【本編完結】モブ顔で凡庸なオレが白い結婚で離婚までして悪役認定までされたのに、英雄になってしまった話

隅野せかい

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 89。さるお方とか、いかにも怪しいんですけど。

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 王宮での用事はあっさりと終わった。

 定期的に王都へ出す財務報告書をもってきただけだからだ。

 書類だけで済みそうなものだし、実際、オレとは別に書類は送られているのだ。

 つまりこれは形式。

 王家に対して各貴族が直に報告していた頃の名残でしかない。

 それだって本来は、各貴族の当主が直に、王宮へ提出するものだったのだが。

 今や、オレのような当主直属とはいえ下っ端でも問題ないことになっている。

 しかも、オレのような下っ端の場合は、国王陛下と謁見すらない。

 形式なうえに形骸化しているのだ。
 

 こんなので給料もらっていいのというレベル。子供のお遣いだ。

 さて宿に引き上げて、マリーと合流して――


 と思ったんだけど……。


 なぜか、あの使者殿が現れて、

「ヒース・ミソッカ男爵。いえ、ヒース・イグアス男爵。さるお方が貴方と話がしたいと仰っています。ついてきてくださいませんか」

 ヒース・ミソッカ。

 オレがかつて持っていた名前。

 なぜ、そんな名前を今更もちだすのだろう。

「……さるお方とは?」

「その方は、あなたと直に話したいと仰っているのです」

 つまりだ。

 相手の正体が判ってしまえば、男爵であるオレごときでは直に話せなくなる相手。

 そんな人間で、こういう風に人を介して呼ぶ人間はごく限られている。

「それは……命令でしょうか?」

命令ではありません」

 今のところは。

 つまり、断れば命令に切り替える……ということか。

「イグアス卿の身の安全は保障いたしますので、そこはご安心ください」


 逆に言えば、オレの命なんかとるのは簡単だってことか。


 これは表面上どういう語彙で述べられようと、実質的には強制ってことだ。

 やれやれ。


「人を待たせているんけど……」

「貴方方の泊っている宿へは、用事で遅くなるという使者を差し向けておきました」

 最初から遅くなるって宣言してるんだから、強制ってことね。

 断ると言う選択肢はないようだ。


 馬車に乗せられて連れて来られたのは離宮だった。

 先年、廃王太子が逃げ込んで挙兵した離宮。瑞宝宮だ。

 厳重に警戒された大きな鉄門を、馬車に乗ったまま通過する。


 車寄せで下ろされて、あとは徒歩。

 使者殿に先導されてただ歩く。

 左右と背後には二人ずつ6名のがついている。

 監視……だよな。

 というかさ、ここまで来て逃げなんてしませんってば。


 長い長い廊下を幾つも通り抜けていく。

 戦いがあったという割には、被害の痕はない。修復の痕すらない。

 主を喪い、家具調度も運び出され、ただひたすら空っぽだった。

 あちこちにある採光用の大きな天窓から射し込む光に、埃がキラキラ踊っている。

 おそらく、手入れというものもされていないのだろう。


 そして一気に視界が開けると大きな中庭。

 かつては広壮で華やかだったのだろうけど、今や荒れ始めている。

 花壇は雑草で埋め尽くされ、木々は手入れという名の強制から解放されて、好き放題に茂り始めている。


 その中庭の中心に小さなテーブルがひとつだけあり。

 そこで、さるお方は待っていたくださった。

 椅子はふたつ。

 さるお方が座っているのと、向かい側の空っぽのと。

 それぞれの前には、ティーカップが置かれている。


 壁際には護衛が10人ばかりいる。

 使者殿もその列へ引き下がり、オレはさるお方と取り残された。


 さるお方は、年の頃は40ばかりの、地味な男だった。

 だけど、オレと違って、印象は強い。

 特に目だ。

 なんというか、昏い目なんだ。

 猜疑心、という言葉が浮かぶ。

 仕立てのいい服を着ているが、地位や爵位が判るものを何も身に着けていない。


 すっと出てきた執事らしき人が、さるお方の向かい側の席を、ひいいてくれる。

「掛けたまえ」

 掛けたくないんですけど!

 だけど、仕方がない。


「君とは一度会ってみたくてね。でも、ベローナから全く出ようとしないので、こうして来て貰ったというわけだ」

 ベローナ侯爵であるゲールさんでも断れない相手。

「……仕事があるので。それに王都に興味もありませんし」

「興味がないのではなく、憎んでいるのでは? 苦労と厄介ごとだらけだったろう」

 オレは、自分の内心を覗き込んでみた。

「……いいえ。貧乏男爵家の四男坊なら、誰でもするような苦労でしたから」

「だが、飛び切り大きな厄介ごとに巻き込まれたじゃないか」

「もう、昔のことですから」

 男は話しながら、探るような目でオレを見ている。

 いやな視線だ。

 だが、オレには、そういうのから自分を隠すほどの演技力があるわけではない。

 棒読みの名人だからね!

 先方がわざわざ、名前も立場も明かさないのだから、それに応えて、正直にふるまうべきだろう。

「昔、か。君の歳で3年前なら確かにそうだな。それにその厄介ごとがなければ、君は英雄になれなかった」

「オレが英雄ですか?」

「違うというのかね?」

「関所の司令官として、なさねばならないことをしていただけです……しなければ、どんな罪状で捕まるか判ったものではなかったので」

「『白い結婚』など言い出す人間は、ろくでなしと思われても仕方がない、ということか」

「そういうことです」

「仕事で17倍の敵と戦った、と言いたいのかね」

「あの日、あの時、あの場所で司令官だったので。中央から降伏を許可するという通達もありませんでしたし」

 さるお方は、なぜかちいさく笑った。

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