QM ~量子生成~

なかむら 由羽

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決意の郡山

その名はQ.M②

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 一匹目を倒したときには感じなかった、これが戦いの空気というものだろうか。一瞬の判断で有利不利がいとも簡単に入れ替わる。特に、左腕のブレードを弾かれたときはこれで死ぬ、と感じた。
 情報同期によればこれはゲームだという。確かにゲームなのだろうと思った。目に見える脅威から我が身を救い、ポイントを得て自分を強くして更に戦って生き延びる。だが、何と戦っているのかがまるでわからない。ゲームでいえばまだチュートリアル戦闘みたいなものだからなのか?
 だが、チュートリアルとは思えない、生々しい『死』の臭い。
 よくあるファンタジーゲームなら、世界を破壊して混沌へ戻そうとする魔王を倒すため立ち上がる。といったようなおおざっぱながらも道筋はあったりするし、そういったものでなくとも方向性はあったりするものなのだが…
 今倒したラプトルもどきから感じたものはそんなものではなかった。

『目の前に獲物がいるから捕食する』
『獲物が抵抗してきたから無力化してから捕食する』
『自己を殺す武器を持つ獲物がいるから優先して無力化する』

 どれも、ラプトルもどきの固体としての考えにしか感じられない。であれば、このラプトルもどきはゲームの中の立ち位置としてはいわゆる、雑魚なのだろう。
 雑魚。
 刃物はおろか銃火器でも傷一つ付けることが出来ず、人間を捕食の対象としか見ていないほどの敵でも、雑魚。
 情報によれば、ラプトルもどき連中の目的は、生命の根絶らしい。確かに戦闘力の差は圧倒的で、時間はかかっても達成されることは必然だと思えるほどの圧倒的な差。

「おい、きみ」

 一人でどれほどのラプトルもどきと戦うことが出来るのかわからないが、一番の雑魚と思える敵でもこれでは、あのビルを越える大きさのラプトルもどき?とでは、とても戦いにもならないのではないだろうか。

「聞こえてないのか? おい」

 ここで、敵はラプトルもどきをはじめとした恐竜もどきだけとは情報共有されていなかったことに気付いた。もしかすると、ラプトルもどきよりも恐ろしい、狂暴な敵がいる可能性もある。

「おい! お前だ! そこの!」

 言われて臨次は振り向く。そこには、鉄パイプと角材を向けた自衛隊員が二人。戸惑った目線で見ていた。

「お前はなんだ!? い、いったいどうやってこの化け物を殺したんだ!?」

 自衛隊員の声は少し震えていた。無理もない。昨日から散々戦っているであろう敵、抵抗はかろうじて出来ても殺すことはおろか傷を付けることすら出来なかった敵を、いきなり斬り倒したのだから。
 しかし、正直に話してもわかってもらえるとは到底思えない。臨次もあの謎の空間での情報の強制同期などという荒唐無稽にしか思えないことがなければ、信じられないのだから。
 この、身に纏うQ.Mがなければ。
 なんと説明すればいいのか。臨次が悩んでいると。
 遠くから、悲鳴が聞こえた。
 一つ二つではない。大勢の人の悲鳴だった。
 はっと悲鳴の聞こえてきた方角を見ると、そこは開成山公園。遠目に見えるのは群れで暴れるラプトルもどき。一呼吸遅れて自衛隊員も悲鳴に気付いて振り向く。表情は見えない。が、臨次を一瞥すると一人は開成山公園へ向かって走っていった。もう一人は倒れている隊員の様子を見ている。そして、一瞬顔を背けた後に走り出した。
 悲鳴はますます多く、大きくなる。
 見える範囲でラプトルもどきを数えたところ、五体。たった今、二体相手にしてこれほど体力と精神が擦り減ったというところで、更に最低五体を相手にするなんて無理だ。
 ラプトルもどきが尻尾を大きく振り回して周囲にいた自衛隊員を弾き飛ばした。頭から落ちて自衛隊員は動かなくなる。顎を大きく開けて自衛隊員をくわえ込み、飲み込んだ。そして逃げ惑う民間人に目を付け、走り出そうと一歩踏み出したタイミングで、横合いから強い衝撃を受けたのか大きく倒れこんだ。
 そこには、中世騎士に似た鎧のようなものを着て、身の丈はありそうな巨大な剣を持った男性?女性?がいた。
 明らかに場違いな格好だが、おそらく、臨次と同じようにQ.Mを起動した人なのだろう。
 あれだけ多い人がいるのだから、Q.Mに登録していた人がいても不思議じゃない。
 しかし…
 明らかに多勢に無勢。今は一体を相手にしているから大丈夫だろうが、他のラプトルもどきが寄ってきて同時に数体を相手取ることになれば…
 懐からスマホを取り出し、Q.Mを起動していられる時間を確認する。ラプトルもどき二体分の功績ポイントを得たことによってその時間にはかなり余裕があった。これなら…たぶんいける。
 臨次は立ち上がり、地面を蹴って走り出した。走り出して気付いたが、臨次が普通に走るよりもずっと早い。視界の中の景色があっという間に流れ、開成山公園に一気に近づく。Q.M起動による影響なのだろうか。そのあたりの情報は認識同調でも得られていない。
 そのままの勢いで開成山公園に飛び込むと、逃げ惑う人の群れを抜け、巨大なブレードを持つ人と対峙するラプトルもどきの横合いから左腕のブレードの一撃を叩き込んだ。

「そこの人! いま!」

 臨次が声をかけると、巨大なブレードを振りかぶってラプトルもどきの頭をかちわった。そして淡い緑色に包まれ、消える。消えた後にはやはりキューブが残された。それは自然に分割されて臨次ともう一人に吸収された。
 よく見ると、巨大なブレードを持つ人は女性だった。

「はっ…はっ…あ、ありがとうございます…」

 女性は目の前のラプトルもどきを倒した安堵からか、地面に座り込みそうになるが、臨次がそれを止めた。周囲にはまだ複数のラプトルもどきがいて、人に襲い掛かっているからだ。

「まだ今のが残ってますけど、このまますぐに戦えますか?」
「…え? あ…」

 女性は周囲を見回してから臨次を見るが、受け答えは今一つはっきりしない。

「俺は向こうのやつからやりますんで」

 この後の行動だけ伝えて臨次は別のラプトルもどきへと向かって走り出した。
 人の間をすり抜けて、今にも人に噛り付きそうにしていたラプトルもどきの横っ面に左腕のブレードを叩き込んだ。
 右腕のブレードだとそのまま切り抜けて、組み付かれている人にケガを負わせてしまうかもしれなかったためだが、今の一撃でラプトルもどきが吠え声を上げるような仕草を見せ、臨次に飛びかかってきた。
 噛みつこうとしたその口を左腕のブレードで抑えて右腕のブレードを振りぬこうとすると、かぎ爪でがっちりと抑え込まれた。右腕のブレードの切れ味は一級品だと思うが、それも刃先が相手に届かなかったら意味がない。
 ラプトルもどきと押し合いをしていたら、視界の端に別のラプトルもどきの姿が。
 明らかにこちらへ向かってきている。
 さっきの吠え声を上げるような動きは、奴等に集合を呼びかける意味があったのだろうか?

「まじかよっ!?」

 組み付いてるラプトルもどきをなんとか振りほどけないかともがくが、左腕のブレードにがっちりと噛みつき、右腕のブレードをかぎ爪でしっかりと抑え込まれている。
 振りほどけない!
 ラプトルもどきが大口を開けて目前に迫ってくる!
 思わず目を瞑る臨次。
 だが、先ほど助けた巨大なブレードを持つ女性が横合いからラプトルもどきに攻撃を仕掛け、首を一刀両断にした。そしてそのまま、臨次に押さえつけていたラプトルもどきの胴体を両断する。

「す、すごい…」

 肩で息をしていた女性は臨次を見て興奮したように話し始める。

「大丈夫でしたか! あ、いえ! 先ほどは! ありがとうございました! お礼も出来ずに呆けてしまっていてすみませんでした! 今度は私もしっかり戦います! どうか力を貸してください!」
「…は、はい…」

 言うと、女性はにかーっと明るい笑顔を見せ、巨大なブレードを両手で構えた。

「私は葛目純子といいます。貴方は?」

 立ち上がって両手のブレードを構える。

「俺は成木臨次。まずはあいつらを片付けよう、よろしく!」



 臨次は純子と名乗る女性と共同戦線を張り、開成山公園に出現していたラプトルもどきを15体程倒した。まだいたであろうラプトルもどきは、公園から逃げた人々を追って行ってしまったらしい。
 臨次がけん制やサポートをしながら純子が重い一撃を叩き込む攻撃パターンが安定したため、途中からは周囲を見る余裕が出来た。
 他にQ.Mを使えるようになった人は何人かいたようだが、状況が悪かった。多勢に無勢では限度があった。徐々に数を減らしていって、最終的に二人以外ではたった一人しか残らなかった。
 残ったのは衣服とスマホのみ。
 避難民にも大勢の犠牲者が出て、自衛隊員は民間人を守るために盾になったのか、こちらは生存者は誰もいなかった。
 生き残った避難民たちはラプトルもどきに対して有効な対抗手段を持つ三人に庇護を求めた。
 臨次は両親の安否が気になるため固辞したが、純子はこの人達を守れるのは私たちだけだよ!と興奮が冷めないのか鼻息荒く、残ったもう一人の誠司は俺達には与えられた力があるから!と自分に酔い、避難民たちと一緒になって臨次を説得する側に回り、一時的にだが避難民と二人へ協力すると約束した。
 そして数日後。
 臨次は助けたはずの人達から化け物呼ばわりされ、追放された。そのときの避難民たちの目は、氷の如く冷たい目。
 誠司はまるでモノを見るかのような冷めた視線を向け、純子は何か言いたげだったが、何も言わなかった。
 Q.Mは人を助ける為の力なんだと思い始めていた臨次は、思いあがっていたのだと気づいた。
 誰かの為に使う。弱い立場の人のために戦う。
 変わってしまった世の中では、弱者に引っ張られれば堕ちてしまう。

 これからは、自分の目的のためにQ.Mを使おう。
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