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夏:第1便~第3便
第4話:【第1便】特選ハンバーグ_4
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「うん、めちゃくちゃ美味しそう」
テーブルの上の皿から、湯気がゆっくり上がっている。部屋の灯りがその湯気を透かして、白くぼやけた光を作っていた。
外は雨。窓ガラスを叩く音が、時計の秒針の音と重なる。
私は香りを楽しみながら、フォークとナイフを手に取った。
「冷める前に、改めていただきます」
声に出すと、少しだけ空気が柔らかくなった気がした。
ナイフを入れると、肉汁がじわり、と溢れた。刃を入れては抜くたびに、『しゅっ、しゅっ』という音がして、その音がひどく心地良い。
外側はこんがり、内側はふわっとしている。まだ食べていないが、この弾力でわかる。そのままフォークで小さく切って、そっと口に運んだ。
「……うん、美味しい!」
噛んだ瞬間、舌に脂の甘みが広がる。そして外側の香ばしさの後から、ゆっくり旨味が追いかけてくる。肉の粒が下の上で解けるたびに、舌の奥にまろやかな脂が溶けた。
いつもスーパーで買う肉とは全然違う。たまたま上手くいっただけかもしれないが、歯触りは柔らかいのに、ちゃんと歯ごたえがある。
「すごい……お店みたい」
意外な完成度に、思わず笑ってしまう。手間をかけた甲斐があったと思える味だった。
続いて、添え物のじゃがいもをフォークで崩して口に運ぶ。バターの塩気が肉の脂と混ざって、ほっとする味に変わった。
二口、三口と食べ進める。噛めば噛むほど、温かさが身体の奥に届いていく。そして、噛むたびに、どこか懐かしい感覚が胸の奥に残る。
でも、それが何なのか、上手く言葉にならなかった。
「……あれ? この感じ……前にもあったような……?」
思わず呟いて、フォークを止める。先週と、それからソースの時と同じように、彼と食べた日のことが浮かんだ。
あれは、思いの外焦げてしまって少し失敗したけど「中が柔らかいほうがいいんだよ。火が通っているならね」と笑っていた。
その笑い声が、今も耳の奥に残っている。
「……何だか、懐かしいね」
自分に話しかけるように呟き、また一口食べた。味は、あのときのよりもずっと深い。塩の加減も焼き色も間違いなく完璧だ。
……なのに、どこか物足りなくて寂しい。
フォークを置いて、水をひと口飲む。コップの縁に、湯気の匂いが微かに残っていた。香ばしいはずの匂いが、いつの間にか少し甘く変わっている。
鼻の奥に残るその甘さが、妙に生々しい。
「……調味料かな」
そう言って、また笑う。……今日はよく笑う日だ。
ザァザァ――ザァザァ――
雨の音が強くなってきた。カーテンを閉めようと立ち上がると、背中のほうでキィ――と椅子が鳴いた。振り返って、苦笑する。
「湿気って、時々怖い音するよね」
席に戻り、残りのハンバーグを切り分ける。真ん中の部分は少し赤みが残っていて、肉汁が透き通るように光っていた。透き通っていれば、火はちゃんと通っている。
「うん、ちょうどいい」
フォークで持ち上げた瞬間、湯気がふわっと顔にかかる。その匂いに混じって、少しだけ鉄っぽい香りがした。でも気にならない。肉とはそう言うものだ。
それに、鼻をくすぐるような安心感があった。
ひと口、またひと口。食べ進めるたびに、胸の奥のざわざわが静かになっていく。
食べ物が身体に入るたびに、心が埋まっていくような感覚であふれた。……まるで、何かを取り戻しているような。
――気が付けば、皿の上は綺麗になっていた。パンでソースをぬぐい、ひとかけらも残さず食べる。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせると、指先が少し震えた。料理の熱がまだ手に残っているのだと思っていた。
だけど、身体の内側のほうがほんの少し熱い。心臓の鼓動が、いつもよりゆっくり鳴っている。
椅子にもたれかかって、息を吐く。
「ほんと、美味しかった。お肉が違うと、こんなに味が変わるものなの?」
視線の先、テーブルの上にフォークが光っている。その鈍く光る銀色が、冷蔵庫のパックと同じ色をしていた。
外の雨音がまた強くなった。カーテンの端から覗くと、窓の外の街灯がぼやけて見える。食後の余韻に浸るように目を閉じた。
香りがまだ鼻の奥に残っている。少し甘くて、どこか懐かしい。ねっとりと、表面をくすぐるような。
――ふと、指先を見た。油がついていたところが、うっすら赤く見える。
「……やだ、油で火傷しちゃったのかな」
そう言いながら笑って、タオルで拭く。皮膚の下がじんじんして、全ての血液がそこに集まっているみたいだ。
机の上の皿を片づけようとして、立ち上がる。ハンバーグの残り香が、まだ部屋中に漂っていた。換気扇をつけていても、肉と油の匂いは強い。
ただ香ばしいだけなはずの匂いなのに、どこか湿っている。……それに、少しだけ、鉄のような匂いが混じる。
冷蔵庫のドアを開けて、残りのソースを入れようとしたとき、奥からすぅぅ――と冷気が漏れた。中はほとんど空っぽのはずなのに、なぜか甘い匂いがした。
「……あれ、何かこぼしちゃったかな」
首を傾げ、すぐにドアを閉める。軽い音がして、モーターが低く唸った。その音が不思議と、自分の心臓の鼓動と重なって聞こえた。
テーブルの上の皿から、湯気がゆっくり上がっている。部屋の灯りがその湯気を透かして、白くぼやけた光を作っていた。
外は雨。窓ガラスを叩く音が、時計の秒針の音と重なる。
私は香りを楽しみながら、フォークとナイフを手に取った。
「冷める前に、改めていただきます」
声に出すと、少しだけ空気が柔らかくなった気がした。
ナイフを入れると、肉汁がじわり、と溢れた。刃を入れては抜くたびに、『しゅっ、しゅっ』という音がして、その音がひどく心地良い。
外側はこんがり、内側はふわっとしている。まだ食べていないが、この弾力でわかる。そのままフォークで小さく切って、そっと口に運んだ。
「……うん、美味しい!」
噛んだ瞬間、舌に脂の甘みが広がる。そして外側の香ばしさの後から、ゆっくり旨味が追いかけてくる。肉の粒が下の上で解けるたびに、舌の奥にまろやかな脂が溶けた。
いつもスーパーで買う肉とは全然違う。たまたま上手くいっただけかもしれないが、歯触りは柔らかいのに、ちゃんと歯ごたえがある。
「すごい……お店みたい」
意外な完成度に、思わず笑ってしまう。手間をかけた甲斐があったと思える味だった。
続いて、添え物のじゃがいもをフォークで崩して口に運ぶ。バターの塩気が肉の脂と混ざって、ほっとする味に変わった。
二口、三口と食べ進める。噛めば噛むほど、温かさが身体の奥に届いていく。そして、噛むたびに、どこか懐かしい感覚が胸の奥に残る。
でも、それが何なのか、上手く言葉にならなかった。
「……あれ? この感じ……前にもあったような……?」
思わず呟いて、フォークを止める。先週と、それからソースの時と同じように、彼と食べた日のことが浮かんだ。
あれは、思いの外焦げてしまって少し失敗したけど「中が柔らかいほうがいいんだよ。火が通っているならね」と笑っていた。
その笑い声が、今も耳の奥に残っている。
「……何だか、懐かしいね」
自分に話しかけるように呟き、また一口食べた。味は、あのときのよりもずっと深い。塩の加減も焼き色も間違いなく完璧だ。
……なのに、どこか物足りなくて寂しい。
フォークを置いて、水をひと口飲む。コップの縁に、湯気の匂いが微かに残っていた。香ばしいはずの匂いが、いつの間にか少し甘く変わっている。
鼻の奥に残るその甘さが、妙に生々しい。
「……調味料かな」
そう言って、また笑う。……今日はよく笑う日だ。
ザァザァ――ザァザァ――
雨の音が強くなってきた。カーテンを閉めようと立ち上がると、背中のほうでキィ――と椅子が鳴いた。振り返って、苦笑する。
「湿気って、時々怖い音するよね」
席に戻り、残りのハンバーグを切り分ける。真ん中の部分は少し赤みが残っていて、肉汁が透き通るように光っていた。透き通っていれば、火はちゃんと通っている。
「うん、ちょうどいい」
フォークで持ち上げた瞬間、湯気がふわっと顔にかかる。その匂いに混じって、少しだけ鉄っぽい香りがした。でも気にならない。肉とはそう言うものだ。
それに、鼻をくすぐるような安心感があった。
ひと口、またひと口。食べ進めるたびに、胸の奥のざわざわが静かになっていく。
食べ物が身体に入るたびに、心が埋まっていくような感覚であふれた。……まるで、何かを取り戻しているような。
――気が付けば、皿の上は綺麗になっていた。パンでソースをぬぐい、ひとかけらも残さず食べる。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせると、指先が少し震えた。料理の熱がまだ手に残っているのだと思っていた。
だけど、身体の内側のほうがほんの少し熱い。心臓の鼓動が、いつもよりゆっくり鳴っている。
椅子にもたれかかって、息を吐く。
「ほんと、美味しかった。お肉が違うと、こんなに味が変わるものなの?」
視線の先、テーブルの上にフォークが光っている。その鈍く光る銀色が、冷蔵庫のパックと同じ色をしていた。
外の雨音がまた強くなった。カーテンの端から覗くと、窓の外の街灯がぼやけて見える。食後の余韻に浸るように目を閉じた。
香りがまだ鼻の奥に残っている。少し甘くて、どこか懐かしい。ねっとりと、表面をくすぐるような。
――ふと、指先を見た。油がついていたところが、うっすら赤く見える。
「……やだ、油で火傷しちゃったのかな」
そう言いながら笑って、タオルで拭く。皮膚の下がじんじんして、全ての血液がそこに集まっているみたいだ。
机の上の皿を片づけようとして、立ち上がる。ハンバーグの残り香が、まだ部屋中に漂っていた。換気扇をつけていても、肉と油の匂いは強い。
ただ香ばしいだけなはずの匂いなのに、どこか湿っている。……それに、少しだけ、鉄のような匂いが混じる。
冷蔵庫のドアを開けて、残りのソースを入れようとしたとき、奥からすぅぅ――と冷気が漏れた。中はほとんど空っぽのはずなのに、なぜか甘い匂いがした。
「……あれ、何かこぼしちゃったかな」
首を傾げ、すぐにドアを閉める。軽い音がして、モーターが低く唸った。その音が不思議と、自分の心臓の鼓動と重なって聞こえた。
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