QM ~量子生成~

なかむら 由羽

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戦禍足利

足利市場跡キャンプ②

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「おい、アンタ、意識あるのか?」

 身体を軽く揺らして問いかけてみるが、呻き声を漏らすだけ。
 どうも面倒なことにしかならないが、対策するにも何が起きたのか知る必要がある。頬をぺちぺちと叩き、外套の下から水を出してその口に含ませた。
 すると水を飲み込む仕草を見せて激しくせき込む。そして、目を覚ました。

「あ…お…おま…え…」

 まだぼんやりしているらしく、焦点が合っていないが、だんだん意識がはっきりしてきたのか、臨次を見据えて驚愕の顔をした。

「おっ! なっ! は、なせっ! この…いたっ!?」

 無事な腕で臨次を突き放そうとしたところで、身体の痛みを認識したのか顔を歪めて身体を震わせる。

「暴れるな、軽いケガじゃない。いったい何があったんだ? しかもその身体のケガ、モド…トカゲの新種でも出たのか」
「ぐっ…うっ…」

 ミユウは苦しく呻いて臨次を睨んでくる。
 臨次ははぁ、とため息をついて、ミユウを抱き上げた。

「やめ…ろ、はなせ…!」
「少し黙ってろ」

 周囲に注意しながら歩いて、巫女の居室と思われる場所にミユウを運び込み、ベッドに寝かせた。
 寝かせた際にケガを見てみたが、外傷は軽い火傷が主のようで、あとは内出血があちこち。これなら死ぬほどでもないだろう。
 ただ、汚れはよろしくない。
 臨次はボロボロになっていた側の服を力任せに引きちぎる。

「なっ…! なに、しやが…るっ!」

 引き破った服は放り投げて、箪笥の中からタオルを取り出して湿らせる。そして、汚れた身体をゆっくりと拭いていく。

「やめ…ろっ!」
「黙れ、汚れ落としてんだからそのままじっとしてろ。そのままだと火傷の痕から細菌入るだろ、死ぬ可能性下げる意味もあるんだからな」

 ふとミユウの顔を見ると顔を赤くしている。

「…こんなので恥ずかしがるなよ…」
「な、何が目的…だ」
「…情報が欲しい。アンタに何が起きた。アンタは巫女の護衛だったはずだろ。それなのにあんなところで倒れてるってのはどういうことなんだ」

 ミユウは何も語ろうとしない。無言のまま臨次は身体を拭き終え、毛布をかける。
 何も言わないなら仕方がないか、と諦める。

「じゃあな」
「…比呂、だ」
「比呂?」
「アイツが、巫女様の寝室に押し入って、きた…巫女様を、押し倒そうと…割り込んで、巫女様を抱えて外に…巫女様は、逃げた、が、比呂はQ.Mで私に…」

 ミユウは顔を背けて言葉を続けた。その言葉には悔しさが滲む。
 比呂はモドキが襲撃をしてきたこのタイミングに何を思ったのか、巫女の居室に押し入って襲おうとした。だがミユウが割り込んで巫女を助けて逃げようとしたが、外に出たが比呂から逃げきれずにQ.Mによる攻撃を受けた、と。
 臨次はこのキャンプに到着して僅か2日。比呂のことはそれほど知らないどころかまったく知らない。話かけようとしたこともあったが、鋭い目つきと刺々しい言葉で取り付く島もなかったのだ。
 そのため、比呂が何を思い考えてミユウの言った行動を起こしたのかは想像も出来ない。
 …ミユウの言ったことが真実だったら。

「その、やられて倒れていたところを俺が見つけた、ってことか。モドキに喰われる前でよかったな。
 …ああ、モドキってのはあんたらが言ってるトカゲのこと。俺はあいつらをモドキって呼んでるだけだ。
 それで、巫女は無事なのか?」
「…わから、ない。しかし、巫女様は危機察知、に優れているから、無事だと思う…」

 箪笥から別のタオルを取り出して湿らせ、軽く絞って額にのせる。

「…ここまでして、もらっていて悪いのだが、オマ…臨次殿に頼みたいことが」
「巫女のことだろ?」
「ああ、今の私、では巫女様を助け、られない…頼む…
 あの御方は、私のすべ、てなんだ…私の出来ることなら、なんでもする…たのむ…!」

 臨次はミユウを見る。
 ミユウは臨次をどういう目で見ているのか。利用する相手としてか、頼れる相手としてか、それとも縋る相手としてなのか。

「…そんなことを言っていいのか? 俺は男なんだが?」
「…わかって、いる…巫女様が、助かるなら…」
「別に、そんなもんはいらん」

 こんことが言えるくらいなら平気だろうと判断し、臨次は窓に近づく。

「俺は、誰の頼みも願いも受けない。誰かの為に動くなんてごめんだね」
「そ、それでは、巫女様は…!」
「だが、俺は俺の目的の為に巫女を利用する」
「…え」
「Q.Mを使わずにここで静養してろ。ケガはそこまで酷くない。もしモドキがこの建物に侵入してきたら、Q.Mを使って北にある百貨店に行け、あの建物は頑丈だし、フロアのサイズ的にモドキも侵入しにくい」
「な、なんでそんなこと」
「Q.Mを持っている人はいても、戦える人は少ないからな。アンタみたいな巫女信者でも、戦えるなら生き延びてもらったほうが役に立つだろ」

 窓枠に手をかけ、部屋から出ようとしたそのとき。

「比呂の」

 ミユウがはっきりとした声で言う。

「比呂のQ.Mは、展開後何かを打ち出して炸裂させるものだ。私がやられたのも、それを至近距離でくらったからだ」

 臨次は最後までそれを聞いた後、窓から跳んで地面へと降り立った。
 倉庫の影から周囲を見渡し、モドキがいないのを確認する。比呂も巫女も見えない。今見ているのは正面側。裏側も確認すると、そこには小さな赤い点が続いていた。

「血、か…」

 今のキャンプの状況で、この倉庫から血を流しながら移動する可能性があるのは二人しかいない。
 比呂、もしくは巫女。モドキは血を流さないから対象に含まれない。
 方角としては、少し先にあるぼろぼろの倉庫のほうへ続いている。
 その途中には、アスファルトが凹んでヒビが入り、黒く焦げたような場所がいくつかある。これがミユウの言っていた、比呂の攻撃によるものなのだろう。よく見ると、キラキラとした緑色の粒子が細かく舞っている。小型のモドキを倒したときの跡、なのかもしれない。
 硝煙の臭いはしない。Q.Mによるものだと、また別のものということだろうか。
 これだけの攻撃力、織姫神社の人型と戦う際にかなりの戦力になりそうなのだが…
 再度周囲を確認。モドキはいない。
 臨次は素早くボロボロの倉庫に移動。息を潜めながら様子を伺う。
 すると、建物の中から声が気付く。
 倉庫の外壁に開いた穴から中を見ると、そこは大小様々な箱が高く積まれていた。その奥から声が聞こえてくる。
 男と女の声。
 音もなく倉庫の中に入り込み、高く積まれた箱の脇をすり抜けて声に近づくと、そこには比呂と巫女の姿。
 普通であれば、巫女を倉庫の見つかりにくい場所で匿いながら、モドキの群れがいなくなるのを待つ。もし見つかっでも比呂がQ.Mで守り抜く。そういったシチュエーションなのだろうが、臨次の目に飛び込んできた状況はまるで違ったものだった。
 比呂が巫女の両手首を右手で掴んで頭の上で壁に押し付け、片足を巫女の股下に入れ、口を左手で塞いでいた。
 誰がどう見ても言い逃れ出来ない、強姦の現行犯だ。
 巫女は何か叫ぼうとしながら首を振るが、余程力を込められて口を塞がれているのか、くぐもった唸り声にしか聞こえない。目じりからは涙が溢れていて、足でも比呂をはねのけようとして股間を蹴り上げたりしているが、まるで動じる様子がない。
 それもそのはず、比呂はQ.Mを展開していた。ミユウが言っていた武器は見当たらないが、Q.Mが無いのとでは防御力はまるで違う。生身の殴打などほとんど意味がない。

「ん、んー!!」
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