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決意の郡山
軋む日常⑥
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臨次は慌てて急ブレーキし、踵を返して東に猛ダッシュする。その様はまるで陸上短距離オリンピック選手の如く。
だが。
ラプトルもどきはそれを上回る速度で臨次を猛然と追いかけ、噛みついてくる。
噛みつかれる直前に持っていた鉄パイプを振り回して頭に当てて少し距離を取り、正面に対峙する。
見ると、鉄パイプが当たったはずの頭にはなんの傷もない。
宿泊したホテル支配人が言っていた、鉄砲でも傷が付かなかった、というのは本当のことなのかもしれないと思い始める。
しかしそうすると、どうしたらこのラプトルもどきから逃げられる…いや、逃げた先で別のラプトルもどきに出会う可能性もある。可能ならば、この場でこのラプトルもどきをどうにかしたい。可能ならば。
いろいろ考えているところにラプトルもどきが噛みついてくる。鉄パイプを振り回しながら逃げているのでまだ避けれているが、それでも厳しい。鉄パイプを振り回す腕が疲れてくるし、握る手はラプトルもどきの頭に鉄パイプが当たる度に衝撃で痺れてくる。
ラプトルもどきも振り回される鉄パイプが邪魔なのか、いったん立ち止まり、こちらを値踏みするかのようにゆっくりと横に動き始める。
そのとき、スマホが鳴った。何故か音声も流れた。
『アプリ起動の準備が整いました』
臨次はスマホに、アプリからの連絡が届いた際の通知に音声は設定していない。一瞬ポケットの中に入ってるスマホに意識を取られた。
そこを狙ってラプトルもどきが飛びかかってきた。短い前足を使って臨次の上半身を抑えにかかる。
咄嗟のことに反応出来なかった臨次は頭と胸を抑え込まれて倒れこむ。首に噛みつかれそうになったが、持っていた鉄パイプを使って必死にガードする。
だが、ラプトルもどきの力はやはり人間の力と比べてもかなり強い。ゆっくりと、だが確実に牙が臨次の首へと近づいていく。
足で腹を蹴り上げるが力が足りないのか体制が不十分なためかはたまた別の理由なのか、効いている様子はまったくない。
何か方法はないかと必死に考えを巡らせるが、突破方法がそんな都合良く思いつくはずはなかった。
そのとき。
「あそこだ! 人が襲われている! これより救助を開始する! 増援を求む!」
声が聞こえた方へ顔を向けるとそこには、角材や鉄パイプを持った自衛隊員が二人、臨次の方へと向かって走ってきていた。
その間にもラプトルもどきの牙は迫ってきているが、これで助かるかもしれないと一瞬思ってしまった。それは、張っていた気が緩むことにも繋がる。
気付いた時には既にもう遅い。一気に押し込まれて牙が首に突き立てられる。ギリギリのところで鉄パイプを口の中へ立てて入れ、かろうじて耐えるが、首を嚙み千切られるのも時間の問題だ。
「この…もう…ダメ…」
弱音を漏らしたところで、駆け付けた自衛隊員がその手に持っていた角材でラプトルもどきの首元を思いっきりぶん殴った!
その衝撃にラプトルもどきの身体がズレ、牙と臨次の身体を抑え込んでいた前足もはずれて危機を脱した。角材で殴った隊員とは別のもう一人が臨次に駆け寄ってくる。
「きみ! 大丈夫か!?」
「あ、ありがとう、ございます…大丈夫…です」
そういう臨次の顔は真っ青だ。持っていた鉄パイプは真ん中に折れ目が入りかけていた。もう少し遅かったら鉄パイプごと…と考えると、身体は震える。
「ここは我々が引き受けますので、きみは逃げてください!」
そう言う隊員の顔を臨次は咄嗟に見た。臨次を安心させるためだろうか、表情には笑みが浮かんでいる。だが、身体を支えてくる手は、震えていた。
この隊員は知っているのだろう。このラプトルもどきが自衛隊でどうにか出来る相手じゃないことを。
だが、自衛隊は日本国民のために守り、戦う。
もう一人の隊員は角材を振り回しつつ、一定の距離を取りながらラプトルもどきを抑えていた。よく見れば、そちらの隊員も重心を後ろ足にかけていて恐怖を感じていることがうかがえた。
「さあ、行ってください」
もう一度隊員の顔を見た。臨次よりも若く見えた。
隊員は鉄パイプを握りしめてラプトルもどきに向かっていく。
噛みつこうと突き出された頭を鉄パイプで思い切り殴る。その衝撃で押し返すが、頭には傷ひとつついていない。
太ももには拳銃のホルスターがあるが、抜かない。
効果がないことを知っているのか、民間人である臨次がいるため、万が一の事態を考えて抜かないのか。理由はわからない。
臨次は立ち上がり、その場を自衛隊員に任せて逃げようとした。が、一歩踏み出したところで止まった。
さきほど臨次に声をかけた隊員が、ラプトルもどきが繰り出した尾の一撃で壁に叩きつけられたからだ。打ちどころが悪かったのか、首を傾けてぐったりして動かない。
もう一人の隊員が何か叫んでいる。何を言っているのか言葉が頭に入ってこない。
『アプリを起動して機能を開放するには使用者の意思確認が必要です』
スマホから何か音声が流れてくる。耳障りで仕方ない。
あの自衛隊員は我が身の危険がわかっていながら助けにきてくれた。恐怖を抱え、生きて戻れない可能性が高いと知りながら、たった一人の民間人を助けるためにきてくれたのだ。
自衛隊としての訓練や心構えとして、民間人を助けるのは当たり前のことなのかもしれない。だが、こんな恐竜もどきが出てくるなんてことは想定していなかったはずで、しかも傷つけることすら出来ない敵。もし本当に鉄砲でも傷を付けることが出来ないのだとしたら、まさしく、死を賭して。
臨次は震えた。今まで民間の会社で働き、誰かを助けたり守ったりすることとは縁がなかった。親兄弟とは離れて一人暮らしだし、恋人もいない。そんな世界で生きるのとはまったく別種の覚悟。
そして目の前にいる、人に死をもたらす恐竜もどき。
昨日から変わってしまった日常だが、その理をもたらすのがこの恐竜もどきなのだろうか。
そんなこと、認められるわけがなかった。
「あそこだ! 民間人もいる! まだ残っていやがった、あの恐竜!」
はっとして振り向くと、そこには複数の自衛隊員の姿。こちらに駆けてくる。そういえば、増援をとかなんとか言っていたかもしれない。
だが、駆けてくるその一団の横合いから、ぬっともう一匹のラプトルもどきが姿をあらわした。
まるでスローモーションのように、ラプトルもどきは真ん中あたりを走っていた自衛隊員の頭に齧り付く。
「こっ…こいつ! 今まで姿形もなかったのに突然出てきた! どうなんてるんだ!」
自衛隊員がそれぞれ持つ角材や鉄パイプでラプトルもどきへ攻撃を行い、ゆっくりと飲み込めないと悟ったのか噛みついた隊員をぺっと吐き出す。
そして、自衛隊員を鋭い目でじっくりと見回す。その目に宿るのは、完全な敵意。
このままでは、ここにいる自衛隊員も、臨次もこの恐竜もどきに殺される。
『使用者へ問います。戦えるか?』
スマホからまた妙な音声が聞こえた。完全に故障してしまったのか、もしくはどこかへ電話発信をして繋がってしまったのか。
ふと、持っていた鉄パイプを見た。折れ目はあるが殴ることは出来る。
ー戦えるか。
スマホから聞こえた音声で、このフレーズだけが頭に残った。そう、生きると決めた。それは、死と向かい合って抵抗して生き抜くことと決めていたことだった。
臨次は鉄パイプを強く握り振り向いて、一歩足を踏み出す。瞳には強い意志の光がある。
ここで逃げたら、今は生き延びられてもきっとすぐに死に追いつかれる。
自分の心を奮い立たせろ。
逃げるな!
立ち向かえ!
自分に言い聞かせる。
そして、自分の意思をはっきりと言葉にした。小さな声、しかし力強く。
「俺は、戦う」
『意思確認、完了。Q.Mを起動します。また、本人への認識同調を実施する為、フィールドを展開します』
スマホから意味不明な音声が流れた。
その直後、突然視界が真っ暗になった。物音もしない。更に身体も動かない。そして、自分の身体と意識が微妙にズレていく、なんとも形容し難い感覚に全身が包まれていく。
だが。
ラプトルもどきはそれを上回る速度で臨次を猛然と追いかけ、噛みついてくる。
噛みつかれる直前に持っていた鉄パイプを振り回して頭に当てて少し距離を取り、正面に対峙する。
見ると、鉄パイプが当たったはずの頭にはなんの傷もない。
宿泊したホテル支配人が言っていた、鉄砲でも傷が付かなかった、というのは本当のことなのかもしれないと思い始める。
しかしそうすると、どうしたらこのラプトルもどきから逃げられる…いや、逃げた先で別のラプトルもどきに出会う可能性もある。可能ならば、この場でこのラプトルもどきをどうにかしたい。可能ならば。
いろいろ考えているところにラプトルもどきが噛みついてくる。鉄パイプを振り回しながら逃げているのでまだ避けれているが、それでも厳しい。鉄パイプを振り回す腕が疲れてくるし、握る手はラプトルもどきの頭に鉄パイプが当たる度に衝撃で痺れてくる。
ラプトルもどきも振り回される鉄パイプが邪魔なのか、いったん立ち止まり、こちらを値踏みするかのようにゆっくりと横に動き始める。
そのとき、スマホが鳴った。何故か音声も流れた。
『アプリ起動の準備が整いました』
臨次はスマホに、アプリからの連絡が届いた際の通知に音声は設定していない。一瞬ポケットの中に入ってるスマホに意識を取られた。
そこを狙ってラプトルもどきが飛びかかってきた。短い前足を使って臨次の上半身を抑えにかかる。
咄嗟のことに反応出来なかった臨次は頭と胸を抑え込まれて倒れこむ。首に噛みつかれそうになったが、持っていた鉄パイプを使って必死にガードする。
だが、ラプトルもどきの力はやはり人間の力と比べてもかなり強い。ゆっくりと、だが確実に牙が臨次の首へと近づいていく。
足で腹を蹴り上げるが力が足りないのか体制が不十分なためかはたまた別の理由なのか、効いている様子はまったくない。
何か方法はないかと必死に考えを巡らせるが、突破方法がそんな都合良く思いつくはずはなかった。
そのとき。
「あそこだ! 人が襲われている! これより救助を開始する! 増援を求む!」
声が聞こえた方へ顔を向けるとそこには、角材や鉄パイプを持った自衛隊員が二人、臨次の方へと向かって走ってきていた。
その間にもラプトルもどきの牙は迫ってきているが、これで助かるかもしれないと一瞬思ってしまった。それは、張っていた気が緩むことにも繋がる。
気付いた時には既にもう遅い。一気に押し込まれて牙が首に突き立てられる。ギリギリのところで鉄パイプを口の中へ立てて入れ、かろうじて耐えるが、首を嚙み千切られるのも時間の問題だ。
「この…もう…ダメ…」
弱音を漏らしたところで、駆け付けた自衛隊員がその手に持っていた角材でラプトルもどきの首元を思いっきりぶん殴った!
その衝撃にラプトルもどきの身体がズレ、牙と臨次の身体を抑え込んでいた前足もはずれて危機を脱した。角材で殴った隊員とは別のもう一人が臨次に駆け寄ってくる。
「きみ! 大丈夫か!?」
「あ、ありがとう、ございます…大丈夫…です」
そういう臨次の顔は真っ青だ。持っていた鉄パイプは真ん中に折れ目が入りかけていた。もう少し遅かったら鉄パイプごと…と考えると、身体は震える。
「ここは我々が引き受けますので、きみは逃げてください!」
そう言う隊員の顔を臨次は咄嗟に見た。臨次を安心させるためだろうか、表情には笑みが浮かんでいる。だが、身体を支えてくる手は、震えていた。
この隊員は知っているのだろう。このラプトルもどきが自衛隊でどうにか出来る相手じゃないことを。
だが、自衛隊は日本国民のために守り、戦う。
もう一人の隊員は角材を振り回しつつ、一定の距離を取りながらラプトルもどきを抑えていた。よく見れば、そちらの隊員も重心を後ろ足にかけていて恐怖を感じていることがうかがえた。
「さあ、行ってください」
もう一度隊員の顔を見た。臨次よりも若く見えた。
隊員は鉄パイプを握りしめてラプトルもどきに向かっていく。
噛みつこうと突き出された頭を鉄パイプで思い切り殴る。その衝撃で押し返すが、頭には傷ひとつついていない。
太ももには拳銃のホルスターがあるが、抜かない。
効果がないことを知っているのか、民間人である臨次がいるため、万が一の事態を考えて抜かないのか。理由はわからない。
臨次は立ち上がり、その場を自衛隊員に任せて逃げようとした。が、一歩踏み出したところで止まった。
さきほど臨次に声をかけた隊員が、ラプトルもどきが繰り出した尾の一撃で壁に叩きつけられたからだ。打ちどころが悪かったのか、首を傾けてぐったりして動かない。
もう一人の隊員が何か叫んでいる。何を言っているのか言葉が頭に入ってこない。
『アプリを起動して機能を開放するには使用者の意思確認が必要です』
スマホから何か音声が流れてくる。耳障りで仕方ない。
あの自衛隊員は我が身の危険がわかっていながら助けにきてくれた。恐怖を抱え、生きて戻れない可能性が高いと知りながら、たった一人の民間人を助けるためにきてくれたのだ。
自衛隊としての訓練や心構えとして、民間人を助けるのは当たり前のことなのかもしれない。だが、こんな恐竜もどきが出てくるなんてことは想定していなかったはずで、しかも傷つけることすら出来ない敵。もし本当に鉄砲でも傷を付けることが出来ないのだとしたら、まさしく、死を賭して。
臨次は震えた。今まで民間の会社で働き、誰かを助けたり守ったりすることとは縁がなかった。親兄弟とは離れて一人暮らしだし、恋人もいない。そんな世界で生きるのとはまったく別種の覚悟。
そして目の前にいる、人に死をもたらす恐竜もどき。
昨日から変わってしまった日常だが、その理をもたらすのがこの恐竜もどきなのだろうか。
そんなこと、認められるわけがなかった。
「あそこだ! 民間人もいる! まだ残っていやがった、あの恐竜!」
はっとして振り向くと、そこには複数の自衛隊員の姿。こちらに駆けてくる。そういえば、増援をとかなんとか言っていたかもしれない。
だが、駆けてくるその一団の横合いから、ぬっともう一匹のラプトルもどきが姿をあらわした。
まるでスローモーションのように、ラプトルもどきは真ん中あたりを走っていた自衛隊員の頭に齧り付く。
「こっ…こいつ! 今まで姿形もなかったのに突然出てきた! どうなんてるんだ!」
自衛隊員がそれぞれ持つ角材や鉄パイプでラプトルもどきへ攻撃を行い、ゆっくりと飲み込めないと悟ったのか噛みついた隊員をぺっと吐き出す。
そして、自衛隊員を鋭い目でじっくりと見回す。その目に宿るのは、完全な敵意。
このままでは、ここにいる自衛隊員も、臨次もこの恐竜もどきに殺される。
『使用者へ問います。戦えるか?』
スマホからまた妙な音声が聞こえた。完全に故障してしまったのか、もしくはどこかへ電話発信をして繋がってしまったのか。
ふと、持っていた鉄パイプを見た。折れ目はあるが殴ることは出来る。
ー戦えるか。
スマホから聞こえた音声で、このフレーズだけが頭に残った。そう、生きると決めた。それは、死と向かい合って抵抗して生き抜くことと決めていたことだった。
臨次は鉄パイプを強く握り振り向いて、一歩足を踏み出す。瞳には強い意志の光がある。
ここで逃げたら、今は生き延びられてもきっとすぐに死に追いつかれる。
自分の心を奮い立たせろ。
逃げるな!
立ち向かえ!
自分に言い聞かせる。
そして、自分の意思をはっきりと言葉にした。小さな声、しかし力強く。
「俺は、戦う」
『意思確認、完了。Q.Mを起動します。また、本人への認識同調を実施する為、フィールドを展開します』
スマホから意味不明な音声が流れた。
その直後、突然視界が真っ暗になった。物音もしない。更に身体も動かない。そして、自分の身体と意識が微妙にズレていく、なんとも形容し難い感覚に全身が包まれていく。
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