QM ~量子生成~

なかむら 由羽

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決意の郡山

軋む日常④

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 最初に発した言葉は、逃げる場所なんてないのでは?だった。
 ホテルは宿泊客向けに残っていた食材を使って朝食を作っていた。おにぎりを三つと加熱加工してあるおかずとペットボトルの水2本。明らかに避難する際に持ち歩きしやすいよう作られたものだった。
 事実、臨次が起きてフロントに行った時間は7時だったが、それでも宿泊客に朝食を持たせて避難を促していた。
 ホテルに残っていたスタッフは支配人だけだった。残りのスタッフは皆帰宅させたという。
 支配人いわく、昨夜に恐竜?が大挙自衛隊駐屯地に攻め入ったらしい。避難民が敷地付近に大勢いたからか阿鼻叫喚の地獄絵図になったそうだ。
 目標が目と鼻の先におり、また住宅街のど真ん中にいるため戦車等も使えず、住民がすぐ近くにいるために満足に応戦射撃も出来ないため避難誘導を優先したが、自衛隊と住民の両方でかなりの人数が犠牲になったらしい。
 そして、トップダウンの命令で郡山駐屯地から一時撤退。敵の集中を防ぐ為に部隊を分散して基地機能が無事な別の駐屯地へと移動する、とのことだった。

「目撃者の話によると、自衛隊も恐竜?に対して鉄砲を撃ったらしいんだが、当たっても怯むどころかそのまま向かってきたらしい。表面には傷がついてるように見えなかった、と。
 どうなってしまうのかねぇ。私も避難準備すすめておかないと」

 支配人は言いながら奥へと引っ込んだ。
 臨次も朝食を袋に詰めて部屋へ持ち帰り、ホテルを出る準備をする。とはいえ、複数日の滞在は予定していなかったので着替えがない。どこかで調達しないといけないのだが、果たして店が開いているのかどうか。
 荷物をリュックに纏めて出発。
 恐竜?に遭遇しないよう周囲に気を配りながら移動し、駅近くのデパートへ入る。シャッターは壊され、1階売り場もめちゃめちゃにされていた。あたりに衣服が落ちているところを見ると、店舗に侵入出来るサイズ…ラプトル?が入ってきて大混乱になったのだろう。
 ラプトル?が店舗の中にまだいる可能性は否めないので慎重に進み、3階で男性用服を数着とスニーカーを手に取り、金額分のお金をカウンターに置いておく。
 他に人の姿はないので動きにくいスーツから着替えて靴も履き替える。ひとまずこれで動く準備は整った。
 となると次にやるのは…やはりパソコンと会社支給携帯の回収か。こんなときまで社畜だなと思うが、放置するほうが問題になる可能性が高い。行ったところで誰もいなければ入ることすら出来ないが、そのときは書置きでもすればいい。
 昨日、ラプトル?複数とアパトサウルス?を見た場所に自分から近づいていくのは多少どころかかなり気が引けるが、こればかりは仕方ない。覚悟を決めて客先のビルへと再度向かう。



 道中は幸いにもラプトル?に遭遇もしなかった。
 ビルを正面から見ると、様子は昨日と変わっていないように見える。エレベーターはやはり動いていない。
 階段で4階へ昇ってみると、なんと扉が開いていた。声をかけながらゆっくりと中へ入ってみると、そこには支社長が一人でいた。
 どうやら、昨日は慌てていて最低限の貴重品のみ持って逃げてそのまま避難したため、残していたその他私物を取りに来たらしい。

「キミはどうしてここに?もう避難したものとばかり思っていたが」
「あ、いえ、実は機械室にパソコンと携帯を置いたままになっていて…」
「あーそういうこと! ちょっと待って、鍵出すから」

 言うと机の引き出しを開けてキーボックスの鍵を取り出す。壁にかけてあるキーボックスを開けて機械室の鍵を取り出す…はずが、動きが止まった。

「…あれ?」

 支社長が首を捻る。

「あー! そうだ、昨日担当が間違って持って帰ったんだ。昨日の今日でまたキミがくるなんて思ってなかったからなぁ」

 頭をぼりぼりと掻く。
 慌てて持って帰るってそんなんあるかなー、と思いながらも鍵がないと機械室は開かないので回収は出来ないのは事実。

「それじゃあさ、この騒ぎがある程度落ち着くまでウチの機械室に置いておくかい? 施錠してあるし、持ち歩くよりはずっと安全だと思うけど」

 支社長は臨次が東京からきているのを知っている。そのうえで、この後の行動を簡単に推察したのだろう。

「それは助かります。安全がある程度担保出来るところじゃないと、後々上司から色々指摘されてしまいまので…」
「ははは、どこでもそんなもんだよ。幸いにもここの電話はまだ通じてる。おたくの会社にはこっちから連絡を一本入れておこう。そのほうが話がこじれないだろう」
「ありがとうございます。電話番号は…ご存じでしたね」
「大丈夫だ。それじゃあキミの連絡先を教えてくれないか? 聞いてはいるが、それは支給携帯の番号だろう? こちらから連絡することがあるかもし…」

 言いながら窓の外にふと目をやった支社長の動きが止まった。
 そこには、顔があった。巨大な顔。
 どちらかというと草食の動物…いや、イラストで見る草食恐竜の顔に近い。だが、造りがのっぺりしていて適当な造形だ。
 大きな目が支社長と臨次を交互に見ている。そして、息を吸うかのように首を引いた。
 その動作が、どういうものか、昨日見たラプトル?の動きに酷似していた。臨次は咄嗟に支社長の腕を掴んで部屋の中央へ引っ張りこんだ。
 直後、巨大な顔がビルの外壁とガラスをめちゃくちゃに壊しながらフロアに突っ込んできた!
 窓際だった支社長席は粉砕され、ビルの構造材が大きな塊のままフロアにまき散らされ、ガラスが破片として二人に襲い掛かった。
 臨次は支社長を庇うように覆いかぶさった。幸いにもガラスが突き刺さるようなことはなかったが、咄嗟に部屋の中へ下がらなかったらどうなっていたか。
 逆に支社長は何が起きたのかまったく飲み込めていないどころか気が動転しているのか、焦点があっていない。臨次は心の中で申し訳ない!と思いながら顔をぽえちぺち叩いて支社長の意識を現実へ引き戻す。

「気付きましたか!? ここは危険です! 早く階段へ!」
「…キミ! し、しかし…」

 はっ、として後ろを見ると、恐竜が顔を引き抜いてそのまま首を引いていた。
 二発目がくる。
 臨次はチカラを振り絞って支社長を階段の方へ放り投げた。放り投げたというよりも転がした、が正しいかもしれないが、それでも支社長は数メートル転がった。
 勢いが止まった支社長が顔を上げて臨次を見ようとしたときに、恐竜の顔がフロアを薙ぎ払っていた。
 もうもうと埃が舞い上がり、袖で鼻と口を覆った支社長はふらふらと階段を降りて行った。
 一方、臨次は死んだと思った。
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