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戦禍足利
足利市場跡キャンプ③
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「うるせぇな黙れよ。こんなことになったらもう終わりだよ。だったら、最後に好きなことしても罰は当たらねぇよな?」
比呂が血走った目でとんでもないことを言う。
「アンタには何度もオアズケくらってきたんだ、なぁ、もういいだろ? 死ぬ前に楽しいことしようぜ?」
どうやら、比呂は何度も巫女に言い寄っていたようだが、相手にされていなかったらしい。だからといってこんなこと、許されるものでもないが。
顎を上げた巫女が何か力を入れた。すると、比呂が僅かに顔を歪ませて左手を口から離した。
左手からは僅かに血が滴る。
…どれだけの力を込めて皮膚を噛めば、あんなことになるのだろうか。
比呂の表情がどんどん歪んでいく。そして、左手の甲で巫女の頬を思い切りひっぱたいた。
叩いた瞬間に右手も離したのか、巫女が倒れる。
比呂は立ち尽くし、血が滴る左手を見る。
「…以前、私は予知を授かり、ここに近いうちに恐ろしい敵が現れると伝えました。その姿は人と同じでありながら真っ黒で抜き身の剣を持っている、と。そしてこのキャンプは壊滅してしまうと。この予知をどうにか回避したかった。でも、信じてくれる人はほんの一握りだった。ここから移動しましょうと話をしても、Q.Mを使える人が複数いるし安全と言って聞いてももらえなかった。
それは今日、現実になってしまったけれど、もう流れは変えれなかったのだし、今となってはキャンプの皆がそれを望んでいたんじゃないかと思ってしまうところもあるわ。
でも、本当はもう一つ、予知を受けていたのよ」
比呂は何も反応しない。冷たい目で巫女を見下すのみ。
巫女は力強い目で比呂を見据えて言葉を紡ぐ。
「一つ目はキャンプ壊滅の予知。そして二つ目は、私が、比呂。貴方に襲わ」
比呂が巫女の腹を蹴り飛ばした。
「がっ! はっ…」
「いちいち煩い。結局、アンタがここで俺に襲われて死ぬことには変わりないんだろ。だったら、たっぷり楽しんでから死んでくれや」
比呂がしゃがみ込み、腹を抑えて倒れたままの巫女の襟に手をかけ、力任せに引きちぎる。
普通、服を引っ張った程度では引きちぎることなど出来ないのだが、Q.Mを展開したまま、その力を利用してやったことだった。
「ひっ…」
「さあ、お互い楽しもがっ!?」
一気に飛び出した臨次が、比呂の脇腹へ左腕のブレードをめり込ませ、そのまま弾き飛ばして箱の山へ叩き込んだ。
山が崩れて比呂を埋め尽くす。
「巫女さん、大丈夫か?」
確実に一撃を叩き込める、比呂が巫女に手を出す寸前まで息を殺して待っていたのを微塵も感じさせず、臨次は黒の外套外してを巫女へかけた。
「ごほっ…あ…臨次、さん、どうしてここに…」
「巫女さん、アンタに用があってな。
それにしてもずいぶんと比呂と仲が良ろしいことで。邪魔したか?」
「いいえ、た、助かりました。それで、比呂、さんに何を?」
「襲われてたってのに…比呂の脇腹にこの左腕のブレードを叩き込んだだけですよ。
死んじゃいません、結構痛いでしょうけど」
崩れた箱の山ががたごとと揺れて、箱を押しのけて比呂が立ち上がってきた。
全身を覆うQ.Mの鎧はのっぺりしていて、ロボットアニメの機械を彷彿させる。その脇腹が凹んでいる。臨次のブレードの一撃を受けた痕だ。
「て、めぇっ…! なんでここにいるんだよ!? 織姫神社を見に行ったんじゃなかったのかよ!?」
「見てきたからこそ、ここにいるんだが?」
「ああ!? ざけたこと言ってんじゃねぇ! 糞トカゲが来てからほとんど時間経ってねぇぞ! 織姫神社からここまで、糞トカゲと戦いながら来れるもんかよ!」
「奴等が織姫神社からここへ向かうのを確認してからこっちへ来たのは確かだけどな。監視場所は織姫神社じゃないぞ。何の準備も無しに行くわけないだろ、普通に考えれば」
「あ?」
「遠くから監視するだけなら場所の候補なんていくつもあるだろ。足利市駅前のホテル屋上とか、渡良瀬川手前の神社のところとか。少し地図見れば思いつきそうなことなんだが、アンタ、本当に足利に住んでるのか?」
「てめぇ…本当に俺が誰かわからねぇってのか…?」
「臨次さん。この、比呂、は最年少で市議になったって何年も前のニュースで取り上げられて…」
「知らないね」
「ほ、本当に? かなり話題になって一躍時の人になったんですが」
「嘘ついても仕方ないだろ? 知らないものは知らない。それに、市議サンだかなんだか知らないけど、こんな強姦殺人みたいなことまでしようってんだ、裏でどんなことやってるかわかったもんじゃないね」
「市議のことじゃなあぁぁい!
臨次! てめぇは! 本当に! 俺のことを! 覚えてねえってのか!!」
「…覚えてないね。いや、知らない、だな。
例え知っていたとしても、今のアンタの行動を見てたら忘れたフリするかもしれない」
「…」
「だんまり? 今になって自分がやろうとしていたことを理解出来たってことか?」
「…そうかい、覚えてねぇってのかい。
じゃあ、仕方ねぇなあ! この天才の俺を! また! ここまでコケにしたんだもんな!
報いはしっかりうけてもらわねえとな!」
「…天才?」
「臨次さん!」
比呂が左腕のスマホを操作すると、背中からいくつものQ.Mによる機械式アームが展開された!
展開されたアームの先には…装備されている重火器の数々。
「なんだっ!?」
ライフルにミサイルポッドにバズーカにロケット砲。これは、今までに臨次が見てきたQ.Mを使う人たちとは明らかに異なる装備!
剣、槍、斧等の中世の装備ばかり見ていたので忘れていたが、これも確かに武器。しかし、射程距離と殺傷能力は剣や槍とは比較にならない。
臨次は思わず巫女を抱える。
「えっ」
そして、倉庫の外へ脱出しようと一歩踏み出したそのとき。
「死ねよてめぇえええぇぇぇ!!」
比呂の絶叫が引き金となって、全てのアームの先に備えられた武器から弾丸が発射された!
臨次は比呂との直線軸に木箱や段ボールが入るようにジグザグに走っていたため、直撃はしない。しないのだが、その威力は予想を超えていた。
あと少しで倉庫の外へ出て外壁に身を隠せる!というところで、その爆発は起きた。
大きな爆発音が聞こえた直後に、熱風と粉々になった木片が押し寄せ、臨次と巫女は身体を浮かせてバランスを崩した。このままでは不安定なところに更なる爆風と木片の直撃を受けて、想像もしたくないことになる!
咄嗟に巫女を抱きかかえ、身体を丸くする。幸い、臨次のQ.Mは全身を覆うようにある。ある程度なら問題ないだろう。
そして熱風に押されるようにして地面に転がり、そのまま破片を受けながら転がって倉庫の外へ押し出される。
顔が多少ちりちりするがダメージはさほどない。外壁に身を隠そうとしたところで、比呂が乱射していた銃弾が背中に直撃した。あまりの衝撃に一瞬呼吸が止まる。
「はっ…!!」
しかしここで止まってしまっては続く攻撃の的になる。臨次は足を踏み出して壁の影に転がり込んで、壁沿いに倉庫の裏へと回り込んで行く。
逃げの手としては良いものではないが、入口から逃げ出た相手が、壁越しとはいえ後ろに回り込んできているとはそう思わないだろう。もっとも、あの銃火器で倉庫ごと吹き飛ばそうものなら意味はないのだが。
回り込んでいる途中で気付いたが、倉庫内からの比呂の攻撃は止まっていた。
「…どうしたんだ?」
あの瞬間湯沸かし器のような激情っぷりを見れば、あの激しい攻撃の勢いのまま倉庫を破壊してもおかしくないものなんだが…
倉庫の中から音がした。おそらく木箱の山が崩れた音だろう。そして細かく何かがぶつかる音が続く。木箱が落ちてくるならこれだけ間断なく続くことはない。比呂が箱をどかしながら探している、ということだろうか?
「いねぇ…いねぇ…! どこに隠れやがったくそおおぉぉぉ!!」
比呂の大きな声が聞こえたと思った瞬間、倉庫の屋根が爆発した。アームにあった武器を天井に向けて撃ったのか。屋根の上に登ったところで、モドキに見つかる可能性が上がるだけなのでやるはずもないのに。
そうだ、周辺には多数のモドキがいる。それどころか、このキャンプはモドキの襲撃を受けていた!
比呂のあまりの変貌ぶりに失念していたが、爆発によって大きな音が二度も出たのだ。ここにモドキが寄ってこないわけがない。
幸いにも、まだ倉庫の周りにモドキは寄ってきていない。この隙にキャンプから離れなければ…
と、行動方針を固めたところで抱きかかえていた巫女を見ると、青白い顔をしていた。
少し身を離して頬を軽く叩く。
「おい巫女サン、大丈夫か」
「え、あ、あぁ、はい、大丈夫です」
ちっとも大丈夫そうではない。
なるべく早くここから離れたいが、比呂にもモドキにも見つかりたくはない。
ぞくり。
急に、全身に鳥肌が立つ。
何か、猛烈にこの場にいたくない。一刻も早く逃げ去りたい。しかし身体が動かない。
この全身を縛る感覚はなんなのだろう。
巫女がその身体をぶるぶると震わせていた。臨次は外套のフードを被せて目線を下げさせる。
いったい何が…と周囲を確認しようとしたところで、倉庫の中にいた比呂が上空へ銃火器を発射する。慌ててそちらを見上げると、そこには一体の翼竜型モドキがいた。
「あれは…!」
…いや、ただの翼竜型モドキではない。織姫神社から飛び立った翼竜型の中でもっとも大きい固体だ。
そして。
背中に、人型モドキを乗せていた固体。
「なんだてめぇこらああぁぁ!? トカゲの分際で空飛んでんじゃねぇ!」
叫んだ比呂は更なる銃弾を翼竜型へ浴びせるが、空中をひらりひらりと飛び回る翼竜型に簡単に避けられてしまう。
比呂の目には翼竜型しか入っていないように見える。飛び回る姿が鬱陶しいとでも思っているのか。
どちらにしてもこれはチャンスだ。このまま、比呂と翼竜型、そして人型が戦いになれば、こちらに注意を払わなくなるかもしれない。
ふと、翼竜型が高度を下げてきた。
好機と見たのか、比呂がアームの火器を一斉発射した!
本来であれば、翼竜型への必殺の攻撃になったであろうそれは、直撃する寸前に飛び降りた人型に全て直撃した。激しい爆発が起き、煙が立ち込める。
あれだけの攻撃に晒されれば、小型なら粉々になる程だし中型でも行動不能に追い込めるかもしれない。だが、その煙を突き抜けるように人型が出てきて、着地した。
「…なんだァ…!?」
様子を伺っていた臨次は、あの人型の注意が比呂に向かっていると感じ、巫女を抱えて走り出した。こういうときほど、他のQ.Mに比べて隠密性能の高いQ.Mでよかったと思う。
キャンプを抜けるまでに小型に一度遭遇して即切り倒した以外、アクシデントはなかった。
途中、キャンプ内で大きな爆発が起きたのがわかった。比呂が起こしたものに間違いないだろうが、それで人型を倒せていないことは確実だった。
そのしばらく後、翼竜型に乗って織姫神社へと戻る人型モドキの姿を確認したからだ。
比呂が血走った目でとんでもないことを言う。
「アンタには何度もオアズケくらってきたんだ、なぁ、もういいだろ? 死ぬ前に楽しいことしようぜ?」
どうやら、比呂は何度も巫女に言い寄っていたようだが、相手にされていなかったらしい。だからといってこんなこと、許されるものでもないが。
顎を上げた巫女が何か力を入れた。すると、比呂が僅かに顔を歪ませて左手を口から離した。
左手からは僅かに血が滴る。
…どれだけの力を込めて皮膚を噛めば、あんなことになるのだろうか。
比呂の表情がどんどん歪んでいく。そして、左手の甲で巫女の頬を思い切りひっぱたいた。
叩いた瞬間に右手も離したのか、巫女が倒れる。
比呂は立ち尽くし、血が滴る左手を見る。
「…以前、私は予知を授かり、ここに近いうちに恐ろしい敵が現れると伝えました。その姿は人と同じでありながら真っ黒で抜き身の剣を持っている、と。そしてこのキャンプは壊滅してしまうと。この予知をどうにか回避したかった。でも、信じてくれる人はほんの一握りだった。ここから移動しましょうと話をしても、Q.Mを使える人が複数いるし安全と言って聞いてももらえなかった。
それは今日、現実になってしまったけれど、もう流れは変えれなかったのだし、今となってはキャンプの皆がそれを望んでいたんじゃないかと思ってしまうところもあるわ。
でも、本当はもう一つ、予知を受けていたのよ」
比呂は何も反応しない。冷たい目で巫女を見下すのみ。
巫女は力強い目で比呂を見据えて言葉を紡ぐ。
「一つ目はキャンプ壊滅の予知。そして二つ目は、私が、比呂。貴方に襲わ」
比呂が巫女の腹を蹴り飛ばした。
「がっ! はっ…」
「いちいち煩い。結局、アンタがここで俺に襲われて死ぬことには変わりないんだろ。だったら、たっぷり楽しんでから死んでくれや」
比呂がしゃがみ込み、腹を抑えて倒れたままの巫女の襟に手をかけ、力任せに引きちぎる。
普通、服を引っ張った程度では引きちぎることなど出来ないのだが、Q.Mを展開したまま、その力を利用してやったことだった。
「ひっ…」
「さあ、お互い楽しもがっ!?」
一気に飛び出した臨次が、比呂の脇腹へ左腕のブレードをめり込ませ、そのまま弾き飛ばして箱の山へ叩き込んだ。
山が崩れて比呂を埋め尽くす。
「巫女さん、大丈夫か?」
確実に一撃を叩き込める、比呂が巫女に手を出す寸前まで息を殺して待っていたのを微塵も感じさせず、臨次は黒の外套外してを巫女へかけた。
「ごほっ…あ…臨次、さん、どうしてここに…」
「巫女さん、アンタに用があってな。
それにしてもずいぶんと比呂と仲が良ろしいことで。邪魔したか?」
「いいえ、た、助かりました。それで、比呂、さんに何を?」
「襲われてたってのに…比呂の脇腹にこの左腕のブレードを叩き込んだだけですよ。
死んじゃいません、結構痛いでしょうけど」
崩れた箱の山ががたごとと揺れて、箱を押しのけて比呂が立ち上がってきた。
全身を覆うQ.Mの鎧はのっぺりしていて、ロボットアニメの機械を彷彿させる。その脇腹が凹んでいる。臨次のブレードの一撃を受けた痕だ。
「て、めぇっ…! なんでここにいるんだよ!? 織姫神社を見に行ったんじゃなかったのかよ!?」
「見てきたからこそ、ここにいるんだが?」
「ああ!? ざけたこと言ってんじゃねぇ! 糞トカゲが来てからほとんど時間経ってねぇぞ! 織姫神社からここまで、糞トカゲと戦いながら来れるもんかよ!」
「奴等が織姫神社からここへ向かうのを確認してからこっちへ来たのは確かだけどな。監視場所は織姫神社じゃないぞ。何の準備も無しに行くわけないだろ、普通に考えれば」
「あ?」
「遠くから監視するだけなら場所の候補なんていくつもあるだろ。足利市駅前のホテル屋上とか、渡良瀬川手前の神社のところとか。少し地図見れば思いつきそうなことなんだが、アンタ、本当に足利に住んでるのか?」
「てめぇ…本当に俺が誰かわからねぇってのか…?」
「臨次さん。この、比呂、は最年少で市議になったって何年も前のニュースで取り上げられて…」
「知らないね」
「ほ、本当に? かなり話題になって一躍時の人になったんですが」
「嘘ついても仕方ないだろ? 知らないものは知らない。それに、市議サンだかなんだか知らないけど、こんな強姦殺人みたいなことまでしようってんだ、裏でどんなことやってるかわかったもんじゃないね」
「市議のことじゃなあぁぁい!
臨次! てめぇは! 本当に! 俺のことを! 覚えてねえってのか!!」
「…覚えてないね。いや、知らない、だな。
例え知っていたとしても、今のアンタの行動を見てたら忘れたフリするかもしれない」
「…」
「だんまり? 今になって自分がやろうとしていたことを理解出来たってことか?」
「…そうかい、覚えてねぇってのかい。
じゃあ、仕方ねぇなあ! この天才の俺を! また! ここまでコケにしたんだもんな!
報いはしっかりうけてもらわねえとな!」
「…天才?」
「臨次さん!」
比呂が左腕のスマホを操作すると、背中からいくつものQ.Mによる機械式アームが展開された!
展開されたアームの先には…装備されている重火器の数々。
「なんだっ!?」
ライフルにミサイルポッドにバズーカにロケット砲。これは、今までに臨次が見てきたQ.Mを使う人たちとは明らかに異なる装備!
剣、槍、斧等の中世の装備ばかり見ていたので忘れていたが、これも確かに武器。しかし、射程距離と殺傷能力は剣や槍とは比較にならない。
臨次は思わず巫女を抱える。
「えっ」
そして、倉庫の外へ脱出しようと一歩踏み出したそのとき。
「死ねよてめぇえええぇぇぇ!!」
比呂の絶叫が引き金となって、全てのアームの先に備えられた武器から弾丸が発射された!
臨次は比呂との直線軸に木箱や段ボールが入るようにジグザグに走っていたため、直撃はしない。しないのだが、その威力は予想を超えていた。
あと少しで倉庫の外へ出て外壁に身を隠せる!というところで、その爆発は起きた。
大きな爆発音が聞こえた直後に、熱風と粉々になった木片が押し寄せ、臨次と巫女は身体を浮かせてバランスを崩した。このままでは不安定なところに更なる爆風と木片の直撃を受けて、想像もしたくないことになる!
咄嗟に巫女を抱きかかえ、身体を丸くする。幸い、臨次のQ.Mは全身を覆うようにある。ある程度なら問題ないだろう。
そして熱風に押されるようにして地面に転がり、そのまま破片を受けながら転がって倉庫の外へ押し出される。
顔が多少ちりちりするがダメージはさほどない。外壁に身を隠そうとしたところで、比呂が乱射していた銃弾が背中に直撃した。あまりの衝撃に一瞬呼吸が止まる。
「はっ…!!」
しかしここで止まってしまっては続く攻撃の的になる。臨次は足を踏み出して壁の影に転がり込んで、壁沿いに倉庫の裏へと回り込んで行く。
逃げの手としては良いものではないが、入口から逃げ出た相手が、壁越しとはいえ後ろに回り込んできているとはそう思わないだろう。もっとも、あの銃火器で倉庫ごと吹き飛ばそうものなら意味はないのだが。
回り込んでいる途中で気付いたが、倉庫内からの比呂の攻撃は止まっていた。
「…どうしたんだ?」
あの瞬間湯沸かし器のような激情っぷりを見れば、あの激しい攻撃の勢いのまま倉庫を破壊してもおかしくないものなんだが…
倉庫の中から音がした。おそらく木箱の山が崩れた音だろう。そして細かく何かがぶつかる音が続く。木箱が落ちてくるならこれだけ間断なく続くことはない。比呂が箱をどかしながら探している、ということだろうか?
「いねぇ…いねぇ…! どこに隠れやがったくそおおぉぉぉ!!」
比呂の大きな声が聞こえたと思った瞬間、倉庫の屋根が爆発した。アームにあった武器を天井に向けて撃ったのか。屋根の上に登ったところで、モドキに見つかる可能性が上がるだけなのでやるはずもないのに。
そうだ、周辺には多数のモドキがいる。それどころか、このキャンプはモドキの襲撃を受けていた!
比呂のあまりの変貌ぶりに失念していたが、爆発によって大きな音が二度も出たのだ。ここにモドキが寄ってこないわけがない。
幸いにも、まだ倉庫の周りにモドキは寄ってきていない。この隙にキャンプから離れなければ…
と、行動方針を固めたところで抱きかかえていた巫女を見ると、青白い顔をしていた。
少し身を離して頬を軽く叩く。
「おい巫女サン、大丈夫か」
「え、あ、あぁ、はい、大丈夫です」
ちっとも大丈夫そうではない。
なるべく早くここから離れたいが、比呂にもモドキにも見つかりたくはない。
ぞくり。
急に、全身に鳥肌が立つ。
何か、猛烈にこの場にいたくない。一刻も早く逃げ去りたい。しかし身体が動かない。
この全身を縛る感覚はなんなのだろう。
巫女がその身体をぶるぶると震わせていた。臨次は外套のフードを被せて目線を下げさせる。
いったい何が…と周囲を確認しようとしたところで、倉庫の中にいた比呂が上空へ銃火器を発射する。慌ててそちらを見上げると、そこには一体の翼竜型モドキがいた。
「あれは…!」
…いや、ただの翼竜型モドキではない。織姫神社から飛び立った翼竜型の中でもっとも大きい固体だ。
そして。
背中に、人型モドキを乗せていた固体。
「なんだてめぇこらああぁぁ!? トカゲの分際で空飛んでんじゃねぇ!」
叫んだ比呂は更なる銃弾を翼竜型へ浴びせるが、空中をひらりひらりと飛び回る翼竜型に簡単に避けられてしまう。
比呂の目には翼竜型しか入っていないように見える。飛び回る姿が鬱陶しいとでも思っているのか。
どちらにしてもこれはチャンスだ。このまま、比呂と翼竜型、そして人型が戦いになれば、こちらに注意を払わなくなるかもしれない。
ふと、翼竜型が高度を下げてきた。
好機と見たのか、比呂がアームの火器を一斉発射した!
本来であれば、翼竜型への必殺の攻撃になったであろうそれは、直撃する寸前に飛び降りた人型に全て直撃した。激しい爆発が起き、煙が立ち込める。
あれだけの攻撃に晒されれば、小型なら粉々になる程だし中型でも行動不能に追い込めるかもしれない。だが、その煙を突き抜けるように人型が出てきて、着地した。
「…なんだァ…!?」
様子を伺っていた臨次は、あの人型の注意が比呂に向かっていると感じ、巫女を抱えて走り出した。こういうときほど、他のQ.Mに比べて隠密性能の高いQ.Mでよかったと思う。
キャンプを抜けるまでに小型に一度遭遇して即切り倒した以外、アクシデントはなかった。
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