QM ~量子生成~

なかむら 由羽

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決意の郡山

その名はQ.M①

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 周囲は完全に闇に包まれた。まさしく一寸先も闇。
 身体を動かして辺りを確認しようとするがまったく動かない。いったいどういうことなのか。だが、何故か思考は普段通り出来ている…

『展開完了。情報の強制送信及び同期を開始します』

 またしてもスマホから意味のわからない音声が聞こえた…と思ったが、それは違った。周囲の空間、全方向から聞こえてきているように感じたからだ。それよりも強制送信とか同期とかいったいなんのことだ?と考えはじめたそのとき、上空から一筋の光が臨次に向かって真っすぐ降りてきたのがわかった。
 顔も視線も正面を向いたまま。普通であれば絶対に見ることが出来ない真上。身動き一つ出来ないので、状況に流されるまま、光が臨次を包む。
 すると、今まで経験したことのない感覚が臨次の頭部を襲った。痛みや不快感でも悦楽でもない。何かが脳に詰め込まれて埋まっていく感覚。頭の内側から何かが溢れ出んばかりに飛び出そうとしてくるが、その感覚は物理的なものではないのか、頭部には何の変化も見られない。
 それがしばし続くと、突然光が消えて頭の妙な感覚も消えた。が、今度は頭の中に情報が入り乱れ始めた。見たことの無い情景が頭の中に浮かび、まるで経験してきた事柄のように目がちかちかする。
 膨大な情報がものすごい勢いで頭の中に格納されていく。
 それはまるで、パソコンでダウンロードされたパッケージを解凍してインストールしていくかのように。
 そして、それは唐突に終わった。

『情報の同期を完了。フィールドを解除します。プレイヤーの健闘を祈ります』

 そして地面を踏みしめ、ラプトルもどきへと一歩踏み出した。
 一瞬、臨次は気付かなかった。いったいいつの間に戻ってきたのか。しかし、それを悠長に考えている暇はない。
 目の前に立っていた自衛隊員がラプトルもどきの一撃をまともに受けて壁に叩きつけられ、倒れたまま動かなくなる。
 一歩踏み出すラプトルもどき。その目線は最初に気絶させた自衛隊員へと向けられている。
 臨次はもう一歩踏み出し、そして気付いた。自分の格好が違う。よくある修行僧のような格好だが頭に網代傘はない。左右の手首には、手首の外側を支点に展開するブレードのようなものが装備されていた。右腕のものは薄く、左腕のものは厚みがある。
 これはQ.M。
 先ほどの謎の現象によって得た情報によると、現在目の前にいるラプトルもどき他に対抗するために必要な装備らしい。格好は本人の特性や趣向によって変わるらしく、臨次はこの格好、ということのようだ。
 こんなコスプレのような装備で本当に戦えるのだろうか。鉄パイプで殴りつけても傷一つつけられず、聞いた話では銃火器でも殺せない。ましてや、両腕に備え付けられているブレードのうち、右腕のものは明らかに薄い。これでは斬るどころか触れた瞬間に折れてしまうのではないか。
 だが、深く考えている時間はあまりない。自衛隊員がやられてしまえば、次のターゲットは臨次自身なのだから。
 …臨次は覚悟を改めた。
 地面を強く蹴ってラプトルもどきへとの距離を一気に詰め、左腕のブレードを展開する。左腕のブレードのほうが厚みもあるし重たい一撃を与えられそうで、自衛隊員から引きはがせると思ったからだ。そして、臨次のことをまったく見ていなかったラプトルもどきは反応が遅れた。
 ラプトルもどきの首へと繰り出された臨次のブレードは、ものの見事にラプトルもどきの首を跳ね飛ばしていた。
 視界中に薄く、致命の一撃!と文字が浮かび上がっている。どうやってその場所に表示しているのかさっぱりわからない。視線を動かしただけでは動かず、顔を動かすと一緒に動く。つまり、顔に対して固定の位置に表示されているのだろうが…
 倒れたラプトルもどきの身体と落ちた首が淡い緑色に点滅し始め、徐々に薄くなっていき緑色の粒子になって完全に消える。消えた後には白いキューブ状のものが残されていた。
 一見すると意味がわからないのだが、情報の強制同期とやらのおかげだろうか、それがなんなのか臨次は知っていた。
 キューブは臨次が身に纏うQ.Mの装備に吸収されて消えた。そして視界の片隅に『60Q.Mポイント取得』と表示された。
 敵を倒したときに得られるポイント…功績ポイントというものだ。集めたポイントを使用することで、Q.M装備を強化出来る。らしい。
 そういえばラプトルもどきはこの場にもう一匹いたはずと思い出して振り返ると、駆け付けてきた四人いたはずの自衛隊員は二人が倒れ、一人はふらつきながらもラプトルもどきに角材を突きつけ、一人はラプトルもどきを鉄パイプで殴ろうと間合いを伺っていた。
 そこでラプトルもどきが臨次を視界に捉えたのか、身体ごと向き直って低い姿勢から牙をむき出しにして、唸りだしそうな凶悪な顔つきになる。
 自衛隊員はその動きから臨次を目視し、更に二人倒れている現状を確認するが、先ほどまでその場にいた男性とあまりにも格好が違うため、一瞬だけ動きが止まった。
 ラプトルもどきが一歩踏み出したタイミングで臨次も駆け出し、左腕のブレードを思い切り横に振りぬく!
 金属同士がぶつかるような硬い音が響いた。
 ブレードはラプトルもどきの前足…かぎ爪によって防がれていた。ぎりぎりとブレードから音が鳴り、押しても引いてもビクともしない。
 臨次とラプトルもどきの目が合った。
 身体をその場で回転させるようにして臨次を壁へと放り投げて叩きつける。
 臨次はやられた!と思ったが、確かに多少の衝撃はあったものの、ダメージはほとんどなかった。そういえば、Q.Mを装備しているときのダメージの通り具合等も全てあったな、と一瞬考えたが、そんなものはすぐに吹き飛んだ。
 ラプトルもどきがジャンプしてその丸太のように太い脚で臨次を抑え込もうとしてきたからだ。
 Q.Mを纏っている状態でなければ、これで終わりだったかもしれなかった。
 臨次は横に転がってその一撃を避け、左腕のブレードをその脚に向かって繰り出した。ブレードは、脚に少し切り込んだところで止まった。慌てて距離を取る。
 思っていたよりもラプトルもどきの皮膚というか装甲は硬かった。一匹目を一撃で倒せたのはまさしく運がよかったのだろう。左腕のブレードの一撃が有効打にならないのではかなり厳しい。かといって臨次に残っている武器は、右腕のブレードだけ。
 一歩、また一歩と臨次との距離をゆっくり詰めてくるラプトルもどきは、低い姿勢から体当たりをかけてきた。
 咄嗟に左腕のブレードをその頭部へと振るが、ブレードが頭に触れたタイミングで大きく身を捩られ、左腕ごと強く弾かれる。
 ラプトルもどきの目が歪んだ。獲物の捕食を確信し笑ったかのように。
 臨次は残された右腕のブレードを展開した。そして、勢いよく迫ってくるラプトルもどきの胴体へとそのブレードを思い切り振った。だがそこへ突き出される前足のかぎ爪。
 さっきと同じように止められる!
 思った瞬間、右腕はそのまま振り抜けられた。ラプトルもどきの前足は切断されて今にも地面に落ちようとしていた。
 何故切断出来たのか、その考えを持つ前に臨次の身体が動いた。右腕を頭部のある方めがけて力の限り薙ぎ払った。
 そのブレードは頭部の目より先をいとも簡単に胴体から切り離した。まるで苦悶するかのようにラプトルもどきがのけぞったところに今度は左腕のブレードを胴体へと突き刺し、横へ薙ぎ払う。「く」の字に切り込まれた身体がゆっくりと折れ、そして地面へと倒れ伏した。
 そして緑色に点滅を始め、すぐに緑色の粒子となって消える。後には白いキューブが残された。
 臨次は大きく息を吐いた。あまりの緊張に途中から呼吸を忘れていた。そして地面にへたり込んでキューブに触れて吸収する。
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