【本編完結】モブ顔で凡庸なオレが白い結婚で離婚までして悪役認定までされたのに、英雄になってしまった話

隅野せかい

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 80.すごくドキドキする。

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 ドアがノックされて、びっくりした。

 この『高い城』で、そんなことをする人間はセンセイくらいしかいなかったからだ。

「はい……え!?」

 入って来たのはセンセイだったが、なぜか、上下びしっとした洒落た正装をしている。

「今日の引継ぎはここまで。一日で終わらせる必要もなかろうしな」

「でも、いつ、次の人が来るか――」

「若親分よぉ。仕事仕事もいいけどよぉ。人間にはヨユーってのも必要だぜ」

「その恰好は!?」

 なんとバルガスまで、いつもと服が違う。

 いつもと同じ軍服なのだけど、ノリが利いてきて折り目がパリッとしてて、しかも似合わない蝶ネクタイをつけている!

「をい、ゴロツキども! オレ達の司令官閣下の男前をあげてさしあげろ!」

「な、なにをっ!? わぁぁぁぁぁぁ」

 オレは雪崩れ込んで来た兵隊さん達(なぜかみんなバルガスと同じようにパリッとしている)に羽交い絞めにされ連行されてしまった。

 連行された先で。

 まず風呂に放り込まれ、清潔な下着に着替えさせられ。

 採寸され、仮縫いされ、着せられ、また修正され。また着せられ。

 その間にも、髪をとかされ、整えられ、ちょっとした化粧までされ。

 上下揃いの正装を着せられて、鏡の前に立たされて。

 鏡には、髪を七三で分け、一部の隙もなく整え、パリッとした上下白で揃いの正装を着た男前が……いなかった。


「……」

 オレって、なんでここまで手をかけてもらって凡庸なの!?

 実は鏡の前に立たされた時、これだけしてもらったんだから、オレもいつもよりちょっとはパリッとして男前なはず! とか期待してしまったんで、がっかり。

「そ、そんな……俺の腕でもここまでだなんて!」

 王都で仕立て屋をやっていたというブラウンさんが、がっくりと膝をついてしまった。

「閣下は……何を着ても凡庸ですなぁ。あきらかに服に着られておりますなぁ」

 とセンセイには苦笑交じりに言われ

「まぁ、それが若親分ってぇもんよ」

 どういう意味だよ。

 と言う間もなく、オレは関所の王国側出口へと連行された。

 前オライオン伯が、やはり正装を着て待っていて。

「はっはっは! 貴殿は何を着ても変わらんな。拙者もここまで変わらない御仁は見たことがないわい! これはこれでまたヨシ!」

 その隣に、ドレスを着たふくよかな御婦人がいるけど、誰?

「『高い城』司令官ヒース様ですね? 前オライオン伯爵ミランの妻ジェルソミーナでございます」

「!?」

 は、伯爵夫人!? つまりガハハの前伯爵ミランさんの奥方で、真面目そうで実は怖い現伯爵ゲールさんと、腕っぷしが強いゲオルグさんのお母様!?

「あ、え、ええと……今日は……」

 と言いかけたものの、何を言えばいいんだろう。

 そもそも何が起きようとしているんだ?



「では、参りますかの!」

「若親分! 好いた女に一生に一度の晴れ舞台を華やかに勤めさせるのも、男の大切なお仕事ですぜ!」

 目の前にある、『高い城』の王国側の出口が、兵隊さんたちの手で開かれた。

 オレは、センセイとバルガスに挟まれたまま、そこから出る。


 冬で、陽も落ちかけているのに、春の気配が濃くてあたたかく。

 夕暮れが忍び込み始めた空は、まぶしく黄金色に輝いていた。

「!」

『高い城』で行った競技会で、何度も舞台となった広場には、テーブルがずらりと並べられていた。

『高い城』で使われていた長いテーブルが持ち出されているらしいけど、その上には真っ白なテーブルクロスが掛けられている。

 テーブルについている人達。

『高い城』で生き残った兵隊さん達、義勇軍の人達、麓の村のひとたち、オライオン伯爵の軍の人達。

 オレに拍手をしてくれるたくさんの人達。

 そして料理料理料理料理!

 その全てが、太陽の黄金色に染まっている。

 テーブルのつらなりの中央部には、広い道が作られ、そこにはどこからか運ばれて来たらしき赤じゅうたんが敷かれている。

 その上を、バルガスとセンセイに挟まれたまま、オレは歩いていく。

「もしかして……祝勝会? でも、亡くなった人の弔いもまだちゃんとは……」

 2年間の間に『高い城』で知った300人。

 亡くなってしまった人の顔は全員思い出せる。

 センセイがどこか明るい調子で、

「これが彼らへの最高のお弔いですぞ。彼らだって、これを見たがってたはずですからの」

「ゴロツキどもが柄にもなく命を懸けた理由だぜ」

 オレはふたりに伴われたまま道を進み、目に鮮やかな蒼い布と、白い花々に飾られた台の上へ連れて来られた。

 この広場でスピーチをするときに使っている台がきれいに飾られているんだ。


 ひときわ拍手が大きくなる。


「新婦さんの入場ですぜ」

 オレは振り返った。

「マリー……」

 前オライオン伯と、その夫人に伴われて、きれいな人があらわれた。

 マリーは、夢のようにふわふわな白いレースを幾重にも重ねたドレスを着ていた。

 手には大きな花束をもっている。

 冬なのに、赤白黄色紫といろとりどりの花々。

 ほんとうに夢の中からあらわれた人みたいだった。きれいだった。

 肩までの黒い髪と一輪だけ刺された満開の紅い花が、白いレースのヴェールに映えて、きれいだった。

 うん。オレって語彙力がないよな。きれいしか言えない。

 でも、しょうがないじゃないか、マリーはきれいで……しかもオレの彼女で恋人で奥さんなんだから。


 マリーは顔をあげた。オレを見た。

 オレもマリーを見た。


 物音も周りの風景もみんな消えていく。

 嵐のような拍手が、ぼんやりと聞こえる。

 マリーだけが見える。


 ちいさな黒い瞳に、オレが映っているんだろう。どう見えるんだろう。

 平凡で凡庸って見えるんだろうな。こんな男で後悔していないだろうか。

 そうだとしても、オレは彼女以外はいない、と思った。


 ゆっくりと彼女が近づいてくる。

 素晴らしくふわふわした夢の水位があがって、なにもかもが熱くなっていく。

 ドキドキしている。

 困ったな。すごくドキドキしている。


 マリーがオレの目の前まで来て、ふたりに伴われて台へあがってきた。

 夫人がマリーが持っていた花束をうけとりながら何かをマリーに耳打ちした。

 マリーは驚いて、拒もうとしたみたいだけど、夫人は素早く台から降りてしまった。


 オレ達は台の上に、むかいあってふたりきりで立っている。

 世界にふたりきりみたいだった。

 マリーがうつむいたままちいさな声で、

「……似合ってないと思ってるでしょう?」

「似合ってる。それにひきかえオレって平凡で凡庸でしょう?」

「ううん。って言いたいけど、ヒースはそれでいいのよ」

「いいの?」

 マリーは顔をあげた。ほほが薄紅いろに染まっていた。

 きれいだった。

 今すぐキスしてしまいたいくらいだ。

「いいの。あたしはヒースがいいの」

「オレもマリーがいい。マリーじゃなくっちゃいやだ」


 ああ、そうか。

 オレって彼女がすごくすきなんだな。

 この瞬間、彼女が目の前から消えたら、オレも消えてしまうくらいにすきなんだな。

 これからも何度でも気づくだろう。


「それから……これ」

 マリーはオレの手に何かを押し付けてきた。

 濃紺のビロードのちいさな箱だった。

「なに?」

「……断り切れなくて」

 箱を開けると、蒼く透き通ったちいさな宝石付きの金の指輪が収まっていた。

「これは……?」

「前伯爵夫人が、娘が好きな人と一緒になるときに備えて、その指輪を作っておいたんだって……だけど男の子しか生まれなかった……だからあたしにって……」

 オレは、前伯爵夫人を見た。

 夫人は、うなずいた。あなたがつけなさいと目でおっしゃる。

 慎重に指輪をとりだすと、マリーの手をそっととった。

 細いけど、あちこちが固くなった手。

 働いている人の手。オレと似た固くなり方をしている手。

 そっと指輪をはめた。

「あ……ぴったり……」

 マリーのために用意されてたみたいだった。


 拍手と指笛が嵐のようだった。


 オレ達はキスした。


 マリーとはじめて両思いだと判った時。

 はじめて結ばれた時。

 ずっと一緒にいてほしいと申し込んで受け入れてもらった時。

 死が迫っている中で、兵隊さん達に結婚式をしてもらった時。

 そのたびに、こんなにしあわせでいいのか、と思った。

 そして今日。

 マリーと一緒だと、何度しても、しあわせになれる。

 不思議でステキだ。

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