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戦禍足利
巫女③
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一階食料品売り場には、すさまじい臭いが充満していた。
調理して食してくれる人間がいなくなってしまったため、売り場に陳列された状態で放置され、更に電気が来なくなった影響で、野菜、肉、魚、パック飲料等の痛むのが比較的早い食料品が、ことごとく腐敗してしまっていた。
衣料品の店から適当に拾った服で簡易マスクを作り、余った布地をぐるぐる巻くことでかろうじて対策出来たが、それでも強烈に臭い。
我慢しながらうろついてみると、それなりの数の缶詰や携帯食料、ビスケット、ペットボトル飲料と、思っていた以上の食料を手に入れられた。最もラッキーだったのは、ペットボトルの水がケースのままいくつも放置されていたことだろう。モドキに襲われたパニックでそのままだったのだろう。
放置された後、ここへ食料を求めに来た人もいたはずだが、これだけ少量が残っているのを考えれば、たどり着く前に捕食されたか、辿り着いても店内を徘徊していたモドキに喰われてしまったか。ところどころに衣服やバッグが落ちているので、後者…どちらもというところだろう。
途中で、いいものを見つけた。石鹸だ。
キャンプ内では水浴びなんて出来なかったし、それまでの道中では身体を拭くこともしていなかった。いい加減臭いのだが、こんな世界だ。身だしなみなんて気にしていられないのだが、それでも最低限度というものはあると思っている。シャンプーやボディソープもあったが、そんなことろまで気にしていられないので、石鹸を複数個持っていくことにする。近くにタオルもあった。
よく見ると、カップラーメンの類はほぼなかった。代わりに袋ラーメンはそれなりに残っている。カセットコンロも見つけたので合わせて持っていくことにした。暖かい食事というのは、それがただの袋ラーメンだとしても、この世界では貴重だ。と、思う。
臨次は荷物をカゴに纏めて運び、エスカレーターを歩いて昇る。
そのまま衣料品と食料を適当に分けて巫女の分を傍に置いて、水が使える場所を探す。
…トイレか元レストランの厨房くらいしかない。悩んでも仕方ないので、元レストランでペットボトルの水を盛大に使って身体を洗う。洗っても洗っても泡がたってこなかった。どれだけ汚れていたのだろう。かなりの時間洗って、ようやく泡立ちがよくなって、しっかり流した。
水を使った為、身体がめちゃくちゃ冷たいが、カセットコンロを使って袋ラーメンを作り始め、その熱で温まる。出来上がったラーメンで身体の中からも温まり、少し落ち着いた。
「身体を洗うのも、あったかい食べ物も久しぶりだな…ああ、郡山の喫茶店以来かも」
適当に見繕ったベッドへ横になる。スマホの時計を見るともう夜だった。キャンプから逃げてこのショッピングセンターへ潜り込んだのは昼を少し過ぎたくらいだったはずだが、思っていた以上に時間が経過していた。
建物の中はQ.Mを使わなければ真っ暗だし、時間の感覚がなくなっても仕方ないかもしれない。
少し離れた場所から音がする。巫女が何か食べているようだ。
食べる意思があるなら、しばらくは生き延びようとするかもしれない。そして、生きていればここに避難してくるかもしれないミユウと再会出来るかもしれない。
すべては、かもしれない、だ。
このことを話せば少しは元気を取り戻すかもしれないが、こんなことまで世話をするつもりは毛頭ない。今の世界じゃ、他人に依存して生き延びるなんて不可能だからだ。
本人の生きるという強い意志と、Q.Mによる力が必要だから。
それよりも、明日になったら織姫神社へ行く。この時の、どうやって本殿まで行くか。正面からでは死ににいくようなもの。あの階段の高低差で、上を取られて戦うなんて、絶対に突破出来ない。
「…そういえば、同じようなことを考えていたような…」
記憶の糸を手繰る。
そうだ、男浅間神社で同じことを考えていたはずだ。その時、どこから本殿を目指すか決めていたような…
いまいち思い出せない。
その直後にモドキのキャンプ襲撃なんてことがあったからだろうか。
そういえば、この建物の中に本屋があった気がする。
臨次は身体を起こして、エスカレーター脇にあるであろう、フロア案内図を探した。目的のものはすぐに見つかり、見ると二階に本屋があった。向かってみると、そこにはあまり乱れた感じのない本屋が。
今の世の中じゃ、本屋から何かを持ち出す者もいなかったのだろう。
臨次は丁度良く足利市内の地図を見つけたので、そのまま寝床まで持って行き、確認する。
織姫神社の東には大学があり、そのすぐ東に足利市役所がある。そのすぐ脇に両親が住んでいた家があるのだが、今の状況では落ち着いて確認も出来ないのでひとまず触れないでおく。記憶を探るように地図に示されている道路を指でなぞっていく。そして、見つけた。足利市役所のやや北側。家の間を縫うように敷かれている道路。そこから、織姫神社本殿の脇にある駐車場までいける。
やや遠回りなのでモドキと遭遇する可能性も上がる…というか、確実にこちらの道にもモドキが配置されているだろう。だがそれでも、正面から行くよりははるかにマシだろう。常に上を取られての遭遇戦は絶対にやりたくない。
織姫神社周辺のページを破り取ってポケットへ。
地図を放り投げて横になる。
明日、織姫神社へ行く。
それはつまり、あの人型のモドキと戦うということ。
キャンプから飛び去った際の姿は、遠目に見た限り、傷らしいものはほとんど見れなかった。比呂の攻撃力は低いとは思えなかったので、その事実を受け入れたくはなかったが、見て知った事実なのでどうしようもない。
一番大事なのは、比呂のQ.Mの重火器でも人型モドキの皮膚を破れなかった、ということ。いや、皮膚というよりも表面装甲と呼ぶほうが正しいかもしれないが。
臨次の右腕のブレードは受けると脆いが、攻撃力はとても高い。半面、左腕のブレードは厚みがあるぶん硬く防御に向くが、攻撃にはあまり向かない。殴り倒すならいけるかもしれないと思い、小型のモドキにやってみたことがああったが、一匹倒すのに十分近く殴り続けなければいけなかったので、やはりそういう使い方には向かないのかもしれない。
臨次の右腕ブレードは攻撃範囲なら比呂の重火器に負けているが、純粋な攻撃力なら負けているとは思わない。
その攻撃力が、人型モドキの表面装甲に負けないことを祈るだけ。
今更出来ることなんてほとんどない。
というか、Q.Mの性能は功績ポイントを使用しての強化しか出来ない。男浅間神社で倒したラプトルモドキボス?のポイントは既に割り振ってしまっている。
もっと日にちをかければ強化することも出来るが、そのぶん人型モドキのチカラも増していくのは目に見えている。
それに、臨次は一人だ。一人でのモドキ狩りがどれほど効率が悪いか…本人が一番よくわかっている。
「…今更アレコレ考えても仕方ないか」
今日は久しぶりに、夜露を凌げて柔らかい寝床で寝れるのだ。
アラームをセットして、臨次は目を閉じた。
アラームの音で目が覚めた。
スマホを手に取ってアラームを止める。
目覚めはいい感じだ。夜中に小型のモドキが建物内に侵入して三階まで入ってくるかとも思っていたが、それもなく睡眠時間はバッチリだ。
身体を起こして、服を脱ぎ捨てる。昨日に建物内を探索していた際に見つけた下着と服に着替える。郡山からずっと同じ下着を着ていたわけじゃないが、一週間程度同じのを着ていたので、かなり新鮮に感じる。
少し離れた場所からごそごそと音がする。巫女も起きたらしい。
特に話すこともない。臨次はカセットコンロで軽食を作って朝食を済まる。
さあ織姫神社へ行くか、と立ち上がると巫女が声をかけてきた。
「本当に行くんですか」
「そのためにここに来たからな」
「…お願いがあるんですが」
「断る」
余った携帯食を、外套の内側に作ったポケットに分けて入れていく。
「…どうか、私の名前だけでも」
「御免だね」
「ここでこのまま、誰にも知られることなく死ぬのが怖いの」
「名前を残したかったら、自分で戦って生き残ればいいんだ」
見ると、巫女はその瞳から涙を流している。
「…ま、ひょっとしたらここに誰か逃げてくるかもしれないしな、日に何度か見回りでもしてみればいい。
アンタもQ.Mがあるんだし、この暗さでも動けるだろ」
巫女は膝をつき、手で顔を覆って泣き始めた。
臨次は大きくため息をついて一言。
「じゃあな」
かつーんかつーんと足音を立てながら階段を降りて建物を出た。
調理して食してくれる人間がいなくなってしまったため、売り場に陳列された状態で放置され、更に電気が来なくなった影響で、野菜、肉、魚、パック飲料等の痛むのが比較的早い食料品が、ことごとく腐敗してしまっていた。
衣料品の店から適当に拾った服で簡易マスクを作り、余った布地をぐるぐる巻くことでかろうじて対策出来たが、それでも強烈に臭い。
我慢しながらうろついてみると、それなりの数の缶詰や携帯食料、ビスケット、ペットボトル飲料と、思っていた以上の食料を手に入れられた。最もラッキーだったのは、ペットボトルの水がケースのままいくつも放置されていたことだろう。モドキに襲われたパニックでそのままだったのだろう。
放置された後、ここへ食料を求めに来た人もいたはずだが、これだけ少量が残っているのを考えれば、たどり着く前に捕食されたか、辿り着いても店内を徘徊していたモドキに喰われてしまったか。ところどころに衣服やバッグが落ちているので、後者…どちらもというところだろう。
途中で、いいものを見つけた。石鹸だ。
キャンプ内では水浴びなんて出来なかったし、それまでの道中では身体を拭くこともしていなかった。いい加減臭いのだが、こんな世界だ。身だしなみなんて気にしていられないのだが、それでも最低限度というものはあると思っている。シャンプーやボディソープもあったが、そんなことろまで気にしていられないので、石鹸を複数個持っていくことにする。近くにタオルもあった。
よく見ると、カップラーメンの類はほぼなかった。代わりに袋ラーメンはそれなりに残っている。カセットコンロも見つけたので合わせて持っていくことにした。暖かい食事というのは、それがただの袋ラーメンだとしても、この世界では貴重だ。と、思う。
臨次は荷物をカゴに纏めて運び、エスカレーターを歩いて昇る。
そのまま衣料品と食料を適当に分けて巫女の分を傍に置いて、水が使える場所を探す。
…トイレか元レストランの厨房くらいしかない。悩んでも仕方ないので、元レストランでペットボトルの水を盛大に使って身体を洗う。洗っても洗っても泡がたってこなかった。どれだけ汚れていたのだろう。かなりの時間洗って、ようやく泡立ちがよくなって、しっかり流した。
水を使った為、身体がめちゃくちゃ冷たいが、カセットコンロを使って袋ラーメンを作り始め、その熱で温まる。出来上がったラーメンで身体の中からも温まり、少し落ち着いた。
「身体を洗うのも、あったかい食べ物も久しぶりだな…ああ、郡山の喫茶店以来かも」
適当に見繕ったベッドへ横になる。スマホの時計を見るともう夜だった。キャンプから逃げてこのショッピングセンターへ潜り込んだのは昼を少し過ぎたくらいだったはずだが、思っていた以上に時間が経過していた。
建物の中はQ.Mを使わなければ真っ暗だし、時間の感覚がなくなっても仕方ないかもしれない。
少し離れた場所から音がする。巫女が何か食べているようだ。
食べる意思があるなら、しばらくは生き延びようとするかもしれない。そして、生きていればここに避難してくるかもしれないミユウと再会出来るかもしれない。
すべては、かもしれない、だ。
このことを話せば少しは元気を取り戻すかもしれないが、こんなことまで世話をするつもりは毛頭ない。今の世界じゃ、他人に依存して生き延びるなんて不可能だからだ。
本人の生きるという強い意志と、Q.Mによる力が必要だから。
それよりも、明日になったら織姫神社へ行く。この時の、どうやって本殿まで行くか。正面からでは死ににいくようなもの。あの階段の高低差で、上を取られて戦うなんて、絶対に突破出来ない。
「…そういえば、同じようなことを考えていたような…」
記憶の糸を手繰る。
そうだ、男浅間神社で同じことを考えていたはずだ。その時、どこから本殿を目指すか決めていたような…
いまいち思い出せない。
その直後にモドキのキャンプ襲撃なんてことがあったからだろうか。
そういえば、この建物の中に本屋があった気がする。
臨次は身体を起こして、エスカレーター脇にあるであろう、フロア案内図を探した。目的のものはすぐに見つかり、見ると二階に本屋があった。向かってみると、そこにはあまり乱れた感じのない本屋が。
今の世の中じゃ、本屋から何かを持ち出す者もいなかったのだろう。
臨次は丁度良く足利市内の地図を見つけたので、そのまま寝床まで持って行き、確認する。
織姫神社の東には大学があり、そのすぐ東に足利市役所がある。そのすぐ脇に両親が住んでいた家があるのだが、今の状況では落ち着いて確認も出来ないのでひとまず触れないでおく。記憶を探るように地図に示されている道路を指でなぞっていく。そして、見つけた。足利市役所のやや北側。家の間を縫うように敷かれている道路。そこから、織姫神社本殿の脇にある駐車場までいける。
やや遠回りなのでモドキと遭遇する可能性も上がる…というか、確実にこちらの道にもモドキが配置されているだろう。だがそれでも、正面から行くよりははるかにマシだろう。常に上を取られての遭遇戦は絶対にやりたくない。
織姫神社周辺のページを破り取ってポケットへ。
地図を放り投げて横になる。
明日、織姫神社へ行く。
それはつまり、あの人型のモドキと戦うということ。
キャンプから飛び去った際の姿は、遠目に見た限り、傷らしいものはほとんど見れなかった。比呂の攻撃力は低いとは思えなかったので、その事実を受け入れたくはなかったが、見て知った事実なのでどうしようもない。
一番大事なのは、比呂のQ.Mの重火器でも人型モドキの皮膚を破れなかった、ということ。いや、皮膚というよりも表面装甲と呼ぶほうが正しいかもしれないが。
臨次の右腕のブレードは受けると脆いが、攻撃力はとても高い。半面、左腕のブレードは厚みがあるぶん硬く防御に向くが、攻撃にはあまり向かない。殴り倒すならいけるかもしれないと思い、小型のモドキにやってみたことがああったが、一匹倒すのに十分近く殴り続けなければいけなかったので、やはりそういう使い方には向かないのかもしれない。
臨次の右腕ブレードは攻撃範囲なら比呂の重火器に負けているが、純粋な攻撃力なら負けているとは思わない。
その攻撃力が、人型モドキの表面装甲に負けないことを祈るだけ。
今更出来ることなんてほとんどない。
というか、Q.Mの性能は功績ポイントを使用しての強化しか出来ない。男浅間神社で倒したラプトルモドキボス?のポイントは既に割り振ってしまっている。
もっと日にちをかければ強化することも出来るが、そのぶん人型モドキのチカラも増していくのは目に見えている。
それに、臨次は一人だ。一人でのモドキ狩りがどれほど効率が悪いか…本人が一番よくわかっている。
「…今更アレコレ考えても仕方ないか」
今日は久しぶりに、夜露を凌げて柔らかい寝床で寝れるのだ。
アラームをセットして、臨次は目を閉じた。
アラームの音で目が覚めた。
スマホを手に取ってアラームを止める。
目覚めはいい感じだ。夜中に小型のモドキが建物内に侵入して三階まで入ってくるかとも思っていたが、それもなく睡眠時間はバッチリだ。
身体を起こして、服を脱ぎ捨てる。昨日に建物内を探索していた際に見つけた下着と服に着替える。郡山からずっと同じ下着を着ていたわけじゃないが、一週間程度同じのを着ていたので、かなり新鮮に感じる。
少し離れた場所からごそごそと音がする。巫女も起きたらしい。
特に話すこともない。臨次はカセットコンロで軽食を作って朝食を済まる。
さあ織姫神社へ行くか、と立ち上がると巫女が声をかけてきた。
「本当に行くんですか」
「そのためにここに来たからな」
「…お願いがあるんですが」
「断る」
余った携帯食を、外套の内側に作ったポケットに分けて入れていく。
「…どうか、私の名前だけでも」
「御免だね」
「ここでこのまま、誰にも知られることなく死ぬのが怖いの」
「名前を残したかったら、自分で戦って生き残ればいいんだ」
見ると、巫女はその瞳から涙を流している。
「…ま、ひょっとしたらここに誰か逃げてくるかもしれないしな、日に何度か見回りでもしてみればいい。
アンタもQ.Mがあるんだし、この暗さでも動けるだろ」
巫女は膝をつき、手で顔を覆って泣き始めた。
臨次は大きくため息をついて一言。
「じゃあな」
かつーんかつーんと足音を立てながら階段を降りて建物を出た。
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