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93.みんな生きていて幸せならいいよね!
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「そういや若親分。オレがそう言ってやったらペラペラ歌い出したバカ3人組。どうなったか知ってますかい?」
「いや。こっちはこっちで忙しかったし」
「……もう昔のことだもの。どうでもいいって感じね」
マリーは余り思い出したくないんだろうな……。
「国を売ろうとした証拠は揃ってたから、死刑になったんじゃないのか?」
帝国関係者からの手紙やら、事前に約定を交わしていたことを示す書状まで見つかってたし。
それ以前に、マリーを弄んでいた時点で、死刑でいいけど。
「あの反乱は、あくまでベローナ侯爵と彼が雇った傭兵達による反乱で処理されてましたからの。帝国関係者と通じていたということ自体が消されてしまったんですぞ」
「あっ……そうか」
「当時、仮即位したばかりの国王陛下としては、帝国とまで衝突したくなかったんでしょうな。ところがそのせいで、帝国と通じていたという書状は無視されてしまい証拠にはならなかったんですな」
「え……まさか、あの筋肉ども助かっちゃったとか!? なんだよそれ!」
マリーを弄んでいたのに! この世には正義はないのか!
「いやいや、あの御仁、閣下から指揮権を奪おうとしていましたからな。あれを、ベローナ侯爵と共謀していた、とみなされて、そっちの罪状で筋肉3人組は死刑ですぞ。書類を自分で用意していたのが動かぬ証拠となってしまったようですな」
「あー……結果は変わらないんだ……」
政治ってめんどう……。
「地下牢伯爵は爵位をとりあげられ、3人とも平民として、ベローナ侯爵の首が晒されてる広場で絞首。そのまま3日ぶらさがったままさらされてから首切られて、ベローナ侯爵と並んで一月ばかりさらされてましたからの」
「うわ……」
反乱の罪だから当然なんだけど、えぐい……。
「それぞれの実家も、当主が関わっていた動かぬ証拠があったウチは、当主は大逆で処刑、家はお取り潰し、そうでねぇウチも爵位を下げられたってよ」
「あのデブは無傷かぁ……」
とマリーが残念そうに言う。
あの時、オレの勧告で退去した形にしちゃったから、敵前逃亡は問えないもんな……。
「かっかっか。流石の姉御もあいつは許せねぇか! もちろん無傷ってぇわけがありませんぜ」
「デブ殿がのさばってた法務省綱紀適正運用局第三室のあれこれにも監査が入りましてな。ベローナ侯爵の手のものから金を貰って、下調べもないまま査察を強行したと認定されましてな。同様なことを何十件もしていたことまで発覚してしまっては、デブ殿の人生、終わりでしたぞ」
「凄ぇ見ものだったぜ! あのデブが親の屋敷から追い出されて、待ち構えていた近衛にお縄になった光景はよぉ。どこからか湧いた野次馬が見てる前で、泣くわ喚くは漏らすは、近衛に金を渡そうとするわで、あいつアホだぜ」
「ええっ。近衛を公衆の面前で買収しようとしたのか!?」
ほんとかよ。真性のアホだ。
「バルガスさんはその場にいたみたいな口ぶりだけど、野次馬のひとりだったとか?」
「あんなおもしれぇもん見逃したら大損だぜ!」
「ほっほっほ。歴史の目撃者と言ってくだされ」
センセイも野次馬だったか!
「冤罪をかぶせられた人への賠償を払い終わるまで強制鉱山労働。そいつが済んだら、国家の金を横領していた罪に加えて近衛を買収しようとした罪で懲役だそうだぜ」
「……そっか……そっちで捕まったんだ……当然だわ」
「ええっ。あいつのせいで第三室はひどい部署だったのに! そっちはなんかないの!? それに、第三室の他の奴らだってロクなもんじゃなかったろう!」
一年半ものあいだ、男たちと一緒になってマリーをいたぶっていたじゃないか!
「……いいのよ。彼女らは被害者でもあるんだし。あんな場所でまともでい続けるなんて無理だもの。ヒースと再会するのがもう少し遅かったら、あたしだって……」
「そりゃそうかもしれないけどさ……」
「第三室は解散したの? 務めてた人達はどうなったのかしら?」
「解散させられたようですな。勤めていた人員は全員馘首とあいなったそうですぞ」
マリーは、沈んだ声で、
「そっか……いくら、表向きは公表されなくても、あそこの状況ってそれなりに知られてたから……もうまともなところには就職できないだろうね……」
オレも複雑な気分だった。
マリーをいたぶっていた奴らは、ろくな運命を辿らなかったようだ。
第三室にいた貴族のボンボンどもは、あそこにいた、という時点で無能を証明している。
女性たちは、デブ室長とボンボンどもの愛人集団と思われている。
両方とも、いいところに再就職するのは難しいだろう。
少なくとも王宮で官吏として働くのは無理だ。
実質的には罰が下された、と考えられなくもない。
これが、元奥方が言ってた『ざまぁ』というヤツなのか。
だけど……。
その悪評は、マリーにもついてまわるわけで。
第三室に勤務していたと知られれば、色眼鏡で見られてしまうってことで……。
「閣下は納得しておらぬようですな」
「まぁね……なんか全てに渡ってね……」
マリーのことだけじゃない。
あの動乱は、前ベローナ侯爵の単独犯行という形で処理された。
前ベローナ侯爵の裏に、帝国とその第二皇子アレクサンドルがいたことは発表されていない。
罪が下されてはいても、不透明な部分が残り続けてしまう。
「ですがの。新王陛下のお考えが判らないわけではないですな。裏に帝国がいたとなれば、もっと凄惨な事後処理になったはずですぞ。そして、あの当時の陛下には、そこまで苛烈な処置が出来るほど、力がありませんでしたからな」
一年前の時点で、帝国の関与を明らかにしていたら。
連座して処分される貴族の数は、かなりのものになっただろう。
そうなったら、彼らがおめおめと処分されたか?
元王太子派というか元王妃派と手を組み、新王陛下に対して反乱を起こした可能性は高い。
離宮での騒乱が何十倍の規模にもなっていた可能性は否定できない。
支持基盤が小さかったさるお方――じゃなくて新王陛下が、勝利を収められたか……怪しいものだ。
しかも、北部国境近くには、演習と称して帝国軍が集結していた。
我が国が内戦になり、国境から軍が引き上げて手薄になったら。容赦なく攻め込んで来ただろう。
だから、前ベローナ侯爵の単独犯として処理した……。
「だけどよぉ。あの帝国の皇子サマまでおうちに帰れたってぇのは、納得できねぇよなぁ」
第二皇子と元王太子の婚約者である侯爵令嬢は、帝国に帰還した。
もしかしたら新王陛下は、二人の身柄を押さえたうえで、帝国に返還したのかもしれない。
状況証拠はある。
あの事件から一か月後、帝国軍が国境地帯から退いた。
ウラル商会の話も最近聞かない。あんなに手広くやっていたのに……
二人の身柄と引き換えに、軍を撤退させ、商会を解散させた、とも考えられる。
マリーがしみじみとした口調で。
「世の中ってままならないよね……」
オレはうなずき。
「今のあの人、いや国王陛下なら処断できるかもしれないけど……今更だよな……もう処罰は済んでいるのに蒸し返すのは無理だものな……」
今の国王陛下の立場は、あの時よりも飛躍的に強化されている。
陛下は、騒乱で死亡した前王陛下から王領を全て引き継いだ。
前王妃殿下のご実家も、騒乱に関わっていた子弟が複数いたことを咎められ。
当主とそれに近い一族は処刑。
遠縁からの養子が家を継ぐことは許されたが、侯爵から男爵に降格。
領地も没収され、領地なし男爵になった。
さらにデマを流していた新聞なども一斉検挙、それに資金を提供していた貴族たちも、反乱軍を利する情報を流していたとして処分した。
それらの貴族たちの権益や領土のかなりの部分が新たな王領とされ、そのうちの半分くらいが、いちはやく現王を支持した貴族に分け与えられた(オレ達の上司であるベローナ侯爵ゲールさんもその一人だ)。
そのうえ、潜在的な敵対派閥にもくさびを打ち込んだ。
侯爵令嬢(元王太子の元婚約者)の実家を咎めなかったのだ。
咎めないところが、新王陛下は王家として、婚約破棄の賠償を支払おうとさえしたのだ。
新王と侯爵令嬢の実家の間には取引があったのだろう。
侯爵令嬢の実家は、令嬢が発狂して出奔したとして籍から外し、娘の不始末でもあるからと、賠償を辞退したのだ。
帝国軍との繋がりを指弾されるより、マシだと判断したのだろうか。
こうして侯爵家は自分の家門を守ったが……破滅したり弱体化した他の貴族たちからは、陛下以上に恨みをかう結果となっているらしい。
さっき会ったばかりの、さるお方の顔を思い出す。
うん。あの目つき通り陰険ですね。
「まぁ、そう落ち込むこともないですぞ。真実というのは、いつか現れるものですからのぉ」
「落ち込むってほどじゃあないんだけど……すっきりしない感じだな」
「結構近いうちに現れちまったりしてな! そうしたら、あの陰険そうな国王陛下は、あっさり蒸し返すかもしれんぜ!」
「ほっほっほ。そうなったら見ものですぞ」
なんか企んでる目だ!
「センセイ。なんか危ないことを考えているんじゃ……」
「いやいや、気のせい気のせい。少なくとも今は考えておらんぞ」
バルガスが、バンバンと手を叩いた。
「面倒なことや湿っぽいことは、これくれぇにしようぜ! さぁ飲んだ呑んだ!」
「今日はぜんぶ、私のおごりですぞ!」
それからは大変だった。
オレとマリーが王都へやってきたことを、バルガスかセンセイが報せていたのだろうか。
今は王都にいる元『高い城』の兵隊さんたちが、次々と『どぶろく亭』にあらわれ。
近況を聞いたり、ついだり、つがれたりしているうちに。
『どぶろく亭』は『高い城』にいた人たちで貸し切りみたいになってしまった。
というか、他の客はいなかったから、センセイかバルガスの手配りで本当に貸し切りだったのかもしれない。
みんな、冤罪が晴らされ、俸給や報奨金が支給されていたのには、安心した。
中には王都で結婚した人もいて、子供ができた人までいた。
『若親分』『若旦那』『閣下』『姉御』という呼びかけも、今となっては懐かしい。
楽しそうに飲んで騒いでいる人達を見て思った。
みんな生きている。
それで十分じゃないか。
それ以上に望むことなんてあるだろうか?
『ざまぁ』だの復讐だの完璧な正義だのは、腹の足しにもなりゃしないんだから。
もし、彼らのしあわせに、少しでもオレが役に立ったのなら。
『高い城』での仕事をまっとうして良かった。
「いや。こっちはこっちで忙しかったし」
「……もう昔のことだもの。どうでもいいって感じね」
マリーは余り思い出したくないんだろうな……。
「国を売ろうとした証拠は揃ってたから、死刑になったんじゃないのか?」
帝国関係者からの手紙やら、事前に約定を交わしていたことを示す書状まで見つかってたし。
それ以前に、マリーを弄んでいた時点で、死刑でいいけど。
「あの反乱は、あくまでベローナ侯爵と彼が雇った傭兵達による反乱で処理されてましたからの。帝国関係者と通じていたということ自体が消されてしまったんですぞ」
「あっ……そうか」
「当時、仮即位したばかりの国王陛下としては、帝国とまで衝突したくなかったんでしょうな。ところがそのせいで、帝国と通じていたという書状は無視されてしまい証拠にはならなかったんですな」
「え……まさか、あの筋肉ども助かっちゃったとか!? なんだよそれ!」
マリーを弄んでいたのに! この世には正義はないのか!
「いやいや、あの御仁、閣下から指揮権を奪おうとしていましたからな。あれを、ベローナ侯爵と共謀していた、とみなされて、そっちの罪状で筋肉3人組は死刑ですぞ。書類を自分で用意していたのが動かぬ証拠となってしまったようですな」
「あー……結果は変わらないんだ……」
政治ってめんどう……。
「地下牢伯爵は爵位をとりあげられ、3人とも平民として、ベローナ侯爵の首が晒されてる広場で絞首。そのまま3日ぶらさがったままさらされてから首切られて、ベローナ侯爵と並んで一月ばかりさらされてましたからの」
「うわ……」
反乱の罪だから当然なんだけど、えぐい……。
「それぞれの実家も、当主が関わっていた動かぬ証拠があったウチは、当主は大逆で処刑、家はお取り潰し、そうでねぇウチも爵位を下げられたってよ」
「あのデブは無傷かぁ……」
とマリーが残念そうに言う。
あの時、オレの勧告で退去した形にしちゃったから、敵前逃亡は問えないもんな……。
「かっかっか。流石の姉御もあいつは許せねぇか! もちろん無傷ってぇわけがありませんぜ」
「デブ殿がのさばってた法務省綱紀適正運用局第三室のあれこれにも監査が入りましてな。ベローナ侯爵の手のものから金を貰って、下調べもないまま査察を強行したと認定されましてな。同様なことを何十件もしていたことまで発覚してしまっては、デブ殿の人生、終わりでしたぞ」
「凄ぇ見ものだったぜ! あのデブが親の屋敷から追い出されて、待ち構えていた近衛にお縄になった光景はよぉ。どこからか湧いた野次馬が見てる前で、泣くわ喚くは漏らすは、近衛に金を渡そうとするわで、あいつアホだぜ」
「ええっ。近衛を公衆の面前で買収しようとしたのか!?」
ほんとかよ。真性のアホだ。
「バルガスさんはその場にいたみたいな口ぶりだけど、野次馬のひとりだったとか?」
「あんなおもしれぇもん見逃したら大損だぜ!」
「ほっほっほ。歴史の目撃者と言ってくだされ」
センセイも野次馬だったか!
「冤罪をかぶせられた人への賠償を払い終わるまで強制鉱山労働。そいつが済んだら、国家の金を横領していた罪に加えて近衛を買収しようとした罪で懲役だそうだぜ」
「……そっか……そっちで捕まったんだ……当然だわ」
「ええっ。あいつのせいで第三室はひどい部署だったのに! そっちはなんかないの!? それに、第三室の他の奴らだってロクなもんじゃなかったろう!」
一年半ものあいだ、男たちと一緒になってマリーをいたぶっていたじゃないか!
「……いいのよ。彼女らは被害者でもあるんだし。あんな場所でまともでい続けるなんて無理だもの。ヒースと再会するのがもう少し遅かったら、あたしだって……」
「そりゃそうかもしれないけどさ……」
「第三室は解散したの? 務めてた人達はどうなったのかしら?」
「解散させられたようですな。勤めていた人員は全員馘首とあいなったそうですぞ」
マリーは、沈んだ声で、
「そっか……いくら、表向きは公表されなくても、あそこの状況ってそれなりに知られてたから……もうまともなところには就職できないだろうね……」
オレも複雑な気分だった。
マリーをいたぶっていた奴らは、ろくな運命を辿らなかったようだ。
第三室にいた貴族のボンボンどもは、あそこにいた、という時点で無能を証明している。
女性たちは、デブ室長とボンボンどもの愛人集団と思われている。
両方とも、いいところに再就職するのは難しいだろう。
少なくとも王宮で官吏として働くのは無理だ。
実質的には罰が下された、と考えられなくもない。
これが、元奥方が言ってた『ざまぁ』というヤツなのか。
だけど……。
その悪評は、マリーにもついてまわるわけで。
第三室に勤務していたと知られれば、色眼鏡で見られてしまうってことで……。
「閣下は納得しておらぬようですな」
「まぁね……なんか全てに渡ってね……」
マリーのことだけじゃない。
あの動乱は、前ベローナ侯爵の単独犯行という形で処理された。
前ベローナ侯爵の裏に、帝国とその第二皇子アレクサンドルがいたことは発表されていない。
罪が下されてはいても、不透明な部分が残り続けてしまう。
「ですがの。新王陛下のお考えが判らないわけではないですな。裏に帝国がいたとなれば、もっと凄惨な事後処理になったはずですぞ。そして、あの当時の陛下には、そこまで苛烈な処置が出来るほど、力がありませんでしたからな」
一年前の時点で、帝国の関与を明らかにしていたら。
連座して処分される貴族の数は、かなりのものになっただろう。
そうなったら、彼らがおめおめと処分されたか?
元王太子派というか元王妃派と手を組み、新王陛下に対して反乱を起こした可能性は高い。
離宮での騒乱が何十倍の規模にもなっていた可能性は否定できない。
支持基盤が小さかったさるお方――じゃなくて新王陛下が、勝利を収められたか……怪しいものだ。
しかも、北部国境近くには、演習と称して帝国軍が集結していた。
我が国が内戦になり、国境から軍が引き上げて手薄になったら。容赦なく攻め込んで来ただろう。
だから、前ベローナ侯爵の単独犯として処理した……。
「だけどよぉ。あの帝国の皇子サマまでおうちに帰れたってぇのは、納得できねぇよなぁ」
第二皇子と元王太子の婚約者である侯爵令嬢は、帝国に帰還した。
もしかしたら新王陛下は、二人の身柄を押さえたうえで、帝国に返還したのかもしれない。
状況証拠はある。
あの事件から一か月後、帝国軍が国境地帯から退いた。
ウラル商会の話も最近聞かない。あんなに手広くやっていたのに……
二人の身柄と引き換えに、軍を撤退させ、商会を解散させた、とも考えられる。
マリーがしみじみとした口調で。
「世の中ってままならないよね……」
オレはうなずき。
「今のあの人、いや国王陛下なら処断できるかもしれないけど……今更だよな……もう処罰は済んでいるのに蒸し返すのは無理だものな……」
今の国王陛下の立場は、あの時よりも飛躍的に強化されている。
陛下は、騒乱で死亡した前王陛下から王領を全て引き継いだ。
前王妃殿下のご実家も、騒乱に関わっていた子弟が複数いたことを咎められ。
当主とそれに近い一族は処刑。
遠縁からの養子が家を継ぐことは許されたが、侯爵から男爵に降格。
領地も没収され、領地なし男爵になった。
さらにデマを流していた新聞なども一斉検挙、それに資金を提供していた貴族たちも、反乱軍を利する情報を流していたとして処分した。
それらの貴族たちの権益や領土のかなりの部分が新たな王領とされ、そのうちの半分くらいが、いちはやく現王を支持した貴族に分け与えられた(オレ達の上司であるベローナ侯爵ゲールさんもその一人だ)。
そのうえ、潜在的な敵対派閥にもくさびを打ち込んだ。
侯爵令嬢(元王太子の元婚約者)の実家を咎めなかったのだ。
咎めないところが、新王陛下は王家として、婚約破棄の賠償を支払おうとさえしたのだ。
新王と侯爵令嬢の実家の間には取引があったのだろう。
侯爵令嬢の実家は、令嬢が発狂して出奔したとして籍から外し、娘の不始末でもあるからと、賠償を辞退したのだ。
帝国軍との繋がりを指弾されるより、マシだと判断したのだろうか。
こうして侯爵家は自分の家門を守ったが……破滅したり弱体化した他の貴族たちからは、陛下以上に恨みをかう結果となっているらしい。
さっき会ったばかりの、さるお方の顔を思い出す。
うん。あの目つき通り陰険ですね。
「まぁ、そう落ち込むこともないですぞ。真実というのは、いつか現れるものですからのぉ」
「落ち込むってほどじゃあないんだけど……すっきりしない感じだな」
「結構近いうちに現れちまったりしてな! そうしたら、あの陰険そうな国王陛下は、あっさり蒸し返すかもしれんぜ!」
「ほっほっほ。そうなったら見ものですぞ」
なんか企んでる目だ!
「センセイ。なんか危ないことを考えているんじゃ……」
「いやいや、気のせい気のせい。少なくとも今は考えておらんぞ」
バルガスが、バンバンと手を叩いた。
「面倒なことや湿っぽいことは、これくれぇにしようぜ! さぁ飲んだ呑んだ!」
「今日はぜんぶ、私のおごりですぞ!」
それからは大変だった。
オレとマリーが王都へやってきたことを、バルガスかセンセイが報せていたのだろうか。
今は王都にいる元『高い城』の兵隊さんたちが、次々と『どぶろく亭』にあらわれ。
近況を聞いたり、ついだり、つがれたりしているうちに。
『どぶろく亭』は『高い城』にいた人たちで貸し切りみたいになってしまった。
というか、他の客はいなかったから、センセイかバルガスの手配りで本当に貸し切りだったのかもしれない。
みんな、冤罪が晴らされ、俸給や報奨金が支給されていたのには、安心した。
中には王都で結婚した人もいて、子供ができた人までいた。
『若親分』『若旦那』『閣下』『姉御』という呼びかけも、今となっては懐かしい。
楽しそうに飲んで騒いでいる人達を見て思った。
みんな生きている。
それで十分じゃないか。
それ以上に望むことなんてあるだろうか?
『ざまぁ』だの復讐だの完璧な正義だのは、腹の足しにもなりゃしないんだから。
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