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4 特殊なお客さま
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「すみません、取り乱してしまって。あ、ありがとうございました」
感情が落ち着いてくると、頭を撫でられている事実が途端に気恥ずかしくなってきた。
鈴音はお礼を言うと顔を上げ、袖で涙を拭った。 「落ち着いた?」
「はい、もう大丈夫です」
気恥ずかしさはあるが、思いっきり泣いてスッキリしたのは間違いない。こんなに泣いたのは久しぶりだ。
「そういえば、喫茶店の方は大丈夫なんですか?」 時刻は18時半。普通の喫茶店なら営業時間なのではないだろうか。晴香が部屋に来て1時間以上は経っている。鈴音が店を訪ねてきたとき、晴香以外の店員は居なかった気がするが…鈴音が2階に上がってから他の店員が来たのだろうか?
「ああ、今日はもう閉店したから良いんだよ」
「……もしかして私たちが来たから」
もしそうなら申し訳ないと鈴音は顔を曇らせる。 「いや、元々うち不定期営業だから大丈夫だよ。それに開店してても、あまり来ないしね」
晴香は手を振りながらそう言った。あまり客が来ない喫茶店って、それはそれで大丈夫なのだろうか。そういえば晴香に視えている事を指摘されて、そちら方が気になって忘れていたが、「特殊なお客さんが多い」と言っていた事を思い出した。
「あの、特殊なお客さんって、どんなお客さんですか?」
「ああ、まだ説明してなかったね」
晴香はを片付ける手を止めた。
「この喫茶店はね、幽霊や妖の憩いの場として造られたんだ」
晴香の言葉に鈴音は固まった。
幽霊や妖かし…確かにそれは変わったお客である。
普通の喫茶店ではない。
「幽霊…」
では、店に入った時に奥の席に居たおばあさんも幽霊だったのか。はっきりと見えていたから、鈴音は普通に人間だと思っていた。というより、幽霊が飲食出来るのだろうか。確かテーブルの上にはケーキが置かれていた気がした。
「幽霊って、食事出来るんですか?」
疑問をそのまま晴香に尋ねる。
「うん、うちの店は特別でね、幽霊が実体化出来る術が掛けられているんだ。まぁ、親父が掛けた術なんだけど…それで、普通の人間みたいに食事が出来るんだよ」
「それは…、何と言うか、すごいですね」
幽霊が実体化出来る術があるなんて、まるで御伽噺のようだ。
「親父は祓い屋__悪霊を退治する仕事って言った方が分かりやすいかな? とにかく、そういう事をしてるんだけど、幽霊にだって憩いの場があっても良いんじゃないかって思ったらしくてさ。去年突然『喫茶店を始めるぞ』って言って開店したんだ。幽霊だからって全てが悪いものじゃない…この世に何らかの思いがあって留まっている魂だからってね」 「全てが悪いものじゃない…」
自分が視えてしまう事ばかりに目が行き、そんなことを考えた事は一度もなかった。
「まぁ、開店してまだ1年も経たないから、知名度は低いんだけどね。それに相手は幽霊…勿論お金なんて持ってないわけだから、完全に赤字なんだよ。ははははっ」
軽い調子で晴香は笑っているが、笑い事ではないのではないだろうか?いや、祓い屋が本業みたいだから、喫茶店で稼げなくても問題ないのだろうか? 「それで、うちの店は幽霊が訪れるってわけ。普通の人にそんな事言っても信じて貰えないだろうけど、鈴音ちゃん視える体質だから受け入れてくれるかなって思ったんだ…ごめん、ちょっと無神経だったね」
先程、鈴音が泣いたことを気にしてか、晴香は申し訳なさそうに言った。
「い、いえ、さっきは、その…色々な事を思い出して、取り乱してしまっただけなので…大丈夫です」
謝られると逆に恥ずかしくなる。
視える事に関しては、最近「体質だから仕方ない」と割り切れるようになっていたので、特殊なお客さんの正体が幽霊であると知ったところで、驚きはしたが、問題はない。
「本当に?」となおも心配そうにしている晴香に、鈴音はもう一度、今度は少し笑いながら「大丈夫です」と答えたのだった。
感情が落ち着いてくると、頭を撫でられている事実が途端に気恥ずかしくなってきた。
鈴音はお礼を言うと顔を上げ、袖で涙を拭った。 「落ち着いた?」
「はい、もう大丈夫です」
気恥ずかしさはあるが、思いっきり泣いてスッキリしたのは間違いない。こんなに泣いたのは久しぶりだ。
「そういえば、喫茶店の方は大丈夫なんですか?」 時刻は18時半。普通の喫茶店なら営業時間なのではないだろうか。晴香が部屋に来て1時間以上は経っている。鈴音が店を訪ねてきたとき、晴香以外の店員は居なかった気がするが…鈴音が2階に上がってから他の店員が来たのだろうか?
「ああ、今日はもう閉店したから良いんだよ」
「……もしかして私たちが来たから」
もしそうなら申し訳ないと鈴音は顔を曇らせる。 「いや、元々うち不定期営業だから大丈夫だよ。それに開店してても、あまり来ないしね」
晴香は手を振りながらそう言った。あまり客が来ない喫茶店って、それはそれで大丈夫なのだろうか。そういえば晴香に視えている事を指摘されて、そちら方が気になって忘れていたが、「特殊なお客さんが多い」と言っていた事を思い出した。
「あの、特殊なお客さんって、どんなお客さんですか?」
「ああ、まだ説明してなかったね」
晴香はを片付ける手を止めた。
「この喫茶店はね、幽霊や妖の憩いの場として造られたんだ」
晴香の言葉に鈴音は固まった。
幽霊や妖かし…確かにそれは変わったお客である。
普通の喫茶店ではない。
「幽霊…」
では、店に入った時に奥の席に居たおばあさんも幽霊だったのか。はっきりと見えていたから、鈴音は普通に人間だと思っていた。というより、幽霊が飲食出来るのだろうか。確かテーブルの上にはケーキが置かれていた気がした。
「幽霊って、食事出来るんですか?」
疑問をそのまま晴香に尋ねる。
「うん、うちの店は特別でね、幽霊が実体化出来る術が掛けられているんだ。まぁ、親父が掛けた術なんだけど…それで、普通の人間みたいに食事が出来るんだよ」
「それは…、何と言うか、すごいですね」
幽霊が実体化出来る術があるなんて、まるで御伽噺のようだ。
「親父は祓い屋__悪霊を退治する仕事って言った方が分かりやすいかな? とにかく、そういう事をしてるんだけど、幽霊にだって憩いの場があっても良いんじゃないかって思ったらしくてさ。去年突然『喫茶店を始めるぞ』って言って開店したんだ。幽霊だからって全てが悪いものじゃない…この世に何らかの思いがあって留まっている魂だからってね」 「全てが悪いものじゃない…」
自分が視えてしまう事ばかりに目が行き、そんなことを考えた事は一度もなかった。
「まぁ、開店してまだ1年も経たないから、知名度は低いんだけどね。それに相手は幽霊…勿論お金なんて持ってないわけだから、完全に赤字なんだよ。ははははっ」
軽い調子で晴香は笑っているが、笑い事ではないのではないだろうか?いや、祓い屋が本業みたいだから、喫茶店で稼げなくても問題ないのだろうか? 「それで、うちの店は幽霊が訪れるってわけ。普通の人にそんな事言っても信じて貰えないだろうけど、鈴音ちゃん視える体質だから受け入れてくれるかなって思ったんだ…ごめん、ちょっと無神経だったね」
先程、鈴音が泣いたことを気にしてか、晴香は申し訳なさそうに言った。
「い、いえ、さっきは、その…色々な事を思い出して、取り乱してしまっただけなので…大丈夫です」
謝られると逆に恥ずかしくなる。
視える事に関しては、最近「体質だから仕方ない」と割り切れるようになっていたので、特殊なお客さんの正体が幽霊であると知ったところで、驚きはしたが、問題はない。
「本当に?」となおも心配そうにしている晴香に、鈴音はもう一度、今度は少し笑いながら「大丈夫です」と答えたのだった。
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