80 / 106
80.すごくドキドキする。
しおりを挟むドアがノックされて、びっくりした。
この『高い城』で、そんなことをする人間はセンセイくらいしかいなかったからだ。
「はい……え!?」
入って来たのはセンセイだったが、なぜか、上下びしっとした洒落た正装をしている。
「今日の引継ぎはここまで。一日で終わらせる必要もなかろうしな」
「でも、いつ、次の人が来るか――」
「若親分よぉ。仕事仕事もいいけどよぉ。人間にはヨユーってのも必要だぜ」
「その恰好は!?」
なんとバルガスまで、いつもと服が違う。
いつもと同じ軍服なのだけど、ノリが利いてきて折り目がパリッとしてて、しかも似合わない蝶ネクタイをつけている!
「をい、ゴロツキども! オレ達の司令官閣下の男前をあげてさしあげろ!」
「な、なにをっ!? わぁぁぁぁぁぁ」
オレは雪崩れ込んで来た兵隊さん達(なぜかみんなバルガスと同じようにパリッとしている)に羽交い絞めにされ連行されてしまった。
連行された先で。
まず風呂に放り込まれ、清潔な下着に着替えさせられ。
採寸され、仮縫いされ、着せられ、また修正され。また着せられ。
その間にも、髪をとかされ、整えられ、ちょっとした化粧までされ。
上下揃いの正装を着せられて、鏡の前に立たされて。
鏡には、髪を七三で分け、一部の隙もなく整え、パリッとした上下白で揃いの正装を着た男前が……いなかった。
「……」
オレって、なんでここまで手をかけてもらって凡庸なの!?
実は鏡の前に立たされた時、これだけしてもらったんだから、オレもいつもよりちょっとはパリッとして男前なはず! とか期待してしまったんで、がっかり。
「そ、そんな……俺の腕でもここまでだなんて!」
王都で仕立て屋をやっていたというブラウンさんが、がっくりと膝をついてしまった。
「閣下は……何を着ても凡庸ですなぁ。あきらかに服に着られておりますなぁ」
とセンセイには苦笑交じりに言われ
「まぁ、それが若親分ってぇもんよ」
どういう意味だよ。
と言う間もなく、オレは関所の王国側出口へと連行された。
前オライオン伯が、やはり正装を着て待っていて。
「はっはっは! 貴殿は何を着ても変わらんな。拙者もここまで変わらない御仁は見たことがないわい! これはこれでまたヨシ!」
その隣に、ドレスを着たふくよかな御婦人がいるけど、誰?
「『高い城』司令官ヒース様ですね? 前オライオン伯爵ミランの妻ジェルソミーナでございます」
「!?」
は、伯爵夫人!? つまりガハハの前伯爵ミランさんの奥方で、真面目そうで実は怖い現伯爵ゲールさんと、腕っぷしが強いゲオルグさんのお母様!?
「あ、え、ええと……今日は……」
と言いかけたものの、何を言えばいいんだろう。
そもそも何が起きようとしているんだ?
「では、参りますかの!」
「若親分! 好いた女に一生に一度の晴れ舞台を華やかに勤めさせるのも、男の大切なお仕事ですぜ!」
目の前にある、『高い城』の王国側の出口が、兵隊さんたちの手で開かれた。
オレは、センセイとバルガスに挟まれたまま、そこから出る。
冬で、陽も落ちかけているのに、春の気配が濃くてあたたかく。
夕暮れが忍び込み始めた空は、まぶしく黄金色に輝いていた。
「!」
『高い城』で行った競技会で、何度も舞台となった広場には、テーブルがずらりと並べられていた。
『高い城』で使われていた長いテーブルが持ち出されているらしいけど、その上には真っ白なテーブルクロスが掛けられている。
テーブルについている人達。
『高い城』で生き残った兵隊さん達、義勇軍の人達、麓の村のひとたち、オライオン伯爵の軍の人達。
オレに拍手をしてくれるたくさんの人達。
そして料理料理料理料理!
その全てが、太陽の黄金色に染まっている。
テーブルのつらなりの中央部には、広い道が作られ、そこにはどこからか運ばれて来たらしき赤じゅうたんが敷かれている。
その上を、バルガスとセンセイに挟まれたまま、オレは歩いていく。
「もしかして……祝勝会? でも、亡くなった人の弔いもまだちゃんとは……」
2年間の間に『高い城』で知った300人。
亡くなってしまった人の顔は全員思い出せる。
センセイがどこか明るい調子で、
「これが彼らへの最高のお弔いですぞ。彼らだって、これを見たがってたはずですからの」
「ゴロツキどもが柄にもなく命を懸けた理由だぜ」
オレはふたりに伴われたまま道を進み、目に鮮やかな蒼い布と、白い花々に飾られた台の上へ連れて来られた。
この広場でスピーチをするときに使っている台がきれいに飾られているんだ。
ひときわ拍手が大きくなる。
「新婦さんの入場ですぜ」
オレは振り返った。
「マリー……」
前オライオン伯と、その夫人に伴われて、きれいな人があらわれた。
マリーは、夢のようにふわふわな白いレースを幾重にも重ねたドレスを着ていた。
手には大きな花束をもっている。
冬なのに、赤白黄色紫といろとりどりの花々。
ほんとうに夢の中からあらわれた人みたいだった。きれいだった。
肩までの黒い髪と一輪だけ刺された満開の紅い花が、白いレースのヴェールに映えて、きれいだった。
うん。オレって語彙力がないよな。きれいしか言えない。
でも、しょうがないじゃないか、マリーはきれいで……しかもオレの彼女で恋人で奥さんなんだから。
マリーは顔をあげた。オレを見た。
オレもマリーを見た。
物音も周りの風景もみんな消えていく。
嵐のような拍手が、ぼんやりと聞こえる。
マリーだけが見える。
ちいさな黒い瞳に、オレが映っているんだろう。どう見えるんだろう。
平凡で凡庸って見えるんだろうな。こんな男で後悔していないだろうか。
そうだとしても、オレは彼女以外はいない、と思った。
ゆっくりと彼女が近づいてくる。
素晴らしくふわふわした夢の水位があがって、なにもかもが熱くなっていく。
ドキドキしている。
困ったな。すごくドキドキしている。
マリーがオレの目の前まで来て、ふたりに伴われて台へあがってきた。
夫人がマリーが持っていた花束をうけとりながら何かをマリーに耳打ちした。
マリーは驚いて、拒もうとしたみたいだけど、夫人は素早く台から降りてしまった。
オレ達は台の上に、むかいあってふたりきりで立っている。
世界にふたりきりみたいだった。
マリーがうつむいたままちいさな声で、
「……似合ってないと思ってるでしょう?」
「似合ってる。それにひきかえオレって平凡で凡庸でしょう?」
「ううん。って言いたいけど、ヒースはそれでいいのよ」
「いいの?」
マリーは顔をあげた。ほほが薄紅いろに染まっていた。
きれいだった。
今すぐキスしてしまいたいくらいだ。
「いいの。あたしはヒースがいいの」
「オレもマリーがいい。マリーじゃなくっちゃいやだ」
ああ、そうか。
オレって彼女がすごくすきなんだな。
この瞬間、彼女が目の前から消えたら、オレも消えてしまうくらいにすきなんだな。
これからも何度でも気づくだろう。
「それから……これ」
マリーはオレの手に何かを押し付けてきた。
濃紺のビロードのちいさな箱だった。
「なに?」
「……断り切れなくて」
箱を開けると、蒼く透き通ったちいさな宝石付きの金の指輪が収まっていた。
「これは……?」
「前伯爵夫人が、娘が好きな人と一緒になるときに備えて、その指輪を作っておいたんだって……だけど男の子しか生まれなかった……だからあたしにって……」
オレは、前伯爵夫人を見た。
夫人は、うなずいた。あなたがつけなさいと目でおっしゃる。
慎重に指輪をとりだすと、マリーの手をそっととった。
細いけど、あちこちが固くなった手。
働いている人の手。オレと似た固くなり方をしている手。
そっと指輪をはめた。
「あ……ぴったり……」
マリーのために用意されてたみたいだった。
拍手と指笛が嵐のようだった。
オレ達はキスした。
マリーとはじめて両思いだと判った時。
はじめて結ばれた時。
ずっと一緒にいてほしいと申し込んで受け入れてもらった時。
死が迫っている中で、兵隊さん達に結婚式をしてもらった時。
そのたびに、こんなにしあわせでいいのか、と思った。
そして今日。
マリーと一緒だと、何度しても、しあわせになれる。
不思議でステキだ。
48
あなたにおすすめの小説
【完結】王妃はもうここにいられません
なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」
長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。
だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。
私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。
だからずっと、支えてきたのだ。
貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……
もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。
「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。
胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。
周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。
自らの前世と、感覚を。
「うそでしょ…………」
取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。
ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。
「むしろ、廃妃にしてください!」
長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………
◇◇◇
強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。
ぜひ読んでくださると嬉しいです!
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ここはあなたの家ではありません
風見ゆうみ
恋愛
「明日からミノスラード伯爵邸に住んでくれ」
婚約者にそう言われ、ミノスラード伯爵邸に行ってみたはいいものの、婚約者のケサス様は弟のランドリュー様に家督を譲渡し、子爵家の令嬢と駆け落ちしていた。
わたくしを家に呼んだのは、捨てられた令嬢として惨めな思いをさせるためだった。
実家から追い出されていたわたくしは、ランドリュー様の婚約者としてミノスラード伯爵邸で暮らし始める。
そんなある日、駆け落ちした令嬢と破局したケサス様から家に戻りたいと連絡があり――
そんな人を家に入れてあげる必要はないわよね?
※誤字脱字など見直しているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
妹の方が良かった?ええどうぞ、熨斗付けて差し上げます。お幸せに!!
古森真朝
恋愛
結婚式が終わって早々、新郎ゲオルクから『お前なんぞいるだけで迷惑だ』と言い放たれたアイリ。
相手に言い放たれるまでもなく、こんなところに一秒たりとも居たくない。男に二言はありませんね? さあ、責任取ってもらいましょうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる