【本編完結】モブ顔で凡庸なオレが白い結婚で離婚までして悪役認定までされたのに、英雄になってしまった話

隅野せかい

文字の大きさ
78 / 106

 78.オレは怒っているんだ。

しおりを挟む
 司令官の代行を引き受けはしたものの、優秀な3人へ引継ぎは済んでいたから、ちょっとした確認作業だけをやればいい。

 2人の文官さんはベテランで有能らしいから、昨日よりももっと教えるのが簡単なはず。

 そんな程度で日当貰っていいんだろうか……と思っていたんだけど。
 

 マリーに3人の追加指導というか見守りを任せて、オレはベテランらしいふたりへ引継ぎを始めた。

 一通り説明したら、

「君は……どういう教育を受けて来たのかね?」

 いかにも生真面目な文官という感じの先輩方は、オレを睨みつける。

 ヒゲが濃い人と、分厚い眼鏡をかけている人だ。キャラが判りやすい。

「教育? 王立学園でごく普通の教育でした」

 ヒゲの人が、

「その教育ではない! 施設の運営に関しての教育だ! 前任者から引き継いだのを無視しているだろう! 我流が多すぎる! こんなでは引継ぎに支障をきたすじゃないか! 全く、若殿が褒めていたからどんなものかと思っていたら……」

「いません」

 メガネの人が

「そんなはずはないだろう」

「オレがここへ赴任してきた時、前任者は離れた後でした。顔も見たことがありません」

 ベテラン二人は唖然とした顔でオレを見る。

 そりゃそうだよね。常識的に考えて、引継ぎもなしなんてどうかしてる。

 唖然が終わると、今度は疑念に満ちた視線がオレに突き刺さる。

 メガネの人が、神経質にメガネを直しながら

「……にわかには信じられませんね。では、この仕事をどうやって」

「北部の要塞地帯から手引書を借りたり、古参の兵隊さんに教えてもらったりして、なんとか形に。書類の形式などは、中央のものに準拠できたんですが……」

 自己流でやるしかなかったのだけど、いろいろと問題があったらしい。

 ヒゲの人が、オレを犯罪者を見るような目で見る。

「ふん。言い訳にもなっておらん! そもそもここに膨大な手引書があるのだから、他の所から借りる必要がなかろう。経験の浅い若殿は騙せても、我々は騙されん」

 うう……オレ、本当のことしか言っていないのに。

「ダリオン殿の言葉に賛成ですね。あなたの言葉が本当だとすれば、ここには手引書がなかったことになる。しかしちゃんとあります。つまりあなたは底の浅い嘘をついているということですね」

「その手引書。全部オレが作ったんですが……なかったので」

「「は?」」

 あ。全然信じてくれない。

 ないから作っただけなのに。

「手引書が何もなかったので、作りました。施設ごとに手引書は置いておかなければならない、と規則にあるので、作らざるを得ませんでした。我流であることは認めますし、不備だらけなのでしょうが。これを作ったのと同時に、写しを作って中央へも送ったので、ウソと決めつける前に、確認していただけませんか」

 ヒゲがわめいた。

「はっ。ウソでたらめを! こんな量を一人で作れるわけがなかろう!」

 作ったんだけどな……。

 まぁベテランの人から見れば、話にならない出来なのだろう。

 平凡なオレが、一から作ったんだから、そりゃオレより良いものになるわきゃない。

「判りました。オレのは自己流で、役に立たない。箸にも棒にもかからない。その通りなんでしょう。ただ、オレが作ったことは確かなので、その確認だけはお願いします。役立たず、と言われるのは構いませんが、仕事をしていないと言われるのは心外なので。オレがここへ赴任して以降に、提出されたことが証明できるはずです」

 別にね。いいんだよ。出来が悪いと言われるのは。

 若輩者のオレが作ったんだから、完ぺきとは程遠いだろうさ。というかダメダメなんだろう。

 だけど、仕事してなかったって言われるのは、いやだ。

「そちらもそこまで決めつけるんですから、もし、オレがウソをついてなかったら、どうなさるおつもりで?」

 彼らは沈黙した。

 そしてヒゲが、ようやく、

「……はっ。判ったぞ。時間稼ぎでもするつもりだな。小賢しい」

「ああ、そう解釈するんですか。ならばオライオン伯爵に頼んで、あなたがたがお調べになっている間、オレを留置すればいい。そして気のすむまで調査なさればいい。そのあと本当にオレの言ったことがウソだったら打ち首にでもすればいい。オレはしょせん平民ですから。ですが、オレが正しかったらどうするんですか? オレは打ち首で、あなたがたはなんですか? 笑って謝罪でもして済ませるんですか?」

「ならば――」

 ヒゲが言いかけたのを、メガネが遮った。

「ダリオン殿。それ以上は言わない方がよいかと。私はこの青年がウソを言っているとは思えない。信じがたいことではありますが……」

「いいですよ。言っても。オレがウソついて打ち首で、オレがウソをついていないと証明されても、その人は、笑って済ませるんでしょう? いいですね流石は練達の行政官殿は言葉に責任がなくて。これなら朝令暮改も涼しい顔でやってのけるでしょうよ」

 ああ、オレは本当に怒っているんだな。と妙に冷静に思う。

「なっ生意気な! ではわしも首を賭けよう、まぁどうせはったり――」

「では、誓約書を交わしましょう。オレが嘘をついていたら打ち首。オレがウソをついていなければあなたが打ち首。ああもちろんお貴族様だから逃がされたりしていないか確認のためにオレの前でね。ここ数日で、人の死体には慣れたので」

 オレはさらさらと誓約書を書いた。4枚描いた。

 全部にサインをして、ヒゲの前に滑らせる。

「バカな! 貴様正気か! 貴様は死ぬんだぞ!」

「ええ。貴方がね。オレが送った写しは王都に3部。あと、送り状も受取状もありますから、ちゃんと調べてくださいね。ここだけの話になると記憶違いだの偽造だのと言われるかもしれませんから、一通は前オライオン伯爵様に、もう一通はオライオン伯爵様に、あとはオレとあなたで一枚ずつ保管しておきましょう」

 オレはまた書類を2通書いて、サインをしてから、メガネの人の前に滑らせた。

「サインしてください。あと隣の貴方にも、この場に立ち会ったことを示す書類にサインしていただきます」

 徐々にふたりが青ざめていくのが面白かった。

 相手はゲール伯爵にとっては大事な存在なんだろうが構うものか。

 オレをバカにするのはいい。確かに若輩ものだし、未熟だし、平凡で凡庸だ。つまらない男だ。

 戦闘の時も、オレはほとんど何もしていない。

 だけど仕事をしたことまでなかったことにされるのは認めたくない。

 非才なオレには、仕事を精一杯やることくらいしか出来ないからだ。


 メガネの人がとりなすように

「君のいう事が本当なのはよくわかったから」

「そんな風にとりなさなくても結構です。その人の言葉が紙よりも軽いことは、サインをしないことからもよくわかります。自分の吐き出した言葉に全く責任がないってわけだ」

 オレは、ヒゲの向かって口調だけは慇懃に。

「そういう人の言葉に重みをもたせる唯一の方法は契約です。契約を結んだらお互い従う。実に判りやすい。さぁサインを。オレがウソをついていると確信していらっしゃるんでしょ? ならサインしても何の問題もないじゃありませんか。飛ぶのはオレの首なんですから。さぁ」

 ヒゲは真っ青になって、ぷるぷる震えている。実に面白い。

 まぁオレみたいなどうでもいい小者に謝るなんて、大ベテランとしては出来ないよね。

 メガネの人が、

「君への無礼の数々心から謝罪する。これ以上は疑義を挟まないから引継ぎを――」

「あなたがとりなしたって、その人は納得してないんでしょう。その証拠に口を開かない。信用できませんね。それにそこまでおっしゃるんですから、詐欺師でうそつきのオレがいなくても、いや、いないほうが、さぞや、立派なお仕事ができるんでしょう。ああ、ちなみに――」

 オレは手を伸ばすと、ふたりから手引書をとりあげて、立ち上がる。

「オレが書いたものなんていりませんよね。一から全部作ったほうがやりやすいでしょう。では」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ここはあなたの家ではありません

風見ゆうみ
恋愛
「明日からミノスラード伯爵邸に住んでくれ」 婚約者にそう言われ、ミノスラード伯爵邸に行ってみたはいいものの、婚約者のケサス様は弟のランドリュー様に家督を譲渡し、子爵家の令嬢と駆け落ちしていた。 わたくしを家に呼んだのは、捨てられた令嬢として惨めな思いをさせるためだった。 実家から追い出されていたわたくしは、ランドリュー様の婚約者としてミノスラード伯爵邸で暮らし始める。 そんなある日、駆け落ちした令嬢と破局したケサス様から家に戻りたいと連絡があり―― そんな人を家に入れてあげる必要はないわよね? ※誤字脱字など見直しているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

妹の方が良かった?ええどうぞ、熨斗付けて差し上げます。お幸せに!!

古森真朝
恋愛
結婚式が終わって早々、新郎ゲオルクから『お前なんぞいるだけで迷惑だ』と言い放たれたアイリ。 相手に言い放たれるまでもなく、こんなところに一秒たりとも居たくない。男に二言はありませんね? さあ、責任取ってもらいましょうか。

処理中です...