。
しかも早い。
午前の雑多な傭兵達とは違う生物みたいだ。
城壁の兵は、梯子や縄で登ってくる敵をさばくのに精一杯。
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