QM ~量子生成~

なかむら 由羽

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戦禍足利

巫女①

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 4階建ての建物で併設された立体駐車場から渡れる屋上にも駐車場を備え、少し前までは足利の商業活動の中心となったショッピングセンター。そこに、臨次と巫女はいた。
 1階は食料品売り場。2階は婦人衣料品。3階は紳士衣料品や家電、本屋。4階にはゲームセンターと催事場。若者からお年寄りまで幅広い年齢層の客が訪れ、広い駐車場も相まって足利で一番のショッピングセンターだった。臨次も何度も訪れたことがある。親にお願いしてファーストフード店に連れてきてもらったり、取り壊されてしまったが、室内スケートリンクがあったりと憩いの場だったからだ。
 だがそれも世界が変わるまでの話。
 今は、店内照明は落ち非常灯すら消えている。
 あの頃の賑わいの痕跡など、欠片もない。
 臨次は巫女を抱えてキャンプから移動する途中で、この建物へと潜り込んだ。
 外の光が入りにくい構造のため建物内は真っ暗だが、それでもほんの少し見えるし、そもそもQ.Mを展開していれば月明かりの無い闇の中でもそれなりに見えるように補正される。建物の中を徘徊していた数匹の小型モドキを一刀両断して安全を確保し、寝具売り場だった3階へ移動。売り場は荒らされていたが、身体を休めるには十分な量が残されていた。
 もしものために3階の入り口に簡単な鳴子を設置(腰程度の高さに紐を張ってステンレス缶をくくりつけただけ)し、ようやく一息ついた。
 真っ暗な中、巫女は一人ソファーに腰かけ、毛布をかぶってじっとしている。

「ひとまず、モドキどもがこのフロアに立ち入ってきたらわかるようにしてきた。完全に安心、というわけにはいかないと思うけど、まぁ大丈夫だと思う」

 Q.Mを待機モードに戻して臨次は巫女に話しかけた。
 インフラは全滅しているので明かりがないが、一階を物色したら乾電池と電池しきの懐中電灯があったので、それを使用して明かりにしている。が、暗い。
 そんな暗い中でもわかるほど、巫女の表情は沈んでいた。
 臨次は深くため息をついた。

「…今更そんな落ち込んでいても仕方ないだろ。あそこが全滅したことはもう変えられないからな。アンタはどんな経緯があっても今生きている。それで満足すればいいじゃないか」
「生かされている、です。私は臨次さんの力で生かされているんです。それくらいわかります。もっと私がみんなにしっかり説明していたら、あんな事態にならずに済んだかもしれないんです。それに関してはそんな簡単に割り切ることなんて出来ません」
「え、無理に決まってるだろ? 小型のモドキ一匹倒すのにも何人かでやっていたようだし、大型に至ってはまともに戦えてすらいないみたいだった。あのキャンプにどれだけQ.Mを使える人がいても、そんな現状じゃああれだけの数を倒すどころか押し返すのも不可能に決まってる」
「ですけど」
「それに、今までほとんど見たことのない翼竜型がいた。トドメに人型だ。生き残れただけでも運がよかった」
「それでも、みんなにちゃんと説明してわかってもらえれば、逃げられた人もいたかもしれない」
「逃げた先でモドキに喰われるとしても、か?
 あそこから逃げられたとしても、Q.Mが使えない限り待っているのはモドキに喰われることだけ。それくらいわかるだろ。門番やってたの奴も大型には抵抗出来ないみたいだったしな」
「そ、それでも…」
「アンタはキャンプの皆に、実は比呂に襲われそうです、なんて言えるのか?
 比呂はあのキャンプで一番強かったんだろ? そいつに文句を付けたり、ましてや取り押さえる奴なんていやしない。だから言わなかった、いや言えなかったんだろ。アンタ自身も、襲われるのがわかっていながらも、キャンプから出ることをしなかった。受け入れちまったほうが話がこじれなかったんじゃないか」
「…どちらにしても、変わらなかったんです」
「変わらない?」
「トカゲの襲撃によってキャンプは全滅する、それはもはや決められたことでした。何度予知で見てもその内容は変わらなかった。でも、比呂に襲われ、る予知は違っていたんです。比呂はキャンプにはもともといなかった。でも、人が少しづつ集まってきたところで、比呂も入ってきた。そして、Q.Mが使えることを明かしてトカゲからキャンプを守ったり、逆に外で倒したり。当初は今のような感情ではなく、良い感情を持ったこともありました。ですが、そこで見た予知は、比呂に最後だから楽しませろ、と押し倒されてそのまま首を絞められる内容でした。その予知を見てから、日にほんの少しづつ距離を取ろうと意識しはじめ、数日後にまた比呂が出てくる予知を見ました。ですが、結果は同じものでした。どうせ最後だからお前も楽しめよ、と比呂の私に対する態度がほんの少し変わるだけで…」
「何が天才だ、やっぱただの屑じゃねぇか」
「ですが、そこにやってきたのが臨次さん、貴方でした。貴方がキャンプに来てから、比呂に襲われる予知を見なくなったの。でも、トカゲに襲撃される予知だけは変わらなかった」

 巫女は息をのむ。

「どういう…」
「け、軽蔑しないで聞いてもらえますか。
 私の予知は、私の生命が関わってくる内容しか見えないんです。つまり、比呂に襲われる予知は臨次さんがキャンプに来てから見なくなった。つまり、比呂に襲われてしまっても臨次さんに助けられる未来が確定した、ということ。ですが、それでもトカゲ襲撃の予知は見えるまま。比呂に襲われて殺される未来は無くなったけど、トカゲに殺される未来は残ったまま…
 だから私は! 臨次さんからの心象を少しでも良くしようと、貴方との食事や話を聞く機会を作りました。少しでも、トカゲに殺される未来を回避する可能性を上げるために…」

 つまり、この巫女には殺される未来が二つ、確定していた。一つはモドキのキャンプ襲撃によって殺される未来。もう一つが、恋仲になろうがお構いなく比呂に殺される未来。比呂に殺される未来は、臨次がキャンプに来たことによって消滅したらしいが、モドキに殺される未来は変わらずそのまま。悩んだ巫女は、比呂に殺される未来を消したと思われる臨次に、一縷の望みをかけて縋った、ということなのだろう。比呂に監視されているも同然のキャンプで、食事に会話で。涙ぐましい努力だ。
 もっとも、それによって巫女を助けてもいいかと思うようになってしまったのは臨次自身なのだが。
 しかし。

「まあ、確実に死ぬとわかっている未来が目の前に迫ってるのがわかれば、それから逃げようと何かしらするだろ。それすらもしないのは、ただの自殺にしか思えないしな。
 別にそんなことどうでもいいんだが」
「え」
「それとキャンプが全滅してしまったことを気に病むのは別だろ? あそこにいた奴等はアンタが巫女と知った上でそこにいたのに、アンタがモドキに襲われる予知を見た、と言ってもQ.Mを使えるのが何人かいるから大丈夫だと言って聞きもしなかった。この時点で連中はアンタの予知に従わない行動を選択したんだからな。自業自得しか言えない。
 もっと冷たいことを言ってしまえば、Q.Mを使える奴に使えない奴が群れて付いてきても…邪魔だ」
「邪、魔」
「まあいい。つまり、別に俺はアンタが生き残るために自分にとって最善の行動を取った、としか見てないってことで、それ以上でもそれ以下でもない。
 俺がアンタを助けたのは、別に情によるものじゃない。予知が利用出来ないかと思ったからだ」
「利用…」
「ま、それもアンタの命に係わることじゃない限り見えないみたいだし、御破算だけど」

 空間にしばし静寂が満ちる。

「それで、だ。俺はアンタに確認したいことがある。
 …お前、Q.Mを使えるんじゃないか」
「どうして、そう思うんですか」
「キャンプに戻ったときにいろいろあって、アンタの部屋っぽい場所に入ってな。そこでスマホのソーラー充電器を見つけた。こんな世の中、まともに動かないスマホを後生大事に抱えて、充電までしてるなんてQ.Mが使える奴でもない限りいないだろ」

 巫女は臨次を見たまま何も語らない。

「おかしいと思ったことが一つあった。キャンプには小型のモドキはそれなりの頻度で近寄ってきてたみたいだけど、中型以上のモドキはほとんど寄り付かなかったらしいな? 普通に考えれば、小型は寄ってきてそれ以上は寄ってこないとかおかしいだろ。そうなると…Q.Mの何かの機能を使って中型以上が近寄りにくくしている、ってことしか考えられない。
 門番をやってる三人や比呂、あと…ミユウか? この五人のQ.Mじゃそんなこと出来そうに見えなかった。そうなると、残りは…巫女サン、アンタしかいないってところなんだけど?」

 巫女は視線を比呂から外した。俯いて身体を震わせながら何かに耐えるかのように唇を噛んでいる。

「だんまり、ですか。仮にアンタがQ.Mを使えたとしても、攻めているわけじゃないんだ。人にはそれぞれやれる範囲、手の届く範囲ってのがあるからな。Q.Mを持ってるとバレれば戦わされるかもしれない、戦えない人だっているのはわかってる。Q.Mを手に入れたのはお互い幸運だったと思うけど、だからといって戦わないといけないわけじゃない。
 なんの決意も覚悟も無しに戦うなんて出来ないから」
「…わ。
 私も、Q.Mは、あります。でも、戦えない、です」
「そうか」
「だって、だって、怖いじゃないですか! 戦えたって、戦ってもし勝てたって、そのままずっと勝てるかもわからないんですよ!? 負けたら! 負けたら…た、食べられて…消えちゃうんですから…」
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