QM ~量子生成~

なかむら 由羽

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戦禍足利

足利市場跡キャンプ①

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 人型のモドキ。
 臨次は今までに一度だけ遭遇したことがある。
 それは、Q.Mを手に入れて間もない頃。
 すなわち、郡山。
 あの時は、臨次も含めて三人のQ.M使いがいた。それでも一時は死を受け入れることを考えるほど、強敵だった。
 郡山で戦った人型モドキは一体で、その固体能力はそこまで高いものではなかったのだが、何より厄介だったのは、ラプトルモドキを生成?喚び出す?能力だった。最初は三対一だったのがいつの間にか三対五になり、三対九になり…ラプトルモドキでこちらを動かして人型が攻撃してくる。単純だがこの戦法に三人は翻弄され、傷を負い、追い込まれていった。
 最後は、臨次が『あること』をしたため、三人とも死ぬことなく切り抜けられたのだが、その『あること』のせいで臨次はその集団から追い出され…半ば自ら出ていくことになった。
 もし、翼竜型の上に立つあの人型も、郡山の人型と同じようにモドキを喚び出す?能力を所持しているとしたら、キャンプの戦力ではとても太刀打ちできない。ただでさえ、ほとんど戦闘経験のない翼竜型に加え、数多くの小型に大型もいる。
 キャンプの崩壊というよりも全滅は時間の問題だろう。
 モドキの集団は、もう渡良瀬川を越えている。翼竜型に至っては更にその先だ。
 もう、猶予はない。
 臨次は男浅間神社から駆け出し、木にぶつかりながらも階段のない山の斜面を滑り降りるように下り、キャンプを目指して走り出す。
 他人の為にQ.Mは使わないとしている臨次だが、この数日、キャンプの中で多少なりとも世話になった。彼等の為に戦うことはしたくなくとも、避難を促すことくらいはしたい。しかし、あそこにはQ.M使いもいる。すぐは無理だとしても、後日織姫神社攻略の駒として使うため、なんとかして引き入れたい。
 そのためには、考えを曲げねばならないか…
 臨次は頭の中でぐちゃぐちゃと考え事をするが、その内容はすべて、キャンプがある程度無事である想定だ。
 途中、小型のモドキに絡まれながらも全力でキャンプへと走ったが、途中で大きな破壊音が響き渡った。
 モドキのキャンプ襲撃は既に始まっていた。

 ラプトルモドキが非戦闘員を追いかけまわす。当然ながら抵抗など出来ない。
 アパトモドキがQ.M使いと相対し、追い込んでいく。Q.M使いからのその攻撃は深く喰い込んでいかず、致命傷にはならない。逆に、アパトモドキからの攻撃はまともに喰らえば、どれも致命傷になるレベル。
 このキャンプにいたQ.M使いのほとんどは、ラプトルモドキしか相手にしたことはないのだろう。だが逆に、何故アパトモドキはここを襲うことはしなかったのか。
 いや、そんなことを考えている暇はない。臨次は頭を振った。
 既に避難を促せる状態でないのは一目瞭然だし、非戦闘員を助けて回ったところで消耗する一方。と、なれば、Q.M使いをなんとか援護したいのだが、これだけ小型が多く動いている場所で誰かを守り、助けながら大型と戦うのは自殺行為としか思えない。
 それならば、あの巫女さんを助けるほうがよほど後の役に立ちそうだった。
 巫女さんの名前は憶えていないが、話を聞いて驚いた。彼女は予知が出来るらしい。その情報だけならば信じることなんて出来ないが、彼女は今までに何度もモドキの襲撃を知らせ、避難をするとその通り数多くのモドキが襲撃してきた。その都度キャンプの場所を変え、今はこの足利市場跡で巫女として避難民から頼りにされているらしい。
 だが、今のこの状況は何だろう。巫女について聞いた話が本当なら、この襲撃は予知されていたはずで、ここまで酷い状況にはなっていないはずだ。
 何か裏があるのかもしれないが、この混乱した世界で生き抜き、逃げながらもこの市場跡までたどり着いたのは本当のこと。巫女は助けても損はないだろう。
 臨次は建物の影に隠れて周囲状況を確認ながら、なるべくモドキと戦闘しないようにキャンプの奥へと走っていく。巫女の居住スペースはどのあたりなのか見当もつかないが、臨次が割り当てられたテントの場所から離れた倉庫の方角でなないかと思っている。
 テントの場所を割り当てたのは比呂らしく、それならば巫女と離れた場所にするんじゃないか?というのが理由だった。
 臨次の目の前に目的の倉庫が見えてきた。横に三つ並んでいて、そのどれかを巫女が居室として使っているんじゃないかと思っている。さあ、いくかと建物の影から一歩踏み出したところで、突然出てきた小型のモドキと頭をぶつけた。
 慌てて両腕のブレードを展開し、左腕のブレードでモドキが暴れないように壁に叩きつけ、右腕のブレードで身体を半分に断ち切った。モドキが遠吠えをするような動きはなかったので、敵が寄ってくるなんてことはないはずだ。
 臨次は真ん中の倉庫へと駆け寄り、半分開いたままになっている扉へ滑り込んだ。
 倉庫の中は物がぐちゃぐちゃに散らばり、積まれていた箱が崩れていたりと、ここにモドキが入り込んでパニックになったのがよくわかる様相だった。

「酷いな…」

 よく見ると衣服が落ちている。つまり…
 無視して崩れている箱を押しのけて奥へと進みドアを開けると、小さな部屋。そこにはコーヒーが飲みかけのままおかれており、まだ冷め切っていない。更に奥へ繋がるドアもあるので、ここは附室みたいなものか。
 奥には、明らかに他の生活場所よりも質の高い家具が並び、ベッドまで置いてある部屋がいくつもあった。
 おそらく、このどれかで巫女は生活していたのだろう。部屋の前にネームプレートでもないかと確認してみたが、ない。
 偉ぶってる人間なんて、端の建物ではなくどうせ真ん中だろ、と適当に考えて入ったらその通りで探索の手間が省けたのは楽だが、こうも似たような部屋だとまためんどくさくなる。
 ふと疑問がわいた。
 いくらなんでもここの生命線とも呼べる巫女を、同じような部屋がいくつもある場所で生活させるだろうか。
 ひょっとしたら、と一番奥の部屋へ入ってみると、そこには造りの違うドアが一枚。普段はこの部屋に誰か詰めているのだろう、ドアの脇には椅子と机がある。その椅子も倒れていて、非常事態が起こったことがよくわかる。
 そして、そのドアは開いたままだった。
 誰かが押し入ったのか? いや、このキャンプでそんなことをする奴はいないだろう。考えても仕方ないのでドアを開け放つと、中には階段があった。
 言われてみれば、倉庫はそれなりの高さがあるが、このあたりの居住スペースはそれほど天井が高くない。

「なるほど、つまり巫女はこの倉庫の二階で、護衛も同じ建物で生活していたってことか」

 あまり音を立てないように階段を昇ると、そこには扉が一つ。
 鍵はかかっていない。
 というよりも壊された形跡がある。
 これは明らかにおかしい。何者かが悪意を持って行動を起こさないとこんなことにはならないはずだ。しかも、このキャンプの一番大事な場所で、だ。
 現状、部屋の中から物音はしない。下の階も閉められる扉は閉めてきているので、モドキが侵入してきたら扉を壊す音ですぐにわかる。
 左腕のブレードを展開し、ひっかけて外開きの扉を開ける。
 きぃ…とい小さな音がなってゆっくり開いていく。見える範囲には誰もいない。
 ゆっくりと音を立てないよう部屋の中に入る。
 部屋の中で乱れたところは特に見当たらない。
 ただの一点をのぞけば。
 窓ガラスが割れていた。

「何者かが部屋に侵入してきた…?
 いや、それにしては…」

 窓の周辺にガラスが散らばっていない。つまり、部屋の中から割られた…?
 なんのために?
 窓の下を覗くと、人が倒れていた。女性だ。見たことがある、気がする。
 気にはなるが、まずは部屋の確認。
 見ると大きな箪笥やクローゼットがあり、非戦闘員が過ごしているような場所ではないのが一目瞭然。箪笥の上にはスマホの充電器が置いてある。もちろん、ソーラーパネル式だ。
 インフラが破壊されて電気がまともに使えない今では、スマホの充電器なんて持っていても仕方がない。だが、Q.Mを使う者にとっては必須どころか、持っていないと命に係わる。つまり、この部屋の主人はQ.Mを使えると考えれるが、臨次の予想ではこの部屋は巫女の居室。だが、何度か見ている巫女はQ.Mを使ってすらいない。それどころかスマホを持っているそぶりもなかった。
 臨次はクローゼットをあけた。中には、初めて巫女を見たときに着ていた服。

「この部屋を使っていたのは、あの巫女で決まり…か。でもそうすると、恐らくQ.Mを使えるってこと…のはず。でも、Q.Mを使って何かやっているような雰囲気は一切なかった。むしろ巫女を守って戦うのは、おそらくあの女…」

 クローゼットを閉めて、窓際へ。再度、倒れている女性を見てみる。
 今気づいたが、この窓から飛び降りて倒れている、という様子ではなかった。格好は私服なのだが、その半身がまるで焼かれたかのように焦げて傷だらけになっている。
 モドキにやられたのかと思ったが、あんな攻撃をするやつがいるのは見たことも経験したこともない。
 あの、人型の仕業だろうか…?
 ざり、と音がした。
 慌てて部屋の入口を方を見るが、誰かが入ってきたわけではない。するとなんの音なのか。
 一つの可能性に思い当たり窓の下を覗く。
 女性が、無事な方の腕をもぞもぞと動かしていた。
 まだ、生きている。
 臨次は窓から飛び降りて女性に駆け寄。抱き起すと、誰だったのか気付いた。
 巫女に寄り添っていた、槍を持っていたQ.M使い。ミユウだ。
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