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とある社畜の日常
事前登録
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男は、憤慨していた。
スーツ姿でショルダーバックを持ち、大宮駅の構内をつかつかと厳つく歩き進む。目指しているのは新幹線改札。大宮駅の中でもやや奥まった場所にあるため、普段運動不足の社会人には面倒な距離だ。
憤慨している理由は、土曜日で朝6時、気持ちよく寝ていたところに上司からの電話でたたき起こされたからだった。しかも、今日は男が電話当番ではなく先輩社員のはずだったのだが、別件で対応中とのことで電話がまわってきたからだった。
しかもその内容が…
『今日、福島の郡山で機材の搬入立ち合いの予定だった奴が夜飯に食べたカツオにあたって倒れた。動けるやつで今日郡山に行けるのお前しかいないから行け』
というふざけた内容だった。しかも、今日は用事があるから仕事は出来ないと予め話して許可も貰っていたはずなのにこの対応、不満しかない。
月曜有給の確約は取ったものの、同じように反故にされる可能性もあるため、上司への不信感は募る一方だ。
とはいえ頭の中を上司への不平不満罵詈雑言で占めていていも仕方ない。大宮駅の有人切符売り場のカウンターへ並び、そこで大宮から郡山までの往復切符を購入する。
「支払いは?」
「クレジットカードで」
財布からクレジットカードを出して駅員に渡し、処理をてきぱきと進めていく。そしてクレジットカード使用控えを出してくる。
「ではこちらにサインをお願いします」
成木 臨次(なりき りんじ)
すらすらとサインをし、クレジットカードに領収書、郡山までの往復切符を受け取ると、すぐに改札を通ってホームへと上がる。
通常の出張なら駅の売店で弁当でも購入して落ち着いて向かうところだが、臨次の今の精神状態ではそこまで出来なかった。
ホームについて自由席の場所へ並ぶ。他に並ぶ人はいない。
近くにある電光掲示板を見ると、新幹線の各駅停車がくるのは五分後。
予定していた新幹線に間に合ったことに一安心したのか、バックから社用携帯ではなく自身のスマホを取り出す。
「あーーくそ、まったく面白くねーな」
言いながら普段遊んでいるゲームアプリを立ち上げ、新幹線が来るまでの時間をつぶす…のだが、やはり苛々が勝るのかすぐにアプリをタスクキルする。今度はアプリのダウンロードサイトを開いて、何か面白そうな新しいゲームはないかと探す…が新着アプリは何も配信されていない。
ぼりぼりと頭を掻きつつ画面を更新したり検索していると、ホームに新幹線が入ってきた。
ささっと乗り込み、西側の窓際席を確保し、バックを隣の席にどかっと置いて一息つく。
「せっかくの休日になんでこんなことさせんだよマジつまんねー」
はー、とため息をついて手元のスマホの画面を見ると、検索ワード入力の画面のはずだったものが、何かのアプリの事前登録画面に変わっていた。
「…なんだコレ」
タッチした覚えも何もないので若干の気味悪さを覚えたが、とりあえず画像をスクロールさせてどんなアプリなのか確認する。
「Q.M」
アプリの名前はQ.M。なんの略なのかわからないが、どうやらゲームアプリのようだった。
概要を見てみると、現代風の都市に現れた恐竜っぽい敵を相手に機械のような鎧のようなものを装備して戦い抜く、アクションロールプレイングゲーム。レア敵として人間型があるらしく、恐竜風の敵よりも遥かに強いぞ!と書かれている。レベルの概念はなく、敵を倒した際に獲得するスコアのようなものをポイントに変換してそれを装備やステータスに割り振って成長していく、よくあるタイプのものらしい。
まだ開発途中のようで動画はなく、画像も数枚のみ。それもフレームの人間がこれまたフレームの恐竜と戦うかのようなポージングをしている、というもの。
ただ、他のゲームにはない、奇妙なものが一つあった。事前登録をするとプレイヤーの個性に合わせた特殊技能を一つ獲得可能と書かれている。
「プレイヤーの個性に合わせた特殊技能を獲得可能…?遊んでいるこっちがスキルを選ぶんじゃなくて、運営やCPUが選んで付与されるってことなのか?」
いまいちよくわからない内容だが、臨次は事前登録をすることにした。この手のゲームは基本的に手をつけないのだが、このQ.Mには他とは決定的に違うところがあり、現代風の都市を舞台にしている。ファンタジー世界よりも現代を舞台にしている方が単純に好きだったからだ。
淡々と事前登録画面を進めていくと、何故か設問項目があった。他のゲームの事前登録で設問があったとは聞いたこともない。
内容は当たり障りのなく数も多くなかったが、質問に対して選択肢から回答を選ぶタイプではなく、回答内容を記載するタイプだった。
変わったゲームだな…と思いながら適当な回答で項目をすべて埋め、登録完了する。
最後にはきちんと
『ありがとうございます! ゲームの配信を覚悟をきめてお待ちください!』
と表示された。
…覚悟をきめて?
臨次は深く考えるのをやめて座席にもたれかかった。ゲームの事前登録をしていたからか、新幹線は大宮から発車して久喜付近を走行していた。
まだまだ郡山まで時間かかるな、と窓の外の田園風景を眺めようと視線を向けると、「ソレ」は視界にいた。
田んぼが広がる田園風景のど真ん中、そこだけモザイクがかったかのように色彩がぐちゃぐちゃで、その範囲もかなり大きい。これが都心部であれば、建物の外壁を前衛的な塗装を施したデザイナーズ物件!などと宣伝できるかもしれないが、ここは完全な田園地帯。
場違いにもほどがある。
そしてなによりそれは、動いていた。
動物で例えれば何になるのか。大きさやボリュームは違うが「キリン」のように見えなくもない。それは四本足で立っていて長い首を左右にふり、新幹線を目で追っている…ように見えた。
臨次の視線はそれに釘付けで、新幹線が進んで視界から外れるまで追いかけていた。ふと、自分のほかに乗客で同じものを見ていた人はいないか?と立ち上がって周りを見るが、それらしい人はいない。
むしろ急に立ち上がった臨次を、奇異の目で見ている人がちらほらいた。
黙って再び座ると、もう一度窓の外を見た。
同じようなものは見える範囲に見えない。
何か妙なものを感じながらもアプリゲームを立ち上げ、そちらに集中していく。
郡山に到着した臨次は現場へ急ぐと、業者は既に到着していた。機材搬入立ち合いはなんの問題もなく、一時間で終わった。
臨次は立ち合い後、アプリゲームに課金したがなんの成果もなく、苛々しながら家路についた。
あのモザイクがかったなにかのことは、記憶からすっかりと消えていた。
スーツ姿でショルダーバックを持ち、大宮駅の構内をつかつかと厳つく歩き進む。目指しているのは新幹線改札。大宮駅の中でもやや奥まった場所にあるため、普段運動不足の社会人には面倒な距離だ。
憤慨している理由は、土曜日で朝6時、気持ちよく寝ていたところに上司からの電話でたたき起こされたからだった。しかも、今日は男が電話当番ではなく先輩社員のはずだったのだが、別件で対応中とのことで電話がまわってきたからだった。
しかもその内容が…
『今日、福島の郡山で機材の搬入立ち合いの予定だった奴が夜飯に食べたカツオにあたって倒れた。動けるやつで今日郡山に行けるのお前しかいないから行け』
というふざけた内容だった。しかも、今日は用事があるから仕事は出来ないと予め話して許可も貰っていたはずなのにこの対応、不満しかない。
月曜有給の確約は取ったものの、同じように反故にされる可能性もあるため、上司への不信感は募る一方だ。
とはいえ頭の中を上司への不平不満罵詈雑言で占めていていも仕方ない。大宮駅の有人切符売り場のカウンターへ並び、そこで大宮から郡山までの往復切符を購入する。
「支払いは?」
「クレジットカードで」
財布からクレジットカードを出して駅員に渡し、処理をてきぱきと進めていく。そしてクレジットカード使用控えを出してくる。
「ではこちらにサインをお願いします」
成木 臨次(なりき りんじ)
すらすらとサインをし、クレジットカードに領収書、郡山までの往復切符を受け取ると、すぐに改札を通ってホームへと上がる。
通常の出張なら駅の売店で弁当でも購入して落ち着いて向かうところだが、臨次の今の精神状態ではそこまで出来なかった。
ホームについて自由席の場所へ並ぶ。他に並ぶ人はいない。
近くにある電光掲示板を見ると、新幹線の各駅停車がくるのは五分後。
予定していた新幹線に間に合ったことに一安心したのか、バックから社用携帯ではなく自身のスマホを取り出す。
「あーーくそ、まったく面白くねーな」
言いながら普段遊んでいるゲームアプリを立ち上げ、新幹線が来るまでの時間をつぶす…のだが、やはり苛々が勝るのかすぐにアプリをタスクキルする。今度はアプリのダウンロードサイトを開いて、何か面白そうな新しいゲームはないかと探す…が新着アプリは何も配信されていない。
ぼりぼりと頭を掻きつつ画面を更新したり検索していると、ホームに新幹線が入ってきた。
ささっと乗り込み、西側の窓際席を確保し、バックを隣の席にどかっと置いて一息つく。
「せっかくの休日になんでこんなことさせんだよマジつまんねー」
はー、とため息をついて手元のスマホの画面を見ると、検索ワード入力の画面のはずだったものが、何かのアプリの事前登録画面に変わっていた。
「…なんだコレ」
タッチした覚えも何もないので若干の気味悪さを覚えたが、とりあえず画像をスクロールさせてどんなアプリなのか確認する。
「Q.M」
アプリの名前はQ.M。なんの略なのかわからないが、どうやらゲームアプリのようだった。
概要を見てみると、現代風の都市に現れた恐竜っぽい敵を相手に機械のような鎧のようなものを装備して戦い抜く、アクションロールプレイングゲーム。レア敵として人間型があるらしく、恐竜風の敵よりも遥かに強いぞ!と書かれている。レベルの概念はなく、敵を倒した際に獲得するスコアのようなものをポイントに変換してそれを装備やステータスに割り振って成長していく、よくあるタイプのものらしい。
まだ開発途中のようで動画はなく、画像も数枚のみ。それもフレームの人間がこれまたフレームの恐竜と戦うかのようなポージングをしている、というもの。
ただ、他のゲームにはない、奇妙なものが一つあった。事前登録をするとプレイヤーの個性に合わせた特殊技能を一つ獲得可能と書かれている。
「プレイヤーの個性に合わせた特殊技能を獲得可能…?遊んでいるこっちがスキルを選ぶんじゃなくて、運営やCPUが選んで付与されるってことなのか?」
いまいちよくわからない内容だが、臨次は事前登録をすることにした。この手のゲームは基本的に手をつけないのだが、このQ.Mには他とは決定的に違うところがあり、現代風の都市を舞台にしている。ファンタジー世界よりも現代を舞台にしている方が単純に好きだったからだ。
淡々と事前登録画面を進めていくと、何故か設問項目があった。他のゲームの事前登録で設問があったとは聞いたこともない。
内容は当たり障りのなく数も多くなかったが、質問に対して選択肢から回答を選ぶタイプではなく、回答内容を記載するタイプだった。
変わったゲームだな…と思いながら適当な回答で項目をすべて埋め、登録完了する。
最後にはきちんと
『ありがとうございます! ゲームの配信を覚悟をきめてお待ちください!』
と表示された。
…覚悟をきめて?
臨次は深く考えるのをやめて座席にもたれかかった。ゲームの事前登録をしていたからか、新幹線は大宮から発車して久喜付近を走行していた。
まだまだ郡山まで時間かかるな、と窓の外の田園風景を眺めようと視線を向けると、「ソレ」は視界にいた。
田んぼが広がる田園風景のど真ん中、そこだけモザイクがかったかのように色彩がぐちゃぐちゃで、その範囲もかなり大きい。これが都心部であれば、建物の外壁を前衛的な塗装を施したデザイナーズ物件!などと宣伝できるかもしれないが、ここは完全な田園地帯。
場違いにもほどがある。
そしてなによりそれは、動いていた。
動物で例えれば何になるのか。大きさやボリュームは違うが「キリン」のように見えなくもない。それは四本足で立っていて長い首を左右にふり、新幹線を目で追っている…ように見えた。
臨次の視線はそれに釘付けで、新幹線が進んで視界から外れるまで追いかけていた。ふと、自分のほかに乗客で同じものを見ていた人はいないか?と立ち上がって周りを見るが、それらしい人はいない。
むしろ急に立ち上がった臨次を、奇異の目で見ている人がちらほらいた。
黙って再び座ると、もう一度窓の外を見た。
同じようなものは見える範囲に見えない。
何か妙なものを感じながらもアプリゲームを立ち上げ、そちらに集中していく。
郡山に到着した臨次は現場へ急ぐと、業者は既に到着していた。機材搬入立ち合いはなんの問題もなく、一時間で終わった。
臨次は立ち合い後、アプリゲームに課金したがなんの成果もなく、苛々しながら家路についた。
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